小山内さんはイケメンが好き
遺伝子には逆らえないってことでここは一つ。
ほら、動物ってさ、滅んじゃわないように優秀な遺伝子を残そうとするところがあるじゃない?だから、集団の中で秀でている個体を好いちゃうのは不可抗力っていうか、動物としての本能が優秀な遺伝子を選べー!って訴えてるってことだから、もう本当に仕方のないことで。つまりさ、何が言いたいかっていうと……私がイケメンを好きなのはそういうことなんだよ。
「小山内さんって正直すぎるって言われない?」
「言われる言われる」
□
小山内さんはクラスメイトの女の子だ。肩口で切り揃えられた黒髪をくるりと内巻きにしていて、全体的に小柄だから、一見すると大人しそうなんだけど話すところころ鈴が転がるように明るく笑うような、そんな女の子だ。
小山内さんと初めて話をしたのはかなり前のことだ。二年の文理選択で理系に進んだら初めてクラスが一緒になって、席が前後だった。五十音順の席順で、ア行の最後が小山内さんでカ行の始めにあたる加賀、つまり僕が小山内さんの後ろに座った。そして彼女は後席の僕を見て言ったのである。「わー君イケメンだねえ。これから二年間よろしくね」と。
僕は人よりも多少見目が良い。こんな事を言うとナルシストかな?と思われるかもしれないけど、事実、バレンタインや学校の行事ごとではよく女の子に告白をされる。
人に好かれるのは嬉しいことだ。若干同性からやっかまれることも、ないことはないけどそれも気になるほどじゃなかった。
そんなこんなで見た目が人よりも多少良いということに関して、中学生のころは良いことしか無いなーと思っていたけど、高校一年生のころ彼女が出来てから…正確にはその彼女に振られてから見目が良いことについてのデメリットに僕は気付いてしまった。
「加賀君ってさ、付き合う前と後でちょっとイメージ違うかも。見た感じはカッコいいんだけど…すこしドジっていうか」
というのが元彼女の別れ際の言葉である。他の人から言わせれば僕はクールな感じがするらしいけど、実際の僕は結構間抜けだし子どもだし馬鹿だ。
アイドルという言葉があるが、あの言葉は元々偶像という意味らしい。イメージとはすなわち偶像であって、付き合ううちに元彼女の中の僕の偶像が壊れてしまったのだと僕は推察している。勝手なイメージを作り上げられて偶像化される。テレビの向こうの本職の人はそれが当たり前だけど、僕にとってそれはもちろん当たり前であってほしくないことだ。
けれど僕にはそれを回避する手立てがなくて、だから、それ以降は人と付き合うとか付き合わないとかそういう話を敬遠するようになってしまった。好かれて告白されても彼女は作らないぞ、と思っていた。
閑話休題。カッコいいとかイケメンとかそういった言葉は聞き慣れていたから、初めて彼女に褒められたときに僕は動揺も困惑も顔には浮かべず笑って「ありがとう」と答えた。それから一ヶ月位で席替えがあって、僕と彼女の席は離れた。それからしばらく彼女とは業務連絡以外で話をすることは無くなった。
彼女とよく話をするようになったのは僕が図書委員になってしばらく後のことだ。元彼女に振られてから、僕は男友達と話す時間以外は図書室に通っていた。
一人でいるときはよく女の子に話しかけられるのだけれども、図書室なら私語厳禁だから女の子に話しかけられることもなく穏やかに過ごせた。司書の先生とも雑談をしたりお茶菓子を貰えるくらい仲良くなったし、年度が変わったら委員会は図書委員に入ろうと思っていた。
委員はクラスのホームルームの時間に立候補で決める。図書委員は男女二人組で男子は僕とあともう一人が立候補した。女子の方はよく話す女子数人と、あと小山内さんが立候補していた。女子の勢いにドン引きした相手の男子が「加賀がんばれよ」と僕に図書委員を譲ってくれた。
女子は結局ジャンケンで委員を決めたみたいで、小山内さんは負けていた。ジャンケンに負けた他の女子は結構残念そうにしていたけど、小山内さんは特別残念そうでもなかった。
