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バーサスクリアラー  作者: FT
1/24

クリアラーたち1

バーサスクリアラーは、全体のスケールとしては10万文字くらいの作品です。


過去に書いたものですので、すでに完成していますから、区切りのいいところを毎日一回つづ、投稿して、全20回くらいになると思います。



主要な登場人物


ハスノ チヅ — 新米クリアラー、15歳。年頃の娘らしく繊細ではあるが、優しさと芯の強い部分を内に秘めているクリアラーの見本。唯一の真剣子の理解者。


真剣子しんけんこ — 新米クリアラー、15歳。ハズノチヅの相棒バディ。傍若無人。男顔負けの身体能力を持っている。彼女の考えは、既存のクリアラーを度外視にするものであり、他のクリアラー仲間と馴染めないでいる。


アリマ — 三十ニ歳、男性。陸軍喪失地偵察部隊第三分遣隊という、情報収集専門の特殊部隊の隊長。階級は、大尉。さきのカーズマンの大群のノースシャフト侵攻の早期発見者。


ミツミ — 二十七歳、男性、アリマ大尉の部下。階級は、少尉。偵察部第三分遣隊のヘリ操縦士。


 クリアラーたち



  1



 タイヤが、荒野の砂を舞い上げ、長い轍を引いていた。


 車には、三人の兵士と一人の少女が乗っていた。後部座席は、少女の特等席で兵から守られるように座っている。


 娘の歳は、十五くらいだった。ケープとマント合わせたような衣服を羽織っていて、一メートル半ほどの長さの野太い杖を大事そうに抱えていた。杖も彼女の服と同じく白かった。


 四駆には、屋根がない。前を走る大型の装甲車へついていく。


 朽ちた建物が、ちらほらと現れた。建物と距離をおいたところで、車が止まる。後部から十二人の兵士たちが、自動小銃をたずさえ出てきて、周囲の様子を調べた。


 若い隊長が、建物の方へ視線をむけ、軍曹へ話しかけた。


「あそこへはあまり近づきたくないな」


「今日のところは、ここにセンサーを設置して、迂回しましょう」


 軍曹の指示で兵士たちが、地面へ杭を打った。それからアンテナのついた箱型の機械を杭へはめ込み、固定する。


 作業が済んだところで、建物を見張っていた兵が、叫んだ。


「カーズマンだ!廃墟の方向!」


 建物を這い出してきた黒いものが、こちらへ駆けてくる。


 兵士たちは、その黒いものめがけてライフルを撃った。


 黒いものは、カーズマンと呼ばれ、人の形をしている。全身が真っ黒に染まり、目は、節穴になっていて、耳と鼻はなく、顔がのっぺりとしていた。口は、頬を切り裂かれたように大きく開いている。体型は、人に近いが、手足を使って走っているところは、まるで獣のようだった。


 兵たちの弾丸が、カーズマンの体に数発命中した。しかし、カーズマンは、走るスピードが落ちただけで、兵の列へ近づいてくる。この黒いものの生命力は、凄まじく、痛みや恐れを感じることがなかった。


「あああああああああーーーー」


 突然、兵の悲鳴がした。


 隊列の一番端の兵士が、どこからともなく現れたカーズマンに押し倒され、林の方へ引きずられていく。建物から出てきたカーズマンに気を取られて、誰も気づかなかった。だが、そちらに銃をむけることはできなかった。引きずられている兵が、敵と近く、まだ一体目のカーズマンを倒していない。


