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バーサスクリアラー  作者: FT
3/24

クリアラーたち3

主要な登場人物


登場人物が、いっきに増えます。とくに軍人さんは、全部覚えなくても構いませんが、もし最後まで読んでいただけるなら、ウズメというキャラクターだけは、覚えておいてほしいです。



クリアラー側


カラクラ - 17歳、女性。カーズマンに対して、絶大な力をもっているシャフトを動かせる、稀有な存在。民衆からは大聖女と呼ばれ、すべてのクリアラーの羨望の的。しかし、カラクラは、自身を平凡なものと感じており、大聖女という大げさな呼ばれ方を受け入れられないでいる。


スミヤ - 29歳、女性。シャフト関連の技術士官。大聖女・カラクラを管理する立場でもある。


オリン - 9歳の女の子。カラクラのたった一人の家族。クリアラーの訓練生。


キザキ ― 16歳、女性。先遣大隊のクリアラー。カラクラを尊敬している。


ピクシー - シャフトの案内人。シャフトの操縦をナビゲートする。外見は、20センチほどの小人で、幽霊に近い存在。




軍人側


コダカ - 45歳、男性。ノースシャフト要塞防衛隊司令。作戦指揮に関して、臆面もなく私情を挟む性格。


ウズメ ― 41歳、男性。ノースシャフト要塞防衛隊司令参謀長。コダカ司令に取り入り、自らの地位を引き上げようと画策している。クリアラーは、小娘の形を成した兵器でしかない、という冷血な視点を持っている。


ナスガ - 36歳、男性。ノースシャフト要塞防衛隊司令部付き、作戦参謀。司令部の良心。


イモリ - 37歳、男性。ノースシャフト要塞防衛隊司令部付き、情報参謀。ナスガと士官学校時代の同期。




 3



 司令部は、要塞内の最上階にあった。大部屋の中は、情報収集用の機材とモニターに占められ、情報処理オペレーターが、数人、作業をしている。部屋の右側は、舞台のように一段高くなっていて、そこの大きなデスクでは、防衛隊各分野の参謀たちが、難しい顔をして腕を組んだり、髭をなでたり、タバコを吸ったりしていた。


「先遣大隊、敵大群と交戦に入った模様です」

 

 下のオペレーターの声が、壁に付けられたスピーカーからきこえてくる。


「敵数を再計算中」


 いくつかのモニターは、光点だらけのセンサーの状況を映し出していた。光点の集合は、二分もたたない間に消え去った。カーズマンが倒されたわけではなく、むこうのセンサー機材が、敵の波に押し潰され、破壊されたのだ。


「大隊センサーベース、ダウン。敵数の予測、約七千」


 その数にオペレーターの間で、どよめきが起こった。


「敵が、要塞警戒区域に到達するまでの時間は?」

 

 ため息をもらして情報参謀の【イモリ】が、きく。


「…偵察部の第一報から大隊センサーによる感知までの時間により推測しますと、あと四十分ほどと思われます」


「中央都市の航空支援は、まだか?」


 ノースシャフト要塞防衛隊司令官【コダカ】は、タバコをもみ消していった。


「現在、二機が五分で、目標を捕捉の位置にいます」


「戦闘機の着火性爆弾で七千もの敵を排除できるものではありません。少なく見積もって半分は、ここへ押しかけてきます」


 と、作戦参謀の【ナスガ】が意見する。


「第三分遣隊ヘリ、帰還!大隊のクリアラーが、到着いたしました!」


 壁のスピーカーが、知らせた。


「第三、遅いぞ…」


イモリは、他の参謀から批判が出ないように自分の部下を怒ってみせた。


「技術参謀、準備はできているか?」


 司令官の隣の参謀長【ウズメ】が、たずねた。


「万端であります。ですが…先遣大隊のクリアラーは、すでに試験を終えている優秀なクリアラー以上の能力は、見込めないのでありますから、望みは薄いかと…やはり、カラクラ様に…」