そして、やっぱり、というか何というか。一緒に図書委員になった、クラスでも比較的よく話す女の子は特に図書委員になりたかった訳でも本が好きという訳でもなかったようだ。
最初の頃はちゃんと当番に来ていたらしいのに、当番の割り振りが僕と一緒じゃないことにぶちぶち文句を言って(彼女は昼休みのカウンター当番を僕と一緒に出来ると思っていたらしい。カウンター当番はもとから一人だけなのに!)司書の先生を困らせたみたいだ。けどその彼女にもめでたく?彼氏が出来たようで僕はお払い箱、ということらしい。彼氏を作るのはいいけど、当番はしっかりやって欲しかった。
「彼女に注意した方が良いですかね」
「やる気のない奴はもうしょうがないわよ〜それにあたしはあの子とソリが合わないしね」
「飯田先生、先生がそんなこと言っていいんですか」
「アラッ、口が滑っちゃったわあ。このお煎餅で内緒にしてね?」
個包装の煎餅をありがたく受け取って笑う。司書の飯田先生はもう一つ僕の手のひらに煎餅を置いてニコッと笑った。
「加賀君、放課後暇?部活入ってないよね?」
「暇ですけど、何かあるんですか?」
「新しくきた本に透明のブックカバーを貼って欲しいのよ。ラベルとバーコードは貼り終わってるんだけど、ブックカバーだけ貼れてなくて。本当はあたしがやっておきたかったんだけど、会議が入っちゃって」
特に用事は無かったから僕はその仕事を快く引き受けた。
「僕だけですか?同じクラスの図書委員の人、呼んだ方が良いですか?」
「助っ人はあたしが呼んでおくからいいよ。ブックカバー貼り職人を呼んでおくから」
なんてそんな事を言って先生はパチンとウインクをしてお茶目に笑ってみせた。
そして放課後。図書室で僕を待っていたのは小山内さんだった。ぱちぱちと瞬きをして彼女を見つめると背の低い彼女は僕を見上げて柔和な笑みを浮かべる。そして「ブックカバー貼り職人でーす」とピースサインを向けてきた。曰く先生と小山内さんは親戚らしい。
「私はえっちゃん先生の手下なんだよーこの学校に入ってからずっとブックカバー貼りやらされてんの」とのこと。ちなみに飯田先生の下の名前は江津子だからえっちゃん先生というあだ名になったみたいだ。
「作業は書架室でやるよ」
「へー、書架室って入ったことないな」
図書室の貸出カウンターの奥にある書架室へは鍵がないと入れない。彼女は先生から預かったのであろう鍵を使って書架室の扉を開けた。本棚と本がずらっと並んでいて、それほど広くはない。本棚が大きいせいで圧迫感がすごかった。
窓際には普通の教室で使われるような机と椅子が三セットほど並んでいる。一番右の机にはラベルとバーコードの貼ってある本が積まれていた。
彼女は背負っていた通学リュックを無造作に床に置いて、三つの内の真ん中に座る。そして机の中身をがさがさと漁りだした。ブックカバーのシートの束と三十センチ定規を二本取り出して「じゃあ早速教えるから座って」と、ぼんやり立っている僕を見上げて左の机を叩いた。
僕も彼女にならって背負っていたリュックを床に置く。それから席につくと、思ったより距離が近くて驚いた。それなりに狭い部屋に二人きりでこの近さ。僕はそのとき、少し彼女と先生を疑ってしまった。
「加賀君、微妙な顔してる」
「え」
「私、加賀君の顔は好ましいと思ってるけど別に好きってわけじゃないから安心してよ」
いたずらっぽい笑みにカッと頬が熱くなった。彼女と先生を少しでも疑ってしまったという恥ずかしさとか、そういう気持ちがせり上がってくる。また変な顔をしてしまっていたのかもしれない。僕の顔を見て彼女は慌てたように「あっ、待って、別に嫌いってわけでもないからね?」と弁明する。
「いや、あの、大丈夫…はじめてそんなこと言われたからちょっとビックリしたというか、なんというか」
「あ、そお?うん、傷付けたとかそういうんじゃないならいいんだ」
「でもいきなりだったから」
「いやー、何か顔に書いてあったから。警戒した方がいいかな?って」
「ごめん」
「謝らなくていいって!イケメンも大変ねー」
しみじみと言う彼女が何だかとても面白くて、ほっと気が抜ける。
「うん。人より少し見た目が良いと大変だよ」
