【BOX_05】助ける理由
ガデオン軍のギャレット3機を倒した万丈は、1人取り残されたダミールを捕虜として捕まえた。
「こいつどうする?」
「捕虜解放の交換条件として使おうと思う。拘束するから下ろしてくれ」
エマはブラントが掴んだダミールの両手を縄で縛る。
「クッ、この程度でいい気になるなよ。弱小貴族が!!」
「まだ口が減らないようだな。少しばかり痛めつけておいてはどうだ」
ベイトはダミールを見下ろすと冷静に言い放つ。
「ひっ…」
「ベイトさん、無闇に捕虜を傷つけるのはいけない。彼にはガデオン軍の拠点まで案内してもらうことにする」
「私が味方の情報を売る男だと思うか。頭が平和な貴族殿だよ」
ダミールはエマに向かって嫌らしく笑う。
「尋問の方法は色々ある。言いたくないなら言いたくないでそれでいい。水責め、爪剥がし、焼き鏝、色々あるがどれがお好みかね…」
ゆっくりと圧をかけていくベイト。
「うっ、なんだ貴様は…寄るな、寄るな!!」
ベイトの凄みに普通にビビるダミール。
「団長、彼から情報を引き出すのは私に任せてもらっていいか?」
「はい、ただ手荒なマネだけはしないようにお願いする」
「わかった。出来る限り善処しよう」
ダミールをベイトに任せ、エマはコクピットから降りてくる万丈の元へ歩いていく。
「見た?団長さん。バッチリだっただろ?」
「ありがとう。君のおかげで助かった。不思議なアームも持っているし、君達は本当に何者なんだ」
「えーと、それは…」
ベイトがこちらを無言で見ているような気がして、ここは黙っていた方が良さそうだと判断する万丈。
「今は話せないんだ」
「そうか、無理に詮索はしない。出来れば君の名前を教えてもらえないか」
「俺の名前はばんじょ…バンだ」
「バン、か。ありがとうバン」
エマと握手をする万丈。
「ひとまず私たちの拠点まで戻ることにしよう」
「わかった。ベイトのおっちゃんは?」
「私はこいつを尋問しておく。お前は少し休んでいろ。いつまた敵が来るかわからん」
「了解、そしたらあれ直せるか見てみようか。団長、アムドックス見てみていい?」
「別に構わない。駆動系がやられてしまっている。戻って修理をしないと」
「今すぐに、ってわけにはできないか。了解、そしたらブラントをもうちょい見てるよ」
「私は前の席にいる。何かあったら呼んでくれ」
エマは前の席に移り、万丈はブラントのコクピットの点検を始めた。
トレーラー、後部席の片隅。ダミールとベイトだけになる。
「さて、色々とこの世界のことを喋ってもらおうか……」
「やめろ、やめろーっ!!!」
トレーラー内にダミールの悲鳴が響き渡った。
◇
移動から2時間ほど。
万丈達は、クラウズ領内のトルク村へとやってきた。
心許ない砦に囲まれた簡素な村だった。
人口は100人程度。ガデオン軍に領土を奪われ続け、今はここしか残っていない。
トレーラーが戻ってきたことで集まる村人たち。
村人の服装も、皆一様にくたびれた格好をしている。
万丈とベイトの騎士服はその中でも随分浮いているように思えた。
「随分静かな感じなんだな」
「ガデオンに占領されていない唯一の生き残りのようだ」
「ガデオンって世界を守るような国じゃなかったのか?」
「どうやらあの世界とは様子が違っているようだ。お前には後で説明しよう」
「ふ~ん、なんかあるんだな」
万丈とベイトは後ろの覗き窓から外の様子を眺める。
「でも、さっきなんで俺の機体を使っちゃいけなかったんだ?」
「お前の機体はこの場所では目立ちすぎる。目立つとお前は盗賊たちからその機体を狙われ続けることになる。そうはなりたくないだろう?」
「盗賊なんているのか?」
「ものの例えだ。盗賊だけの話ではない。ここはもうお前のいた星ではないのだ。考えは切り替えた方がいい」
「まぁ、おっちゃんがそう言うならそういうことにしとくか」