 技術参謀の【オノ】が、ハンカチを握り、たどたどしく言葉をつむいだ。


「カラクラぎみが横について指導すれば、わからんではないか」


 司令は、晴れやかに反論した。


「具申しますとシャフト操縦は、大変デリケートなものでして、口頭で教えて動くというわけでは…」


 ウズメ参謀長が、耳打ちして、コダカ司令は、あごひげをいじり、うなずく。


「能力に限らず動かした前例があるそうだが」


「それは、大陸側のシャフトの噂の域を出ないもの…万に一つもないことと存じます」


 ウズメ参謀長は、高圧的なにらみをきかせた。


「司令が噂におどらされているというのか。ともかく急がせよ」


 オノ技術参謀は、手元の有線電話をあわててとった。


「私だ!スミヤ技官を出せ!」





 スミヤ技官は、クリアラーたちを監督する女性の技術士官だった。


 要塞のクリアラー控え室で、オノ技術参謀から催促をこんこんと受けている最中、六人のクリアラーが、ようやくその場へ現れた。アリマ大尉が連れ帰ったものたちである。スミヤ技官は、被験者が着きましたので作業に入ります、といって受話器をおいた。


 控え室には、その六人のほかに十名のクリアラーがいた。十名のクリアラーは、わずかに年が違うけれど、みな十代の少女でマント状の白衣を身に着け、白い杖を肌に離さず持っていた。ほとんどが黙り込み、沈んだ表情をしているが、部屋の隅に隣り合っている二人は、雰囲気が異なっていた。


 一人は、真っ白なセイラー服の小さな子が、折り紙を折っていた。


 もう一方は、スミヤと同じ女性士官用の灰色のスーツ姿で、左の腕に腕吊りしている。


 大隊のクリアラーが、衛兵をともなって部屋へ入ってくると、その二人は、真っ先に立ち上がった。


「みなさま、ごくろうさまです」


「カラクラ様!」


 六人は、腕吊りした彼女の元へ飛んでいった。


「お疲れでしょう」


「いえ…それほどでもありません…」


 六人の中のクリアラーのキザキが、不安げにいった。


「すこしお休みになってください。お飲み物を用意させます」


 しかし、スミヤ技官が、手を打ち鳴らして、自分に注目させる。


「悪いけど、ゆっくりはしていられないの。今着いた六人は、ロッドを外して。シャフト内部へむかいます。さあ」


 彼女たちは、腕の接続帯からチューブ端子を抜いて、背負ったパージロッドをカラクラの示したテーブルへおいた。


「心配しないで。わたしが、後にひかえています。上の人は、考えられる限りことをやっているのです」


 カラクラは、彼女たちのそわそわした気分をやわらげるためにいった。


「けれど、カラクラ様は、お怪我が治られていません」


 腕吊りに目を落とすキザキ。


「これは大事をとってのことよ。スミヤがうるさくて」


 微笑んでみせるカラクラに、キザキは、元気づけられた。


 クリアラーたちは、ノースシャフト内部へつづく廊下へ出ていく。


「ちょっといってくるね」


 カラクラは、背後のセーラー服の女の子へいった。


「カラクラ様の番になりませんよね?」


 その子は、今にも泣きだしそうだった。


「オリン、気をしっかりもちなさい。あなたもクリアラーになると決めたからには、これくらいのことで動揺するようではつとまりませんよ。わたしのことなら大丈夫」


 カラクラは、胸ポケットにあった紙飛行機をオリンの耳の後ろにさした。赤い折り紙の紙飛行機は、片手で折ってあるので、羽はたわんで不恰好だった。


「あとで要塞の屋上にいって飛ばそう。楽しいよ」


 オリンは、泣くのをぐっとこらえた。


「あい…」


 スミヤ技官に呼ばれ、カラクラは、部屋を出た。


 スミヤが、カラクラへ話しかける。


「司令が、身を入れて指導しろといってきているらしいわ。シャフト操縦をテニスかなにかと思っているみたい」


 カラクラは、苦笑いした。


 廊下は、緩いスロープになっており、蛍光灯に照らされていた。明りと明りの間隔が広いから薄暗く、時折生ぬるい風が吹き抜けて気味が悪い。クリアラー一行のむかう先は、鉄格子の扉がさえぎっていた。


 スミヤ技官の補佐が、そこで待っていて、扉を開けた。通り抜けると、シャフトの分厚い装甲の生々しい断面があった。


 シャフトの内部は、だれもいない夜の野球場のようにがらんどうで、内壁に取りつけられたスタンドライトが点々と弧を描き、たかれている。


 中心には、直方体の箱のような物体があった。黒光りしたそれは、高さ二メートル、厚さ、幅ともに一メートルくらいの大きさだった。それを電灯が、三つ取り囲んで立っていて、その外側にぽつんと電話機が置かれている。


