NO.19 集会
それは一瞬のことであった。
「くっ!」
海軍の指揮官と思わしき人物が歯を食い縛り、憎々しげな表情で私を見つめ、ペンダントを取りだし、知らない魔法を発動させた。
私はそれが魔道具であると気づき、発動を止めようとするも、遅かったようだ。
辺り一面が真っ白な光に包まれ、それが止むころには、私の前から最初からそんなものはなかったと私に告げるように、何もかもが消え去っていた。
◇◇◇
しばらくの間、海を見つめるも、ここで何をしても意味はないと思い、蜃気楼殿に戻ることにした。
私が飛行魔法と隠蔽魔法で空を飛んで蜃気楼殿に帰って、魔法を解くと、ソシエールが飛ぶように駆け付けてきた。
「セヘル! 心配したのよ! 怪我はない!?」
「ええ。大丈夫ですよ。しかし、彼らをとり逃がしてしまいました」
ソシエールは一瞬驚いたような顔をするも、すぐに微笑みを湛えた。
「まぁ、そんなこともあるよ。セヘルも完璧超人じゃないんだし」
だが、これは由々しきことだ。今のあの国にそんな技術力があるはずがない。あの程度の結界しか張れない人間が転移魔法を、しかもあの規模だ。
「……大丈夫? セヘル、この頃疲れてるみたいだけど……」
心配そうにこちらを覗くソシエールを見て、はっと我に帰る。
「確かにそうですが、敵を前にして休憩するわけにも行きませんでしたのでね」
「……そう」
それにしても、彼らはどこに行ったのだろう。いくら最高の魔道具を使って転移したとしても、そこまで遠くには行けないはずなのだが……
ここからそう遠くないところに、まだいるはずだ。ここからまた逃げられては、さらに多くの軍がやってくる。
その前に決着を着け、あわよくば――
「ソシエールさん」
「さんは要らないわよ」
「シエセルたちを連れてきてください。これからの動きを決めます」
ソシエールは頷くと、大広間に集合ということになった。
それからしばらくして、蜃気楼殿中央にある大広間に全員が揃った。
だだっ広い大広間に置かれている円卓を囲んで、いつもの面子が揃った。
私と、ソシエールと、シエセル、それとその眷属たち。
眷属たちはもうすっかり大きくなり、シエセルより一回り小さい竜となっていた。
「皆さん、今の状況はわかっていますね?」
全員が一様に頷く。
「今はあまり時間がありません。先ほど戦った軍隊は、突如として消滅しました」
「使用された魔道具を見るに、恐らく転移系の魔法でしょう」
辺りに緊迫感が張り詰める。
「質問、よろしいでしょうか」
そっと手を挙げるシエセル。
「はい、なんでしょう」
「主なら、どこに転移したか分かったのではないですか?」
「確かに、私は転移系の魔法を得意としますが、あれには隠蔽魔法がかけられていました。恐らく、私に転移先を悟られないようにさせるものでしょう」
シエセルが驚いたような表情をし、なにかを言いかけるが、まだ話は終わっていない。
「ですが、大体の方角と距離は分かりました。これからその方向に追撃に行きますが、少し問題があります」
我が意を得たり、といった風な表情のソシエールが呟いた。
「陸の軍隊、ね」
「はい。それに終戦後のこともあります。敵の軍隊をすべて駆逐、あるいは撃退できたら、相手の国と交渉する予定です」
「でも、言い方は悪いけど、私たちは鬼と魔女と竜の集まり。そう簡単に交渉出来るかしら」
ソシエールはそれを心配しているようだ。
確かに、妖怪や人の道を外れたものに、交渉出来るかという懸念はあるが……
「当ては、あります」
「そう、分かったわ」
静かに頷くソシエール。
「後、なにかを報告や質問はありますか?」
「…………無さそうですね、分かりました。ではこれで終わりとさせていただきます」
「それと最後にひとつだけ」
「「「……?」」」
「あなたたちは、私が守ります。たとえこの行く先に何があろうと、何が待ち構えていようと」
「えぇ」「その言葉、しかとこの胸に」「「ありがとー!」」
ぞろぞろと大広間を後にし、私が向かったのはテラス。
もう夜だ。心地よい夜風に吹かれながら、月を見上げながらこれからのことを考える。
あの時、当てがあるといったことは事実だ。だが、これは厳しい策。それに、裏をとる必要もあるか。
新しい札が欲しいな。恐らく人間たちもこれでは終わらないだろう。
しかし、これからは忙しくなるな。
半年前には私一人しかいなかったのに。随分増えたものだ。
静かなテラスに、妖怪の笑い声が反響する。
しかし、蜃気楼殿の住民は私が守る。
それが、ずっとずっと昔から受け継がれてきた、蜃気楼殿当主の仕事だから。
あの日――父さんを失った日、あの月に誓ったのだ。この館を守ると。何者にも奪わせないと。
しばらく月を見ていると、空がにわかに曇り始めた。
月が雲に覆われていく。
暗くなっていく辺りを後にしようと、テラスを後にした。
たとえ消えようと、再び輝く。あの月のように。




