中央都市3
主人公の一人、カラクラの生い立ちとオリンとの関係について、触れます。
主な登場人物
カラクラ - 17歳、女性。カーズマンに対して、絶大な力をもっているシャフトを動かせる、稀有な存在。民衆からは大聖女と呼ばれ、すべてのクリアラーの羨望の的。しかし、カラクラは、自身を平凡なものと感じており、大聖女という大げさな呼ばれ方を受け入れられないでいる。
オリン - 9歳の女の子。カラクラのたった一人の家族。クリアラーの訓練生。
スミヤ - 29歳、女性。シャフト関連の技術士官。大聖女・カラクラを管理する立場でもある。
3
中央都市の軍事基地の住宅区画にカラクラの家があった。
一戸建ての官舎が、閑散として立ち並んでいた。これらの建物は、将官のための住居、または、政府重要職のゲストハウスとして使われている。ここに住まいを構えるクリアラーは、カラクラのほかにいない。
真夜中、カラクラは、うなされて目が覚めた。
シャフトの操縦室で、のけぞった自分を案内人のピクシーが、黒い操作盤へ引き込もうと手招きしている。そんな夢だった。
トイレにいこうとベッドから出ると、暗がりの中に紙飛行機があり、その先端がカラクラの頬にふれた。テグスでたくさんの紙飛行機を連ね、天井から吊ってある。
これは、オリンが、『紙飛行機、ずっと飛んでいればいいのに』といったことをカラクラが叶えてやったものだった。それが揺れているのをみていると、カラクラは、ほっとした。
オリンは、戦災孤児だった。
彼女が五歳の時、住んでいた街がカーズマンに襲われた。街は、軍が守っていたが、オリンの母親は、避難の途中、カーズマンへの砲撃の巻きぞいをくって亡くなった。オリンは、母親にかばわれて、かろうじて生き残り、兵に助けられた。
カーズマンの群れは、物陰に潜んで人を襲うようになって、殲滅は困難になり、軍は、撤退を余儀なくされた。
兵が、オリンの父親を難民収容テントの中から探したのだが、もともと父はいないようだった。
それをみつけた現場指揮官は、自分の娘を思い出した。これが、カラクラの父だ。
兵から話を聞くと、この子の母親は、自分が下した砲撃命令の犠牲になったらしかった。彼は、身寄りのないオリンを引き取りたかったが、彼の妻は、亡くなっていて、オリンの面倒をみるために任務をおろそかにするわけにもいかないので、知人夫婦のところへあずけることにした。
ちょうど、そのころ、カラクラがクリアラー養成所へ入って一年目だった。それはカラクラにとって、いい思い出となる年ではなかった。当時の彼女は、クリアラーなどにまるで興味はなかった。父が、軍人である以上、その娘は、当然クリアラーを志すという周囲の目線に流されていっただけだった。
彼女に興味があったのは、絵や音楽などの芸術の世界だった。そんな彼女に、いかに訓練で好成績をあげるかというこうに頭がいっぱいの志高い同じ年頃の訓練生と仲良くなれるはずはなかった。彼女は、学科試験も実技訓練の成績も平均以下だったのだ。
カラクラの父親は、所要で中央の総司令部への出頭したあと、ついでに休暇をもらった。
娘をつれて、オリンをあずけている知人宅を訪ねた。彼は、手紙のやり取りでカラクラに友達がいないことを知っていた。
最初、オリンは、カラクラと出会ったとき、目すらあわせなかった。オリンは、誰とも口を聞かず、心を閉ざしてしまっていた。オリンは、汚れた小さな人形を抱いて、部屋の片隅にいて動かないでいる。人形は、彼女が住んでいた街からずっと持っていたものだった。
父親は、帰り道にカラクラへいった。
「寂しくなったとき、あの子に会いにいくんだよ。きっとあの子も寂しがっている」
「あたしは、さびしくなんかない。あんな子のところ、二度といきたくないわ」
「そうだな。お前は強い。その強さを少しくらいあの子にもわけてやってくれ」
