‐エピローグ‐
epilogue
目覚めると、ベッドの中だった。
真剣子は、サウスシャフトを出た途端、痛みと疲労のせいで、倒れてしまった。そこをスミヤが、助けを呼び、兵たちにサウスシャフト要塞の診療所まで運ばれた。
左腕の痛みに慣れると、思い出したように他のベッドのクリアラーへ目を凝らした。
隣のベッドには、偶然にも、キザキがいた。
「カラクラは、どこだ?」
「中央へお帰りになられたわ」
「まさか、ウズメってやつにつかまったのか?」
「あんたが、なにをいいたいのか、わからないけど…ハツシバ先生がむかえにきたそう。司令部とすこしやりあったみたい」
「ハツシバってだれ」
キザキは、そんなことも知らないのかというような見下げた目をした。
「人事院の一番偉い人」
真剣子が借りたパージロッドは、誰かからの手でキザキへ返されていた。キザキはなにもいわなかったが、それが真剣子には、なんとなくわかった。
「おい、キザキ」
「なによ」
「ロッド助かった。一コ、貸しでいいぞ」
出し抜けに言い放ったので、キザキは、閉口した。
「よしてよ…そういうの…バカバカしい」
彼女らは、三日間、そこで静養した。
真剣子は、そのほとんどを白衣のポケットの中にあった紙飛行機のお守りをぼんやり、ながめてすごした。
腕の痛みが、癒えることはなかった。外傷がないので、彼女は、隠し通した。
それから、中央都市へ帰され、入念な健康診断を受けさせられた。
真剣子を担当した医者は、彼女の腕を執拗に触診した。苦痛で顔をしかめる真剣子に、医者は、眉ひとつ動かさなかったので、事情を心得ているようだった。真剣子は、問題ないと言い張ったが、医者は、入院生活を強いた。
チヅが、入院生活初日からやってきて、真剣子の世話を焼いた。真剣子は、チヅのロッドを失くしてしまったことが、ひっかかっていた。しかし、チヅは、なんのおとがめもなく、養成所へ通って再教育を受けていた。
日が経つにつれ、キザキたち、クリアラーは、次々と退院し、相部屋のベッドにいるのが、真剣子だけになった。真剣子は、休みでうらやましいだろうと笑い飛ばしたけれど、チヅは、今日、がらんとなった病室をみて、口数が少なくなった。
そんな暗い雰囲気の中、男が現れた。その眼鏡の中年は、ハツシバと名乗って、挨拶をした。二人で話したいと、チヅへ席を外してもらえるように頼んだ。
「こいつは、あたしのマネージャーだ。いなきゃ困る」
真剣子は、チヅを引き止めた。チヅは、憮然としてとどまった。
ハツシバは、微動だにせず、話し出す。
「話は、サウスシャフトで君がしたことについてです。心当たりは?」
「あたしは、シャフトを動かした。その証明が、この腕。理解してる」
「私は、君の意思確認をするためにここへきた」
「意思確認?」
「そう」
「てっきり脅しにきたのかと思った」
「脅しのようなものだよ。私が、君にあたえられるものは少ない。中央都市の医療技術では、君の腕を治すことができないのだから」
「でも、あんたなんだろ?ロッドを失くしたこと、帳消しにしてくれたの」
「サウスシャフトでの君の働きは、パージロッド数本の価値くらいでは、比較にならない手柄だ」
「カラクラはどうしてる?」
「休養している…彼女には、償いきれないことをしてしまった。本来は、私が責められるべきなんだろう…しかし、私は、精一杯の微力をもって、君たちにお願いするしかないのだ。申し訳ない」
ハツシバは、眼鏡を取り、腰を落として、深々と頭と垂れた。
「そして、都市を救ってくれて、ありがとう」
「感謝するから身を削ってくれか…」
失笑する真剣子。
「嫌われもののあたしがだぜ?たち悪い冗談だ」
「真剣子」
たしなめようとするチヅ。
「私は、真面目だ。いつか、誰かがいわねばならぬこと」
ハツシバは、顔を上げた。
真剣子は、この男の目の奥に信用に値するものがあるか、じっと考える。
「これからは、あたしがシャフトを動かす。カラクラをそっとしておいてやってくれ。あたしの条件は、これだけだ」
