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バーサスクリアラー  作者: FT
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中央都市4‐5


主な登場人物



真剣子しんけんこ — 新米クリアラー、15歳。ハズノチヅの相棒バディ。傍若無人。男顔負けの身体能力を持っている。彼女の考えは、既存のクリアラーを度外視にするものであり、他のクリアラーと馴染めないでいる。


ハスノ チヅ — 新米クリアラー、15歳。年頃の娘らしく繊細ではあるが、優しさと芯の強い部分を内に秘めているクリアラーの見本。唯一の真剣子の理解者。


カラクラ - 17歳、女性。カーズマンに対して、絶大な力をもつシャフトを動かせる、稀有な存在。民衆からは大聖女と呼ばれ、すべてのクリアラーの羨望の的。しかし、カラクラは、自身を平凡なものと感じており、大聖女という大げさな呼ばれ方を受け入れられないでいる。


スミヤ - 29歳、女性。クリアラーを監督する技術士官。大聖女・カラクラを管理する立場でもある。


オリン - 9歳の女の子。カラクラのたった一人の家族。クリアラーの訓練生。








 真剣子とチヅの二人は、養成所内の武具整備所にて、パージロッドの調整をおこなった。


 そのあと、クリアラー人事院事務所の広報課へよった。


「あたしのファンレターきてる?」


 真剣子は、受付にいった。


 忙しそうな事務員は、ペン先で書類の仕分け箱がある方を差した。


「はずかしいなあ」


 真剣子の振る舞いに苦笑するチヅ。


「わたしたち、戦地配属されて一年もたってないんだよ」


「こないだ二小隊分の兵隊さんたちを生きて返したじゃないか。胸を張れよ」


「そうなんだけど…」


 帰ってきてからほめられるどころか、責められてばかりいるので、チヅは肩身が狭かった。真剣子はまるで気にしていない。そんな性格がチヅには、うらやましかった。


 仕分け箱の隣は、段ボール箱が、つんであった。段ボールには、マジックインキでカラクラ様宛と走り書きされている。


「カラクラ様のだ。すごい量」


「ああ」


「これ、全部は読めないよね」


 ちょうど、作業服の男が、段ボールを抱えてやってきて、ぞんざいにそこへ置いた。それもカラクラへのファンレターだった。


「燃やされる運命か。カーズマンといっしょだな」


「ひどい…」


 チヅは、真剣子特有のジョークを軽く受け流し、自分の手紙をとった。十五通あった。ノースシャフトの事件で自分が救った兵からが大半だった。先遣大隊の亡くなった兵の手紙もあった。差出人の顔はあまりよく思い出せなかったが、予想以上にたくさんきていて驚いた。


