NO.23 いざ、新天地へ!
それから1、2週間が経過した。
もはや慣れた感覚が蜃気楼殿を包み込む。
グワングワンと耳朶を叩く音。方向感覚が曖昧になり、白く輝く魔力が集まっていく。
「転移ですか。次はどこでしょうか」
一際大きな光が収束したその時、蜃気楼殿は転移していた。
無事にその本懐を遂げた魔力たちが、その粒子を輝かせながら消えていく。セヘルはそんな幻想的な光景を見届けると、あたりをぐるりと見回した。
山の中のようだ。盆地のような感じになっており、目の前の山の向こう側には人間の街のようなものが見える。行くならここだろうか。
蜃気楼殿の前には川が流れており、それは山々の間を通りながら人間の街の横を通っている。
セヘルは大体の状況を確認すると、装備を整え、自分の部屋から出てソシエールの研究室に行く。
【ソシエールの研究室】、と女の子らしい丸々とした字体で書かれた看板を見る。セヘルはドアをノックする。
コンッ、コンッ
セヘルです。とドア越しにソシエールに言うと、どうぞ、と彼女の声。セヘルはドアノブに手をかけ、部屋の中に入った。
ソシエールは椅子に腰掛け、何やら魔法陣の上に手を翳しながら何かの作業をしているようだ。セヘルは集中の邪魔にならないように、なるべく足音を減らしてソシエールに近づく。
「ソシエール、少し話せますか?」
「えぇ、少し待ってね」
ソシエールはそのまましばらく魔法陣をいじっていた。セヘルは彼女の後ろでそれを興味津々な様子で窺っている。
どうやらひと段落ついたようだ。ソシエールは椅子をくるりと回し、セヘルの方を見た。
「お待たせ、セヘル。どうしたの?」
「先ほど転移がありました。どうやら人間の街近くの山の中に転移したようです」
「また山かー、なんかつまんないわね」
まぁ、私は外に出ないからいいけどね、と彼女は付け加えると、
「例の銃の件だけど、あと少しでできるわ。インスピレーションが湧いちゃって。面白い素材だったものだから」
「それはよかった。楽しみにしていますね」
というと、ソシエールははにかんだ。セヘルはあぁそれと、としばらく蜃気楼殿を外すことを伝えておいた。ソシエールは一瞬驚くような表情を見せたが、顔色を元に戻すと、行ってらっしゃい、とセヘルに投げかけるのだった。セヘルもそれに応える。
ちなみに、蜃気楼殿の転移システムは蜃気楼殿の庭含む館の内と外を分離させ、ランダムに館が安全といえる場所に転移することになっている。だから、蜃気楼殿が転移する場所は山の中の少し開けた場所が中心であり、絶海の孤島に飛ばされたり、逆に人間の軍隊の駐屯地の目の前に転移することはない。
とはいえ、いつも山の中はつまらない、というソシエールの意見はもっともである。セヘルはもし出来るのならば、そのシステムを調整することでその問題を解決することはできないか、と今度考えてみることにした。
しかし、現状優先すべき課題は別にある。セヘルはソシエールの研究所を後にすると、今度は玄関を出て、裏庭にいるだろう自らの使い魔を探した。
裏庭につくと、子供が遊ぶ声が聞こえてきた。見れば、執事姿の男が、何人かの子供にしがみつかれている。男は苦笑しながらその相手をしている。セヘルは頬を綻ばせると、その声の中心にある執事姿の男に話しかけた。
「おはようございます、シエセル。もう気付いていると思いますが、先ほど転移がありました」
「存じ上げております」
「以前伝えたことですが、実行に移そうかと思います」
シエセルの周りにいた眷属たちは、純朴な視線で自分の主とその主を見つめている。
以前伝えたこと、それはすなわち転移があった後セヘルはしばらく外に出かけてくる、というものだった。シエセルにはその間の留守番を頼んでいる。
シエセルはあぁ、なるほどと頷くと、姿勢を正して折り目正しくお辞儀をした。
「分かりました。主ならば危険はないものと確信しておりますが、どうかお気を付けて」
セヘルは自分の従魔の想像以上の期待に内心気圧されているが、それをおくびにも出さず、表面上はあくまで自然な笑顔を心掛ける。
行ってきます。と彼らに声をかけると、彼らからも行ってらっしゃいとの声が返ってきた。セヘルはそんなやり取りができるようになったことに幸せを感じながら、蜃気楼殿を出た。