カラクラの父親は、この一ヶ月後の西海湾浄化作戦にて戦没者となった。
彼女は、ひとりぼっちになった。
カラクラは、父の言葉をふと思い出し、オリンのところへ遊びにいくようになった。遊ぶといっても会話はなく、部屋の片隅で、じっとしているオリンを横目に読書をするというものだったが。
ある休みの日、カラクラは、いつものように知人宅へいった。しかし、家にオリンは居なかった。訳をきくと、彼女はゴミ捨て場にいるという。
カラクラの父親の知人夫人は、オリンが、風呂に入っている間に彼女が大事にしていた人形を処分したらしい。夫人は、心を閉ざしているオリンを変える意味合いでそれをしたようだが、逆効果だった。
カラクラは、ゴミ捨て場で、オリンといっしょに人形を探した。すべてのゴミ袋を開けて、あさったが、人形はみつからなかった。
カラクラは、彼女に「帰ろう」といった。しかし、オリンは、「帰るところなんてどこにもない!」といった。彼女がカラクラに対してはじめて発した言葉だった。
だから、カラクラは、オリンの手を取り、父の残した家へ連れていった。彼女は、オリンのために帰る場所を作ることに決めた。それは、自分のためでもあった。
その時、オリンは六歳、カラクラは十三歳であった。
それからというもの、彼女と取り巻く環境が、著しく変わっていった。
目に見えて変わったのは、彼女がはじめてパージロッドを持たされたときだった。カーズマンの表皮を張りつけた標的に光を当てるという訓練だった。他の訓練生は、ロッドの光で表皮を『燃焼』させる。これが通常の反応であったが、カラクラの試射は、標的を常に『爆発』させ、瞬時に灰にしてしまった。
これが、カラクラを出来の悪い生徒として扱っていた教官たちの態度を一変させた。その変わりようのせいで彼女を一時期、人間不信に陥らせたが、オリンの存在が、カラクラをクリアラーにつなぎとめた。すべては、オリンとの生活のためであり、それからの養成所での努力は、目まぐるしかった。
そうして、養成所を出て、いくつかの実戦を経験したあとに、スミヤ技官が、彼女の元へとやってきた。
「あなたの才能は、世界を救うわ」
「…どういうことでしょうか?」
「あなたのような強い力をもつ人には、大きな責任がともないます。もっと広い世界で活用すべきなのよ」
「はあ…」
カラクラには、はじめスミヤ技官の意図するところが、つかめなかったが、実戦任務をこなさなくてよくなるということだった。彼女にとって、中央でオリンと過ごせる時間が多くなるのは、うれしいことだった。
そのころは、シャフトという身を滅ぼす巨大な兵器が、待ち構えているとは、考えもしなかった。
彼女は、洗面所に入り、鏡の前に立った。麻痺した腕をさすって、感覚がもどっているかたしかめた。もとのままだった。
さきほどの夢を思い出して寒気がした。シャフトの案内人、ピクシーが、オリンの失くした人形の姿にどこか似ているように思え、気味が悪くなって眠れなくなった。
翌朝、スミヤ技官が、二人をむかえにきた。オリンをクリアラー養成所の学舎へ送り出し、彼女たちは、病院へむかった。
カラクラは、車の中でスミヤ技官へ昨夜の考えを口にしてみた。
「ねえ、案内人の姿について、話したでしょう?」
「赤いチョッキの小人のこと?」
「うん。昔、シャフトを動かしていたクリアラーも同じもの、みていたのかなと思って」
「違うみたいよ。記録に残っていて…たしか、先代は、コウモリみたいな羽をもった悪魔だったとか。小人の方が、かわいくていいわね」
「その先代って、今、どこに?」
スミヤは、しばらく黙ってから破顔した。
「それ、機密事項なのよ。有名人だし騒がれるとあれだし。きっとどこかで幸せに暮らしているわ」
「ふーん…」
「あいたいの?」
「ちょっとね」
スミヤは、知っていた。間違ってもこの世にいないとは、いえなかった。