【BOX_02】終わりにして始まりの日
2050年 9月29日
BOXのイベントから1週間が経ち、万丈は通学路を歩いていた。
北海道函館市。
夜景が綺麗なことで有名な港町。
海産物は美味しい。
ただ15年そこで暮らしている万丈にとって、それらは別に魅力ではない。
彼はカレーが好きだった。それもとびきり辛いやつが。
万丈少年にとって函館は退屈な町だった。
両親を交通事故でなくし、兄と2人だけになった。
中学校時代は不登校気味になりあまり外に出なくなった。
彼が死を選ばなかった理由は兄が悲しむからとBOXに出会えたから。
彼の生活を一変させたのがBOXだった。
BOXとの出会いが彼の退屈な人生を変えた。
自分だけのコクピット。自分だけの空間。
世界を救うために大型のロボットを駆り、敵を倒す。
それは、彼が今まで失っていた感情を取り戻すきっかけになった。
そこから2年、BOX漬けの生活が始まる。
朝も夜も、BOXに乗り続けて腕を磨き続けた。
BOXの中で寝るのもしばしば。
だが、BOXのおかげで友人と呼べる存在も出来た。色んな出会いがあった。
BOXは彼にとってまさに生活の中心であった。
そんなBOXが12月25日のイベントを持って終わりを迎えようとしている。
彼にはそれがにわかには信じられなかった。
ネットには様々な憶測が流れ、ブラフや誹謗中傷なども沢山書かれた。
それを加速させる原因にもなったのが、ゲームバランスの崩壊。
フロア4 フロア5の一斉解放。
その難易度がフロア3とは比べ物にならないくらい難しかったのだ。
難しい、というレベルではない。憎悪、まさに憎悪の塊だった。
おびただしいクラッシャーの群れが大陸全てを埋め尽くしている。
クリアすることなど1ミリも望まれていないようなステージだった。
そんな内容が公開されたこともあり、尚更運営会社に対して批判的なコメントが続出した。
最早一部の上級プレイヤー以外はプレイから離れつつある状態だった。
そんな状況が一変したのが昨日の夜の出来事。
最後のイベントでゲームをクリアした者には会社から賞金として10億円が贈呈されると発表された。
参加できる人数は1万人。
これによりネットはお祭り騒ぎになり、皆が参加権を獲得するためプレイに励むこととなった───。
万丈は昨日の情報を携帯クロスで眺めながら町を歩いていた。
クロスは特殊繊維でつくられた最新型の携帯電話。
布のようにペラペラで追っても曲げても濡らしても大丈夫。
まるで布のようなのでクロスと呼ばれている。
「よっ、万ちゃん!」
後ろからポンと肩をたたくカズキ。
「カズキ!おはよう!」
「おはようさん、見た?昨日のニュース」
「見たよ。ネットはその話ばっかり」
「ウケるよなぁ、その前までは袋叩きの言いたい放題だったのが、今や高ランクアカウントが高値で取り引きされるお祭り騒ぎだよ」
「本当に、うんざりするね。金目当てだったらギャンブルでもやってればいいんだよ。BOXをそんな風にしてほしくなかったよ俺は」
「そりゃ万ちゃん怒るよな。万ちゃんが前に大会でチーム優勝した時も賞金は出なかったもんな」
BOXは今まで大会はいくつか開催していたが、現金で賞金を出すことはなかった。
そういうものとは無縁なゲームだと思っていたのだ。
「まぁ、ゲーム内通貨は貰えたんだけどね」
「そういえば同じチームだったあの子元気なの?なんだっけ、わや可愛かったよな」
「…あぁ、エリカか」
「そう!エリカ!!美人で金髪でおっぱいでかくてBOX上手いとか反則だろ!今どうしてんだよ彼女」
「アメリカに帰ってるよ。また今度遊びに来るってさ」
「へぇ、隅に置けないなぁ万ちゃんも」
ウリウリと肘でつつくカズキだが、そんなことは特に気にしない万丈。