「承知した」
ハツシバは、重々しく礼をした。
チヅが、瞳をうるませ、みつめてくるので、真剣子は、照れくさくなって咳払いをする。
「あんたは、ウズメってやつの仲間じゃないんだな」
「ああ…私と彼は、ものの考え方が違うからね」
「あいつが、カラクラにしたこと…」
「その件について、対処は進行中だ。近日、結果が出るよ」
「対処ってなにさ?」
「私も君たちのように必死にならなければ」
夜が更け、総司令部庁舎の地下駐車場から黒塗りの乗用車が、出ていった。
ウズメは、後部座席に座り、目頭を押さえた。彼は、連日、サウスシャフトの件の事後処理をしていた。といっても、彼が、注力したのは、どうしてラマニノフが、カラクラの拉致に失敗したのか、という事柄、一点のみだった。
しかし、彼に入ってくる情報の流れは、悪かった。
あの日、真剣子が、サウスシャフトを光らせる直前、ウズメは、要塞から早々に逃げ出してしまっていた。その行為は、サウスシャフト防衛隊司令部各参謀のウズメへの不満を一気に噴出させた。それは、サウスシャフト要塞防衛隊だけのことではなく、ノースシャフト防衛隊でも同調するものが多数あり、ウズメに対して非協力的な雰囲気が、軍内部で広まっていくのは、はやかった。
ウズメは、人々の関心を自分の行為より、カラクラが起こしたシャフトの暴走へむけさせたかったが、おもうように運ばない。大陸側へカラクラを売り渡すことができなかったので、ラマニノフというバックボーンを失ってしまったことが、ウズメの行動力を弱くした。
そんな状況で、やっと入ってきた情報があった。どうやら、偵察部隊の人間がカラクラの拉致事件に深く関わっていて、拉致の際に戦闘があり、偵察部隊員の遺体が、都市内でみつかったようだった。しかし、捜査は、ハツシバ派主導によっておこなわれ、遺体や遺留品はクリアラー人事院で厳重に保管されていて、手出しできなかった。カラクラの居場所も探っていたが、いまだ特定できていない。
ウズメは、サウスシャフトの件が、一段落したあと、ラマニノフと連絡を取るつもりでいた。カラクラ拉致の失敗でラマニノフが怒っていたとしても、あれは、大陸側の実行部隊の不手際であり、自分には関係ない。カラクラという餌がいるかぎり、もう一度、食いついてくるだろう。
車が、交差点にさしかかった。信号が赤になって止まる。ウズメの運転手は、交差点の先にワゴン車が駐車してあることにいらついた。あきらかに駐車違反だ。
信号が青になった。ウズメの車が交差点内に入っていくと、いきなり前のワゴン車が、バックしてきて、進路を妨害した。運転手は、クラクションを鳴らす。
仕方なく、避けようとしたところ、後ろにいた車が追突してきた。ウズメの車は、二台の車に挟まれて、身動きがとれなくなった。
「なんだ?なにをしている?おい?」
ウズメは、サイドウインドウを射すライトに目がくらんだ。
左の道路から大型トラックが、猛スピードで突っ込んでくる。
車は、トラックに弾き飛ばされ、建物にぶつかり、ひっくり返った。
人影が、トラックを降り、鉄くずになった車の中身を確かめる。ウズメの頭が、血みどろになって、窓枠に引っかかっていた。首は、不自然に折れ曲がっている。
「標的の死亡を確認。撤収する」
ミツミは、無線で道路封鎖要員へ伝えた。
ミツミとハツシバは、取引をした。カラクラ拉致事件において、ミツミに罪はなかったが、ウズメと事件の関連性を法廷で証明することは、難しく、なにより、拉致にかかわった偵察部隊第三分遣隊の生き残りということをおおやけにしてしまえば、一番弱い立場のミツミが、槍玉にあげられ、厳しい追及と重い処罰を受けることになるだろう。だから、事件の真相は、闇に葬ることにして、互いにほしいものを交換した。ハツシバは、ウズメの命。ミツミは、身の安全。
彼は、ハツシバの手引きで、大陸側へと渡った。
―俺は、アリマ隊長へ報いることができただろうか…
ウズメの暗殺は、交通事故として処理された。
