11.私が会ったのは
「ユイ、お祖父様は外出されているので、今日のが都合がいい。貴方に会ってもらいたい人がいます」
ラスティ君は、私に頼むくせに、頼みたくない表情をしている。
「えいっ」
「どうかしました…」
私はラスティ君の胸元あたりのシャツをつまみ引っ張った。少しだけ前屈みになった彼の顔を両手で挟み軽く叩いたら、ペチッと音がなった。
綺麗な宝石みたいな瞳はちょっと見開いている。
うん。やっぱり無表情はよくないよ。私は、わざと意識をしてへらっと笑った。
「あのね、私だって嫌な事だったらちゃんと断るよ。相手がどんなに偉い人や友達でも。だから隠さず話して。ストレートに言ってくれて構わないよ」
ラスティ君の表情は、今度は困った表情になった。私の言葉に変化するのがなんだか嬉しい。
「ラスティ君。さっきの言っていた話、大切な物を渡せばその人は助かるっていうのあったでしょ?」
「…はい。それが何か?」
「さっきのやめる。私なら質屋にいれる!」
「シチヤ?」
「うん」
私はラスティ君にざっと説明した。
「質屋さんは、品物を担保に期限までお金を貸してくれるの。で、期限までにお金を返せなかったら、預けた品は流れて、誰か他の人の元へいくの」
これじゃあ、わかりづらいか。
「えっと、とりあえず品物を一時預けて、自分とその助けなきゃいけない人、二人が生きられる方法を探す。多分借りたお金で一緒にまず食事でもしながら考えようかな」
これしかないなと思い言ってみれば、ラスティ君は…頭痛がするとでも言いたいように左手で頭を押さえながら此方を見た。
「やはり貴方はお人好しだ。しかも筋金入りの」
苦笑を浮かべているその顔は、笑顔まではまだ程遠いけれど、距離がとても近くなった。
これは私の気のせいじゃない。
「失礼いたします」
では、出掛けますかとドアのとってを掴もうとしたら、その前にドアノブが回りダリアちゃんが、いつものごとくノックと同時に顔を出した。
あやうくひっくり返りそうになり、後ろにいたラスティ君の体に支えられた。
「あっ、ごめん」
な、なんかさっきまで平気で顔とか触っていたのに、変に落ち着かなくなり、すぐに離れた。
そんな私をよそになんだか二人はいつもと違う?
ラスティ君の視線の先はダリアちゃんなんだけど、その視線は今まで見た中で一番冷ややかだ。私の存在をまるでなかったのかのように、二人は会話をする。
「お菓子をお持ちしました」
「くだらない芝居はやめたらどうですか?どうせ今日はお祖父様はいない」
「あら私はいつもと変わりありませんが。何か気にさわる事をしてしまいましたでしょうか」
ラスティ君の無表情とダリアちゃんの笑顔。
いつもと同じなようで、全く違う。
「ユイ様が怯えてますわ。外出されると思いましたので、お腹が空いた時にでも召し上がって下さい」
どうぞと、ダリアちゃんから小さな包みを渡された。私に向けられた瞳は、いつもの、いつもよりも優しく感じ、その雰囲気のままラスティ君に小さく、でもハッキリと言った。
「報告は今夜に致します」
それが、何を意味掏るのかは、わからないけれど、ラスティ君の顔が、一瞬驚いたようになったという事は、何か大きな意味があるのかな。
「ユイ、行こう」
ダリアちゃんの横を何も言わずすり抜けて行くラスティ君の後を追えば、すれ違い際にダリアちゃんに声をかけられた。それは、とても小さな声だった。
「無理をしないで。そして願わくば彼を守って」
嘘のない心からの言葉に聞こえた。
「大丈夫ですか?」
「気合いでなんとかする」
地面に足がついても、なんだかふらふらしている
私を見て心配そうなラスティ君。
初めて馬に乗った私は、二人乗りとはいえ、お尻が痛くて、いやこれは、明後日にはお尻以外も筋肉痛確定だ。かなり加減はしてくれたみたいだけど、速いし、バランス悪いわ怖いわ、帰りも乗ると思うとつらい。あと、馬なんだけど、角があって鹿に近いかも。目がつぶらで可愛かった。
森を二回ほど抜けた後にたどり着いたのは、小さな、でも可愛いロッジのような家が崖近くに一軒建っている場所。その家のドアをラスティ君がノックすれば、腰の曲がった小さなお婆さんが出てきた。
「お久しぶりです」
「何しに来た」
「ただ会いに」
「逃げた小僧が今更なん…その娘は」
蔑むような口調のお婆さんが、ラスティ君の後ろにいた私に気付き、じっと見てきた。
「──そなた異界の者か。あんたは、ここに連れてこられた理由をわかっておるのか?」
「いいえ」
ただ、会わせたい人がいると聞いただけだ。
「小僧どうするつもりだ?」
「それは」
「あの」
なんだか険悪になってきたので思わず会話に割り込んでしまった。
「何がなんだかわかりませんが、知りたいと言ったのは私です。なのでやめてください」
お婆さんは深いため息をついた。
「後で後悔しても知らんよ。小僧、お前は還せるのか?」
「わかりません。でも守ります」
「…入れ」
お婆さんが、中へ入れてくれた。還せるって何だろう?
「ユイ、時間がない」
「あ、うん」
慣れた様子で部屋の中、下に続く階段を降りて行くラスティ君の後を追い石の扉を開ければ、一人の、とても綺麗な女の人が長方形の石の台の上に仰向けに寝かされていた。
でも、目は固く閉じていてその身体は、胸元近くまで美術室にあった石膏のように灰色で、固まっていた。
部屋に入ったとたん、室内は真冬のように寒くて私は、体をさすりながら、ラスティ君を見た。ラスティ君は、その女の人を見下ろしながらはっきりとした口調で言った。
「この方は、僕の師です。そして、師の命は…もうすぐ消えるでしょう」
ラスティ君の口から言葉と一緒に白い息が出ていた。