 技官補佐が、電話をとって、今から作業をはじめると司令部へ伝えた。


 六人の少女たちが、カラクラへ助けを求めるような眼差しをむける。


「その黒い箱にふれて、あなたたちが、このノースシャフトを操れる素質があるならば、案内人が、あらわれます。ここへむかってくるカーズマンの大群を殲滅するようにお願いしてください」


 スミヤ技官が、彼女たちへ今からすることを冷淡に教えた。


「それだけですか?」


「残念ながら、わたしたちが教えられることは、それしかないのよ」


「案内人は、報酬として、あなたたちに苦痛を与えるかもしれません。わたしたちには、理解しがたいことかもしれませんが、シャフトは人間が作ったものではないことは知っていますよね?」


 カラクラが口をはさむと、スミヤ技官は、とがめるような目をした。


「いわなきゃだめよ」


 スミヤ技官は、それを話してクリアラーたちにためらいが出るのを避けたかったが、カラクラにいわれて、あきらめた。


「だから、嫌なことは、嫌だといってください。わたしは、あなたたちを守ります。誰にもあなたたちを責めさせはしません」


「痛みは、決して無駄なことではないわ。たくさんの人たちの命を救った証になる。誇らしいことなのよ。あなたたちだって、カラクラのようになれるわ」


 スミヤ技官が、言い加えた。


 六人は、次々と「やります」と返事をする。


 カラクラは、自分の口ぶりを心の中で偽善だと罵った。ここまで、つれてこられて、誰も「嫌だ」とは、いえないだろう。だけど、安易に、スミヤを責めることはできない。それに、自分だってできれば、こんなものにふれて、また痛い目に遭いたくなかった。


 クリアラーたちが、マントを脱いで、ベストと半袖シャツ姿になった。

 

 最初に、キザキが、黒い直方体へふれた。


 スミヤ技官とカラクラは、空洞を見上げた。天井は高く、電灯の光がとどかない。はるか上の闇には、いくつかの青白い光の明滅があった。


 キザキの接触後、なにも変化はなかった。





 オペレーターが、カーズマンの群れの状況を司令部台へ報告してくる。


「敵群、最前センサー網にて感知」


 カーズマンの進行スピードは、大隊の将兵らを食らった分、加速していた。


「中央都市の航空支援が、目標を捕捉しました!」


 通信士が伝え、司令部一同が、マルチモニターをよくみようと立った。


「着火性爆弾を投下」


 モニターの映像の一つが乱れて消える。現場に置かれたセンサーが、爆炎に巻き込まれ、機能を失った。


「どうか?」


 ナスガ作戦参謀が、焦れて、オペレーターへきいた。


 爆弾投下場所の外で機能しているセンサーの感度を最大にして効果を確かめる。モニターが、最適化した情報を徐々に映し、カーズマンを示す光点が、出始めた。


「敵集団、撤退の様子はありません。このまま南下してきます…敵損害予測、およそ十五パーセントです」


「猶予はなくなった!即刻、防衛隊クリアラーを敵予測進路へ配置すべきです!」


 ナスガが、司令に進言するが、彼は、ウズメ参謀長の顔色をうかがった。


「数が多すぎる。クリアラー二十名ほどでは、餌になるのが落ちだ」とウズメ。


 ナスガは、この期に及んで消極的なウズメに我慢ならなくなった。


「すでに我々の管轄の問題だけではなくなってきているのです!要塞が落ちれば、次は中央都市外周境界線までまったくの無防備!外周一円の人口密集地には、予防薬を打っていない非戦闘員が、ごまんといます!それが、すべてカーズマンになってもよいのですか!我々のホームの潰滅は、まぬがれない!今のうちに少しでも我々の戦力で、数を減らしておくべきだ!」


「座りなさい、ナスガ中佐。それぐらいのこと、司令は、わかっておられる」


 ウズメが、おだやかにいった。司令は、あきれて首を振る。


 不意にオノ技術参謀の手元の電話が鳴った。二、三、口を交わし、電話を終えて、オノは司令へいった。


「大隊のクリアラーに適応の人物は、いなかったようです…はい…」


 彼は、泣き顔で続ける。


「カラクラ様でシャフトを起動させてみるべきかと…はい」


「カラクラぎみは、サウスシャフトの起動実験をこころみて、負傷したときく。死にはせぬか?」


 カラクラの左腕には、原因不明の痛みがあった。無理に腕を動かせば、身もだえするほどの激痛に襲われる。それは、ここノースシャフトより南へいき、中央都市を越えてあるサウスシャフトを動かした時の後遺症だった。実験は成功し、カラクラがシャフトを動かせる貴重なクリアラーだと、軍内外へ知らしめたが、彼女にとっては、厳しい代償だった。なにせ、彼女は、数年ぶりの逸材で、彼女以外にシャフトを動かせるものがいない。それゆえ、人々のよせる期待が大きい反面、彼女一人の受ける身体の負担が、危ぶまれた。


