I am alive
「ああ、めんどくさい」前髪で目が隠れている少年は自転車を押しながら、ふてぶてしく呟いた。少年の通学路には桜の名所がある。春以外はランニングをしている中年男性しかいないのだが、春になると自転車では通れないほど人が多くなる。生まれたときからその場所ですごしているため、少年には桜の良さは伝わらない。
なんとか、人混みを通り抜けると普通の道路に出た。コンクリートに覆われた無機質な道路だ。少年は自転車にまたがりスピードを出した。
「間に合わないだろうなぁ」少年は時計を見て言う。
それでも懸命に自転車を漕ぎ続け、地下鉄のホームに駆け込んだ。
少年は息をきらしながら、電車に乗り込んだ。乗客全員が少年を見る。しかし、一人だけは本から目をあげなかった。
「やあ」少年が言う。
「無視をしているのにはなしかけるな」まだ本から目を上げない長髪の少女は突き放すように言った。
それでも少年は諦めず、
「君は本当に本を読むのが好きだねえ」などという。
「…」少女は、何も答えない。
「また、×××を読んでるんだ。よく飽きないねえ。」
「…」少女は、何も答えない。
幼馴染み故のコミュニケーションなのだろう。全く少年は気にする様子はない。
無言が車内を包み込んだ。少年も一冊のライトノベルを読み出した。そこに挟まれていた、落ち葉を台紙に張り付けラミネートしたしおりが落ちた。少年は拾おうとしたが車内の揺れにより腰を曲げた瞬間にふらつき、転びそうになった。
「うおっうあ」情けない声が響く。
その瞬間に少女は手をさしのべ、少年を立て直した。
そしてしおりも拾う。
「お前さんはまだこんなのをもっているのか。」
しおりの裏には3年5組15番×××と書かれていた。
「懐かしいでしょ?」
「まあな」
学校の最寄り駅に着き、二人は降りた。その間二人は誰とも喋ることなく一定の距離を保ちながら歩いて学校に着いた。
二人は同じ教室に入り、それぞれの席につく。少年が座った後ろの席では4人の少女達が一台のスマートフォンにたかっていた。
「これいいじゃん!!」
「美紀に合ってるよ!」
「そうかなあ?」
「うんうん、絶対に似合うよ!」
何の話をしているかは少年には分からないが分かっても少年には興味がない話だろう。
その内にホームルームが始まり、そのまま何事もなく授業が始まり、学校が終わり、次の朝が来た。
相変わらず人混みにのまれ、少年は苦しそうだった。昨日と何も変わらず普通に登校した。しかし、少年は
幼馴染の女の子に出会わなかった。特に気を留めることもなく、教室の席に着いた少年はふと後ろを振り返った。何故なら昨日は美紀という少女について称賛していたのに、今日は美紀に対する罵倒が聞こえてきたからだ。
「マジであいつキモいわあ」
「ほんとにねえ。高校デビューってやつ?」
「あんなインキャだったなんてね。騙されるところだったよ」
少年は美紀を思い浮かべていた。その美紀の姿は昨日までの髪の毛が茶色を帯びた、カールのかかった髪を
している美紀ではなく、中学時代のぼさぼさの髪の毛を持った太った美紀だった。
少年は美紀に対して決して悪い印象は持っていなかった。掃除は真面目にしていたし、成績も上位だった。
まあ、それぐらいの情報しか持っていなかったのだが。しかし、美紀は第一志望は落ちたらしく、少年と同じ高校に来ることとなった。
その高校の入学式で見た美紀の姿を見て、少年は気づかなかった。同じクラスになりその姿が美紀だと分かっても、変わりすぎていた美紀に少年は無関心となった。ただ、周りのいわゆるヨウキャと呼ばれる少女に行動や性格を合わせているのを見て苦しそうだなと思っていたのだ。
幼馴染の少女は美紀と仲が良かった。おそらく、大人しい雰囲気が噛み合ったのだろう。しかし、少女も
変わってしまった美紀を前に戸惑い喋ることもなくなった。実際は単に興味がなくなっただけなのかもしれない。
その美紀は一人でポツンとまだ始まりもしない授業の教科書を開いて、うつむいている。
「でも、どうやってこの写真を見つけたの?」ヨウキャの一人が不意に言った。
「あーえーっとねえ。×××(幼馴染の少女)が生徒手帳に挟んでた写真を見たんだよ。そっからなんか美紀に似ている子がいるなあって思って、美紀と同じ学校の違うクラスの子に聞いたら、美紀だよって」
「じゃあこの写真は×××のものなの?だめじゃん」心底楽しそうに言う。