「クリアラー!あっちを頼む!」


「はい!」


 軍曹が、声をかけ、四駆に乗っていた白衣の少女が返事をした。四輪は、カーズマンへむかっていった。


 少女は、車上で立ち、金属の杖をかざした。すると、柄から先の外装が、両側へ開いた。その中には、ガラス玉のようなものが、五つあり、一列に並んで光を発していた。


 カーズマンが、光に当てられると、黒々とした身体が、ぼっと音をたてて燃えた。光が近づくにつれて大きく燃え上がり、カーズマンは、のたうち回って、その場に倒れた。


 その間、最初に発見したカーズマンも銃弾の雨によって仕留められた。兵たちは、一安心する。


「お前!ムラタをみにいけ!」


「はッ!」


軍曹が、負傷した兵を助けにいかせた。


残りは、そのままの状態で、新手が出てこないかと周りを警戒する。


「死んでいます!」


 その近くでカーズマンが、燃え盛り、煙を上げている。このカーズマンは、兵の首筋を握りつぶしていた。


「センサー設置作業、終わったか?」


「完了しております!」


小隊長が、きくと、兵士の一人が答えた。


「ここから離れよう…」


小隊長は、頼りなげにつぶやいて、軍曹へ指示を任せた。


「次の目的地へむかう!すみやかに遺体を収容しろ!」


兵らは、遺体を装甲車へ運び込む。


ムラタを見にいった兵士が、手についた血を戦闘服で拭い、四駆の荷台の兵士へ語りかけた。


「クリアラーの後ろと変わってくれよ」


「断る。自分の持ち場へいけ」


「貴様ら何をしている!」


 軍曹が、兵を怒鳴りつけた。


「クリアラー付きが疲労をうったえております!元気一杯の自分が交代いたします!」


「許可する!急げ!」


 四駆に乗っていた兵士は、疲れていなかった。反論しようしたが、軍曹ににらみつけられたので、しぶしぶ装甲車へいく。


「ハスノどの、さきほどのロッドさばき、見事でした」


 白いマントを着た少女は、ハスノ・チヅという名前だった。交代した兵士は、おべっかをつかい、チヅへ笑いかけ、四駆へ乗った。


「やめてください…」


「あれは事故ですよ。誰のせいでもない」


 チヅは、思いつめた表情を消さなかった。


「ムラタという人は、どういう人だったんですか?」


「先月送られてきた補充兵だったことくらいしか知りません。このような前線につくと人と深くかかわらないものです。先がみえていますからね」


 装甲車の兵士たちが、うらやましそうに会話を交わす二人をみていた。


「ああいう建物は、このあたりにたくさんありそうだ」


 走行中の車の中、小隊長と軍曹が、地図を広げて顔を突き合わせた。


「センサーは、カーズマンが出没しそうな場所に設置しなければ、役に立ちません」


 軍曹が、さきほど設置した機械の位置を地図に印した。


「わかっているけど、この偵察任務は、死体を出すのを待っている状態だ」


 若い隊長は、他の兵にきこえないように声をひそめた。


「カーズマンをみるのは、こりごりだよ…」


「他の小隊と合流地点まで、まもなくです。すこしは楽になりましょう」


 軍曹は、この指揮官を情けなく思いながらも励ました。





 カーズマンとは、この時代から一世紀半ほど前の大戦のさなかに作られた生物兵器が、人を蝕んだ成れの果てだった。人々を凶暴な獣のような生き物に作り変えてしまった。


 その生物兵器は、もともと失敗作であり、一度も使用されたことがなかった。それが、不慮の事故により、研究施設から自然界へ流出して、突然変異を成し、脅威と化した。流出が判明したときには、対策を講じる時間もなく蔓延していて、百年が経過した今でも変身者“カーズマン”は全世界へ危害を及ぼし続けていた。


 カーズマンが人間を襲う目的は、捕食することにある。ただし、カーズマンは人を食わなければ生きられないということはない。やつらは、有機物であれば、なんでも摂食して、栄養とする。(これは、人類がいまだ滅亡にいたっていない理由の一つである)


 あるいは、人に触れ、変身因子をうつし、同類を増やすことだ。変身者は、人間の男性に限られて起こった。女性では、因子が働かない。変身者が、のろわれし男“カーズマン”と呼ばれる所以である。


 人類は、増え続ける敵の対抗手段として、変身の予防薬を開発した。予防薬は、変身者の数を抑制することに成功した(軍隊に従事するもの、特に第一線で戦闘をおこなうものは、その薬を投与されている)が、あくまで予防薬なので、すでに現存するおびただしい数のカーズマンを減らすことにはならなかった。


