10.ラスティ君の優しさ
「ユイ…貴方はまったくわかっていない」
「ラスティ君?」
「帰ってください」
ラスティ君が、腕を振りはらった為に簡単にはずれた私の手は、宙をさまよう。薄い水色のシャツに袖を通しながら話す彼は私に見向きもしない。
「…ちゃんと話してくれないと分からないよ!」
完全に殻の中にいるラスティ君に私は強めに声をあげた。そんな興奮している私に身支度をしながら何の感情もないような口調で更にわからない質問をされた。
「大切な物を1つだけ持っている貴方が、もし道で、その大切な物をくれたらお金になり、その人の命が助かると言われたらどうしますか?」
「命が助かるならあげちゃうかも」
「身一つですよ?自分が今日の泊まる場所も食べる物すらないのに?」
あまり悩まずに答えた私にラスティ君は、鼻で笑った。馬鹿にされているんだろうけれど、引き出しから包帯をとり此方を見た表情は、悲しそうで。文句を言おうと口を開きかけた私は口を閉じた。
「ユイ、貴方では耐えられない。貴方はユリさんより弱い」
なんでおばあちゃんが、そこで出てくるのかわからない。会話がそもそも飛びすぎて混乱するいっぽうだ。
──でもわかる事はある。
「っユイ!」
私は包帯を巻こうとした両腕に触れた。腕から少しづつ下へ手を移動させ、さするように触れていき、最後に両手を握った。
私はちゃんと、その綺麗な紫色の目を見て真剣なんだとわかってほしくて聞いてとお願いした。
「私、きっとラスティ君ほど頭がよくないから、ラスティ君が言いたい事が、あまりわかってない」
強く握っていた両手をゆっくり開いてみると肌は元の色に戻っている。
よかった。
私はそのまま手を放さず軽く包むように、握りなおした。私の手よりずっと大きいのではみでてしまうのに、彼は私より年下で、そのくせ私よりずっと重い何かを抱えている。
「分かるのは、私を心配してくれている事」
今思うと最初から彼は優しかった。帰れというのも、なんらかの理由があり、私に対しての気遣いだ。
私は家族にも話していないような事をラスティ君に話した。
「おばあちゃんが死んじゃった時、たくさん後悔した。こんな事になるなら、もっと頻繁に家に行けばよかった。もしかしたら体調も悪い時があったのかもしれない。もしかしたら倒れていたその日、友達と遊んだ帰りにおばあちゃん家に寄っていったら、間に合ったのかもしれない」
もしかしたら──。
そんな事、いなくなってしまった後に考えたってしょうがない。でも夜ベッドの中では時折そんな気持ちに襲われ涙が止まらなくなる。
「…ユイ」
ほら、心配そうな声。
やっぱり優しい。
「私、頼りないけど、これでもラスティ君より年上だし」
私よりかなり背が高いラスティ君を見上げて、大丈夫だと笑ってみせた。
「知らないで後悔するより知って後悔したほうがいい。ううん、後悔するつもりもない」
おばあちゃんの死で学んだのは、いつ人はいなくなってしまうか分からないという事。もちろん自分も。だから、100パーセントは無理でも「もし」を減らしたい。
今回は、まだ間に合う。
そんな気がするから。
「貴方はお人好しだ」
見上げてみれば、今までで一番年相応の顔が見れた。幼い、不安そうな顔。
「うん。なんとでも言って」
私は、安心してもらえるように精一杯の笑顔を浮かべてみせ、ラスティ君に言った。
話した事を絶対後悔させないからと。