「なんだよ。そんなことより、俺は賞金よりもBOXのサービスが終了しちゃうことの方が残念だよ。未だに信じられない」
「相変わらずBOXにしか興味のない男だな…ま、万ちゃんらしいけど。終了が濃厚ってだけではっきり終わるって発表されてるわけじゃないんだろ?」
「そうだけど」
「まぁ、あんだけメチャクチャなゲームバランスになってたら終了するって思うわな。フロア4以降やってみたか?俺なんか2秒でゲームオーバー。アームの破壊が対象外になってたから助かったけど、そうじゃなかったらブチ切れ案件だぜ。フロア5なんで地獄どころの話じゃねぇな」
「俺もフロア4で5秒が限界だった」
「うへぇ、万ちゃんで5秒…。運営トチ狂ったとしか思えんな。中の人変わってんじゃね?」
「それくらいひどいのはたしかだね。まぁ、12月まで時間あるし、やれるだけのことはやってみようと思うよ」
「マジ、あれやんの?」
「ラストミッションがあれだったらやばいじゃんか」
「運営があれをラストミッションに選んだら暴動が起きるよ」
「違いないね」
「そんじゃまぁとりあえず学校終わったらやるとするかぁ…そういやそうだ、聞いてくれよ!」
カズキは思い出したように万丈の方を振り返る。
「なに?」
「新しい機体!!ようやくブラントから解放される時がきたんだよ」
「ブラントも悪い機体じゃないんだけどね」
「そうは言ったってブラントはブラントよ!!」
「で、何にしたの?」
カズキは万丈に向けてビシッツと人差し指を立てる。
「シルトクレーテ(ドイツ語で亀を意味する)だ!!」
「まーた随分と重装甲のにしたなぁ」
「俺は気付いたんだよ。BOXの世界で1秒でも長く生き残るには体力がないといけないって」
「言いたいことはわかるけど、こいつだいぶ重いらしいよ」
「そんなの気合いでカバーすらぁ!!」
「まぁいっか、危ない時は盾になってもらうよ」
「任せとけ、ブラントの時のようにはいかねぇからよ」
「おう。そしたら、学校帰ったら始めるとするわ」
◇
それから12月25日までの3か月間。
万丈はフロア4をみっちり練習した。
最初は5秒しか生存できなかったが、月が経つに連れ1秒、また1秒と増えていき12月をすぎた頃には1分に迫るところまできていた。
ネットにも様々な攻略法がアップされ、万丈を助けてくれたランキング2位の機体も動画が上がっていた。その機体の生存時間は3分。
万丈の時間を遥かに超えていた。
「回避に専念して3分。よっほど視野が広くないと難しいはずなのに…」
万丈はその他にも動画を沢山見て研究に研究を重ねた。
機体もキュアノエーデスから武装を変換しブラウエーデスへとチューンアップを行った。
装甲の底上げと機動性の強化を今ある資金を全部投入した。
万丈は勿論、カズキも難なくランキング1万位以内に入り、
ラストミッションの参加権を獲得した。
そして、訪れた12月24日───。
2050年12月24日23時40分
万丈は特権服に着替え、ストレッチをしていた。
コクピットの中にはペットボトルの水やカロリーメイト、飴といったお菓子も詰めている。
イベント史上終了時間が予告されないということもあって、ネットでは「全クリするまで終わらないんじゃ」と噂が流れているほどだった。
流石にそれはないにしても1時間以上はありそうだ、ということで万丈は出来る限りの準備はしていた。
ストレッチも終わり、電気を消してコクピットに乗り込む。
スイッチをパチパチと弾き、モニターに電源を入れる。
《Battle Order Xaxis》
バトルオーダーザクシズ
モニターに浮かび上がる文字。
万丈は、これが最後にイベントにならないようにと祈りながら操縦桿を握った。
しばらくして、左モニターに通信が入る。