 クリアラー・ハスノ チヅは、荷台にいる兵士の物見遊山な目のせいで、落ち着けなかった。気を紛らわせるため、白い杖の外装開閉トリガーや腕とつながれたチューブ端子などを点検した。


 クリアラーとは、カーズマンに対し一撃必殺の武器を操る特殊装備技士の通称である。そして、その武器は、バージロッドと呼ばれる杖だった。


 パージロッドは、若年の女性へ託すという決まりがある。そのと、ロッドが人体とチューブでつながれていることには、強い関係があった。パージロッドは、娘の血液をエネルギーとしなければ、カーズマンを滅ぼす光線を生み出すことができない。


 その光の性質は、特別で、他の生物や物質には、なんら影響を及ぼすものはないが、カーズマンにとっては、細胞レベルの燃焼反応という驚異的な効果を発揮した。(この奇妙な武器の発明の経緯については、あとに記す)




 二つの車は、廃墟から西をめざした。殺風景な荒地を走らせていると、同じような車列と出くわした。

装甲車は、歓声をあげるようにクラクションを鳴らす。むこうもクラクションを返してくる。彼らも同大隊所属だった。


 チヅの乗る車へ四駆が、並走してきた。その車にも、白衣の少女がいて、手すりに乗りだし、話しかけてくる。


「よ、何体しとめた?」


「一つ」


「こっちは、三体だけど、兵隊さんが、二人やられた。隊長が馬鹿でさ。とりあえず銃、撃っとけばなんとかなるって、おもってんの」


「…そういう話、帰ってからにして」


兵の前で、無神経な相棒にイライラするチヅ。


「怒るなよ。なんか、さっきから落ち着かなくって。話でもしてないと…おまえは感じない?」


「なにが?」


「胸騒ぎっていうか。今までにない、でっかいことが起こりそうな予感!」


楽しそうに万歳する真剣子しんけんこ。チヅからしてみれば、彼女が、突拍子もないことをいうことは日常茶飯事だったので、気に止めない。


「真剣子どの!小隊長から伝言です!車列を維持せよとのことです!」


 真剣子側の車の兵がいう。


「あとちょっと」


「もどります!」


「わかったよ。そのかわり、運転させてくれない?」


「いけません!」


「いいじゃんか。あたしうまいよ」


 真剣子の乗る四駆が離れていった。


「あのクリアラーどのは、ハスノどののご友人でありますか?」


 荷台の兵士が、遠ざかる車を目で追ってきいた。


「ええ」


「あれがクリアラーですか。はー」


「変わってますけど、いいところもあるんです」


 兵士の嫌味な声に、チヅは、きっぱりといった。


「え?あ…失礼いたしました!」


 兵士は、恐縮して居住まいを正した。


 チヅは、相棒のいいところを探してみたが、思いつかなかなかった。


 車が列をなして走っていると、バラバラという音が空からきこえてきた。ヘリが、上空を飛んでいた。


『こちら陸軍喪失地偵察部隊第三分遣隊である。至急、伝達すべき事案あり。地上を走行中の全車両は、ここより南の丘にて集合されたし。こちらの無線周波数はダブルオーナインツーバンドで固定。繰り返す』


