中央都市6
アリマ大尉とストリチナヤの回です。
バーサスクリアラーは、全体としては真剣子とカラクラ、メインの物語ではありますが、それでは、薄いお話になってしまうので、アリマ大尉の物語をサイドメニューとして書いています。
主な登場人物
アリマ — 32歳、男性。陸軍喪失地偵察部隊第三分遣隊という、情報収集専門の特殊部隊の隊長。階級は、大尉。さきのカーズマンの大群のノースシャフト侵攻の早期発見者。
ストリチナヤ — 46歳、男性。大陸側の密輸業者。各国のカーズマンの死体を収集し、大陸側の研究施設に卸している。アリマ大尉も、その中の取引相手である。
サショウ — 25歳、男性。アリマ大尉の元部下。過去、カーズマンの変身症状を体験したが、ストリチナヤが持つ薬のおかげで変身を免れた。現在は、軍を去り、ビル警備の仕事をしている。
6
アリマ大尉は、都心郊外の雑居ビルの一室を住まいにしていた。佐官以下の将校用官舎の部屋は、狭くて日当たりが悪い。といっても、この古ぼけたビルが住みやすいというわけではなく、部屋としては似たり寄ったりだったが、ここには、軍人につきまとう階級の気兼ねがいらない。
彼の部屋のテレビには、戦没者の合同葬儀の模様が映っていた。ノースシャフト要塞防衛隊司令・コダカの演説が、きこえてくる。コダカは、事件で犠牲となった先遣大隊を雄々しく散っていた英雄として、しきりに崇めたてた。
しかし、彼らの肉片しか回収できなかったので、ほとんどの棺が、空っぽであった。大隊の指揮官の遺体もついにみつからなかった。
大尉は、実際に葬儀へ参列して、少佐からあずかった手紙を遺族へ渡した。少佐夫人は、大尉にきいた。
「夫は、最後、なんといいましたか」
「自分の任を果たせとおっしゃられました」
「そうですか…」
「このたびは、自分の力がおよばず…申し訳ありませんでした」
夫人は、目をおおい、涙声になって、こういった。
「あなたは、一人でなんでもできると思っているようですね。私の夫は、あなたより階級が上です。大尉は、自分以上の重荷を部下にもたせるのですか?それでは、夫がうかばれません」
大尉は、夫人に問いたかった。
―では、さきほど壇上で口舌していたあの男は、なんなのですか
…謹慎していると、そのときのことばかり考えてしまう。
はやく仕事がしたいという思いで部屋の補修をしていると、客が訪ねてきた。元隊員のサショウだった。
「おひさしぶりです、隊長。昇進おめでとうございます」
「昇進は取り消しになった。やらかしてな」
卑屈に笑ってみせる大尉。
「お前の方こそ、どうした?」
「風のうわさで隊長が、休まれていると聞いて遊びに」
部屋の奥でノースシャフトの事件のことなどを話していると、大尉は、サショウの顔色が悪いことが気になった。サショウがトイレを借りている時、妙な気がして、腰に拳銃を差し込んだ。
サショウが出てくると、彼の顔は真っ青になっていた。額に汗がにじんでいる。
「なにがあった?」
「仕事は順調です…ビル警備は、楽でいい」
「そんな顔でいうことか」
「隊長はどうです?ストリチナヤとは?」
大尉は、彼の脈をはかった。とてもはやい。
「病院へいくぞ」
「こんな身体をだれに診せられます」
サショウは、着ているミリタリーシャツをめくった。横腹と肋骨のあたりの皮膚が、まだらに黒ずんで血管を浮かせていた。大尉は、この黒色を嫌気がさすほど目にしてきた。カーズマンの変身因子が人間の細胞を犯しているのだ。
「お前、治ってなかったのか」
「ストリチナヤは、最初から変身因子の治療薬なんて持っていなかった…」
頭を抱えるサショウ。
「あいつは、変身を遅らせる薬を自分に打ったんです。大尉に迷惑がかかると、今まで黙っていましたが、自分が軍をやめてからもずっとストリチナヤから変身を遅らせる薬をもらっていた」
大尉は、サショウを立たせた。
「それがあの野郎、薬をくれなくなったんだ!」
「もういい…」
「薬さえ、手に入れれば何とかなるんです」
「融通のきく医者を知っている」
サショウは、首を横にふった。
