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6.バイトの初日は

「数回きて頂ければもう結構ですので」

「え?」


今、私は成り行きで週1バイトをすることになった異世界のグランスという国にいる。そして立派なお屋敷の一室にいる青年、ラスティ君の話し相手としてバイトの初日。


まだ背中の荷物もおろしておらず、立ったままの私に前回と同じベッドの上で半身を起こす彼に完璧と言う表現以外思いつかない笑みを向けられた。


笑っているけど違う。

完全な拒否だ。


「本当は断るはずだったのですが、お祖父様はあの通りお優しい方なので」

「ラスティ君は何歳なんですか?」

「…16ですが」


今のしている会話と全く関係ないのではと顔にでていたけど、真面目な性格なのか困惑しながらも答えてくれた。


16歳でその表情は凄い。


それに話し方といい、私と二つ、もうすぐ19だから三つ違いか。そういえば君とか失礼なのかな。そんな事を考えていたせいで、だんまりになっていた私にバッサリの言葉が。


「僕が知りたいのはユリさんの事だけです」


なにそれ。


いや、逆に私の方こそおばあちゃんの事を知りたいくらいなんだけど。


それにしても、そんなピシャリと言わなくてもいいじゃない。そりゃあ私だって迷惑なバイトだと思った。でも、そんなあからさまにアンタに興味ないみたいな態度をされるとね。


「私を雇ったのは、ラグナスさんであってラスティ君ではないので。だから、文句があるならラグナスさんに言って下さい」


ラスティ君の微笑みはそのままだけど、イラッとしているのがわかる。私はめげずに言い切った。


「あと、もうちょっと普通に話してくれるようになったら、おばあちゃんの話をします」

「貴方は…」


コンコン、ガチャ。


「失礼致します。お茶をお持ちしました」


ラスティ君が何か話そうとしていた時、ノックしてすぐにダリアちゃんが入ってきた。


ウチのお兄ちゃんにそっくり。

これ、いつも思ってるけどノックの意味ないよね。私と同じ事を思っているであろうラスティ君は、ダリアちゃんに注意や文句は言わずため息で表していた。


失礼しますねと部屋のすみにある小さいテーブルを引きずり私の近くへ運ぶと、いやお手伝いしようとしたら、断られたけどきっと床に傷がついてると思うんだけど大丈夫?


「ラスティ様とのお話は、大量に甘いものが必要だと思いまして、沢山ご用意致しました」


…なんだろう。

ダリアちゃんって実は大物なのかな。


ラスティ君をちらっと観察してみれば、彼の口元はひきつり気味だ。


そんなことお構い無しのダリアちゃんは、お茶を淹れて色とりどりのお菓子が盛られたお皿を置いてくれた。その動作は自然で、それだけじゃなくとても洗練されていて、なんだかちぐはぐな印象をうける。


謎な少女だなぁ。


「最初なので今日は顔合わせくらいで構わないとラグナス様からの伝言ですわ」


では、と一礼しながら運んできた台をカラカラと押しながら去っていった。


彼女のおかげか、少しピリピリな空気が和らいだ。


「とりあえず、せっかくなのでいただきます」


私は、背負っていたリュックを足元におろした。これは、まだ帰らないぞと意思表示だ。


テーブルの上に置かれた紅茶らしきものが入った二客のティーカップうちの一客をラスティ君にどうぞと半ば強引に手渡し、私はベッド近くの椅子に座りカップに口をつけ一口こくり。


ありがたいことにいつも飲んでいる紅茶に似ている、いやそれ以上に香りもいい。


渋みも強くなく、かといってないわけじゃく後味がとても自分好みで思わず顔がゆるむ。紅茶の隣にピラミッドのように飾られたカラフルなピンクや緑、黄色の一口サイズの小さな楕円の形のマドレーヌに似た焼き菓子をぱくり。


おう。

バターよりもコッテリ、濃厚な感じでちょっとくどいかと思いきや果実の甘酸っぱい酸味が合わさりしつこさはまったくない。濃いけどアッサリ。


なにこれ!美味しい!