 拡声器をつかって呼びかけてくる。


 装甲車の中では、それを耳にした小隊長と軍曹が、難しい顔になった。


「小隊長どの。よろしいでしょうか」


 運転席の後ろの索敵担当の兵士がいった。そこには、通信機やカーズマンセンサーをモニターする機器などが取りつけられている。


「ご覧ください…」


 モニターの半分が、たくさんの光点で埋め尽くされている。


「これは、なんだ?」


 表情をひきつらせている索敵担当。


「さきほど設置したセンサーの現在のモニタリングです」


「廃墟のか?」


「はい」


「もしかして、この点すべてが、カーズマンか?」


「故障とは、考えられません」


「偵察部の伝言とは、これか…」


 軍曹がいうと、隊長は、モニターを前にして青ざめた。




 偵察部の軍用ヘリが、丘のてっぺんに着陸し、二小隊もそこへ車を停車させた。隊長と下士官たちが、ならんで勧告を待った。


 ヘリから降りてきた人物は、第三分遣隊の隊長のアリマ大尉と名乗った。年の頃、三十くらいのよく日焼けした現場士官といった風貌だった。


「カーズマンの大群が、南下してきている」


「センサーで確認いたしました…本隊の指示をあおぎます」


「君らの本隊は、陣の撤収をはじめているはずだ。それどころではないだろう」


「では、一刻もはやく本隊に帰らねば」


「敵の進行速度は、増している。このまま車で本隊へ直進すれば、確実に追いつかれる。私は、やつらを直接、確認してきた」


「敵の規模は?」


「正確な数字は、わからないが、五千、六千はいる。それが、山稜をぬって進んでいる。とても応戦できる数ではない」


 現実を受け止められず、小隊の指揮官たちは、沈黙した。


「この場所も、じきにやつらで覆いつくされるだろう」


「大尉は、我々にどうしろというのですか?」


「クリアラーたちをノースシャフト要塞へ収容したい。彼女たちにヘリへ同乗してもらう」


「この状況下で我々からクリアラーを取り上げるのですか!」


「これは、ノースシャフト要塞防衛隊司令部の命令だ」


「…こんなことになるなんて…カーズマンが五千ですよ!ありえない!」


 動揺し、打ちひしがれている彼らを真剣子が、遠巻きからみていた。


「チヅ、お偉いさんが、みんなに死ねって命令してるぜ!」


「な、なにいってるの!きこえる!」


 声高にいう相棒の口をふさいで黙らせようとしたが、体格の大きい真剣子は、チヅを引きずって、隊長格の寄合いへ近づいていった。


「クリアラー、ヘリへ乗り込め。ノースシャフトへ帰還する」


 大尉は、顔色一つ変えずにいった。


「いやだといったら?」


 鼻をならす真剣子。大尉は、腰のホルスターから拳銃を抜き放って空を撃った。


「遊びではない」


 チヅは、凍りついた。しかし、真剣子は、違う。大尉を大きな目でにらみ返した。


「そんなことしたってヘリには乗らないね」


「なぜだ?」


「あたしは、逃げない女なんだ」


「こんなときに冗談はよしなさい!カーズマンが山盛り攻めてきてるんだよ!」


 チヅは、冷や汗をかいて叱ったが、真剣子は、真顔だった。


「おまえは、仲間を置いて逃げるのに賛成なのか」


「それは…」


 逃げたい気持ちは、山々だったけれど、命令だからと簡単には答えられない。


「君たちが生き残る手段はある」


 仏頂面のアリマ大尉が、口を開いた。


「敵の大群は、まっすぐノースシャフトへ南下しているようだ。群れは密集して、ばらつきがない。だから、隊を退避する方向さえ間違えなければ、襲われることはないかもしれない」


「やるしか道は、なさそうだ…」


「西か、東か」


「西の山が一番近い。そこへ登って、やりすごそう」


 隊長たちが、考えをまとめているところ、


「襲われることはないのかもしれない。けど、敵が追ってこない保証はどこにもない…って付け加えるべきじゃない?」


 真剣子は、大尉の案に意見した。


 アリマ大尉は、彼女の瞳の奥を射抜くような視線を送り続けた。彼は、一瞬でも目をそらせば、力ずくでヘリを乗せようと思ったのだが、彼女は、それどころか大尉へ一歩進みでてにやっとした。口元は笑っているけれど、目がすわっている。大尉は、背を向けた。