「しかし、状況はひっ迫しておりますゆえ…操縦者の生死を問いている時では…」


「カラクラぎみは、民衆に人気だ。私が、かのきみにシャフトを使わせ、死亡したらば、人々から誹りを受ける。さけたいところだ」


 参謀たちは、コダカ司令の身勝手な言い分に呆然とした。


「司令、わたくしに妙案が。別室へまいりましょう」


 ウズメがささやき、二人は後ろの扉へ消えた。


「…我々をそでにしおって」


 ナスガは、すかさず、悪態をついた。それをとがめるものは、誰もいなかった。


「他に手はあるのかね」


 参謀の休憩室で、コダカ司令が、ウズメへ問いただした。


「現状では、カラクラ以外にありませんでしょう」


「私は、カラクラを使うくらいなら、中央に核を要請する。ここを手放せば、時間はあるだろう」


「それで敵を全滅させたとして、放射能が爆心地を汚染してしまいます。人間がその土地に入れないとなるとカーズマンの温床となる。カーズマンに放射能は無害ですからな。やつらにすみかを与えてやるようなものです。そして、やつら自体も放射能を帯び、ますます人の手に負えなくなります。大陸側の失態の轍を踏む結果に」


「どうしろというのだ」


「カラクラです。犠牲にそった戦功をたてねば、司令。カラクラを失うことと同様に我々がここから逃げ落ちれば、世間から耐えがたい誹謗を浴びるでしょう。ノースシャフトを守りきれなかった汚名だけは、背負うわけには参りませんぞ。クリアラーは、替えがききますが、ノースシャフトをカーズマンから取りもどすこと、容易ではない」


「私にカラクラを死なせた汚名をかぶれというのだな」


「いえ、まだ死ぬと決まったわけではありません。腕の一本ですむかもしれない。ならば安いものです。それに…」


 コダカは、もったいつけるウズメに眉をしかめる。


「参謀の中に、司令へ忠誠を尽くすものがいるはずです。カラクラを失っても、そのものが司令の汚名をそそいでくれましょう」


「誰だね?」


「ひそかにデスクへレコーダーをしかけてあるのです。カラクラをシャフト起動の任につかせる発言をたびたびしていたもの。事後の責を技術参謀へ集まるように仕向けることも可能です」


 コダカは、ひげをなで含み笑いをした。


「オノへの態度といい。君は、クリアラーに対して腹に据えかねるところがあるようだな。いや、クリアラー自身というより、クリアラーを擁して中央の執政をほしいままにしようとしているハツシバ派の方か?」


「にわか仕込みの官僚に軍を統率させては、兵を無駄に失うだけです。彼らは、クリアラーの使い方をあやまっている。兵器を偶像アイドルにするなどもってのほか。司令は、違う意見をお持ちでしょうか?」