夢中でパクパク食べていて、ピラミッドの山がなくなってきた頃、はたと我にかえる。


私、お茶しにきたんじゃないよ!

しかも1人で食べまくっていた。


おずおずと手遅れながらベッドにいる、こちらはさっから1ミリも動いていないような、でもカップを見れば中身は減っていたから動いていただろうラスティ君にお菓子の載った底が見えかけているお皿を差し出した。


「えっと、食べます?」

「見ているだけで充分です」


うっ。

そうよねと言おうとし気づいた。


「目、見えてるの?」


つい指差した私はとても行儀が悪かったけど、もう遅い。前回帰る時にラグナスさんから、次に会うときには目は回復していると思うよと言っていたけど、本当だったんだ!


「まだ、見づらいですが、前よりは回復してきました」

「よかったね! あっ、ごめんなさい」


つい身をのりだし大声をあげてしまい、口を手でおさえ、椅子にちゃんと座り直した。


「何故?貴方には関係ないことでしょう?」


てっきり煩いですよと言われるかと思えば彼の反応は違った。一見突き放すような言葉だけど口調は困惑だ。


何故と言われても。


「うーん、以前できていた事が出来なくなるって物凄く不便じゃない。私なんて趣味読書だから、見えないなんて辛すぎるよ」

「意外な趣味ですね」


気になったのは、そこですか。

そうだ、と私は空になったカップを置き代わりにリュックを膝の上にのせ中から物を取り出した。


半信半疑でどうかなと思っていたけど、どうやら無駄にならずに済みそう。


そっと、だけど結構重いそれらをラスティ君のベッドの脇に置いた。彼は、いぶかしげながらも包帯で巻かれている手をのばした。

あっ、手痛いのかな。視線で気づいたのか大丈夫ですと言われた。


「これは」


パラパラとめくり目を見開いている彼の瞳をみれば驚いているのだと分かる。


「このお屋敷の中だけ限定で小さい物なら持ってきてもいいと言われたので。あっでも必ず持ち帰るように言われました」


私が今日持ってきたのは数冊の雑誌と漫画。

雑誌も写真が多いものにした。男の子に何の雑誌がいいか分からなかった私は電話でお兄ちゃんに聞いたんだけど。


「えっ?妹よ!男が喜ぶ雑誌といえばこれしかないでしょ~!」


…気持ちの悪い声を出しながら下品な言動をしたおにいはサイテーだった。


もちろん、却下!すぐに電話を切った。そんなんでジャンルはバラバラで私の好きな猫雑誌なども混ぜてみた。


ラスティ君は、よほど雑誌が新鮮なのか夢中だ。屋敷までの道でダリアちゃんに聞いたけど、この国に写真はないらしく、専門の医療書や子供向けの本には絵が描かれているけど、他は文字のみが主流らしい。


元気がないって聞いたし、少し気晴らしになればいいな。


私は立ち上がりリュックを片方の肩にかけ挨拶をした。


「長居は身体にもよくないかもしれないし、今日は帰りますね。また近々」

「はい」


えっ?

聞き間違いじゃないよね?!まさか返事がくると思っていなかったので、立ったままラスティ君をガン見した。彼も私を見ていた。


「言い方が悪かったかもしれないけれど謝らない。ここは貴方が長くいるべき場所ではないから」


前回より確かに見えているんだろう。視線が合う。そして冷たい口調。でも私を毛嫌いして言っているわけじゃないとわかる。


ラベンダーの目にプラチナブロンドの髪の綺麗な男の子。整いすぎで硬質っていう言葉が合う。


でも、なんか…。

作り笑いじゃなくて本当の笑った顔が見たいな。


って、何考えてるの私!


「雑誌はどんなのがいいとか要望あれば、次回教えてね!じゃ、また!」


私は、ラスティ君に早口で挨拶をし早々に部屋から出た。


あー!なんか美形駄目だ!

一般人の私は、遠くから眺めるくらいが一番かも!勢いよく階段を降りれば、階下にいるダリアちゃんに怒られた。


ダリアちゃん!

私、いつもはこんな落ち着きない子じゃないから!と彼女に力説したのだった。


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