トレーラーは村の奥の屋敷へとたどり着くと裏に停まった。
屋敷から従者らしき人が何人か出てくる。
「団長、お帰りなさい」
「あぁ、今帰った」
「他の方々もどうぞこちらに」
従者の案内で屋敷に通される。
客用の部屋に通された万丈とベイトは椅子に座り一息ついた。
「ふぅ、ようやく落ち着けるみたいだな」
「これからどうなるかはわからんがな。休んでおいたほうがいい」
「俺を助けてくれたのはおっちゃんなんだろ。助けてくれてありがとう」
「…私もお前に助けられた。お互い様だ」
お互いかわす言葉は少ないが、納得したように無言で顔を合わせる。
「にしても、俺達はどうやってフロア3から脱出できたんだ?ここはフロア1なんだろ?ゲームのように既にフロア2まで要塞は落としているのか?」
Battle Order Xaxisはフロアの要塞を落とすことで次のフロアにいける仕様になっていた。
フロア4以降はラストミッション前のイベントが終わった後に強制的に解放となったが、
フロア1、2はプレイヤーがちゃんと攻略していたものだったのだ。
「いや、フロア1も2も、クラッシャーの制圧下であることに変わりはないらしい」
「じゃあなんで俺達はフロア1にいるんだよ」
「必要だと判断した時に話をする」
「なんだよ、やっぱ知ってんじゃん(教えてくれてもいいじゃんかよ)」
「それよりも、お前は基本私に話を合わせろ。箱乗りとしての能力を見せてしまった以上、お前はこれから戦いに駆り出されることになるだろう。面倒事に巻き込まれたくなければ、その能力は隠すことだ」
箱乗り。コクピットの形状から『アームを操縦できるパイロット』のことを指す。
じーっとベイトの方を見る万丈。
「…なんだ?」
「おっちゃん……思ってたより結構喋るんだな」
「……もう喋らん」
「あー、ごめんごめん嘘嘘!!見た目は寡黙そうだなーって思ってたからさ」
「……いいか、無闇に闘うな。お前の首を絞めることになるぞ」
「それは実際に起こってみないとなんともだけど」
そこに従者がノックをして入ってくる。
「バン様、ベイト様、食事の準備が出来ましたので。こちらへ」
「おっ、メシか。ありがたい」
従者の案内で広間で食事をとる。
テオ、モアナの姿はあったがエマの姿は見えなかった。
出された料理はラーグの干し肉に野菜炒め。
シチューのようなものだった。干し肉は歯ごたえがあり、筋っぽい羊の肉に近い感じ。
野菜はニンジンっぽいものと根菜、シチューは塩気の薄いもので、とても美味かと言われると正直そうでもなかったのだが腹は減っていたのでありがたくいただくことにした。
「あんたがバンか。すげぇな!!ガデオンの奴らを倒しちまうなんて」
テンション高めに話かけてくるテオ。食べ方は汚い。
「私はベイト。バンはこっちだ」
「え?」
「くふふ、テオ間違ってやんの」
「ハァ?お前知ってて黙ってたのかよ!」
「聞かないあんたが悪いんでしょ!!」
食事中に喧嘩を始めるテオとモアナ。
「2人とも、食事中くらい喧嘩はやめないか」
エマがやってきて2人を諌める。
「騒がしくてすまないな。2人とも、食事が終わったら後で話したいことがある。奥の部屋に来てくれ」
「団長は食べないのか?」
「私の分は別にある。心配しなくていい」
そのままエマはいなくなってしまった。
「家の中くらい兜脱げばいいのに」
「ま、団長にも色々あってな」
「そうそう」
「ともかくだ、バン。お前のおかげで俺たちは助かった。礼を言うぜ!!」
「あの機体壊れてるんでしょ?あとで見ておいてあげるね。私、整備士だから。代わりの素材はないけど応急処置くらいならここでも出来ると思うよ」
「それなら大丈夫。あのブラントには自己修復機能があるから、明日にでもなれば直ってると思うよ」
「自己修復機能?」
「あぁ、星のエネルギーを吸収して機体を直す装置のことだ。俺たちのせか」
「バン」
世界、と言おうとしてベイトに止められる。