さらに日が経ち、真剣子は、サウスシャフトの要塞へきていた。
ノースとサウスが、要塞前に倒れたままになっているので、せめてノースだけは、元あった北方へ移動させることになった。
チヅもついてきていたが、腕吊りを取るとうるさいので、目を盗んで、屋上へ上がった。全快とは、いえないが、力を入れなければ、痛みはない程度になっている。
空は、真っ青で気持ちがよかった。腕吊りを外し、深呼吸して一人、解放感にひたろうとした。
けれど、先客がいた。
「おはよう」
カラクラは、気軽に挨拶をしてくる。
「…なにやってんだよ」
「あいかわらず、無礼な子。二歳年上って知ってる?」
カラクラは、車椅子に座り、膝の上でせっせと折り紙を折っている。そばには、不細工な紙飛行機が、何個か落ちていた。
―あの眼鏡…あたしとの約束破りやがった
真剣子は、頭に血がのぼった。
「なんで…あたしは、ハツシバと…」
これをカラクラにいってもどうしようもないと思って、口をつぐむ。
「なんでかな」
カラクラが、紙飛行機を飛ばした。すぐにぽとっと落ちる。後遺症のせいで、まともに折り目をつけられなかった。
「うーん、真剣子ふうにいうと、こうかな。このまま、わたしが、知らぬ存ぜぬで、しゃあしゃあと生きていられると思った?」
カラクラは、自分の意思でここにいた。
真剣子は、安心して、カラクラの車椅子に寄りかかり、うなだれた。
「おまえさあ、あたしのいうこと、いちいち掘り返すのやめろよ…」
カラクラは、笑って、青い空の下の二つのシャフトをながめる。
「それにね。シャフトのそばにいれば、オリンに会える気がして」
真剣子もながめた。暗い気持ちを懸命に押し込めて、こういう。
「そうかもな」
「うん…」
カラクラは、短く静かに返事する。
シャフトは、日光をぼんやりと反射させて輝いていた。
カラクラは、もう一度、紙飛行機を折る。これは、彼女なりのオリンへの弔いなのだろう。
「下手くそな飛行機。かしてみろ」
真剣子は、腕の痛みをこらえ、紙飛行機を折って、投げてみせた。ひらりと地面へ急降下する。
「おっかしいなあ」
紙飛行機を拾って、顔を上げると、屋上の淵へ小さい女の子が、立っているのがみえた。
カラクラへ振り返ってから、あらためて柵をみると誰もいない。
「いまのみたか?」
「あなたの飛行機だって下手くそじゃない」
「そうじゃなくて…」
真剣子は、オリンの紙飛行機のお守りをポケットに入れていた。
カラクラに返そうかと思ったが、彼女がこれをみて、泣き出してしまうのではないかとも考え、怖くなった。
そんなカラクラを二度とみたくなかった。
これは、とっておこう。いつか、あたしが、くじけそうになったとき、間違いを犯しそうになったときのために。
カラクラは、首をかしげて、黙り込んだ真剣子の顔をのぞいた。
「…こういうのは、風にのらなきゃ飛ばないんだよ。いくぞー!」
オリンのことを吹っ切って、カラクラを屋上の淵まで押していった。
二人で紙飛行機をたくさん作って飛ばした。そよ風があったけれど、なかなかきれいに飛ばない。
「だれじゃあ!紙くず、ちらかしとるのやつあ!」
いきなり、怒鳴り声がして、二人ともギクリとした。下は、砲台だった。そこの士官が、カンカンだ。
「どこのクリアラーだ!そこで待っとれ!」
「うお!やっべ!」
真剣子は、あわてて、淵を離れた。
「ちょっと!おいてかないで!」
「はは、おまえ、大聖女だからゆるしてもらえるって」
「やだよ!こういう場合、えてして後輩が身代わりにものでしょう!」
「本性あらわしたなカラクラ。この役者め」
「なんでもいいから、ひとりじゃ動けないの!」
はげしく車椅子を揺さぶり、うったえたので、痛がって全身をすくませた。
おろおろして、車椅子を押しはじめる真剣子。
「うそだよー痛くないもんねー」
カラクラは、おどけていった。
「人を心配させといて!なんてやつだよ!」
真剣子には、本当のところがわかっていた。
see you later, the clearers!