とある鬼の思案 (sideリアラ)
時刻は既に夕刻。
午後の講義が終わった頃。
夕食の準備を進めながらリアラは一人思う。
(今日は本当に驚きました・・・。ケンスケさんが今日見せたあの力はレア様が仰っていた通りやはり異常な力ですね)
レアの血を取り込んだことは恐らくただのきっかけに過ぎないのだろう・・・
今日魔力の講義を行ったのはそのことをしっかりと確認する意味も込めて、だ。
確かに表面上にはレアの魔力の波長を感じた。
しかしその源を覗いてみれば明らかに違う魔力の波長を感じる。
異質な魔力。
どんなと言われればそれに当てはまる回答を見つけることは出来ない。だがその魔力が異世界人としての特徴でもあるのかもしれない。
ただ成長を重ねれば自分達にも匹敵する存在となるだろう。彼の魔力の深淵をみればすぐにそれがわかった。
(異世界人。その言葉に嘘はないのでしょう。ですが何もかものタイミングが良過ぎます。何かが裏にあるのでしょうか…?)
あの黒い魔紅死花のことも気にかかる。
(レア様は一体何をお考えなのでしょうか?)
そこまで考えリアラは一人静かに首を振った。
己が主人のことをあまり詮索すべきではない。
(レア様はいつの時も私達には見えないこれから起こるであろうことを予測して行動なさっています)
ですが、と
(予感がします。恐らくケンスケさんのことではないのでしょうが、悪い予感が・・・)
そう、リアラには知る由もないがレアと同じことを考え・・・・
やはり自分が案ずることもないと思い直し夕飯の支度に戻っていった。
◇◇◇
「「「いただきます」」」
食堂に夕食の開始を告げる声が響いた。
一際大きな声をあげているのはケンスケと弟のシュラである。
今日の夕飯は農園で新しく品種改良に取り組み、昨日完成させた野菜をメインに作ってある。
主菜にはダンジョン内の海で取れた魚を煮付けてある。
クロエ様とケンスケさんとシュラはガツガツとどんどん食べ進めていく。
「そういえばケンスケ、リアラから聞いたんだが全ての属性に適正があったらしいじゃないか」
ふふっと笑ってレア様がそう仰った。
「リヴァルなんて驚き過ぎて紅茶でむせていたぞ?」
「全然実感ないんだがやっぱりすごいことなのか?」
「何を今更、リアラから聞いただろう。適正の高さはそれだけで魔力の才能に繋がることにもなる」
「そうは言われたんだけどなぁ〜」
レア様とケンスケさんの和やかな会話が聞こえつつ食事は進んでいく。
「そういえばリアラ、例の花の解析は終わったか?」
思い出したしたようにレア様が私に問いかけた。
「午前中に頂いた時間に終了致しました。結果は後ほど報告いたします」
ケンスケさんは“例の花”という言葉に疑問を覚えていたようだが追求はしてこなかった。
その後も楽しげな会話が続いていった。
◇◇◇
夕食は何事もなく終了した。
夕食後は基本自由な時間でありこれからケンスケさんはシュラと一緒に屋敷を周り、各人の部屋割りなどの説明をしてから共に入浴してくるらしい。
私が今何をしているかというと、書類を片手に屋敷の廊下の一つを歩いているところです。
向かっている先はこの農園の責任者であるレア様の執務室です。
廊下を歩き進めひときわ大きなドアの前にたどり着いた。
コンコンとドアをノックをし返事を待つ。
「リアラか、入っていいぞ」
扉の向こうから返事が聞こえたので執務室に入った。
「レア様。例の花、いえ黒い真紅死花の調査報告にまいりました」
「ああ、どうだった?」
レア様の問いかけに一拍間を置いて話を始めた。
「レア様がマンエットの森で採取した種子を詳しく調べてみたところやはりあの花はレア様の御予想通り自然なものではなく、人為的に品種改良が施され通常の真紅死花を突然変異に見せかけたもののようでした」
ここで一度言葉を切りレアの反応を伺った。
レアは無言のままだ。
話の続きを促しているのだろう。
「あの花の特徴としては通常の真紅死花と比べ成長速度が十倍ほどから数十倍速いということです。非常に攻撃的な植物であり生き物を認識すると蔦を針のように強化し相手に突き刺す習性をもっています」
さらに続きを話していく。
「更にこちらが一番の特徴なのですが、寄生し完全に体を乗っ取った生物の力を取り込むという性質も持ち合わせています。魔力の高いものに寄生すればそれだけより攻撃力の高い真紅死花が誕生してしまいます。魔力が高く知能の低い魔獣などに寄生されてしまうと厄介なことになるでしょう」
「なるほど、それはまた厄介なものを作った阿呆がいるようだな。で、その迷惑な奴らはまたあの教団か?」
レアが心底呆れたように言葉を漏らす。
「恐らくそうだと思われます。国王からの知らせによれば国内数カ所で〈天使の喇叭〉の不審な動きが確認されていたようです。これは黒い真紅死花の発生場所とも一致します」
「はぁ、また厄介事が増えた。エドが過労で倒れないかが心配だな…。・・・リヴェルここに来てくれ」
そう言うが速いか、リヴェルが部屋に転移してきた。
「御用はなんでございましょうか?」
「悪いんだがこの書類をエド・・・じゃなくて王家の方に送ってもらえるか?」
そう言ってレアは手に持った書類をリヴェルに渡した。
「かしこまりました」
それを受け取り再びリヴェルは転移していった。
「リアラも忙しいところ頼んで悪かったな。真紅死花の話は一旦エドに任せるから今日はもう休んでいいぞ」
私の方に振り向きレア様が声をかけてくださった。
「ありがとうございます。ですがその前に一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「どうかしたのか?」
「ケンスケさんのことなのですが・・・、レア様は彼のあの力についてわかっていたのですか?」
聞いてもいいことなのかと迷ってはいたがそのことがどうしても気になってしまっていた。
「なによりエイルの花を咲かせるのに三日、という制限を設けたことが疑問でした。あの花を初心者が咲かせるのには最低でも一週間かかるはずです」
私は胸の内にあった疑問を打ち明けてみた。
「なんとなくならわかったていたさ。まさか全属性に適正があるとは思っていなかったけどな。それに多分だがケンスケの力はこの世界が由来のものではなく元いた世界のものなのだろう」
レア様は楽しそうにそう話す。
「あとエイルの花のことだったな。あれはケンスケなら出来ると思ったという意味もあるが、この農園で働いてもらうのならばそのくらい出来てもらわなければ困るからな。少し厳しくしてみただけだ」
レア様はまるで悪戯っ子のように微笑みを浮かべそう返してくださった。
「そうですか。お手数をおかけして申し訳ありませんでした」
「気にするな」
そう言葉をかけてくださる己が主はやはり自分では見えない物事の深淵まで見通せているのだろう。
「ではごゆっくり御休み下さい」
「ああ、おやすみ」
やはり私が案ずるべきことではなかったと考え一礼して部屋を出た。
明日の講義は私が持つわけではない。
だが彼の成長が成長した姿を早く見たいと思う自分がいることに今更ながらに気づき、リアラは小さく微笑んで部屋への帰路へ着く。