21.ダリアちゃんの話
ラグナスさんの部屋から追い立てられるように出された私は、案内された別室のソファーでぼんやりとしてた。
泣いたせいで瞼がはれぼったくなっているのが自分でもわかる。
「なんか情けない」
皆のが悲しいにきまっているのに涙を堪えていても流している人はいなくて、キビキビと各自が仕事をこなしているようだった。
この世界にもある時計、文字盤は違うけれど規則的に刻む音を耳にしながら思い出す。
『偶然ではなく必然なのか』
あの花畑でのラスティ君の呟き。
うろ覚えながらにも馴染みのある、あの諦めたような笑い。
「…私は、思い出さないほうが、来ないほうがよかったのかな」
でも…。
「失礼致します」
「あっ、はい!」
ノックの強めな音につい、肩が上がって声まで裏返った。
流れるように部屋に入ってきたのは、黄色いエプロンをつけたダリアちゃんだった。
前はノックと同時に扉を開けていたのにな。
そんな事も思い出した。
記憶って不思議だな。
「遅くなり申し訳ございません。もしよろしければ召し上がって下さい」
そう言うとダリアちゃんは、テーブルにカフェオレボウルのような器を置いた。
それは、湯気がでていて、なんともいえない良い香り。中をもっと覗きこめば、コンソメスープのような色に野菜とカットされた厚切りベーコン。
クウッ
「ふふっ。ユイ様は本当にお会いした時のままですね」
「えっ!私そんながめつくなかった…はず」
お腹を両手でおさえたけど努力は空しく、上品な部屋に響きわたったのは分かってるよ。
「冷めないうちに召し上がって下さい」
「うう。では、お言葉に甘えて頂きます」
まだ笑ってエクボをだしているダリアちゃんを横目に見ながら私は、かなりの勢いで食べはじめた。だって、恥ずかしかったし、なによりも変わらない笑顔が嬉しかったから。
「本当は、私が当主でもよかったのです」
「えっ? …親戚かなとは思っていはいたんですけど」
具だくさんスープを美味しく頂き、ハーブティを淹れてもらい一口飲めば、爽やかな香りとさっぱりとした味。でも話はなんだか重たそうだ。
ラグナスさんとの仲の良さそうなやりとり、そしてラスティ君とは違う濃い色だけど、その紫の瞳。
最初の頃、この国では綺麗な瞳が普通なんだと驚いていたけど、私の周りのメイドさん達で紫色の瞳を持つ人はダリアちゃんだけだった。
「私、いらない子だったんです」
「…え?」
いらない子って、どういう意味?
困惑している私にふふっと笑った。
今度は大人の笑い方。
「この国で双子は喜ばしいものと同時に跡を継ぐ際に争いが起きやすいので地位がある程度高い家では忌み嫌われております」
私はそこまで聞き遥か昔に学んだ事を思いだしたので口にした。
「でも、確か男子優先に爵位を継ぐと聞いたような」
「はい。ただ我々の一族は特殊で、男女、兄弟関係なく力のある者が上に立ちます」
えっと。
「ダリアちゃんが、双子でその子より優秀だったっていう事ですか?」
「はい。私のかたわれは、男子で母にとても溺愛されていました」
偏りすぎの可愛がり方はよくないと思う。
でもその先が想像できない。
ダリアちゃんは、困惑している私に助け船を出してくれた。
「母の息子ダナンに対する愛は異常でした。またその母の元で育ったダナンは抑えのきかない、我が儘な性格に育ち、ある日避暑地としてこちらに訪れた幼い王子に危害をくわえたのです。たかだか物の取り合いで」
私にとって身分はピンとこない。
でも、王子様というのは流石の私でも不味いとわかった。
「王子に負わせた傷は生涯残るほどのもので、本来ならその場で処分されてもおかしくありませんでした。ただダナンはまだ未成年だったので幽閉で済んだのは恩情のはずだったのに」
まだ、あるような表情のダリアちゃん。
「それで終わらなかった…?」
「はい。母は息子は悪くないと訴えたのです」
その先は聞きたくないかも。
私の気持ちに気づいたのか、それとも単にはしょっただけなのか。
「私だけ、魔力がとても強かった事と同情もされ生き残り、遠い血縁の旦那様、ラグナス様だけが私を引き取って下さいました」
なんと言えばいいのか分からなくて黙ったままの私に。
「何故こんな話をと思われますよね」
小さなけれどハッキリとした口調でダリアちゃんは言った。ほっぺたにうかんでいたえくぼは、消えていた。
「ラスティ様は、今夜か明日には死ぬ気です」
「…え?」
「そして、その気持ちを変えられるのは、ユイ様だけです」
なんでラスティ君が?
私がそれを止められる…私だけが。
「どうされますか?」
ダリアちゃんの瞳は…顔はもう笑っていなかった。