NO.25 少女を拾いました。
クリスマスプレゼントです。遅いけど。
その後宿に到着し、部屋をとって荷物を預けたセヘルは、街を歩くことにした。
最初に町に入った時にも使った門から街を大きく回る円形の大通りは人もまばらだ。
この街は商工業を中心に発達している。
日中は人口の大半を占める労働者は働いている為、夜になってから人が増えるらしい。
セヘルは日も傾いてきた通りをぶらぶら歩く。
両手には通りに軒を連ねる出店で買ったグリズリーの焼き串と地元で取れるというラムの実のジュース。
バーベキューソースで味付けされ、ガーリックのいい香りのする肉と、さっぱりした味のほんのり甘いジュースは相性がいい。
今度また買おうとセヘルは思う。
しばらく歩くと、街の門が見えてきた。
「一周したようですね」
もう一度回ってもいいが、少し路地に入ってみようと思って、セヘルは手近な小路に入った。
小路は大通りとは打って変わって薄暗い。
出店から出されたゴミが乱雑に捨てられており、怪しげな風呂敷にガラクタのようなものを並べた無精髭の男が下品な笑みを浮かべて手招きしている。
興味が起きなかったセヘルは苦笑いを浮かべてその誘いをいなす。小路の先を見るに、まだこの道は続いているようだった。
その時だった。
絹を裂くような女の叫び声がセヘルの耳へ飛び込んだ。まだ年端の行かぬ少女のものだ。
声がした方向へ振り向くと、どうやら小路の先からのようだ。
とりあえず行ってみようと考えたセヘルはそこへ向かった。
そろり、と曲がり角から状況を窺うと、
「薄汚い亜人の分際で! このクソガキが!」
「やめてっ! これはお母さんの形見の大切なものなの!」
「お前ごときが持ってても意味ねーよ! 俺が有効活用してやるからうれしく思え!」
ぎゃははと意地の悪そうな声がする。
見ると壁際にうずくまり、丁寧な装丁がされた本を両手で抱える10歳くらいの鮮やかな青色の髪の少女。それを3人で取り囲む粗野な恰好の男。男たちは少女を何度も蹴っているようで、少女の服はところどころが裂け、その下に痣が見えた。
少女は緑と白の対比が特徴的な衣装に身を包んでいる。大通りで見かけたものとは違う。男の亜人という言葉から、おそらく排斥されている少数部族の類だろうと推測を立てた。
「こんにちは。何をしているんです?」
セヘルは曲がり角から現れると、少女と男のところへ歩み寄った。
「なんだァ? おめぇ見てわからねぇかよ、取り込み中だ。それともお前もこうなりたいか?」
「悪びれもしないとは。あまり褒められたものではないですね」
「薄気味悪い仮面野郎が。おい、こいつやっちまえ」
男2人がセヘルに襲い掛かる。その手には目の粗いナイフ。
セヘルは男たちの足さばき、体の全体的な動きから大して強いものではないと判断する。動きも遅い。洞窟で戦った蠍と比べれば雲泥の差。彼らの動きがスローモーションに見える。
「殺すと面倒ですね」
セヘルは筋力強化をかけることなく、一瞬で間合いを詰めて手前にいた男の横面を殴った。男は声にならない叫びをあげながら壁に激突した。
勢いをそのままに、セヘルは奥にいた2人目の男の腹に肘鉄を食らわせた。その衝撃を吸収しきれず、2人目の男は血を吐きながら気絶した。
「な、なんだお前……化け物! 化け物め! こっちに来るな……」
「……」
「お、女が欲しいのか? くれてやる!」
奥で見ていた男はうずくまる少女の首元を乱暴にひっつかみ、セヘルへと突きつける。しかしセヘルが歩みを止めないのを見て、「金か?」だの「縄張りか?」だののたまう。
「まったく。反吐が出る」
セヘルはつかつかと男に歩み寄り、少女をつかんでいた手の関節を握り潰すと、無造作に男の顎を蹴り上げた。スパァァン! と小気味の良い音を上げ、男は白目をむいて倒れた。
「大丈夫ですか?」
「う、うう…………う……」
少女の元によって話しかけると、度重なる暴行によって意識が朦朧としているようだ。このままでは会話にならないと判断したセヘルは、宿に彼女を連れ帰ることにした。
◇◇◇
宿の主人はボロボロの少女を連れ帰ったセヘルにぎょっとしたが、ポーションと水の入った桶にタオルを用意してくれた。セヘルはそれに感謝し、ベッドに横たわらせた少女を傍にある椅子に座りながら看ていた。
幸い顔には怪我はなく、体にあった痣もポーションで十分治癒できるものであった。
いまは楽になったようで、すぅ、すぅと寝息を立てている。
『それで? 路地裏で暴漢に襲われていた少女を助けてきたと』
「はい。今はベッドで寝かせています」
『わかったわ。とりあえず何かあったら連絡して。その子の素性についても調べたいから』
「ありがとうございます」
