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バーサスクリアラー  作者: FT
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中央都市2

主な登場人物


アリマ — 32歳、男性。陸軍喪失地偵察部隊第三分遣隊という、情報収集専門の特殊部隊の隊長。階級は、大尉。さきのカーズマンの大群のノースシャフト侵攻の早期発見者。


ストリチナヤ — 46歳、男性。大陸側の密輸業者。各国のカーズマンの死体を収集し、大陸側の研究施設に卸している。アリマ大尉も、その中の取引相手である。


サショウ — 25歳、男性。アリマ大尉の元部下。過去、カーズマンの変身症状を体験したが、ストリチナヤが持つ薬のおかげで変身を免れた。現在は、軍を去り、ビル警備の仕事をしている。










 深夜、アリマ大尉は、うらぶれた通りで車を止めた。潮の香がする。海が近い。


 彼は、ノースシャフトの事後処理の仕事を忙しく終えたあと、謹慎処分を受けた。といっても、偵察部隊の彼の上官からしてみれば、休暇のようなものだった。


 大尉は、酒場へ入った。扉には、クローズドの札がかかっていたが、躊躇しなかった。カウンターには、中年の男が、一人酒を飲んでいる。彼以外に客はいないし、バーテンもいない。


「おー!大尉、忍び足で偵察ですかいなー!ほ、ほ」


 大尉が隣につくと、男は、オーバーに驚いてみせた。灰色の目をした外国人だった。白髪の混じった長髪を後ろで束ねてある。そのせいでみすぼらしい印象を与える男だ。


 男は、大尉のためにグラスへ酒をついだ。


「ノースシャフトでは、大活躍だったそうで」


「そうでもない。今は、謹慎中の身」


「ほー?なんでまた?」


「お前にカーズマンの死体を横流ししていることが、おおやけになった」


「なんですと!」



 男は、飛び上がって、憲兵が押しかけてくるのかと出口をみた。あたりは、静まり返っている。

大尉は、ゆったりとカウンターへ入って水をくんだ。


「お人が悪い。まじで」


 アリマ大尉率いる偵察部隊第三分遣隊は、カーズマンを仕留め、死体を回収し、研究施設へ送るという任務を負っていた。しかし、列島側の研究施設にだけ、カーズマンの検体を提供しているわけではなかった。


 大尉は、このストリチナヤという外国人と個人的に取引をしていた。


「ブツは三体。いつもの保管庫に」


「ほ~、タイリョウ」


「今回の暗証番号は6832901」


 手帳に書きとめるストリチナヤ。


「それくらい覚えろ」


「あれこれ、商売のことを考えていると、こういう数字なんやかや、とたんに忘れてしまいますからなー。いやー悩み事が多い。昨日など、ピザサンドを三つ買い置きしていましてー、二つランチにして、一つは、あとのお楽しみにしていましたところ。夜に冷蔵庫を開けると、ない。ないない。そこでうちの若い衆をしかりつけましてな。しかし、あとでデスクのゴミ箱をみると、包装が三つ。あたくしがいつのまにか三つ食っとったわけです」


 大尉は、水を飲んで、丁寧にグラスを洗った。


「この分だと、カーズマンをどこにしまったか忘れそうですな。ふほほ」



 ストリチナヤとアリマ大尉の奇妙な出会いは、今から二年ほど前であった。


 喪失地偵察部隊第三分遣隊は、ウエストシャフトより、さらに西の海岸線を軽装甲車で走行中、所属不明の車両を発見した。


 その車は、一体のカーズマンに追い打ちをかけられていた。屋根の銃座でカーズマンを乱射していたが、カーズマンは、一定距離を保って、狙いにくいようにあちこちへ避けて走り、弾切れを待っているようだった。


 第三分遣隊の装甲車は、そのカーズマンの後ろについた。そして、所属不明車の弾丸が降ってくるのもかまわず、カーズマンを後ろからはね飛ばした。


 そして、倒れたカーズマンへ散々ライフルの弾丸を浴びせたあと、サショウという隊員が、獲物の死を確かめにいった。しかし、そのカーズマンは、死んでいなかった。最後の力を振り絞って、飛びかかり、サショウは、意表を突かれ、カーズマンに押し倒された。すんでのところで仲間の援護射撃が間に合い、カーズマンの止めを刺した。


 所属不明の車は、彼らの前から立ち去らずにいた。遠くで第三分遣隊の様子を見守った。


 アリマ大尉は、その車の身分を明らかにするより、サショウの健康状態を診ることを優先した。


 だが、サショウの体調は、悪化した。発熱と嘔吐、カーズマンが接触した皮膚に変色が起こり、診ていた兵も手に負えなくなった。誰がどうみてもカーズマンへの変身症状であった。彼は、予防薬をうっていたのだが、ごくまれにそれが効かない場合がある。彼は、取り乱し、仲間の前で絶望した。


