クリアラーたち2
主要な登場人物
アリマ — 三十ニ歳、男性。陸軍喪失地偵察部隊第三分遣隊という、情報収集専門の特殊部隊の隊長。階級は、大尉。さきのカーズマンの大群のノースシャフト侵攻の早期発見者。
ミツミ — 二十七歳、男性、アリマ大尉の部下。階級は、少尉。偵察部第三分遣隊のヘリ操縦士。
2
偵察部のヘリが、小高い岩場へ降りた。そこには、無数にテントが張ってあった。
アリマ大尉は、着陸誘導した兵に大隊長の居場所をきいた。
大隊陣営は、撤退準備をしていなかった。カーズマンが、進行してくる方角へ、銃座のある六輪装甲車と迫撃砲を並べていた。
アリマ大尉が、情報収集のための機材が置いてあるテントへ入ると、通信兵が、沈痛な面持ちで無線機受話器を耳に当て、話をしていた。
パネル状のセンサーモニターが六つほどあるところに大隊指揮の少佐がいた。いくつかのモニターは、カーズマンの群れの先頭をとらえていた。
彼らは、形式的な挨拶をかわし、大尉は要件を伝えた。
少佐は、大尉の命を聞き入れて、副官をクリアラーの待機所へやった。
二人は人目を忍び、テントを出た。少佐の年かさは、アリマ大尉より一回り上の中年でくたびれた目つきをしている。
「すでに撤収されたと思っていたのですが」
「するよ。一五○○に撤退する」
「それは、司令部からの命令でしょうか?」
「そうだ」
「あと半刻もすれば、敵がきます」
「部下たちには、援軍がくるといってある」
「援軍ですと?私は、クリアラーをノースシャフト要塞へ帰還させにきたのです」
「そのクリアラーだよ。私は、ノースシャフトの起動を信じている」
「それなら、防衛隊司令部は、先遣大隊に即時撤退を命令するはずではありませんか。ということは、司令部はまだシャフトを起動させられない状態であります」
「時間を稼がねばならないことは、承知している。貴官に頼みたいことがある」
「ええ、私が、司令部へかけ合います。この目でカーズマンの群れをみてきました。それにノースシャフトには、カラクラ様がいるのです。すぐにでも動かせるはずです」
「いや、そうではない」
少佐は、封筒を取り出した。
「私的なことだ…これを都市の郵便箱へ入れておいてくれまいか。手間をかけるが…私にも家族がいるのでね」
遠慮がちな少佐から、手紙を受け取った。
「この手でお届けいたします。必ず」
「すまない」
「防衛隊司令部へ今一度…」
「司令部とは、議論を尽くした。命令はかわらんよ。貴官は、自分の任務を果たしたまえ」
大尉は、テントの中へ入っていく少佐へ敬礼を送った。
『おまえは、仲間を置いて逃げるのに賛成なのかよ』
ヘリへ帰る途中、大尉の頭の中は、真剣子の声が繰り返されていた。
―誰が賛成なものか
アリマ大尉の指揮する陸軍喪失地偵察部隊第三分遣隊は、当初、無法地帯と化したカーズマンの活動地域を上空から調査する任を負っていた。彼らの主な任務は、車両走行が困難な地形の様子を調べることや、僻地のカーズマンを捕らえ、都市の研究施設へ提供することだった。
人がいなくなってから、何十年もの歳月が過ぎ去った土地を飛び続け、地上を観察していると、カーズマンの大集団が濁流のように軍の駐留地帯へ進行しているところを発見した。大尉は、この地域一帯を統括しているノースシャフト要塞防衛隊司令部へ一報した。
その場で待機を命令され、ずいぶん待ったあとに返ってきた指示は、こうだった。
『第三分遣隊は、ただちに帰還せよ。帰還の道中、先遣大隊所属クリアラー八名を収容し戻られたし。以後、司令部は、敵集団進行の件、別隊への伝達の必要を認めない。これを厳守せよ』
アリマ大尉とその部下は、この命令に不信感を抱いた。
大隊陣営を後にしたときには、ノースシャフトのたたずまいが、うっすらとみえていた。日の光をやさしく反射して、ほのかに白く輝いている。
ノースシャフトとは、全長約四百メートル、直径百メートルほどの円柱形の巨大な物体である。これは、人が作ったものではない。現在から一世紀以前、カーズマン発生の年から数え、四年後、突如、世界各地に降り注いだのが、このような物体だった。
当時、この物体を発見した天文台や研究機関は、隕石群と勘違いした。カーズマン発生についでの災厄だったことから、世界の報道各社が「神が、人に下した罰」などと騒ぎたてただけで、さしたる対策が立てられず、人類は、世界の終わりを甘受した。しかし、実際、この巨大物体が引き起こした被害は、まるでなかった。不思議なことに落下した際、クレーターすらできなかった。
人類は、この中に人外の乗組員がいると疑った。落下後、なんの反応もなかったので、カーズマン対策に追われていた各国はあまり力を入れて、これを調べなかった。
