四話 危険な森の旅路③ 〜少女との出会い
全身の筋肉が悲鳴をあげる。
3日間まともに休息が取れなかった体は、今ありえないほどにフル稼働してる。
全身に酸素を供給するための心臓は今にも破裂してしまいそうだ。
だが止まるわけにはいかない。
後ろから触手と汁を撒き散らしながら走ってきている化け物がいるのだから。
(つーか、なんで植物が走れんだよ!)
心の中で悪態をつきながらも、死ぬ気で足を回転させる。
ヤツの大きい図体で通れないような木々の間を走り抜ける。
後ろからバキバキッと鈍い音が聞こえたのであまり意味はなかったようだが…
「がっ・・」
目の前の木を避けようと方向転換した時、木の根につまづいてしまった
つんのめるようにして地面に顔からダイブした。
めっちゃ痛い…
痛みでうまく立てない間に巨大植物に距離を詰められる。
(しまった!)
咄嗟に手に持っていたゴブリンの斧を投げた。
少しでも怯んでくれればその時間に体勢を整えられたのだが、本体に届く前に触手に弾き飛ばされ木っ端微塵になった。
さらにお返しとでもいうように、口から汁を飛ばされる。
「ぐぁぁっ!!」
体を捩って避けようとしたが足に当たってしまった。
ジュゥと音を立て皮膚が溶ける。
(痛い!痛い!痛い!)
視界が真っ赤に染まる。
身体が動かない。
巨大植物が触手をこちらに伸ばすのが見える。
(嫌だ、こんな死に方したくない)
手を伸ばそうにも掻くのは土ばかり。
(嫌だ。誰か、誰か・・)
「誰か・・・」
いるはずのない誰かに縋った。
「誰か、、助けてくれ!」
俺の叫びは虚しく響き、触手が俺に触れようとした……
その瞬間、
ドッゴォォォォオオンと静かな雰囲気の森に似合わぬ爆音が鳴り・・空間が爆ぜた。
「ぐわぁぁっ」
「ギシャァァッ」
爆発による爆風で俺も巨大植物も吹き飛ばされ、近くの木に叩きつけられた。
「ゲホッ、ゲホッ…」
背中を強打したせいでうまく息が出来ない。
この場所から離れようと無理矢理体を起こす。
その時、土煙が晴れ爆心地から二人の男女が現れた。
まだ少女と言える身長の女の子と長身の男性が何やら騒いでいる。
「・・・・・様!転移直前に術式を勝手にいじらないでくださいとあれほど申しましたよね!」
「・・・ちゃんと着いたからもういいであろう。あんまりピリピリすると将来ハゲるぞ!」
「誰のせいだと思っているのですか!!前に失敗して亜空間に飛ばされかけたのを、もう忘れたのですか!」
「・・あぅっ。・・・今その話を持ち出すこともないだろう…」
なんか言い争っている。
はたから見ればまだ小さな女の子を大人がいじめてるように見える光景だ。
(とゆうかどこから現れたんだ?)
「もう少し自重してくださいといつも言って・・・・」
「わかっとるってば。・・あっ、あそこに人が倒れてるぞ!」
「勝手に話を逸らさないで・・・・?」
今更ながら俺の存在に気づいたようだ。
「この森に普通の人間がいるはずが・・・?」
男の方が訝しげな顔をする。
「君、名前は?、どうして此処に?その怪我は大丈夫か?」
急にこちらへ質問が飛んできた。
「お、俺は・・・・」
答えようと口を開いたとき、彼女達の後ろで巨大植物が起き上がるのが見えた。
「ギシャァァ!!」
「危ないっ!!」
俺は彼女達に警告を発せようとしたのだが…
「黙れ」
俺に質問を投げかけてきた女の子の方が、綺麗な見た目とは裏腹に底冷えするような低い声を出す。
空気が凍りつくような錯覚を覚え、言葉と同時に巨大植物は見えない刃に切り刻まれたようにバラバラになる。
「なっ・・・」
俺は口をポカンと開けたまま硬直した。
なにせゴブリンを一飲みにした化け物を、一言発するだけで倒したのだ。
女の子は俺の様子を気にすることもなく、
「リヴェル、彼の怪我を治してやってくれ」
「かしこまりました」
リヴェルと呼ばれた男が近づいてくる。
事態に頭がついていけてないが、足を怪我していて動けないので大人しく従った。
「治癒」
男が手をかざし呪文を唱えると、手品のように焼け爛れていた足の傷が治っていく。
「あ、ありがとう・・」
「礼はレア様の方におっしゃってください。」
男の方はなんだかそっけない態度だ。
女の子の方の名前はレアというらしい。
口調から察するにあっちの方が偉いのか?