 真剣子が手にした手紙は、二つで、その内の一つは、雑貨店のダイレクトメール。もう一通は、間違えて仕訳されたマジマというクリアラーのものだった。


 真剣子は、マジマのボックスへ手紙を放り、ダイレクトメールをくしゃくしゃにして、クズカゴへ投げた。


「小隊の運転手さんからきてるよ。あたしたちの広域放射、見守ってくれてた人」


 チヅは、無邪気に真剣子へ話しかけた。


「こっちにはきてない」


「へ?」


「こっちには誰一人きてない」


 チヅの手紙の束に真剣子は、落胆した。


「恩知らずどもぉ」



 養成所のグランド脇を歩きながら、チヅは、真剣子の機嫌をとった。


「ここに真剣子どのによろしくって、書いてある。二人で一通ってことだよ」


「いいんだ…お前の方が、男受けがいいってことは、前から知ってた。よかったな…」


 声に生気がない。


「もてたって付き合ったりできないんだし…しかたないもん」


「あたしに気を使うな。だまっといてやるからよ…」


「でも、この手紙、ほとんどつまんないんだ。配置換えがどうとか、前線の風景とか、そんなのばっかだし、へんな詩とか書いてあるし」


「そうなのか?」


「うん」


「貰えないよりずっといい」


「元気出してよ。あんたが、たかがファンレターくらいで落ち込まないで」


「落ち込んでなんかいない…」


 二人は、グランドが見下ろせる土手で座った。


「あんなやつら…全員死ねばよかったなんてぜんぜん思ってない」


 チヅは、手紙に返信して、兵たちに真剣子へ手紙を書かせようと思った。


「忘れよ。忘れよ。カフェにいこう。おごるからさ」


「命かけたんだぞ!」


 下の方にいたセイラー服の子が、真剣子の叫びに驚いて、振り向いた。


 真剣子と目が合う。


「あ…」


 スケッチブックを抱えたオリンが、見知った顔に声をもらした。


「お、カラクラの付録。なにしてんの?」


 二人とも、オリンをはさんで腰を下ろす。


「こんにちは。この前はごめんね」


 チヅが、やわらかく微笑むとオリンは、わずかに警戒心を解いた。


「気にしてません」


「あんたもあやまんなさい」


「だって、カラクラも悪いんだぜ。握手しないしさ」


「カラクラ様の手、動かないんです!あそこではいえなかったから…」


 真剣子とチヅは、顔を見合わせた。


「あ…このこと、だれにもいわないでください…お願いします」


「わかった。だれにもいわない」


 真剣子は、軽薄さを消していった。


 チヅもうなずいた。気まずさを晴らすために話題を変える。


「きみ、初等部?何年生?」


「二年です」


「クリアラーは大変だぞ。頑張ったってファンレター、一つきやしない」


「まだいうか」


「カフェ、いっしょにくる?チヅがお詫びにおごってくれるらしい」


「あやまりもしないで、ひとの財布あてにする?フツー」


「あたしに常識は通用しない」


「はじまった…」


 真剣子のいつもの主義主張に飽き飽きしていうチヅ。


「あの、わたし、バスがきますので」


 オリンは、スケッチブックをリュックへ突っ込んで逃げるように走り去った。


「ほら~あんたのせいよ」


「ちゃんとあやまりゃいいんだろ…ふん捕まえてくる」


「よ、よしなさいって。嫌われちゃったの。ますます怒らせるようなことしない」


 チヅは、真剣子の白衣のすそをつかまえた。







 カラクラは、三日の検査入院をしていた。オリンは、学校の帰りにカラクラの病室へ見舞いにいった。


 オリンは、さっきまで宿題をしていたが、今は、リュックの中の教科書を全部カウチへ広げて、何かを探している。


「なにか、なくした?」


 ベッドのカラクラは、オリンがせせこましく動いているので、読書に集中できなくなった。


「紙飛行機がありません。ノースシャフトでカラクラ様に折ってもらったのです」


「また折ってあげるわ」


「あれがいいんです」


「そう?今度は、もっと飛びそうなの作るよ」


「お守りなんです」


 こんな小さな子が、奇特なことをいうので、カラクラはくすっと笑った。オリンは、馬鹿にされたような感じがして、すこし不機嫌になった。


「なんで笑うんです」


「ん?笑ってないよ。くしゃみがでそうで。風邪かな」


「笑ってました」


 スミヤが病室へ入ってくる。


「明日、検査結果が出るそうよ。問題なかったら、家に帰れる」


「そう。よかった」


 カラクラは、無感動にいう。


「先生は、これ以上悪くはならないと考えているそう」


 スミヤは、カラクラより、心配げなオリンにむけていった。


「オリン、もう暗いからスミヤと家に帰って」


「退院まで病院にいたいです」


「明日も学校でしょう」


「カラクラの言う通り。いきましょう」


 スミヤが、オリンの背へ手をかけると、オリンは、黙って帰り支度をした。


「帰ったら、紙飛行機作るから」


「それじゃ明日の朝ね」


 スミヤがそういっても、オリンは、別れの挨拶を返さない。拗ねていた。


 二人が、病室を出ると、カラクラは、ベッドから降りた。カウチのあたりをみてみる。背もたれの隙間に手を差し入れると、紙の感触があった。不細工な赤い紙飛行機をみつけた。


