22.金木犀の香りのなかで
「遅くなってしまいましたが、大丈夫ですか?」
「はい。どうせ一人暮らしなので」
ダリアちゃんから話を聞いた後、ラスティ君が私の所に顔を出したのは夜の9時過ぎだった。
あの花畑まで送ってくれるというラスティ君の左手にはお酒の一升瓶みたいな器が。
布に包まれていて中身は分からない。
…だけど。
「お待ちしております」
エントランスでダリアちゃんが微笑み声をかけてくれた。
『決まりましたか?』
声にならない言葉が瞳から、心に問いかけられる。彼女の黄色いエプロンが開けられた扉から入ってきた風でひらりと舞う。
「…今度は、ゆっくりお話したいです」
ダリアちゃんは、にっこり笑い頭を下げた。
「行きましょう」
「はい」
ラスティ君に促されて、また馬に乗り花畑へと向かった。
私は、まだ、決められないまま。
「足元気をつけて下さい」
「ありがとう」
思っているよりも早く着いてしまった。
真っ暗な花畑の中、葉の擦れる音と金木犀に似た花の香り。ラスティ君が空中に浮かせた淡いオレンジ色の光が二人の範囲だけ仄かにてらしている。
狭間の場所まで行き、私は振り向いた。
彼の顔からは、少しの疲れ。
あとは読めない。
金色の以前より随分短くなった髪が淡い光でとても綺麗で。それを眺めて思い出した。
「私、髪の毛黒いでしょ? 染めたくなったりしたんだけど、なんかその度に染めちゃいけないような気になって、いままで染めなかったんだ」
今日記憶が戻って何故かわかった。
「ラグナスさんとラスティ君が髪褒めてくれたんだよ。だから、きっと、何処かで覚えていたのかも」
「…急にどうしたんですか?」
「指輪もう1度みせてもらえる?」
ラスティ君の顔は、困惑から警戒心に表情は変わっていく。
でも、遅いよ。
「ユイ?!」
ラスティ君に触れダリアちゃんに教えてもらった言葉を呟けば。
指輪は私の手の中に。
ラスティ君から距離をとりつつ、すぐに奪われないように、それを自分の胸の所に押し込んだ。
「なっ」
驚くよね。
私だってかなり恥ずかしいんだよ!
でもここしかない。
ラスティ君が取り返そうとした時に躊躇する場所。
私は胸元に片手をもう1回入れて指輪に触れる。片方はラスティ君に向け、呟いた。
「何故力を使える!?」
指輪が淡くひかり指差した先に透明な円柱が出来た。そして中にはラスティ君。
少しだけ距離を詰め。
でも万が一を考えて普通に話ができる距離まで。
花を潰さないように避けて体育座りになる。
立っていた方がもちろん動きやすいけれど長引くと疲れるし、なにより。
「ゆっくり話をしたいの」
「話す事? 何を? 話すことなどない。これを解いて下さい!」
紫のラベンダーの瞳をきらきらさせ苛立っているラスティ君に話しかけた。
「あるよ」
あるから私はいるんだよ。
「ラスティ君が死なずに目的が達成する方法」
昔、ラスティ君の師匠さん、ラナ先生に言われた言葉。
『あなた、この世界、この国に骨を埋める気があるかしら?』
──私は両方手放したくない。
ラスティ君も自分の故郷も。
ねぇ、おばあちゃん。
贅沢かな?