 そのような隊の混乱のさなか、所属不明の車から男が出てきた。その男がストリチナヤだった。

ストリチナヤは、注射器を持っていた。


「不躾ですがーあたくしには、すこし医学の知識があって、その若者は、ほうっておくとカーズマンになってしまう」と、なれた調子でいった。


「わたしの持っている薬を打てば、八割の確率で完治する。さきほど助けていただいた礼をしたいのは、やまやまだけれど、この薬は、非常に値の張るものでして。ついては、あなた方が倒したカーズマン、あたくしにゆずってくれませんかな?それでトントンということで」


 ストリチナヤは、大陸から列島へ渡って、列島のカーズマンの死骸を収集し、大陸で売るという商売をしていた。


 大尉は、サショウに泣きつかれ、ストリチナヤの提案を承諾した。それで彼は、身体を持ち直した。


 ストリチナヤとの付き合いは、そこからはじまった。


 大尉が、ストリチナヤについて、上司に報告しなかったのは、部下を救ってもらった恩義もあったが、これから列島のカーズマンの検体を提供してくれるならば、仕事に役立つ道具を差し上げたい、といってきたからだった。ストリチナヤは、手始めにサンプルとしてカーズマンセンサーを送りつけた。


 センサーは、軍支給のものより格段に高性能だった。使わない手はない。しかし、この取引は、列島側の法に照らし合わせるときわどい行為であった。


 彼は、第三分遣隊に配属される以前、前線で仲間が、カーズマンに食い殺される場面を何度も目の当たりにした。そこでの法は、生か死のみであり、中央都市の法律などを気にかけている余裕などなく、見返りで得られる道具によって、隊員の生存率をあげるべきだと考えた。これにより、救えたものは、第三分遣隊隊員の生命だけではない。ノースシャフトでのカーズマン大群の早期発見は、ストリチナヤから供与された装備によるもののおかげだった。


 ただ、いくら便利な道具を手に入れても、サショウは、カーズマンへの恐れを払拭できず、軍をやめてしまった。



「捕獲ネットと手榴弾が、かなり減った。携帯用のセンサーユニットの調子が悪い。新しいのを一式くれ。古いものは、倉庫においてある」


 大尉は、洗ったグラスを拭きながら、ストリチナヤへ注文をつけた。


「まいどまいど」


 ストリチナヤは、手帳に書きとめる。


「それはそうと、大尉。今夜のパーティへは、出席なさったんで?」


「そんな身分ではないよ」


「カラクラ様のご尊顔を拝見できるチャンスであったのに」


「そうだな」


「つれないですなー。では、これならどうで?戦勝祝賀会とはいいますが、裏では、大陸政府のやり手が、密談を持っていったそうで。はっきりとはわからんのですが、カラクラ様に対して興味をもっとるちゅうことくらいで…大尉の方は、カラクラ様について、なにかご存じで?」


 顎を引き、いぶかしんで、ストリチナヤをうかがう大尉。


「お前に渡すのは、カーズマンだけだ」


「いやはや、あなたとあたくし、円滑な関係を築くためのささやかな会話じゃありませんか。大陸政府は、あたくしどもに決してやさしかない」


 ストリチナヤは、おどけたふうに大尉の誤解をといた。


「うちの商売への絞め上げが厳しくなっとるのでねえ。やつら、根も葉もない証拠をでっち上げて、うちの倉庫の品を押収しようと目論んでましてな。強権振るって、民間の技術を政府機関へ一挙統合しようと画策しとるんですわ。犯罪といやあ、あなたとの取引は、大陸でもギリギリのところなんですがね。それとこれとは別のことで」


 ひゃひゃと下品な笑い方をする。


「とまあ、いろいろ情報は、はいってくるもんで、トンズラの用意は、しとるんですけれども…ああいうやつらには、なんもかんも、うまくいくなんて大間違いと教えてやらにゃならんのです。肥え太った軍事国家ほど民衆を安らかにせんもんはないですわな。列島側も用心した方がよろしかろう」


 ウォッカをあおるストリチナヤ。


「カラクラ様は元気らしい。新聞に載っている通りだろう」


「それは、なによりで」


「帰るよ」


「一杯も飲まずに?」


「飲酒運転は、軍紀違反」


「ルールは、いくつもおやぶりになっとるでしょう」


 大尉は、手を一振りしてバーから出ていった。


「窮屈なもんですな。軍人さんというのは」


 ストリチナヤは、大尉の分の酒を一気に飲み干した。






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