「謙遜してるけど割りとナルシストな発言!」
「だって大変なのは事実だし」
「あはは、加賀君って思ってたより面白いね。クール系かと思ってたよ」
「…イメージ崩れた?」
どきどきと心臓がうるさかった。僕の気持ちなんか全く知らない彼女は「崩れたよ。こんなユーモラスならもっと早くに話してれば良かった」と、とびきり明るい笑顔でそう言った。
それからは新しい図書が来るたびに彼女とブックカバーとラベルとバーコードを貼る作業をした。初回以降先生によく頼まれるようになったのだ。「えっちゃんの手下二号だね」と小山内さんに笑われたのは結構最近の話だったと思う。
作業中に小山内さんとはよく話すようになった。イケメンがとても好きらしく「今日も目の保養をありがとうございます」と毎回拝まれた。
「ほら、動物ってさ、滅んじゃわないように優秀な遺伝子を残そうとするところがあるじゃない?だから、集団の中で秀でている個体を好いちゃうのは不可抗力っていうか、動物としての本能が優秀な遺伝子を選べー!って訴えてるってことだから、もう本当に仕方のないことで。つまりさ、何が言いたいかっていうと……私がイケメンを好きなのはそういうことなんだよ」
ドヤ顔で言う小山内さんに笑いが堪えられなかった。そうか、本能か。本能なら仕方ないのかもしれない。
「小山内さんって正直すぎるって言われない?」
「言われる言われる」
なんというか、彼女のさっぱりした物言いが僕にはとても好ましく思えた。
□
僕が飯田先生の手下二号になってから一ヶ月ちょっと。六月の半ばにはスポーツ大会がある。彼女が出る種目は水泳で、僕が出る種目はバスケだった。
「小山内さんが水泳って何か意外だよね」
「いや〜加賀君も種目決めの時いたから分かると思うけど、ほら水泳って立候補者少なかったでしょ」
「……そういえばそうだね」
「あのまま決まらないのも面倒だから立候補しただけで、別に得意って訳じゃないよ」
隣で笑う彼女の横顔を盗み見る。小山内さんはあまり目立たないタイプだけど、小柄でよく笑うから偶に男子の中で話題になる。よく笑ってて明るくて可愛いって。僕も彼女の笑顔は可愛いと思う。
「水泳は午前だよね?」
「うん。バスケは午後でしょ?」
「うん、そうだよ」
「じゃあカッコいい加賀君を応援できるね」
「あんまり期待しないでね」
作業中だから笑顔は全然こっちに向かない。それを何となく残念に思いながら僕は来週にあるスポーツ大会に思いを馳せた。
そして一週間はあっという間に過ぎ去り、僕は友達と学校の塩素の匂いで満たされている屋内プールまで足を運んでいた。水泳で行われる種目は男女別のリレーだ。直前までグラウンドでサッカーの応援をしていたから、男子のリレーは見逃してしまった。僕のクラスの男子のリレーでは八クラス中四番目だったみたいだ。頑張ったクラスメイトには悪いけど良くもなく、不可もない結果だと思う。
リレーの一番目の女子が八人、飛び込み台の上に立った。みんなが指定のスクール水着で帽子を被っているから、どの女子が小山内さんなのかは遠目じゃ分からなかった。
スタートの合図が鳴り響いて、飛び込み台の上にいた人たちが一斉に飛び込む。
「何レーン目が僕達のクラス?」
「ん?確か三レーンらしいぞ」
「ふぅん」
三レーンの一番走者(いやこの場合水泳だから一番泳者かな?)は確か背が高かったから多分小山内さんではない。三レーンをちゃんと見てみると小柄な女子が屈伸したり足首を回したりしているのを見つけた。あ、多分あれが小山内さんだ。そこでハッと重要なことに気付く。この順番でいくと小山内さんはアンカーなのでは…?
僕の予想は外れていなかった。他の人たちは二十五メートルを泳ぎ切ったらバトンタッチするがアンカーは五十メートルを泳ぐことになる。あっという間に彼女の出番は来た。僕のクラスには水泳が得意な女子が多かったのか、現時点で八クラス中二番目だった。
飛び込み台から飛び込んで、しばらく潜水。上がって来たと思ったらぐいぐい前に進んで、彼女は綺麗なドルフィンターンを見せつけてくれた。得意じゃないなんて嘘っぱちじゃないか!
