タイトル一文字。 同音異字から連想する物語、あいうえお順に書いてみた。
「と」 -都・吐・妬-
た行
東京コンプレックスだ。
田舎者が東京に引け目を感じるって意味じゃない。逆。
東京人に対する周りの偏見に過敏すぎるのだ。
「東京?!見えな~い」
出身地を言うことを強制される自己紹介の時に出たコメント。
これが後をひいている。
高校までは、みんな同じような地域で育った子しかいなかったから、自分が東京人であり、それが人格の何かを位置づけるような目で見られることはなかった。
だから、大学に入ってある種のカルチャーショックを受けた。
マスコミに煽られた田舎者が誤解と偏見の目であたしの容姿を判断する。
それに真面目に傷ついてしまった生粋の東京人は、東京人であるがゆえに東京人であることを
隠し続けたい気分になった。
生まれ育った場所を世間のイメージから守るため。そこで生きた自分がバカにされないように。
このある種自意識過剰なコンプレックスのせいで、知らない人が沢山いる飲み会が苦手だった。だけど友達は沢山ほしいし、高校卒業とともに失恋した自分を慰めるべく新しい恋も求めている。なるべく誘いがあれば参加しようと思う。
きっと、嫌な思いするのは最初だけ。そこでイメージを押し付けてわたしを見る奴は去っていく。
縁がなかったんだ。そう言い聞かせて、テニスサークルと言う名の飲み会サークルに出席した。
居酒屋の一角に20人近く集まった。
サークルとしては2回目の集まり。わたしは最初の歓迎会には出席しなかったので知らない人ばかりだ。
自分から話に入っていくタイミングがないわたしは、注文して以来喋っていない。
同じテーブルにいる人全体に話してくれる先輩に相槌を打つだけだ。
しばらくして、最悪にも隣のテーブルで「ふるさと納税」に対して熱い議論が始まった。
政治経済のうんちくを語りたいタイプの先輩が問題定義してしまったのだ。
時折こちらのテーブルに同意を求められ、全体でこの話題について語り、こちらがオブザーバー参加で傍観しているよな状態になった。
所詮、飲み会サークル。テニスを本当にやる運動部ではない。大学生として少しでも知的に見せたいのか、難しい言葉を多様してその話題に熱くなる。新入生たちも、いかに自分の住んでいた地域の行政が遅れていたかをアピールしながら自分を印象付ける方向に持っていている。
住んでいるところやどんな生活だったかは、特段面白い話題をもたなくても話が広がるのであまり親しくない関係には丁度いい。幸い、対立を生むような議論にはなっていない。
みんな純粋な東京人ではなかったからかもしれない。親子3代以上東京、しかも都心と言われるほうに住んでるのはやっぱり少数派だ。わたしは、議論の熱がこちらまで分散され意見を求められたりしないように祈った。
「ちょっと吐きそうなんだけど、ついてきてもらえる?」
祈りの途中で、少し離れていたがわたしの隣に座っていた男が声を掛けてきた。
「え?」
「トイレまで行きたいんだけど、フラフラしてて」
そんなに顔色悪そうでもない。が、結構飲んでたしここで吐かれたら困る。
なんでわたしがと思いながら周りを見たが、皆それぞれ話に盛り上がって席をたてそうにない。
一瞬の判断だが、この人は普段虐げられている先輩で、皆わざと触れないようにしているのかもと思った。
男はセクハラ紙一重にわたしに体重を傾けてきたが、誰も気に留めない。
わたしは即座に立って男をトイレに連れて行くことにした。
「夜風にあたりたい」
トイレから出た男は、そう言ってあたしの手を引張って店出た。
その光景だけ見たら、合コンの途中でいなくなっちゃうカップルみたいだ。
ずっと隣にいたが、つまんなそうにずっと一人でお酒を飲んでいたので正直怖かった。
だから、出会いを求めてきたわたしだけど、このシチュエーションにドキドキできない。
ドキドキだったとしたらそれは恐怖に近い。
「ふーー」
店の向かいにあるシャッターのしまった銀行の入り口の前に座り込んだ。
「あー飲みすぎた。ヤバイ」
わたしは気の効いた言葉も浮かばず、ただ傍に立っていた。
「戻りたい?」
「え?」
急に落ち着いた口調で男が聞いてきた。ぜんぜん酔ってないのかもと思えた。
「はい」
「つまんなそうにしてたのに。って、まあ俺と二人よりはいいか」
「はい」
我ながら冷酷な返事だ。
だけど、なんだかこの人と仲良くなると友達できないような気がしてしまった。
「ふるさと税の話に混じりたい?」
「いえ」
「じゃあ、しばらくここにいようよ。俺ああいう、最終的にはご当地自慢になる話題苦手なんだよね」
「それは、わたしも嫌いです」
男は嬉しそうに笑った。そして、なんで?と聞いてこなかった。
人は自分が聞かれたくないことは聞かない。きっと、この人は自分の理由を話したくないんだと思った。
ふるさととか出身地とか特定できないようなたらい回しの人生送ってきたのかもしれない。
勝手に想像した。同時に、わたしも何も話さなければ、この過剰な自意識はものすごく不幸な背景を想像させるのではないかと心配になった。
「あの、わたしどこ出身に見えますか?」
「え?」
「言うと、見えないって言われるんですよ」
「東京。下町ではない方」
即答だった。びびった。
「その顔は当たりだ」
「はい。東京っぽいですか?」
「東京っぽいってどんなの?」
「え」
「なんとなく思っただけだけど。とりあえず訛りなさそうだし」
なんだか拍子抜けした。
違う地域を言われて「違います。東京です」という答えを準備していた。
きっと東京人に見えないと言われ傷ついたなんてウソだ。
結局、わたしは東京人だということを自慢したいだけなんだ。
あえて言わないことで余計引き立つ。
事実、そうじゃなくてもそう見える。
そっちの方が嫌味に思えてきた。
勝手に、妬まれるようないいところに住んでいると決め付けているだけだ。
東京だって、ふるさとだよと自分で言っておきながら、自分をマスコミがつくる
「東京」の住人ぶってるんだ。
「戻りましょう。ふるさと納税、東京人の意見言いたいです」
そう言ってわたしは男の手をひいた。
ぜんぜん酔ってなさそうだった。
もしかしたら、つまんなそうなわたしを連れ出してくれたのかも…そう思えた。
今度、この人の出身地や家族のこと聞いてみたい気になった。