「もう写真の写真も撮ったし、かーえそ」
「現代っ子ー」
ヨウキャの一人が幼馴染の少女に走っていった。少女は特段驚く様子もなくその写真を受け取っていた。
少年はうつむきながらも少女を殺気のこもった目で睨んでいる美紀に気づかなかった。
放課後、少年は使われた茶道具を洗っていた。少年は週2回というゆるい、茶道部に入っていた。部活が強制なため入っただけである。同じ理由で幼馴染の少女も同じ理由で茶道部に所属している。しかし、少女はほとんどサボって部活にはこない。だから、少年は今日来ていないことを疑問に思うこともなかった。
部活が終わり少年は帰宅路についた。夜になって人がいなくなった桜並木を自転車で駆け抜けた。
不意に高く綺麗な声が聞こえた。
「待ってくれ」
少年はすぐに止まった。しかし暗いため声のでどころが分からない。
「ここだ!」
少年の後輪が蹴られた。そこで初めて少年は声の主に気づいた。幼馴染の少女だった。しかし、何かがいつもと違う。絶対的にその少女なのだがいつもより背丈が低いし、制服も崩れている。
元々美少女であり、幼馴染といえども崩れた所から見える下着に少年は多少ドキドキさせられた。
「×××なの?」少年は問う。
「そうだ。お前さん幼馴染の顔も忘れたのか?」不服そうに言った。
「だって・・なんか小さい」
少女は間髪入れずに少年の足を蹴った。
「痛い!!」少年の声が夜に響いた。
「あれほど昔からチビだの子供だの言うたびに蹴ってやったのにまだ言うか!」
「ち、違うよ!いつもより小さいんだ!」
もう一回少年の悲鳴が響いた。
「死ね!」
「本当だって!!自分の姿を見てみてよ!」憤慨した様子で少女にスマホを突き付けた。
カメラ機能を使って少女は見てみる。
「暗くてみえないんだが?」まだ怒っている。
「じゃあうちにきて鏡でみてみろよ!」
「じゃあ私の家に帰る」
「そのかっこで家に帰ったらおばさん腰を抜かすぞ?」
「・・・」
そこまで言われては気にしないわけにはいかず、渋々少年についていった。
「なんであんなところにいたの?」少年は問う。
「分からない。学校から帰っていたら記憶がなくなって気が付いたらお前さんが通り過ぎた」
嘘をついているようには感じられない。
「謎だね」
「少しなんだか薬品の臭いがする」
「それでねむらされたんじゃない?」少年は冗談っぽく言った。
「そうかもしれない」少女は真面目に返した。
そんな話をしていたら少年の家に着いた。
「里香さんは?」少女は聞いた。
里香は少年の母親だ。
「今日は飲み会だって」
「へー」
「洗面所はこっちだよ」
「ありが・・うわああ!こ、こ、これが私なのか?」
「だから、言ったでしょ?」
少女は自分が変わったことに納得できない様子で顔や体をぺたぺた触っている。
少女はそのままフラフラした様子で帰って行った。少年は引き留めたが聞こえてないようだった。
次の日やはり少女の姿はなかった。美紀も同じようにいなかった。それ以外はいつも通り。いつも通りのはずだった。
放課後、少年はすぐに少女が泊まっているというカプセルホテルに向かった。
「遅い」少女は言う。
「無茶言わないでよ」
「すごい発見をしたんだよ」少女はスマホを突き出してきた。
そこにはぼさぼさの髪の毛をもった太った美紀、つまり中学時代の美紀が映っていた。
「これは・・昔の写真?」
「違う。今日の昼にスーパーの前で見たんだ」
「ということは君は中学時代に戻ったんだ」
「なぜそう思う?」
「昔に戻るなんて摩訶不思議なことが全く同じタイミングで起こったなら、それは同じ現象じゃない?」
「確かに」
「念のために中学の美紀の写真と比べてみよう」
「わかった」
少女はスマホを熱心に見つめている。しかし、いつまで待っても写真をみせてこない。
「集合写真でもいいんだよ?」少年が待ちきれず聞いた。
「無い・・・」
「え?皆で撮ったじゃないか」
「写真が破損していてみれなくなっている」少女は怪訝な顔をして呟いた。
「もう古いスマホだからねえ」
「でも、他の写真は全部見れるんだ。中学1年生の時だって残ってる」
「奇妙だね・・そうだ!アルバムは?卒業アルバムになら」
「探してくるよ」少女は走っていった。
少年は久しぶりにきた幼馴染の部屋に昔と変わらない雰囲気を感じた。
しばらくしていると少女の悲鳴が聞こえた。すぐに少年は立ち上がった。
「どうしたんだい?」
「全部消えてるんだ・・・美紀の映ってるはずの写真が!」