「勝手にしろ」


 一言だけいって歩き出す大尉。


「あたしたちには切り札があるんだよ。敵が万だろうが、ぶったおしてやる」


 大尉の耳に入っていた。彼は、振り返りはしなかった。


「万なんてこなせるわけないでしょ…」


「かっこよく決めてるところ水差すな。こっからは心意気に問題なんだから」


「あんたって子は…ほんとに」


チヅは、そういいながら、気の強い相棒に付き合うことにした。


「車載センサーにカーズマンの群れが現れてます!」


 兵が飛び出してきて、隊長たちへ知らせた。


「全速で西へ移動する!」


 若い小隊長が、決心していった。


「クリアラーの車は、シンガリ!隊長さんたち、それでいいよな?」


 彼らは、年端もいかない娘の指示を受けるしかない苦々しさにいっぱいになって、うなずいた。


 アリマ大尉がヘリに乗り込むと、操縦士のミツミが、不安を口にした。


「上への報告は、どうするんですか?クリアラーが収容を拒否したので、したがったなんていえませんよ」


「我々は、小隊を発見できなかった」


「ああ…よくあるミスですね」


「しかし、なんでしょうかね。俺たちだって、クリアラーをヘリに乗せるために隊のやつら、そのへんにほっぽってきたっていうのに悪者扱いされちゃたまりませんやな]

ヘリには、大尉とミツミしか、隊員はいなかった。


「大隊にもクリアラーはいる。離陸だ。ここで時間をくっている暇はない」


「了解」


 ヘリは、丘を飛び立った。




 カーズマンの大群の進行をさけるため、二つの小隊は、西の山を目指した。

車体が、悪路で揺れ動く。


 若い小隊長と軍曹、索敵担当は、モニターをのぞいていた。モニターは、カーズマンの群れの先頭をとらえ、光点の固まりとして表示された。たくさんの光点が、じりじりとせまり下りてきている。