「兵器は、戦のためにあるものだ。士気の向上の一環とはいえ、娘をつかった政治遊びに、我々の領分を侵されるわけにはいかない。あれは軍で制御してこそ、価値がある」


 ウズメは、司令の考えに満足して大きな鼻をひくつかせた。





 シャフト内部の中心の黒い直方体をカラクラは、みつめていた。スミヤ技官の補佐が、六人のクリアラーたちを連れて帰った後だった。


 電話機でスミヤ技官が、司令部からの通達を受けている。


「了解しました」


 彼女は、受話器をなおした。


 カラクラは、腕吊りをはぎ取って、捨てた。


「ずいぶん、もたついたわね」


 彼女が、左腕をつかわずに上着を脱ごうとしたので、スミヤが手伝った。


「司令部は、戦闘機の爆撃を待っていたのよ」


「あの子たちのいたところの兵隊さんたちを見捨てて?」


「そうよ。そこまでして司令部は、あなたを守りたかったのよ」


「そんな必要なかった!はじめから、わたしにやらせてくれていれば!」


 急に声を荒げるカラクラ。


「お願いします。カラクラ様」


 スミヤ技官は、かしこまって頭を下げた。


「…こんな役、わたしには、耐えられない」


「お願いします」


 カラクラは、本心を打ち明けるが、スミヤは頭を下げたまま頼んだ。


「もしものときは、オリンのこと、お願いします」


 カラクラは、礼を返した。


「ええ」


 スミヤが短く答えると、カラクラは意を決する。


 身体をこわばらせて、黒い直方体へ左手を合わせた。


 軽い耳鳴りがしたと思うと、『はは!』という甲高い笑い声がする。


『やあ!はじめまして!こんにちは!』


 カラクラの足元で、赤いチョッキ姿の小人が、頭の三角帽子を取って挨拶した。


『ぼく、ピクシー!きみとお友達になりにきたんだ!』


「こんにちは。はじめましてじゃないわ。サウスシャフトの方でも一回会っている。あっちは予行演習だったけど…」


 カラクラは、面食らいつつ、何とか用件をいった。


『やあ!カラクラ!今日は、ピクシーと遊んでくれるのかな!』


「時間がないの。たくさんカーズマンがここへむかってきているの、わかる?」


 ピクシーが大きな望遠鏡を手のひらから出して、あさっての方向をのぞいた。


『うん!野生動物が、たくさん走っているのがみえるよ!はは!』


 スミヤ技官の目からは、その陽気な小人の姿が、みえていなかった。それでもカラクラが、会話しているなにものかへ目を凝らす。


「操縦室へあげてくれない?」


『オーケー!』


 ピクシーがそういうと、シャフトの上部にあった青白い光の点滅が、円になって広がり強く輝いた。


『レディー!ゴー!』


 黒い直方体のある床が、浮き上がり、円盤になった。スミヤ技官が、その際にいたので、驚いて飛びのいた。


 円盤は、何の支えもなく、カラクラをのせて、上へ上へと昇っていった。


 据えつき電話が鳴っていたが、スミヤは取るつもりはなかった。彼女は、上司の小言に飽き飽きしていた。


 エレベーターが、昇りきると、そこは地上の景色が開けてみえた。雲が、手の届きそうなくらい近くにある。風は感じなかった。壁も天井もあるような、ないような、そんな透明の部屋だった。


 要塞の北側に設備された大砲が、カーズマンへの集団へうなりをあげている。


『ほら!カラクラ!あそこに野生動物たちがいるよ!』


 山の尾根からかすかに砂煙が湧いている。ピクシーが指をふると、その部分が、写真のように拡大されてカラクラの前へ映し出した。


「はじめて!」


 ピクシーは、笑って、カラクラの肩へ飛び乗った。


 今まで触れていた黒い直方体が、柔らかくなって、カラクラの手を吸いつけた。指が黒い箱に引きこまれていく。彼女は、反射的に手を引いたが、指をとられていた。箱は、水のように波紋をたたせている。


『いけないよ。きみがピクシーと遊んでくれるっていったんじゃないか』


 さっきまでの陽気な声を殺すピクシー。


「カーズマンの群れ、倒せる?」


『いつまで遊んでくれるか。その時間によるね』


「やつらを一匹残らず消すまで!」


『身体を引いちゃだめだよ』


「わかってる!しつこい!」


『はは!それじゃ!ショーのはじまりだね!』


 直方体にカラクラの手首が沈んで、キンという鉄を打ち合わせたような音が、部屋に響いた。




 ウズメ参謀長が、机を指で叩いて、オノ技術参謀を急かした。


「しばし、もうしばし、お待ちを…スミヤ技官が電話をとらないようで…」


 砲声が、作戦司令室の中にも突き抜けてきこえる。


「敵群、第一センサー網、通過中…要塞から十五キロの地点です」


 砲の射程内で敵の集団がひしめいているということが、司令部の面々を焦らせた。


 コダカ司令は、副官を呼びつけ、部屋を出る準備をする。


「司令は、ヘリから形勢逆転の反攻作戦を通信にて指示なさる。核使用も視野に入れた万全を喫する重要な作戦だ。現時点をもって要塞内全部隊の指揮は、ナスガ中佐へ一任する。他の参謀とともに一丸となって防衛に専念すること」