「足はもう平気か?他に怪我しているところはあるか?」
彼女達には全く敵意がなさそうで安心した。
「あ、ああ。もう大じょ・・・・」
立ち上がって答えようとした…
だが出来なかった。
目の前が赤く染まる。
一瞬なんだかわからなかった。
口だ、口から吐血していた。
「ゴホッ・・・」
胸のあたりに激痛が走り、膝から崩れ落ちてさらに吐血する。
「リヴェル!」
女の子の方のが叫びリヴェルと呼ばれている男が俺を支えさらに魔法をかける。
「聖者の光」
先程より強い、水のようなエネルギーの流れが俺を覆った。
だが…
「レア様」
リヴェルがゆっくりと首を横に振る。
「どういうことだ?」
レアという少女も確かめるように俺に触れた。
「回復魔法が効いていない?」
俺はほとんど意識が朦朧としていた。
「悪いがちょっと腕見させてもらうぞ」
そう断りを入れて俺の左腕の服の裾を破いた。
「・・・やっぱり」
少女の方が小さく呟いた。
そこには傷があった。
それは2日前に黒い花に刺された傷だった。
痛みをそれほど感じなかったので気にしていなかった。
だがそこにあったのは血管が浮き出るように皮膚の下に根を張った何かだった。
極限状態にいたせいで気にしていなかったが、刺された時とは比べ物にならない程に痛々しい傷になっていた。
「これは、真紅死花と呼ばれる危険な寄生植物だ。けれど君の傷から見るにただの真紅死花じゃない。」
「なっ、寄生!?」
嫌な予感がする。
「何色の花に刺されたか覚えているか?」
「・・真っ黒の花だった」
一つだけ色が違ったのだ。よく覚えている。
「それは真紅死花の突然変異種だ。攻撃性が高く成長速度も普通の真紅死花の比ではない。」
「じゃ、じゃあ俺は・・・・」
彼女はゆっくりと首を振る
「既に心臓の近くまで根が張ってしまっている。ここまで進行してしまったものは手がつけられない。」
絶望がゆっくりと俺の心を満たしていく。
まだ、まだ俺は…
「死にたくない…助けてくれよ…」
少女の腕を掴み縋るように頼んだ。
助けてもらった上に無茶な願いをしているのはわかっている。
彼女達は顔を見合わる。
男の方は、もう無理だというような表情を浮かべた。
けれど少女が俺に投げかけた言葉は諦めろ、ではなかった。
戸惑うようにこちらを見てゆっくりと口を開く。
「助かる可能性がない、わけでもない。」
「なら・・・」
「成功する可能性は一割、いやもっと低いだろう。それを行えば君はほぼ確実に人間ではなくなる。それでもいいというのならば手を貸そう」
「レア様・・・それは・・」
男の方の言葉を無視して俺の方を見る。
「どうする?」
そんなの決まっている何が何でも死にたくない。
そこに可能性の糸があるなら、たとえ蜘蛛の糸でも掴んでみせる。
「…頼む・・・どうすればいい?」
「簡単だ。私の血を飲め」
「えっ?」
「レア様!!」
俺の疑問符と男の咎めるような声が同時に響いた。
「リヴェルはちょっと黙って」
鋭く冷たい言葉が飛ぶ。
その言葉に気圧されたようにリヴェルが押し黙る
「私の血には強力な破壊の効果がある。うまく適合できれば体内の真紅死花を根絶やしにすることも出来るだろう。助かるかどうかは定かではないがな」
「わ、わかった。でもなんで見ず知らずの俺なんかに・・・?」
「私は平和主義でな、人助けもその一環だと思ってくれて構わない。」
そういって自分の手首を切った。
血が溢れ出てくる。
「大・・丈夫・・・なのか・?」
「問題ない。・・風よ」
小さく呪文を唱えると風が集まってくる。
それは傷口から溢れる血を小さな球状にまとめる。
「後は運次第だな」
フヨフヨとシャボン玉のように漂い俺の手元まできた。
こんなところで死んでなんかいられない。
覚悟を決めてその血を飲んだ。
「ぐっ!」
飲み込んだ瞬間、全身の血が沸騰したかのように熱く感じる。
膨大なエネルギーの流れが体の中で暴れているような感覚だ。
(失敗したのか?)
もう声が出せない。意識がだんだん体から遠のいていく。
「・・・・だ。・・・・・・・るぞ」
「・・・・・・した」
二人の会話が途切れ途切れに聞こえたのを最後に俺の意識は闇へと吸い込まれていった。
少女の正体とは・・・?
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