個人レベルでは、多少の動きがあった。
好奇心旺盛な資産家が、資財を投げ打って、調査団を組み、いくつかのシャフトの外側を切り開いた。その中は、広い空洞になっていた。接地面内部を探検したけれど、なにもないにひとしかった。少なくとも当時の人間が、理解できるものは、みつからず、調査は、徒労に終わる。
資産家サンディ・コールベリは、この物体の落下による被害がなかったことから、これを送り込んだものを善良なものだとみなした。つまり、人外の知的生命体との出会いによって、人類を宇宙へ進出の手助けをしてくれると夢見たのだ。そこには、カーズマンという人類の天敵から人々を解放するというような考えも含まれていた。
当時は、彼女を金持ちの道楽、夢想家の浪費とあざ笑う人がほとんどだったが、その幻想は、あながち間違いではなかった。
シャフトが、出現して一年が経ち、ある異変が起こる。
シャフトが落ちた周辺の人口密集地に住む子供たちの間で、おかしな遊びが流行った。物心つかない子らは、紙と書くものと暇さえあれば、複雑な幾何学模様を描いた。誰に教えられたわけでもなく、それが突然はじまり、大人たちが、はっきりと異常行為であることが自覚されるころには、子供たちは、街のありとあらゆるものに幾何学模様の落書きをしていた。
大人に何度も注意されておさまった子が大半だったが、どんなに叱られても落書きをやめられない子らもいた。そういう子たちは、病院へ入れられた。大人たちは、神経質になって法律を作り、禁止した。
これと同様な現象は、世界各地のシャフトの周辺地域でたびたび、確認され、その原因は、あの巨大な物体にあると人々は不安視した。
サンディ・コールベリは、むしろ、それを歓迎し、子供たちの落書きを収集してまわった。数学、暗号、物理の専門家へ幾何学模様の意味を解明させた。専門家たちを雇ったことは大した成果につながらなかったが、彼女が、落書きをやめられなくて病院へ入れられた子たちをたずねて歩いていたとき、思わぬ収穫を得た。
ひどい落書きの病気に悩まされていた少年と出会った。このピート・クインシーという少年は、書くものをとり上げられた場合、腕にかみついて、血を絞り出し床へ描きつけるまでの重症だった。しかし、彼は、この行為をすこしも気に病んでいなかった。大いにそれを楽しんでいたのだ。
彼は、与えられたスケッチブックへ常に線を走らせていた。彼の描くものは、他の子たちと比べると、とても緻密で複雑な電子回路の設計図のようだった。
コールベリは、忙しくする彼へ素朴な疑問を投げかけてみた。これは、本当にたわいもない質問だった。
「これ、なんだろうね?」
「宇宙からきたやつの言葉」
「シャフトの言葉?」
「うん、あいつしゃべってるんだよ毎日」
「きみは、なんていってるのかわかるの?」
「うん、あいつでカーズマンを地獄へ送ってやるんだ。みんな、ぼくをいかれてるっていうけどね。かまいやしないさ」
彼女は、ピート少年に強い衝撃を受け、彼を病院から出し、生涯の生活の支援をした。
彼とともに数十年の年月をかけて、シャフトの実地調査と彼の翻訳を突き合わせた結果、子供たちの落書きは、シャフトの内部構造と動作原理の説明であることが判明した。
クリアラーが帯びるパージロッドやカーズマンを探知するセンサーは、その時の知識を人の手で応用した副産物だった。
だが、それによりシャフトについての謎が、すべて解き明かされたわけではない。全体構造も材質も、なにより、なぜカーズマンに対抗する技術がそこにあったのか、未解明な部分を多く残している。
偵察部隊ヘリが、ノースシャフトの発着場へたどり着いた。シャフトのまわりは、堅牢な要塞が建てられ、地上を固めている。
アリマ大尉に運ばれてきた六人のクリアラーたちは、優先して、要塞内へ案内された。大尉と操縦士のミツミは、防衛隊司令本部へ殴り込む勢いだったが、途中で衛兵に阻まれた。
「大尉どの以下偵察部第三分遣隊員の方々は、別命あるまで休息をとるようにと司令部からおおせつかっております」
「休息?シャフトの起動準備は、しているのか」
「大隊が破られたら、次はここだぞ!」
「防衛隊の指揮に関することは、なにも、お答えすることはできません」
彼らは、慇懃無礼な衛兵に個室へ先導された。ミツミは、衛兵につっかかった。大尉にいさめられ、部屋へ入る。
小さな室内には、食事が用意してあった。どういうわけか、廊下に見張りがついた。
「なにをびびってるんですかね」
「我々が余計なことをいって、兵を動揺させるのを嫌がっているのだろう。適当な処置だよ」
「ですけど、シャフトを動かす気配がないじゃありませんか。司令部は、大隊を見殺しにするつもりですか」
「起動に手こずっていることは、たしかだな…」