3.ほっぺたは痛いけど
「いだだっ!」
「何をなさっているんですか?!」
両方のほっぺをつねった私を見て驚く二人。
「痛いなら現実だと認めようかと」
「それで、どうですか?」
「痛かったです…」
かなり本気でつねったから、両方のほっぺたが、ジンジンしている。そして、そんな私を見て呆れたような表情の女の子。
「クックッ!」
えっ?
老紳士を見れば、何が可笑しいのか笑いを堪えていた。手で笑い過ぎで涙が出たのか目元を拭いながら謝られた。
「いや失礼、懐かしくてね」
「懐かしい…?」
「ユリも同じ事をしていたよ」
「おばあちゃんがですか?」
「そうだよ」
老紳士は、失礼といいベッド脇の椅子に腰かけた。足が悪いのかな?右足を少し庇っていた。
「ユリも君と同じくらいの頃、あの花畑に現れた。この場所は、亀裂が入りやすいらしくて、数十年に1度その亀裂が深くなる」
「私はその亀裂と何か関係あるんですか?」
「まだ詳しくは調べていないが、亀裂が深くなるのは、まだ先のはずだった。君が来たのは、これの影響も大きいだろう」
老紳士は、おばあちゃんから貰った髪飾りをそっと、とても大切そうに撫でた。
「この髪飾りは、私が作ってユリに渡した物だよ。1度亀裂が入るとまた塞がるまでにかなりの年数がかかる。ユリは、その亀裂が塞がるまでの間、度々此方の世界に来ていた」
私は、おばあちゃんからそんな事があったなんて一度も聞いたことがない。
「その時確実にこの場所へたどり着けるように座標としてこれを渡したのだ」
という事は。
「ここが、まだ信じられませんが、異世界だとして、私も帰れるんですか?」
「もちろん帰れるよ」
不安が顔にでていたのか、老紳士は安心させるように、私に大丈夫ともう一度言った。なんだか、まだ頭の中は混乱してるけど、それを聞いて少し安心した。
「一度に全て話すと混乱するだろうし、今日は重要な事だけを少し説明しておこう」
「ダリア、悪いがお茶をお嬢さんと私に」
「畏まりました」
えくぼの女の子、ダリアちゃんは、一礼して去っていった。
老紳士は、さてと説明を始めた。
「この世界と君の世界とは時差がだいたいだが一時間ほどで、こちらの方が進みが遅い。そして、一番の違いは、魔法があり、魔物も存在し、君の世界よりは安全とはいえないが、この国、この場所はかなり安全な位置にあるから極端に怖がる必要はないよ」
またもや不安が出ていたのか、老紳士は、心配ないと私を安心させるように笑った。
「それで、さっそくバイトの件だが実際会ってもらったほうが早い。ダリアがお茶を持ってくる前に行こうか」
老紳士は、そう言うなり椅子から立ち上がった。
「立てるかい?」
「は、はい」
部屋にいたので靴を履いていなかった私は、ベッドのすぐ側に置かれていた靴を借り足をいれた。
…何故かぴったりだった。
「ユリと同じサイズのようだな」
足元に視線を向けていた私は、老紳士を見上げた。
「…もう来ることはないと分かってはいたが、ユリの為に用意はしていた」
私は、老紳士の優しい笑みに寂しさが一瞬混じっていたのを気づいてしまった。
「ふらつきもないようだ」
「はい」
喪服が少しシワシワだけど、身体はなんともない。
「さあ、案内しよう」
返事をする間もなく、老紳士は意外にも素早い動作で扉を開け廊下へ出ていく。まだ、何も納得してないのに!でも置いていかれるのも不安で、私は慌てて老紳士の後を追った。
「ここだよ」
階段を何回か上がりたどり着いたのは白いドア。老紳士はそのドアを軽くノックした。
「はい」
中から男の人、少年の返事が聞こえると老紳士がドアを開け中に入っていく。私にも来なさいと目で促されたので、少し距離をとり恐る恐る入った。
「体調はどうかね」
「大丈夫です」
老紳士の後ろから顔を出した私が見たのは、ベッドに半身を起こした青年。そして此方に向けている顔は、とても整っていてた。
でも。
手から多分腕くらいまで両腕は包帯で巻かれ、綺麗なラベンダー色の瞳は…何も映していないようだった。
全然大丈夫そうに見えないんだけど。
それが、彼、ラスティ君との出会いだった。
この時から彼と何年も付き合いが続いていくことになるとは、この時の私は知るわけもなかった。