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15.異世界の夜

「落ち着かなさそうね。不安?」


「…不安がないと言ったら嘘になります」


ラスティ君が帰宅し、ラナ先生に振り回され、ぐったりした後、トマト味の具だくさんの煮込み料理と少し硬めのパンを夕食にご馳走になった。


今は、ラナ先生の研究室の部屋でソファーに座っていた。ほどよい弾力のソファーに身を預けていると眠気がやってくる。


いけない。

まだ詳しい話を聞いていないんだから。

泣く泣く身を起こし背筋を伸ばした私にラナ先生は、湯気のたつ大きなクリーム色のマグカップをずいっと私に渡してきた。


「これでも飲みなさい。夜は冷えるから、それに──」


その後は言われなくてもわかる。「気持ちが落ち着く」と言いたいんだろうな。


「ありがとうございます」


ずっしりとした湯気の立つカップをありがたく受け取り、一口飲んでみたらココアの味がした。見た目や香りがそっくりだとは思ったけれど。


「ココアとそっくりなんでしょう? この国は、あの裂け目から来た異世界人達のおかげで色々発展してきたのよ。この花も一部の地域で咲いているわよ」


ラナ先生は、透明な細い花瓶に生けられた手土産の紫陽花に少し雑な口調とは違いそっと優しく花びらに触れた。


おばあちゃんを思い出してくれているのかな。


「さて、一杯やりながら進めるか。私の今の癒しはお酒よ」


そう言うなり、グラスにトロリとした赤い液体を溢れそうなくらいつぎながら、ゆるゆると話が始まった。


「あの裂け目から人が来るのは、あなたのおばあ様ユリが初めてではないの。勿論、過去を調べると最初の頃は、人以外も来た」


人以外って犬や猫、植物とか? チッチッと言いながら人差し指を振られた。どうやら外れみたい。


何だろう?


「一番国に被害を及ぼした生物は魔物」


それって。


「地球、私が住んでいる場所以外にも繋がっているという事ですか?」


「ええ。当時、裂け目を全くコントロールできなかったから被害は拡大していった。かなり費用をつぎ込んで研究されたらしいわよ。そして数百年かけてウチに大きな害を及ぼすモノを通さないという術は張れた」


ラナ先生の後ろにある作業台だという大きな年代物であろう木の机の上が白く光った。


「あら、よい感じに仕上がったみたい」


先生は机に背を向けて私と話していたのに、なんですぐ気がついたんだろう? その光は淡い光だったのに。


「う~ん。コレでも持ちこたえるとは思うけど、もう少し強化したほうがよいかしら」


そう言うと先生は、私を上から下までじっと見始めた。


まるで商品になったようだし、目つきが怖いです。


「あっ、これは駄目ですよ!」


その視線に気づいた私は、急いで両方の耳を手で隠した。なぜなら先生の視線の先は、私の耳のピアスだったから。


「じゃあ身体の一部かどちらか選んでいいわよ」


「い、嫌ですよ!」


怖いよ。さらりと言っている言葉が普通じゃない。先生は、渋る私に妥協案をだしてきた。


「しょうがないわね。じゃあ片方だけでもいいわよ」


…片方だって嫌だ。

だって。

これは、私のファーストピアスでもあり、おばあちゃんがくれた物だ。


「それ、足したほうがより強度が増すのよ」


「…本当にラスティ君の役にたつんですか?」


「嘘言ってどーすんのよ」


「…」


私は、結局片方の耳からピアスのバックピンを外し、ラナ先生が広げている手のひらに落とした。暗い照明の光で鈍く光る。


銀色のとても小さい丸がついた形で、なんてことないシンプルなピアス。でもとても気に入っているし、おばあちゃんの言葉は今でも覚えている。


『これ、プラチナって!高かったでしょ?!』


『奮発したわよ。お店で店員さんに進められた金色のは派手過ぎて。これは、ゆいちゃんに似合ってると思ってね』


小さい箱に入ったピアスを渡され、頭を撫でてくた。


『このピアスは、飾り気はないけれど、だからこそ色が引き立ち綺麗だと思わない? ゆいちゃんもきっとそんな大人になる気がするよ』


『おばあちゃん?』


『お兄ちゃんの貴司たかしに引け目を感じる必要はないんだよ。あの子は自分から医者になりたいと言ったんだ。家の家系が医者ばかりだからって、関係ないんだから。ゆいも自分のしたい事、なりたい職に就きなさい』


『…うん』


家は皆頭が良くて、お父さんは内科の先生、お母さんは、薬剤師でおばあちゃんも薬剤師だった。おにいは、あんな軽い奴なのに頭は凄くよくて医大生だ。


私はそんな中、おちこぼれだった。


頑張っても中の中。

何より悲しいのは、皆、私を責めない。


辛かった。


まだはっきり、駄目な奴と言われた方がいいと思っていた。


そんな時におばあちゃんの言葉と一緒にもらったこのピアスは、私の宝物だった。


「うん。いい気が入っている」


そう言うなり、また机に向かいなにやら作業を始めた。


ふと先生のグラスの側に置かれたお酒の入った、決して小さいとは言えない瓶の中身を見れば、既に半分以下にまで減っていた。

もしかして酒豪というやつですか?


まだ作業中の先生は、机に向かったまま話しかけてきた。


「ねぇ。ユイは不思議に思わなかった? いつも来てすぐ目にする光景に」


来てすぐの光景?


「いつも綺麗な花畑が広がってます」


「そう、いつも。それって変じゃない?」


…確かに言われてみれば少し変かも。

だって。


「花は普通、咲いたら枯れる」


私の変わりに先生が言葉を繋ぎ、顔を半分だけこちなり向けて今日の天気でも話すような、なんの暗さもない口調で。


「あそこ一帯は、我々、血族の者達の骨が埋まっているの。数えきれないほどの数がね。何故か?」


「…裂け目の為」


「正解~。よし、出来たかな」


立ち上がり、ソファーに座っている私を覗きけんで、小さくささやく。


「私が昼間言った事は冗談じゃないのよ」


先生が言っていた言葉。


『じゃあ、埋めちゃう?』


ぶるりと身体が震えた。

そんな私を見て先生はプッと吹き出した。


「しないわよ。ただ、そんな選択肢もあるという事は覚えておいて。ここは、そういう決断を平気でする者達がうようよいるから」


先生は、私がカップを強く握っていた指を一本一本優しくゆっくり離し、手からカップがなくなった。


「ラスが護りたいなら尊重するわよ。なんせ私は親戚の優しいお姉様だけでなく、ラスの師匠ですからね」


肩をポンと軽く叩かれた。


「あとは試すだけだから、寝なさいな。きっとラスの事だから昼じゃなくて、朝早く来るわよ」


「…はい」




「少し香りが強いかもしれんが、今のアンタには丁度よかろう」


「ありがとうございます」


先生のお手伝いをしているという、最初にお家から出てきたおばあさんのムーデさんが、今夜寝る部屋に案内してくれた。ムーデさんが去り一人になった私は、部屋を観察してみた。


こじんまりとした部屋は意外にも可愛いかった。

ベッドにはパッチワークのカバーがかかっているし、枕カバーにも花の刺繍がされていた。家具は濃い茶色で統一されている。


「えいっ」


私は、ベッドに身を投げ出した。ボフンという音と同時に鼻にラベンダーに似た香りが入ってくる。強めな香りとはこの匂いかな。深く呼吸をすると徐々に落ち着いてきた。


好きな香りだな。


どこからか、遠くから鳥の鳴き声がした。

私の初めての異世界での夜は、花の香りと共に静かに過ぎていった。








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