「いよいよわけがわからないよ」
二人の間に深刻な空気が漂った。
「私はどうしたらいいんだ?一生このままなのか?」悲壮な顔を浮かべて少女は言う。
「分からない。けどこのままじゃ何も変わらないよ」
「どうしようか・・」
「・・・とりあえず美紀に会おう。彼女に関することが狂っているなら彼女は何か知っているかもしれないよ」
「了解」
できるだけ知人に会わないように美紀の家に行った。しかし、彼女の家は空き地になっていた。
「うそだ・・・」少女の顔には落胆が隠しきれていなかった。
少年も言葉を失っていた。そこに少年の中学時代の友人が自転車で通った。
「おーい!どうしたんだよ!」彼はバットを担いで顔に泥がついていた。
少年は声を何とか出した。
「ねえ・・×××美紀って覚えてる?」
「んん?誰だよそれ?可愛いのか?」彼は爽やかに笑いながら言った。
彼は学年全員と友達になるような人だということを少年は知っていた。
「そうか・・ありがとう」
「おう!またな!」
彼は一瞬で目の前から消えていった。
「美紀に関する昔の情報、いや記憶すらも消えている?・・」
「そんなかんじだね。でも絶対美紀は存在した。なのに・・分からない、わからないよ」
結局二人は何の情報も得られなかった。美紀も恐らく家族にばれないように家にはかえっていないんだろうと結論づけ、重い足取りのまま、別々の家に戻った。少女はカプセルホテルだが。
次の日、少年は美紀が来ていないことを確認すると、早退した。もちろん向かうはカプセルホテル。
「私考えたんだ。やっぱり美紀に会うしかないんだ」少女の目には決意が見えた。
「やっぱりね」少年も同意した。
探し始めて2時間が立った。
「なんで見つからないんだ!」少し怒った少年の声だ。
「もうこの場所にはいないのかも知れない・・」
その時だ。
「あそこだ!美紀がいる!追いかけるよ!」
二人はすぐに追いついた。
「ねえっ美紀だよね」息を切らせて少年が聞く。
「なんで、わたしを知っているの?」驚いたように美紀は言った。
「そりゃ覚えてるよ」少女が言う。
その瞬間に美紀は少女を睨んだ。
「あ、あなたのせいで!!!」
さっきとはうって変わった大きな声に二人は驚いた。
「どういうことなんだ?」少女は何もわからずに聞く。
「あなたが昔の私の写真を皆に見せるから嫌われて!仲間はずれにされたのよ!」
少女はヨウキャに写真を渡されたのを思い出した。
「違うんだ・・!あれは落として・・」少女は言う。
「あなたのせいであることに変わりはないじゃない!昔のわたしなんて大っ嫌い!勉強もオシャレも友達を作るのもできなかった!だから・・その分を取り戻すために頑張ったのに、台無しじゃない!
昔のわたしを消してしまいたい・・なのに何故か姿は昔に戻っちゃうし!!」一呼吸で言ったせいか、美紀は苦しそうだった。
「消えたんだよ昔の美紀は」少年はしっかりと美紀の目を見て言った。
「え・・?どういうこと?」美紀は顔を上げる。
「美紀の家もなくなっているし、昔の写真も何一つ残っちゃいない。俺ら二人以外は恐らく誰も知らない。
美紀の昔は何も残っていない!」
「ウソ・・嫌だ嫌だ嫌だ!」美紀の目じりには涙が溜まっていた。
「本当なんだ。美紀。何も知らないのか?」少女が言う。
「知ってるわけないじゃない!なんで、なんで!」
「美紀が願ったからだと思うよ。美紀は自分の過去を消したいと願った。それが叶ったんだよ。美紀の今と引き換えにね。」少年は悟ったかのように言った。
「そんな・・・」美紀は跪いた。
「美紀だって今はもう分かっているんだろう?過去があるから今があるんだよ。過去を消してしまったから今が消えたんだ」少女が呟いた。
「どうすれば元に戻れるの?過去も背負っていきるからあ!」美紀はもう大泣きだった。
「分からないよ。けどもう一度過去をつくることは出来る。今だって一秒後には過去になっているんだから。」
住宅街に風とともに桜の花びらが舞っていた。
美紀と別れた後、二人は同じ道を通っていた。
「なんで私も過去に戻ったのだろうか」
「多分美紀と長い時間を過ごしていたからだろうね。世界が歪んだのを直すために君も巻き込まれたんだ。」
「早く戻りたい」
「そうだね・・学校によってかない?」
「どうしたんだ急に?」
「誰もいない教室に行ってみたくてさ」
「呑気なやつだ」
柵をこえて二人は学校に入った。