「俺たちのアームはそういうわけでコアさえ残っていれば修復可能なんだよ」
「へぇ、凄い技術なんだね。俄然興味が湧いてきたよ」
「モアナは団長の機体を見てやった方がいいんじゃないか。直せば動きそうな感じではあったよ」
「そうだね、これ終わったら直すことにするよ」
「やつらもいつ来るかわかんねぇからな」
テオとモアナと話をしながら、出された料理をペロッと平らげ万丈とベイトはエマのいる部屋を訪れた。
「すまないな、疲れていると言うのに」
「別に。料理美味かったよ。ごちそうさま」
「あれくらいのもてなししかできなくて申し訳ない限りだ。この村にもなかなか余裕がなくてな」
「ガデオンが影響しているのか?」
「…そうだ。奴らにクラウズの領土を奪われ、私たちは今非常に厳しい状態になりつつある。このままではこの村が制圧されるより先に食糧が底をつくかもしれない」
「そんなにやばいのか」
ベイトの方をちらと見る万丈。ベイトは余計なことは喋るな、と言った風に万丈に目配せをする。
「残された騎士団で領土奪還を試みたが、返り討ちにあってしまった。今やアームは私が持つアムドックス1機しかない」
「それも故障しているわけだろ?」
「その通りだ……」
兜と表情は見えないが、暗く沈んだ声でどういう顔をしているかは想像がつく。
「2人は名うての箱乗りなのだろう。あの動きを見ればわかる。恥を承知でお願いしたい、どうか私たちを……」
「それは出来ない」
あっさりと拒否の言葉を口にするベイト。
「我々は一刻も早くフロア3に行かなければいけない。ここで足踏みをしている時間はないのだ」
「……今、なんと?」
「我々はフロア3に急がなければならない」
驚いたように乗り出した体を戻し、再び椅子に深く腰掛けるエマ。
「驚いた……フロアを越えようとする者がまだいるとは…」
「ここにはいないのか?」
「考えたことすらない。あのガデオンでさえ、自分達の領土を守るので精一杯なのだ。それを、あの要塞を破ろうなどと考える者がいるなど……」
万丈とベイトはお互い目を見合わせる。
「その辺、詳しく聞かせてくれないか」
◇
エマはフロア1の現状について以下のように話をしてくれた。
クラッシャーに制圧されたフロア1は、要塞から連なる高き壁が大陸を全て囲うように存在し、そこを越えることは出来ないということ。
クラッシャーは基本的に占領地内に入らなければ襲ってこない。
進行してくるギリギリの境界線を 《クラッシャーライン》 と呼び、そこから内側の領土はガデオンが占領していること。
クラウズ、ドーレット、アルパーと3つあった公国は、クラウズを除いて全てガデオンの占領下となったこと。
ガデオンはクラッシャーに抵抗することはなく、彼らの残った財産を守ることに必死であるということ。
「そんな状況なのか……」
万丈が知っていたBOX内の情報とはだいぶ違うようだった。
クラッシャーと闘う勢力ではガデオンしかなく、それなりに戦う意志は見せていたはずだった。
要塞攻略戦も用意されていたし、事実上クリア可能な難易度だったはずだ。
「話を聞くとガデオンの振るまいは目に余るようだな。色々と面倒なようだ」
「フロアを越えていくのなら彼らとの接触も避けては通れないだろう。クラッシャーラインはガデオン領の更に奥にある」
「なるほど……」
考え込むベイト。
「ガデオン領に入るなら、拠点があった方がいいだろう。私たちの村を使ってくれてもいい。だから……」
「それでも、協力することはできない」
頑としたベイトの返答。
万丈は思わず立ち上がる。
「なんで!?手伝ってやればいいじゃん!団長、困ってるんだろ?」
「物事はそう簡単にはいかん。この国を救うとなるとそれなりの時間と労力が必要だ。そうしている暇は我々にはない。お前にだって会わないといけない者がいるのだろう?」
万丈の脳裏に兄とカズキの顔が浮かび上がる。