クラスの女子が「小山内さん!頑張れ!」と応援している。僕も興奮のままに「小山内さん頑張れ!」と声援を送った。そのまま速度を落とさず、彼女はとうとう一番速いクラスの選手を抜かした。結果、水泳は女子が一位、男子が四位となかなか良い成績を残せたのだった。
めざましい活躍を見せられた僕は彼女に触発されて午後のバスケで良い成績を残せるよう気合いを入れた。成績はそこそこだった。
そして二年目のスポーツ大会で僕達のクラスは中の上くらいの成績を残したのだった。
「小山内さん、水泳得意だったんだね」
「まぁ人並みには」
「嘘こけ。明らかに人並みじゃなかったよ。すごくカッコよかった」
「それを言うなら加賀君だって。バスケ経験者?」
「地域のバスケチームとかに入ってたから」
「そうなんだ。バスケやってる加賀君の方がカッコよかったよ」
スポーツ大会が終わって初の作業日だった。本当はその日のうちに話をしたかったのだけれども、僕達はクラスの中では一定の距離を保っていたため、この日までスポーツ大会の時の話題を燻らせていた。
作業をしていた手を止めて、彼女は隣に座る僕を真っ直ぐ見る。
次の瞬間、彼女から向けられたのは、はにかむような笑みだった。普段はあまり見ない類の彼女の笑みはまるで稲妻のような衝撃を伴って僕の心臓に刺さった。
「改めて加賀君ってカッコいいんだな、って思った」
「えっ、と、その…ありがとう」
カッコいい、とかそういう類の言葉は言われ慣れている。言われ慣れているし、彼女からその言葉を聞くのだってこれが初めてじゃない。
でも、それなのに、僕の頬は燃えるように熱くなった。勢いよく血液が全身に回っている感じがして、僕は二の句が継げなかった。
幸い彼女は僕の頬の様子に気付く前に作業に戻ってしまったから揶揄されずに済んだけど、僕は大いに動揺した。初めて褒められたわけじゃないのに、なんで。
結局答えはその日のうちに出なかった。
□
彼女と僕はよく話すようになったと思う。けれど、よく話すようになったとは言っても教室では必要以上に話すことはしなかった。
書架室のなかだけで、僕たちは気の置けない友人のように振る舞えた。微妙な距離は居心地が良かった。その関係は変わらないと思っていた。何故だか無意識にそう思っていたのだから手に負えない。
だから僕はその光景にかなりのショックを受けたのだ。
七月半ば、友達に誘われてバスケをしに体育館へ行こうと教室を出たところで僕はその二人を見た。僕が出たのと反対側の…教室前方の扉のすぐ横で、あどけなさの残っている、顔の整った男子と小山内さんが話していた。
男子の方が教室から出てきた僕を見て、彼は小山内さんに内緒話をするみたいに口を寄せた。彼女はくすぐったそうに笑う。そういえば彼女は耳が弱いからイヤホンは苦手だって言ってたっけ。
どうでも良いことを考えながらどんどん彼らに近付いていく。今度は小山内さんのほうから内緒話をする番らしく、男子の方は少し屈んで、逆に彼女は気持ち背筋を伸ばした。そして彼女はその男子の耳に唇を寄せる。
腹のなかで、なにか黒いものがぐるぐるしてるみたいで気持ち悪かった。
きっと自惚れがあったんだと思う。クラスで僕以外の男子とは話しているところを全然見ないから、僕は彼女を独占している気になっていた。
そして唐突に思い至った。スポーツ大会のあと、書架室で僕ははにかむ小山内さんを可愛いと思った。そしてそんな彼女が僕にカッコいいと言うことで僕は大いに動揺したのだ。好きな女の子にカッコいいと言われて不快になる男は居ないと思う。
微妙なタイミングだけど、そこで初めて僕は彼女が好きなんだと気付いた。
すれ違いざま、彼女が僕に手を振る。あっけらかんと笑う彼女に僕も笑おうとして、失敗した。胸のあたりがじくりと痛む。その後にやったバスケは全く集中が出来なくて顔にボールが当たった。かなり鼻血が出たし、そのせいで五時限目には少し遅れてしまった。