「推定ですが…敵集団速度、七十キロは、出ています。この数で…」


「もっと飛ばせんのか!」


 軍曹が、運転手へ檄を飛ばす。


「これ以上出せば横転します!」


 運転手は、「ちくしょう…なんて道だ」と独りつぶやいた。


「隊長!カーズマンを視認しました!」


 車両後部への出入り口から兵の声がする。


 隊長が、運転席側の窓から首を出すと、荒野の地平が砂煙を上げていた。兵たちは、その光景に戦慄した。


 真剣子とチヅは、四駆車の荷台へ一緒に乗っていた。二人ともパージロッドを背のホルダーへおさめて、手すりにつかまり、でこぼこ道の揺れに耐えている。


「おいでなすった!」


 真剣子の大きくぎらついた目が、あさっての方向の砂煙をみつけた。


「あんたの胸騒ぎ、あたってた!」


「これ以上大それたこと、そうそうないな!」と、どこか楽しむようにいう。


「あんた、バカよ!」


「バカに付き合う気分はどう!」


「最高よ!車は揺れて気持ち悪いし!敵はわんさかみえるし!」


 チヅは、やけっぱちだった。


 地を這う煙が、次第に大きくなっていく。



 車載センサーのモニターでは、光点の集まりが、下半分を埋めつくそうとしていた。しかし、彼らの車のある中心へは、かろうじて、かかってはいかなった。


「素通りだ。助かった」


 安堵する隊長。軍曹と索敵担当は、けわしくモニターを見続けている。


 下半分を埋めた光点の固まりが、小さく枝分かれして、中心点へ近づいてくる。


「くそ…やつら、こっちに気づきやがった」


「センサー感度を上げます…隊へむかう数…約五十。クリアラーへ伝えてください!」


 四駆の助手席の兵士が、無線機から装甲車の連絡を受けた。


「クリアラー!大群の分子が、ここへ直進してくるそうです!その数、五十!」


 チヅは、真剣子をうかがった。なにか考え込んでいる。


「止めろ!」


 ドライバーへ命令する真剣子。相手の反応がないので、また、いった。


「車を止めろってんだ!」


「なに?どういうことでありますか!車を止める?」


 ドライバーは、混乱した。早く逃げねば、敵が追いついてくるというのに、車を止めては、自殺するようなものだ。


「はやくしろ!死にたいのか!」


「それはあんたでしょうが!」


 チヅが、真剣子の白衣をつかんで叱りつけた。


「あたしたちを下ろしたら、車はいっていい!」


「車の上から『合体広域放射』やるんじゃないの?」


「逃げ腰じゃ、あの数を焼ききれない!チヅ、やつらをぎりぎりまで引きつけなきゃ、やられるのはこっちだ!おまえ、目測テスト満点だったろ?その目がいる!」


 冷静に戦い方を判断し、自分が頼られている。不思議とチヅの身体のこわばりが晴れていった。

四駆がブレーキをかけて、二人は、荷台から飛び降りた。背中からパージロッドを抜き、寄りそうように荒野へたたずむ。


 遠くに砂煙が立ち昇って広がり、右の方へと抜けていく。アリマ大尉と話した丘は、もはや大多数のカーズマンで占められていた。


「「二子接続用意!」」


 彼女たちは、掛け声に合わせて、ロッドの柄についたスイッチを操作し、柄の先をくちばしのように開いた。接続部をあらわにする。


「「接続!」」


 そして、二つのロッドの柄の先をつないだ。気味のいい金属音がして、柄の小さなランプが、黄色から緑色に変わった。


「「同期確認!」」


 二人は、それを水平に構え、敵が迫る地平をまっすぐ見据える。


 合体した二本のロッドが、ジジジと彼女たちから血液を吸い上げ、光の源へと変換していた。水蒸気が、ロッドの両先端の蒸気口から立ち昇る。


「敵集団との距離、一キロをきっています!」


 四駆の兵士が、無線子機をもって彼女たちへ教える。


「いかなかったんですか!」


 敵から目を離さずにチヅがいう。


「クリアラー付きが、あなた方から離れるわけにはいきません!」


 兵士二人は、ライフルをかかげた。


 チヅは、彼らの思いを感じながら、大きく息を吸った。


 どのみち、あたしたちがミスったら全滅なんだ…真剣子は、そう思ったが、弱音は吐かない。


 今では、黒い集団の先頭がはっきりとみえた。そして、疾駆するカーズマンの地鳴りが、振動になって身体まで伝わる。


 彼女たちは、頭の芯からうわずったような感覚が湧き出てくるのを感じた。吐き気もする。カーズマンへの嫌悪感だった。


 真剣子は、震えていた。けれど、チヅには、さっきまでの威勢のよさのせいで、その震えが怯えだとはわからなかった。あれだけの数の敵を前にしたのは、二人とも、はじめてだった。現役クリアラーの中でも、そうそういない。


「あと目測、百」


「こわいか?」


「なんとでもなれよ」


 投げやりなチヅに真剣子は、笑みを浮かべた。


「そろそろかな」


「…うん、今」


 チヅが答えると、彼女たちは、両方の柄についたトリガーを同時に引き絞った。


「「光源開放!」」


 つなぎあわされたロッドの両側の外装が、ばっと開き、杖の芯部から目のくらむ光が放たれ、周囲を発光で満たした。


 目前に、なだれ込んできたカーズマンの群れが、音を立てて燃え上がり、光に圧され、突風にあおられるかのごとく吹き飛んだ。火だるまになったカーズマンたちが、ゴロゴロと地面を転がり、果てていく。


 その後ろでは、二つの装甲車が、逃げずに、彼女たちの放った光を見守った。


 一分ほどの放光を終え、小隊へむかってきたカーズマンは、すべて地へ伏して火を上げていた。


 兵たち全員が、クリアラー二人のもとへ駆けてくる。


「ざまあみやがれ!ゴキブリ野郎!」


「おれたちにゃ完全無欠の聖女様がついてんだ!」


 合体広域放射の威力に兵士たちは、いきり立ち、燃え盛るカーズマンへ弾丸を浴びせた。


「無駄弾を撃つな!一陣は殲滅したが、本集団は、まだすぐそこにいる!クリアラーに手を貸してやれ!」


 軍曹が、兵を律して、フラフラになった二人を装甲車の中へ運び込ませた。


 彼らは、センサーモニターにかじりついて、第二陣がこないことを祈った。


「こんなとこじゃロッドが使えない!四駆へ移せ!」


 チヅは、兵士が真剣子を押さえつけているのを横目に放心した。


「わたしたち、やれたんだ…やった…」


 そうして、小隊らが山へ近づくにつれ、カーズマンの足音は、収まっていった。






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