亡い女を想う
冬の喫茶店。男は虚ろな顔をしている。
「亡い女を想うって書いて妄想って読むの、なかなか深いと思わない?」
彼女のお気に入りの店で、向かいの女はにっこり笑った。
死ときちんと対面したことのない人間は、それに対しての認識が薄い。死というものを知識として知ってはいるものの、身近なものとして捉えることが出来ないのである。
俺の死に対する認識はかなり甘かった。俺の両親は健在だし両親の両親、つまり祖父母もまだまだ元気なのだ。
だから俺の死に対する認識ってやつは本当に甘かった。そりゃあもう向かいの女の目の前に置いてある、ホイップクリームが沢山乗っかっている熱々のココアなんかよりもずっと、ずーっと甘い、甘すぎる認識だった。
さて。そんな認識のやつが身近な人間の、しかも将来を誓い合うような仲の、それくらいかけがえのないような人間を失ったらどうなる?
まぁ人それぞれって感じもするけど、少なくとも俺は未だに彼女が死んでしまったことを受け入れられていなくて、だから彼女が気に入っていた店に来てしまったりだとかそういったことを現在進行形でしている。彼女の面影を探しているのだ。
「不毛だと思わないの?」
「思うよ」
「なら辞めればいいのに」
鼻で笑うように息を吐いて、しっかりと彼女は笑った。辞めればいいのに。本当に自分もそう思う。けどそんなこと出来ない。しようと思って出来ることじゃないんだ。
お冷。ホットのコーヒーとココアのカップが一つずつ。店員さんがやってきてホットケーキの皿を俺の前に置いた。テーブルの上が華やいでいる。
同い年の彼女はどこか子どもっぽいところがあって、ここのホットケーキと熱々のココアが好きだった。甘いものに甘いものを合わせるだなんて、俺からしてみれば到底考えられないことで、いつも二口ほど勧めてくる彼女には正直なところ呆れに似た気持ちを抱いていた。
けど、俺の反応を面白がって笑ってくれる彼女が好きだった。切り分けたホットケーキをフォークで刺し、こちらにそれを向けて笑いかけてくる彼女が。
「そろそろやめなよ、辛いんでしょ」
「それは無理だ」
「なんでよ」
「忘れたくない」
「まったく、なよっちい奴だな」
冷めるよ。彼女はホットケーキを静かに指差した。露わになっている腕の先。細い手首には革バンドの腕時計が巻いてあった。この時計は、よくよく見ると文字盤に小さく日付が記してある。時計は一年前の夏から止まっていた。
「妄想も大概にしなって」
困った笑顔をさせたい訳じゃない。けど、縋ることはやめられなかった。俺にしか見えない彼女。俺だけの彼女。幽霊だって妄想だって何だっていい。ただ、もう、いなくならないで欲しかった。