「だから、隊長。ストリチナヤに薬をくれるように説得してくれませんか。隊長なら、あのいけすかねえ道化だっていうことをきく」
部屋を出て、駐車場に降りた。サショウを車にのせる。
すると、サショウは癇癪を起した。
「ストリチナヤを説得してくれないなら、隊長とストリチナヤの関係を当局に洗いざらい話す!」
「そうすれば、お前は命を捨てなきゃならんだろう。それは、最後の手段だ。今は、他の手を打つ」
アリマ大尉は、やつと関係をもつことで、危ない橋を渡っている自覚はあったが、ストリチナヤと出会ったあの日、サショウに打った薬が、変身因子を全滅させる薬ではなく、変身を遅延させる薬であったとは、考えもしなかった。ストリチナヤは、カーズマンの検体を確保できているかぎり、問題をおこすことはない。そう、たかをくくっていた。大尉は、自分を責めたが、そんな嘘を誰にも見抜けるはずがなかった。
「ストリチナヤは、何らかの理由で俺たちを操作しようとしているな…」
サショウが、このまま完全にカーズマンへ変身し、暴れまわれば、都市内は、パニックにおちいるだろう。なにせ、予防薬を接種されていない市民は多い。ここでネズミ算式にカーズマンが増えることになるかもしれない。
大尉は、車を通りへ出した。
港の方へ南下する道路をひたすら走り続けた。幹線道路ではないので、交通量は少ない。線路を跨ぐ高架道路へ差しかかった。
「あなたは、昔から、どこか甘いところがある…」
サショウは、ドアの上の手すりを強く握った。
「ストリチナヤと敵対して、あなたは勝てない」
「余計なことを考えるな」
「俺がカーズマンに侵されたとき、あなたは、見捨てるべきだったんだ…」
大尉は、ぐったりとしたサショウをにらみつける。
「死にたかったのか。ええ?助けてくれと頼んだだろう」
「今思えば…こんな目に遭うくらいなら、あの時、死んだ方がましだった…あなたが手を下すべきだったんですよ」
つらそうに息を吐くサショウ。
「いい加減、だまれ」
「ストリチナヤのところへいくつもりはないのですね」
「ない。なんの用意もなく出ていけるか。やつの思うつぼだ」
「…では、その腰の銃で俺を撃ってください」
「馬鹿なことを…」
「隊長、方法は二つに一つです。ここで俺を断ち切れないなら、ストリチナヤに従うしか」
「貴様、まだ何か隠しているな?」
「考え直してください」
「俺は、やつに従わないし、お前は、死なせない」
サショウは、膝を抱えるように脚を限界まで曲げて、蹴りを繰り出した。踏み抜かれた車のドアが、高架橋の下へ落ちていった。サショウも車から飛び降る。
大尉は、すぐさまブレーキをかけた。降りると、サショウは、難なく立ち上がっていた。走ってくる大尉を一瞥してから、高架の下へ飛んだ。線路では、ちょうどコンテナを運んだ長い列車が、流れていた。
貨物コンテナの上へ見事に着地し、都市の方へと運ばれていく。彼は、カーズマンの変身因子のせいで運動能力が著しく高まっていた。
それをなす術もなく、ながめていると、ワゴン車が一台やってきた。
そこからストリチナヤが、あらわれたので、大尉は、拳銃をかまえた。
「そんなに敵意むき出しにしなくてもよいでないですかなー。我々は、同志ではないですか」
「つけてきて様子をうかがっていたんだろう」
「あたくしの言い分もきいてくださいまし、大尉」
ストリチナヤは、空手だったが、車にはストリチアナの手下が五人、自動小銃をたずさえて大尉を警戒している。
「こちらも血の気の多い若者を抱えてましてなー。なにかにつけて撃ちたがる。あたくしは、売る方なもんで、その点のことは、どうにもこうにも苦手なわけでして…おっと!横道にそれた!サショーのことでしたな。失敬」
大尉は、銃をかまえながら、自分の車へじりじりと下がろうとした。撃ち合うには、多勢に無勢であるし、身を隠す遮蔽物もない。
「わけを話しますと、先日、サショーに仕事を頼みましてな。それが、かなり大仕事になりそうなので、『自分には荷がかちすぎる。アリマ大尉にご助力願えれば、これほど心強いものはない』と、彼の提案でしてね。あたくしから持ちかけるのは筋違いと思いまして、後から参りました…大尉が、お気に召さないなら、あたくしどもはそれでよいのですよ」