そしてあっという間に放課後は来た。今日は新しい図書の入る日だから、彼女と一緒に作業の日だ。予想はしていたけど彼女に昼休みのあとのことについて聞かれてしまった。同じクラスだとこういうときに面倒だ。
「今日五限遅れて来たけどどうしたの?」
「バスケで鼻血出したんだ」
「うわっ、イケメンの鼻血とか見てみたい」
「別に面白いものでもないからね…」
好きだと自覚した後に情けない話をしなきゃならないだなんて…つくづくツイてない。話をしながら本に定規を当ててブックカバーを貼っていく。
いつもと一緒、二人きりの書架室。気になっていることを聞きたかった。自然な流れで、明日の天気を聞くみたいに。
「イケメンっていうと、今日小山内さんと話してた男子がイケメンだったよね」
ちらり。横目で小山内さんを見ると彼女はすぐ思い至ったらしく「あー悠くんね」とその男子の名前を出した。へー悠くんって言うのか。
「うん。あの子もイケメンだよね」
「一年?」
「そうだよ。今年入って来たの」
「僕とは系統が違うよね」
「加賀君はクール系っぽいけど、あの子はアレだよね少し甘めな顔立ち」
優しげな横顔にまた胸のあたりが痛んだ。自覚をしだしたらもう止まらなかった。小さな耳に口を寄せて、秘密の話を囁く。
「小山内さんはイケメンが好きだって言ったけど、どっちの顔立ちが好き?」
彼女が息を呑んだのが気配でわかる。
「く、くすぐったい」
「逃げないで」
「ホントくすぐったいから離れて」
「むり」
定規をぎゅっと握って彼女は逃げようとするけど、僕が背もたれに手を回しているから椅子が引けなくて彼女は逃げられない。ていうか逃さない。
「僕、小山内さんのこと好きかもしれないんだ」
「…かもしれないって保険かけるところが加賀君っぽいよね」
「で、どっちの顔立ちが好きなの」
「ちぇっ、誤魔化されてくれないかー」
もっと近付いて「誤魔化されないよ」と言うと彼女は白旗をあげて「加賀君の顔立ちの方が好きです」と若干赤くなった顔で言った。
「うれしい」
「こっちは言わされた感すごいんだけど!ていうか何か勘違いしてるでしょ?あれ弟だよ」
「えっ」
「弟」
「…」
多分間抜けな顔になっているだろう僕を見て彼女はぷるぷると肩を震わせた。ああ、これは、かなり笑いをこらえている。今度はこっちが赤面する番だ。
「なんか似てなくてごめんね?加賀君ってさ、見た目がクールでなんでも出来そうなのに時々すごいポカをやらかすよね。どこか残念っていうか」
「は、恥ずかしい……」
「耳から首まで真っ赤だよ」
「言わないで……」
思わず机に突っ伏すとかなり笑われた。悔しいっていうか…なんというか情けない。少しだけ顔を上げて彼女を見る。輝かんばかりの笑みに、やっぱり好きだと再確認。彼女は全く悪くないけど、どうにも素直になれなくて恨みがましい目で彼女を見やる。
「……顔が整ってても、残念な奴はやっぱり駄目かな」
彼女はキョトンとした顔で僕を見たあと、悪い人が浮かべるみたいな表情で笑った。意趣返しをするみたいに彼女は僕の耳に口を寄せる。肩に置かれた手は熱い。衣替えをしたから、薄いシャツ越しに彼女の体温が伝わって来て心臓が暴れた。
「顔は、キッカケにすぎないよ。実際、私は意外とドジっ子な加賀君を見ていてかなり好ましいと思ってる」
そっと離れた彼女を見る。彼女の頬は平時よりもずっと赤く色付いていた。堪らなくなって彼女を抱きしめると「別に好きだとは言ってないよ。ていうかこれ加賀君がイケメンじゃなかったら通報されてるよ」と背中をグーで殴られてしまった。
「でも小山内さんは通報しないんでしょ?通報されない顔立ちで良かった」
「最近時々ストレートにうざいよ加賀君」
「でもそこも好ましいって思ってくれるんでしょ?」
「お父さんとお母さんの遺伝子に感謝するんだな」
憎まれ口を叩きつつも大人しく腕の中に収まってくれてるのは、つまりそういうことで、これが答えってことでいいよね?