NO.24 人間の街の歩き方
蜃気楼殿を出たセヘルは川を渡り、山々の間を通って人間の街の前に出た。
セヘルの前にある入り口には衛兵が立っていて、街へ入ろうとするものを検査しているようだ。
「街に入りたいやつはここに並べー」
という衛兵の声がセヘルの耳にも届いた。入口の両脇に衛兵が二人、立っている。彼らの前には街へ入ろうとする人々が十人ほど並んでいた。セヘルはここで懐から一つの仮面を取り出すと、顔につけた。仮面の裏側に彫った魔法陣が淡く光るのを感じながら、セヘルは衛兵の言うとおりに列に並んだ。
一人、また一人と順番が進んでいき、ついにセヘルの番となった。
「次! こっちにこい!」
セヘルは衛兵の言うとおりに衛兵のところに行った。衛兵はセヘルの仮面を見ると訝し気な視線をセヘルにぶつける。
「その仮面は何だ?」
セヘルはあぁ、これのことですかと言うと、用意したストーリーを彼らに話した。
「私は昔、火事で顔が焼けてしまいました。醜く焼けてしまった私の顔を隠すため、こうして仮面をつけているのです」
「そ、それは大変だったな」
どうする? と衛兵は片割れに聞く。ま、まぁそんな過去があるんだったら、仮面を外させるのも酷だろう。と、衛兵がしゃべっているのを見て、セヘルは作戦成功! と彼らに聞こえないように小さな声でつぶやいた。
衛兵たちは魔道具でセヘルの体に武器を仕込んでいないことを確認して、こう言った。
「よし、通ってよい!」
「ありがとうございます」
衛兵とのやり取りを経て、セヘルは遂に人間の街に足を踏み入れた。その街並みは中世ヨーロッパに近いものだった。煉瓦で造られたのだろうか、赤みがかった家々が軒を連ねている。円に近い街の外周にはそんな感じの家々があり、内側には貴族の家のようなものがある。貴族の家は普通の住人の家と比べて格段に大きく、立派だ。やはり貴族と平民では資産が違う。そのような違いが家の違いとして現れているのだろう。
街には中心から放射状に道が伸びていて、その往来を住人たちが闊歩している。道の両端には様々な店が出ており、通る人々に声をかけている。
そして特に目を引くのは、真ん中にある塔。この街には比較する対象がないほどに高い塔が、天を衝かんとしている。目を凝らすと、その頂上には鐘がある。金色に輝く鐘は、街の風景を照らしているかのようだ。
景色に目を奪われていると、一人の住人がセヘルに声をかけてきた。
「よぉ、お前さんここに来るのは初めてのようだな」
「はい、すごい景色ですね。こんなものは初めて見ました」
はっはっは! と住民は快活に笑う。セヘルもつられて笑みがこぼれる。
「ところでお聞きしたいのですが、質屋と宿屋はどこにありますか?」
お金がないのと泊るところが欲しいので、と付け加えると、住民は快く教えてくれた。
「質屋はここをまっすぐ行った通りの真ん中あたりの右側、宿屋はいくつかあるが、おすすめはあれだ」
「あれは……」
と住民は指をさした。セヘルはそこを見ると、大きな建物が見える。煉瓦造りが多いこの街では珍しく、木でできているようだ。湯気がっ立っているところを見るに、温泉があるのではないか!
セヘルは住民に礼を言うと、はやる心を抑え、まずは質屋に行くことにした。
目の前の通りに入り、真ん中あたりを目指して歩く。石畳の床は土よりも少し硬い感触を足の裏に伝えてくる。仮面をつけていると周囲から浮いてしまうのではないかという心配もあったが、そんなことはないようだ。往来の人々は特に仮面をつけているセヘルに視線をぶつけるということもなかった。
「リンゴ一つ50ジェリー! バナナ一房で80ジェリーだ! 買ってけ買ってけ!」
「占い一回100ジェリーじゃ。ほかにも水晶もやるぞー?」
「魔道具に興味はねぇかー! 色々取り揃えてっぞー!」
「グリズリー焼き串一本40ジェリーだ! おいしいぞー!」
往来からそんな声が聞こえてくる。いろいろ買いたいのも山々だが、今のセヘルには金がない。どうやらこの国ではジェリーという通貨が使われているようだ。質屋に行ってまず幾らかの金が欲しい。
セヘルは真ん中あたりについたので、右側を探していると、【質屋】の木彫りの看板を見つけた。質屋はこじんまりとした感じで、他と比べると人の出入りが少ないように感じる。
セヘルはドアを開け、質屋の中へと足を踏み入れた。
質屋の内装は簡素なものであり、真ん中にでかでかとカウンターが置かれている。そしてカウンターの向こうには店主とみられる女性が一人、立っている。
「いらっしゃいませー」
「こんにちは。売りたいものがあってきたのですがー」
というと、質屋の店主はセヘルの仮面をまじまじと見つめ、
「ずばり、売りたいのはその仮面でしょうか!?」
とたずねてくる。店主はセヘルのつけている仮面に興味津々の様子だ。いえいえ、これです。とセヘルは店主から見えないように転移魔法を行使。カウンターの上に青く輝く鉱石を乗せた。
「これなんですが……」
「こ、この輝きはまさか……アクアライト鉱石……!?」
興奮した様子の店主は鉱石を持ち上げると、虫眼鏡で隅々まで観察しだした。
これはブラッディースコーピオンを倒した洞窟の先で採集した鉱石の一つだ。ソシエール曰く取りすぎてしまったようなので、少し売ることにしたのだ。
店主ははっ、とセヘルの方を見ると、その腕をガシッとつかんだ。
「どこでこれを!? これははるか遠方のナザリア山脈の鉱脈でしか取れないはず!」
「え、えぇと……企業秘密です」
セヘルは頬をポリポリと書くと、店主にそう告げた。
ガビーンと効果音の付きそうな勢いで倒れ伏す質屋の店主。すぐに立ち上がると、
「金はいくらでも出す! この鉱石をください!」
この鉱石は魔力伝導率が非常に高いらしく、重宝されているようだ。しかし遠くのある鉱脈でしか採集できない上、いまでは強力なモンスターが住み着いていることから、その貴重さは増しているというのは店主の弁だ。
セヘルはそれじゃあと、何日か分の日銭になる分をといった。店主はそれじゃあ安すぎると反論したが、どのみちもう一度転移したらもうおそらく使わないお金だ。
大丈夫ですというと、店主はカウンターに金を乗せた。
「これが代金になりますー! ほんとはもっと価値のあるものなのですが……」
いいんですよとセヘルは微笑むと、質屋を後にした。
さて、次は宿屋だ!