「きいたぞ。サショウに与えた薬、変身因子の治療薬ではなかったそうだな」
「はあ…ほお…」
ストリチナヤは、くるくると首を回して、間の抜けた声を出す。
「返答次第では、カーズマンの仕入れはなくなると思え」
「誤解ですなー。大陸側では、それを治療薬と呼んでいるので…しかし、常用せねばならないというのは、言い忘れていたふしはありました。これはあたくしの不手際。お詫びします」
「サショウをどうするつもりだ?」
「彼が、頼んだ仕事をできないのであれば、薬は、あたえられませんな。働かざるもの食うべからず。そういうことですな」
「なぜ今になって、薬をあたえるのをやめた?」
「時間は関係ないでありますよ。命の借りは返すもの、どの業界でも必定の鉄則でしょう」
「俺が、貴様にカーズマンをやっている」
「ふは!ふはは!これは異なことを。それは、あなたとあたくしの取引。サショウが、いまだ、あなたの元で働いていれば、まだしも。彼は、軍を去ったではないですか」
対向車線で車が止まり、人が、ぞろぞろ降りてくる。大尉は、前方のストリチナヤの手下から目が離せないが、背中でそれを感じた。大尉は、ストリチナヤに時間稼ぎをされているということは、わかっていた。
―やつが、俺を殺すつもりならとっくに死んでいる。なぜだかわからないが、俺を生かして捕らえたいはずだ。ならば、うかつに撃ってこないだろう。
一気に車まで走っていこうとしたが、対向車線からきた手下たちが、あたりを取りかこんでいた。思った以上に自分の近くにきている。
その一人が、銃を撃ったので、撃ち返す。しかし、大尉は、敵の弾をくらい、車までたどり着けず、崩れ落ちた。
大尉の太ももには、針のついたワインコルクのようなものが刺さっていた。コルクから電気が流されているようで、身体が痙攣を起こした。身動き一つできない。
「ご安心ください。スタンガンです」
電流が収まり、ストリチナヤは、大尉の銃を取り上げた。手下の大男が、大尉の胸を踏みつけにして抑えつけた。
大尉の意識は、朦朧としていた。ストリチナヤの灰色の目をただみつめている。
「サショウのいうことを素直に聞いて、あたくしどもに協力すればこんなことにはならなかった…」
ストリチナヤは、注射器を持っていて、針を指で弾き、液体を飛び出させた。
「さて…こうなれば、あなたにもサショウに頼んだ仕事をやってもらうことにしましょう…とはいえ、あなたをこのまま手ぶらで帰すのは心もとない」
大尉の目の前で注射針をふってみせる。
「これは、カーズマンを製造する薬品です。サショウに打っていたものと反対の薬ですなー。静脈注射すると既製の予防薬などものともしない」
「よせ…」
大尉は、痺れの中でうめいた。
「医療と軍事の技術は、表と裏。病気を治すには、病気を十分知らねばとーそんなことをしているうちに病気が、自由自在に出し入れできてしまう。甘い甘ーい魔法をあつかうようでありますな。まさに力というもの象徴している」
手下に腕を出させて、注射を打った。
「あなたに残された時間は、十二時間くらいでしょうかな…」
注射器をケースに直し、大尉の乱れた髪を整えてやる。
「あなたがカーズマンになってしまうまでに、列島の方々がたたえる、時の人、大聖女カラクラ様をあたくしどものところへ連れてきてもらいたい」
連絡先の書かれた名刺を上着の胸ポケットへ入れた。
「つまり、競争ですな。カラクラ様を射止めるのは、サショウが先か!大尉が先か!」
大尉は、懸命に立とうとした。手下が、蹴りを入れる。
「どちらか成功した方に、変身因子の治療薬を進呈いたしましょう…おっと!治療薬ではなく、進行遅延薬でしたな!失敬」
手下が、ストリチナヤの号令で引いていく。
「それでは、お早いお勤めを。サショウに後れをとっておりますからな」
やつらの車が、去っていった。
身体に力が入らなかった。路面に手をつき、屈辱を忍ぶ。
それもつかの間、大尉は、憎しみに我を忘れた。
「ストリチナヤあああああああ!」
ここまで読んで面白いと感じてもらえなければ、おそらく、この先も面白くないと思います