 オリンとスミヤは、カラクラの家へついた。オリンは、スミヤ技官に話しかけられても、はいといいえとしか答えなかった。


 スミヤは、強情な子だと思った。まるで出会ったころのカラクラを相手にしているように思えて、おかしかった。


 冷蔵庫の食材で、スミヤは、手料理を作った。官舎では、ハウスキーパーが、食材を常備しておいてくれる。顔ほどもある大きなハンバーグだった。


「どう?」


「すごくおいしいです」


「これはね。わたしの母さんが、特別な日に作ってくれたのよ。誕生日とかね」


「お母さんですか」


「オリンのお母さんは、どんなの作ってくれた?」


「よくおぼえていません」


「そうか。そうよね」


 大皿には、ハンバーグが、半分切り分けられて、持てあましていた。


「ちょっと大きく作りすぎちゃったかな。カラクラが帰ってきたら、食べてもらおうか」


 食事を終えて、スミヤは、オリンに風呂に入るようにすすめ、奥の部屋の電話で、カラクラについての上司へ報告をした。


 スミヤもシャワーを浴びて、バスローブのまま、マグカップにそそいだワインを飲みながら、食器を洗った。


 オリンが姿を現さないので心配になり、彼女の部屋へいってみた。


 オリンは、机で鉛筆を放り出し、眠りこけていた。


―かわいい子。カラクラがペットにしているのもうなずける


「ちゃんとベッドに横になって」


 寝ぼけた返事をして、ブランケットの中へもぐりこむオリン。


 スミヤは、机を片づけがてら、スケッチブックを開いてみた。


 そこには、紙面びっしりと幾何学模様が描かれてあった。スミヤは、何かの間違いかと思い、表紙を見返したが、これは専門書物でもなく、単なる紙の束だった。描かれた模様は、鉛筆でかかれてあるため、線がにじんでいる。


 スミヤは、きいたことがあった。大昔、シャフトの近くに住んでいた子供たちの間で、こういった幾何学模様を落書きすることが流行った。それは、シャフトが人類に伝えようとしたメッセージだということが、数十年後になって判明した。そのメッセージからシャフトの構造の一部が、人類に理解され、パージロッドやカーズマンの感知器が開発された。


 落書きをはじめた子供たちは、当時、精神病扱いされ、その知識のほとんどは、収集されず、消えてしまった。それ以降、新しく生まれた子供たちには、メッセージを受け取る現象が起きることはなくなったはずだった。


 幾何学模様が描きこまれたスケッチブックを十枚ほどめくっていく。途中、漫画のキャラクターがぽつんと描かれてあるページがあった。


 それは、チョッキを着て三角帽子をかぶった小人のようだった。吹き出しに台詞がある。


『はやくぼくのところへ遊びにきてね』


 スミヤは、先日のカラクラにきかれたことが、思い浮かんだ。


 先代の大聖女は、晩年、案内人とばかり話すようになり、ウエストシャフトを起動させたのを最後にして操縦室から忽然と姿を消した。シャフト解析の第一人者ピート・クインシーについての書物によると、一説には、シャフトは、選定した人間を取り込み、それを燃料にして、宇宙を旅しているという。過去、大陸側のシャフトの一つが、空へ打ち上がったという話もあり、列島側でも、まことしやかにささやかれている。


 スミヤは、スケッチブックを閉じて、オリンの寝顔をながめた。


 こんな小さな子にシャフトと接触させることなど、あってはならない。だいいち、カラクラが許さない。シャフトを動かすことを、身をもって知っている彼女が。


 しかし、この思いつきが、一晩中、頭から離れなかった。





 翌朝、スミヤは、オリンを学校まで送り、病院へ行った。


 待合所には、政府高官のハツシバの使いなるものがいた。警備たちと談笑している。


 そのハツシバの部下とスミヤは顔見知りだった。


「おはようございます。スミヤ技官。カラクラ様の状態をうかがってこいとハツシバ先生からおおせつかってきまして」


「おはようございます。カラクラの検査結果は、すでにお聞きに?」


「はい。状態は変わりないそうですよ。麻痺が肩より先に進行している様子もないと」


「では、はやく家に帰してあげたいですね。病院は、落ち着かないようで症状とは別な心労がたまるようです」


「それが…そうもいかないようで。昨日、ラマニノフ閣下が、お抱えの医師にカラクラの身体を診せたいといってきましてね」


 ハツシバの部下は、人目を気にして声を落とした。


「ラマニノフが?承知したのですか?」


「まさか。先生は毅然として断られました。しかし、むこうはどうやらカラクラ様の容体をくわしく把握しているようです」


 スミヤは、渋い表情をして腕を組んだ。やはり、どこかに内通者がいるということか…


「ラマニノフときたら、まるで我々が、カラクラ様を幽閉しているかのように責めるのです。やましいことがなければ、彼女と直接、話をさせてくれてもよいではないかと…」


「先生は、どう判断なされたのですか?」


「警備を増やし、カラクラ様を再検査して現状維持ということです。その間に内通者を探し出します」


「内通を断って、ラマニノフはあきらめるかしら…カラクラの腕は、私たちでは治せないのだから…」


「仮にカラクラ様を大陸側へやって、完治させたとして、ただで返してもらえるとは思えません」


「ええ、わたしも同意見です。ひたすらカラクラの身体を案じているふうに装っているのが、鼻につくくらい。大陸側が治療方法をみつけているという話だって本当のところ、怪しい」


 話が終わり、スミヤは、カラクラの病室の扉へ歩いていった。退院は、先送りになったと伝えねばならなかった。






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