「そ、それは……そうだけど……」
「団長には悪いが、我々は明日にでもここを出発する。1泊泊めてもらう件に関しては感謝をしている」
「いや、こちらこそトレーラーを助けてもらって感謝の言葉しかない。やはり自分たちでなんとかするしかないな。話は以上だ、ゆっくり休んでくれ。部屋は自由に使ってくれて構わない。要望があれば従者に言ってくれ。出来る限り用意させる」
エマは椅子から立ち上がると万丈とベイトを退室するように促した。
部屋を出て行く2人。2人が出て行った後、エマは鍵を閉め椅子に座り兜を脱ぐ。
頭を抱えると大きく溜め息をついた。
「この国ももう終わりだな……。お父様、申し訳ありません……」
部屋に帰る途中の2人。ベイトが万丈に話かける。
「この国を救おうなどとは考えないことだ。これからこのようなことはいくらでも降りかかってくる。いちいち相手にしていたらお前の大事なものを失うことになるぞ」
「とは言ってもさ、このままだと皆捕まってしまうんだろ?見捨てて行くっていうのは……」
「占領下になっても殺されるわけではないだろう。我々は神ではない。ただの箱乗りに過ぎん。従者には明日の食糧を頼んでおく。お前は先に戻って寝ていろ」
ベイトはキッチンの方へと歩いていく。
「言うことが親父みてぇだな……親父よりはだいぶ冷たいけど。……そうだ!!」
万丈はあることを思い出し、もう一度エマの部屋へと戻る。
コンコン。
「だ、誰だ?」
「あ、俺。バン。ちょっと団長に聞きたいことがあってさ」
「な、なんだ。今着替え中でな。短い話であればここで聞こう」
「俺を助けてくれた人、団長の他に金髪の綺麗な人もいただろ?記憶が曖昧なんだけどさ、その人にもお礼言わないとって思ってたんだけど、屋敷見てもいなかったからさ」
「か、彼女には別の任務を与えていてな。単独行動をさせているのだ。機会があれば私から伝えておこう(意識があったのか。失敗したな)」
「そっか。じゃ、よろしく頼むよ。用はそんだけ。おやすみなさい」
「あ、あの」
「?」
「仲間が捕らわれているんだ、5人。彼らを助けることだけでも手伝ってもらえないだろうか」
「……俺にも、大事な仲間がいるんだ。彼らはフロア3にいる。きっと必死で生きてると思う。俺は早く助けに行かないといけない」
「…………」
「凄く大事な仲間なんだ。1人は俺の兄貴。絶対に失うわけにはいかない。だから早く会いに行きたいんだ」
「………」
「……でも、その前に団長を見捨てたら、きっと俺は仲間に顔向けできないと思う…国は救うまではできないと思うけど、団長の仲間を救うの、手伝うよ」
「!!………すまない、ありがとう」
「じゃあ、俺はこれで。また明日」
万丈がいなくなったのを音で確認するエマ。
慌ててかぶった兜を脱ぐとドアに寄りかかったまま腰を下ろす。
兜を膝に抱えた彼女は一筋の涙を流した。
屋敷裏、捕虜の隔離部屋。
ダミールがなにやら秘密裏に動いていた。
「クソッ、弱小貴族どもがいい気になりおって。もうじき我の発信器を拾って応援部隊が来るわ。奴らの本拠地がなわかって寧ろ好都合。今日でクラウズを終わりにしてくれる」
後ろ手に縛られたままクックックと笑うダミール。
村から10kmの地点。
5機のギャレットが、ゆっくりと村に近付いていた。
「各機、夜間につき距離には充分注意しろ。ダミールの発信器によれば、奴らの拠点は目と鼻の先だ。アームを制圧し、速やかに占領下におけ」
「ハッ」
「ダミール様の保護はいかが致しましょうか?」
「夜間での作戦だ。“間違って踏み潰してしまう”などと言ったこともあるだろう。不慮の事故だ。我々の部隊に捕虜となった恥晒しなど必要ない。各自、副隊長の座が欲しければ自分で掴み取ることだ。以上」
「ハッ!!」
一番後ろを走る少し変わったグレーのギャレットに乗った男、
ガデオン軍事大隊東南支部隊長ボルドレッドはそう冷たく言い放った。