「よっ、万ちゃん。準備は万端か?」
「駄洒落みたいだな、それ」
「ん?なにが?」
「万ちゃんと万端って」
「あー………確かに!!」
「無意識だったのか…」
「まぁそんなことは置いといて。万ちゃん、今日はクリスマスイブだったんだぜ~」
「あったねぇ、そんなイベント」
「ま、俺たちには縁のない代物だがな。アメリカの子からなんかプレゼントとか届いてないのか?」
「エリカ?メッセージがなんか来てたような気がするけど」
「………この裏切り者!!」
「なんだよ、中身見てないし知らないって」
「……安心すると共に俺はエリカちゃんに同情するよ…」
「それより、もうそろそろ始まるぞ。準備はいいのか?」
「ああ、特権服はねぇけど俺が今持ってる最高に格好いい服着てきた。シルトクレーテのチューニングもバッチリだ」
「この3ヶ月間練習したし、あとはやるだけだな」
「おう、ちょっとのことはこの装甲で凌いでやらぁ」
「頼もしいね」
そこに、モニターにもうひとつ通信が入る。
「カズキ悪い。兄貴から通信だ。また後で連絡する」
「おう、わかった!!またな!!」
切れる通信。新たにウィンドウが開く。
「万丈、もう入ってたか」
「兄貴!準備はバッチリだよ」
「流石の気合いの入りようだな。こっちもなんとか間に合った。それにほら、届いたんだ」
「特権服じゃん!!兄貴のとこにも届いたんだ!!」
モニター腰に赤と白の軍服のような衣装が見える。
「ギリギリ滑り込みでな。12月に届いたよ。最近の技術はすげぇんだなぁ。写真で撮るだけでこんなピッタリのサイズで送られてくるんだから」
「流石、東京は違うね」
「はは、こっちもそんな変わらないよ。何が凄いって事もない」
「兄貴は年末帰ってくるの?」
「今年は休みがとれそうだからな。帰ろうと思ってるよ」
「やった!」
「おじさん達に迷惑かけるなよ。怒られるのは俺なんだから」
「わかってるよ」
「そろそろ始まるな。そしたら、また戦場で会おう。頑張れよ」
「兄貴もね!」
モニター越しにサムズアップし、モニターが閉じる。
23時58分
あと2分。機体の確認。
イマジネーションドライブのセット確認。抜けがないか念入りにチェックする。
「よし、大丈夫だ……」
イメージは十分。クラッシャーを倒すシミュレーションは叩き込んだ。
頭じゃなくて体で反応できる。
時計の針が0時00分を指す。
画面に浮かぶ
《Fullfill a mission》
使命を果たせ
の文字。
そして、それは唐突に起きた。
「な、なんだ……!!?」
ガガガ………
横に揺れ出すコクピット内部。
ガガガガ…ガガ…ガガガガ!!!
その揺れは徐々に大きくなる。
とてつもない地震が起きたような震動。
激しさに動くことが出来ず、操縦桿を握って耐える。
それと同時に発生する異音。音にして表せないような高い音。
「何が、起きてるんだ!!?」
時間にして1分あっただろうか。
揺れは徐々に収まり、最後にひとつ大きな震動を発生させて動きが止まる。
「……な、なんだったんだ」
目を開け、モニターを見る万丈。
そこには見慣れたフロア3の荒れ果てた大地。
だが、“何かが”違っていた。
「なんだ、これは……」
明らかに違う。
「どういうことなんだよ……」
理解のできない感覚。
「どうなってるんだよ!!!」
万丈はコクピットの中で叫んでいた。
おかしい…おかしいんだ。
だって、こんな臨場感を感じることなんて有り得ないんだから。
これではまるで“現実”だ。
万丈の額に汗が伝う。
その時、モニターに突如文字が浮かび上がった。
《Welcome to Runalis》
惑星ルナリスへようこそ
《Last mission…Save this real world》
最後の指令 この現実の世界を救え