 ナスガは、タバコを吸いながら、ウズメの口弁を聞き流した。彼の広い額には、青筋が浮かんでいた。ウズメは、その態度に苛立ちを覚えた。


「ナスガ中佐!復唱せよ!」


 タバコを灰皿へ投げ入れて、びしっと立ち上がり敬礼をする。


「はッ!要塞内部隊をお預かりし、司令部一丸となって防衛に専念する所存です!」


 ウズメは、鼻を鳴らして、オノへ向き直った。


「貴官もヘリへ同行せよ。クリアラーたちを同伴させる。呼びにいきたまえ」


「ありがとうございます!参謀長殿!」


 急ぎ足で出ていくオノ。


 そして、ウズメは、健闘を祈るといって、そそくさと司令の後を追った。


 イモリ情報参謀は、さっそくナスガと意見を交換する。


「二陣の航空機は、まだ時間がかかる。その上、クリアラーを持って逃げられては、やつらがここへ来るまで、砲を撃ち続けるしか反撃しようがないぞ」


 ナスガは、受話器をとった。


「撤退だよ。シャフトが動かないんだ。こんな場所、守る価値など…」


 部下へ撤退準備をするように伝えた。


「陸路でか?やつらが追ってくる…それならシャフト内にこもって、中央からの応援を待った方がましだ」


「その前に司令に核を落とされる。ここには、十分な放射線防護装備などないんだからな。カーズマンと道ずれなんて兵たちもごめんだろう」


「だが、まだカラクラ様がいるではないか…」


「司令は、さんざん出し渋ったうえにカラクラ様を見限った。俺たちだって、大聖女に賭ける義理など…」


「司令!一番モニターをご覧ください!」


 オペレーターが、彼らの議論をさえぎった。


「シャフト中間部側面、開いています!」


 それを要塞屋上の監視カメラの映像モニターがとらえた。


 要塞中央にそそり立ったシャフトの中ほどの外装が、棚のひきだしのようにゆっくりと滑り出た。

 

 そうやって抜き出された長細い金属の塊が、上へもたげていく。それは、人間の腕のようだった。ただし、人間になぞらえるには、あまりにも大きい。


 シャフトからあらわれたその金属の腕が動いているせいで、要塞自体も揺れ動いていた。司令部の人々は、机や壁にしがみつき耐えている。


 ナスガは、驚きのあまりモニターを凝視した。


 その壮麗な動作に、年配の士官の中では、祈りをささげるものまでいた。


 シャフトの腕が、荒野の地平へとかざされると、握られていた手のひらが、いっきに開いた。


 操縦室のカラクラは、黒い直方体へ左の肩まで沈み込ませ、身を預ける形になっている。

 

 シャフトの指先に一瞬プラズマが巻き起こると、その掌からまばゆい光が、放たれた。


 司令部の監視モニターは、光によってハレーションを起こし、画像を白くした。

 

 地上には、カーズマンたちの猛威があった。樹木や建造物の瓦礫など、なにもかもをなぎ倒して突き進んでいる。


 そこへシャフトの発光が、そそがれたとき、カーズマンの集団は、先頭から連鎖するように続々と灰燼と化した。灰は、光に圧されて、やつらの通り道を引き返し、やがて砂嵐になって荒れ狂った。


 カーズマンが滅んでも、シャフトの光は、しばらく消えなかった。まるで二つ目の太陽のように、神々しく要塞の全域を照らした。





 要塞内の廊下で、兵たちが、どたばたと駆けていった。


「シャフトが動いてるらしいぞ!」


「みにこい!」


 アリマ大尉と部下のミツミも、シャフトの起動の影響に見舞われていた。


「この揺れ、尋常ではないですよ」


 大尉が、扉の窓ガラスをのぞき込むと、見張りの兵がいなくなっていた。


「我々もいこう」


 外のヘリポートでは、まぶしくて目を開けていられなかった。兵たちが、要塞内へ逃げ込んでくる。


「観測から入電!カーズマンの大群、センサーから消失!シャフトによる殲滅に成功!」


 ヘリポートの詰所の兵が、大声で伝えた。

 

 そこに集まった将兵たちは、飛び上がって歓声を上げた。その中には、コダカ司令とウズメ参謀長の姿もあった。


「あの光は、パージロッドの光と同じのものでしょう。カラクラぎみが、役に立ったようです」


「うむ。よかった、よかった」


 司令は、大騒ぎする兵たちの中で歯をみせて笑う。


 アリマ大尉は、司令と参謀長の緩んだ表情をみつけた。このものたちが、要塞から逃亡をはかる最中であったことは、瞬時に察知できた。彼は、ポケットに手を突っ込み、大隊の指揮官の少佐から受けとった手紙を握りしめた。


「隊長…」


 ミツミは、彼の怒気を感じたので、司令に対して何かするのではないかと思った。


 アリマ大尉は、平静を保とうと次に自分のすべきことを考えた。


「ミツミ、光が収まったら、出るぞ。大隊に生存者が残っているかもしれない」





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