通信用の魔道具でソシエールと連絡を取った。セヘルは規則正しく動く少女の体を見守りながら事の顛末を話した。
自分の衣服も汚れてしまったので服を洗い、夕飯を部屋で食べるように追加で金を払い2人分用意してもらった。
しばらくすると少女は目を覚ましたようだ。体を寝台から起こして、目をこすりながら部屋の中をあちこち見渡し、最後にセヘルを見た。
「本、本はどこ?」
少女は所在なさげに手元を探るも、そこに本はない。まるで己の半身をなくしたかのように、彼女の目線が助けを訴える。
「あぁ、すみません。これ、ですか?」
少女はセヘルの手から本を受け取ると、その存在を確かめるように本を触りながら見回した。本が無事であることが確認できると、セヘルの存在に気が付いたようだ。
「あなたは、だれ……?」
「路地裏であなたが暴漢に襲われているところを助けた形になりますね。自己紹介が遅くなってしまいました。私の名前はセヘルです」
「わたしの名前は、アイリス……です」
少女はうつむくと、セヘルに自分の名前を告げた。
「夕飯を用意してもらいましたし、良ければ食べませんか?」
セヘルは手近な机の上に置いておいた2人分の夕食をアイリスに見せる。まだ湯気の上がっているそれにアイリスは目を輝かせた。
頭が取れそうなほど激しく頷いたアイリスにセヘルの顔に笑みがこぼれる。
「それならよかった。ではいただきましょう」
セヘルが両手を合わせるのを見て、アイリスもそれを真似る。
「いただきます」
「い、いただくます!」
◇◇◇
帝国。
その圧倒的な軍事力でかつて世界に覇を唱えた超大国である。皇帝を頂点とした帝国において、その国防を一手に担っているのがデュークである。
そのデュークは自分の軍省長居室である部屋で腕を組み、どうしたものかと思案している。
「奴」から命辛々完全転移で逃げ延びたが、陛下から預かった兵はほぼ全滅。
陸軍はまだ残っているが、おそらく「奴」は再び転移するだろう。あるいはもうした後かもしれない。
「奴」を倒すどころか手傷すら負わせられず、軍が半壊したのであれば、少なくともこの職は解かれるのが道理というもの。
しかし「奴」はまだ生きている。しかもどこにいるのかわからないという始末。
今は混乱の最中であるためまだ軍省長でいられる。今のうちに目に見える功績が必要だ。
デュークはフーッっと大きく息を吐くと、机に乗せられた崩れんばかりの書類の山を見る。
今回の軍事の後処理のための書類だ。そのほとんどは今回失った各種兵器の修理・補填のための請求書で構成されている。
戦闘機や戦艦を喪失した今回の戦いは、莫大な資金をドブに捨てたようなもの。
さらに失った兵士にも家族はいる。彼らへの見舞金も必要だ。
この莫大な額の金額を集めるためには、何かしらの方策が必要であるとデュークは結論付けた。
そこでデュークは机の上に置いてある鈴を鳴らした。
チリン、チリン、、、
間も無くデュークの部屋に部下が入ってきた。
「失礼します」
「なにか資金を集める手立てが欲しい。なにかないか」
部下はそういえばと、今市井で話題になっていることをデュークに話した。
「何? ナザリア山脈の蠍が倒されただと?」
ナザリア山脈の蠍は、帝国の西方に位置する洞窟に住み着いている強大な魔物だ。
かつて帝国は洞窟で取れるというアクアライト鉱石の利権に目をつけて兵士を派遣したが、その蠍に返り討ちにあったのだ。
尻尾から放たれる光線は金属を容易く溶断し、凄まじいまでの熱量で蹂躙する。
その鎌は音速を軽く超え、それに捕らえられれば命はない。
その動きは予知不能で、帝国の魔法使いは詠唱する暇もなかった。
それはまるで死神のようであったという。
それから帝国は蠍によって洞窟の開拓を諦めたという経緯がある。
しかし、今の洞窟では蠍は影も形もなく、しかし壁には光線によるものと思われる溶解した跡が残っている。
おそらくは戦闘があり、蠍が倒されたのだろう。
デュークは頭を回転させる。
蠍が倒された。あの蠍がとてつもない強さなのは周知の事実。アレに挑んで倒せる者などいない。だから帝国もあの山脈を諦めたのだ。
「あの洞窟にはアクアライト鉱石の鉱脈があったはず。そこはまだ残っているのか?」
「少し掘られた形跡がありますが、ほとんどは元の状態で残されているようです」
アクアライト鉱石はその材質から魔法具の材料として重宝されている。一欠片が金塊に相当するほどの価値を持つ。
もし鉱脈にあるアクアライト鉱石を得られることができれば、資金問題も解決できる!
「すぐに陸軍大将に通達! 西のナザリア山脈の洞窟に向かえ!」
おそらく今年最後の更新です。
良いお年を!




