high-five08
10月の第3回定期考査初日が終了した。
J2ゾンネンプリンツのホームスタジアム、
ゾンネンシュターディオン逢瀬のラウンジで、
夕方まで一緒に勉強してから、
晴貴と林檎が入ったファストフード店。
二高と工業の近くなので下校途中の高校生で繁盛している。
林檎はじっとチーズバーガーを見つめていた。
お腹は空いている。
でも、これって初めてのデート?
ハンバーガーって、どうやって食べるんだっけ。
男の人の目の前で大口を開けてかぶりつくなんて、
恥ずかしくて出来ないわ。
どうしよう、どうしよう。
周囲から注目され、笑われているような錯覚に陥る。
林檎が固まっていると、
「ちょっと知り合いが」と言って晴貴が席を外した。
相手が誰かなど気にもならなかった。
とにかく晴貴がいないうちにと、
ポテトをおちょぼ口に詰め込んだ。
しばらくして晴貴がポテトのLとシェイクを手に戻ってきた。
「海藻バーガーはなかったが、これなら食べられるだろう。
チーズバーガーは貰うぞ」
「な、何よ、これくらい……」
「最初は緊張するよ、俺もだ。
そのうち自然に振る舞えるさ。
ハル姉ェみたいにガッつかれても困るし……」
「失礼ね、ヒトを化け物みたいに言って……」
仕切りの向こう側。
変装して様子を窺っていた遥香が、
ハンバーガーを頬張りながら怒りを露わにする。
「シ~ィ、気付かれたらどうする。
だが、あれ以上、接近したら強制介入するぞ」
くわえたストローを噛み潰した葡萄お兄様まで一緒だ。
5組の五人娘は、昼からずっと居座って勉強していた。
「あれって、相賀君と伊師さんだよね」
「やっぱり付き合っているんだ」
「でも後ろで帽子かぶってサングラスしているのは成沢さん」
「それと『武道』お兄様だよね」
「違うよ『武道』じゃなくて『葡萄』だよ」
「『アルテマルシアル』じゃなくて『ウーヴァ』」
「ダブルデートかな」
「試験期間中なのに?」
「いいな~、羨まし~ぃ」
「私も彼氏欲しいな~」
「抜け駆けは許さないぞ~」
「そうだ、そうだ~」
「一蓮托生だ~!」
「一円タクシーだ~?」
放課後のファストフード店は、今日もかまびすしい。
年に5回行われる定期考査の3回目が終了。
伊立第一高等学校の朝。
生徒たちが続々と登校してくる。
「相賀君来たよ!」
体育館との連絡通路で待機する第一斥候部隊・長島依子から短い通話。
「了解。本部まで撤収せよ」
「こちら昇降口。ターゲットを確認」
第二斥候部隊・西津悠から短い通話。
「了解。先回りして本部まで撤収せよ」
「西階段踊り場。ターゲットを確認」
第三斥候部隊・沼尾柚亜から短い通話。
「了解。至急本部まで撤収せよ」
本部である1年5組の教室で根岸桜芽が指示を出す。
横で野村寿里が心配顔。
続々と長島・西津・沼尾の三人が帰還した。
ミッションをこなし全員でハイタッチを交わす。
「リオ、いよいよだよ」
根岸が野村に声を掛ける。
中学生の時に南米から帰国した野村寿里は、
その出身地から「リオ」と呼ばれていた。
日常生活の日本語には不自由していなかったが、
咄嗟の時にはついポルトガル語が出てしまう。
生活習慣の違いや、日本語の勘違いから時折、
想像もできないボケをぶちかます。
本人は至って真面目なのが輪を掛けて面白がられた。
すぐにクラスでも人気者になり、
特にコスプレ四人衆とは意気投合して徒党を組んでいる。
「オハヨウ」
晴貴が教室に入ると異様な空気を察知した。
これは何かおかしい。
母さん軍団に囲まれて育った独特の「勘」が警戒を呼び掛ける。
心配顔の多賀冬海。
ニヤニヤ笑いの小木津亜弥。
口火を切ったのは根岸桜芽だった。
「相賀君おはよう。ちょっと良いかな」
教室の後方に晴貴の机が移されていた。
もうひとつの机と並べられている。
さしずめカップルシートだ。
不安そうな面持ちで野村寿里が既に腰掛けている。
長島依子が命令口調で机を指差す。
「ここに座りなさい」
西津悠が有無を言わさぬ調子で通告した。
「リオが相賀君に話があるんだって」
沼尾柚亜がにっこり笑って言い放った。
「まさか断ったりしないよね」
モジモジしながら野村寿里が手招きする。
「あの、相賀君、お話しがしたいのですが……」
晴貴は覚悟を決めて、リオの隣に座る。
「相賀君、あのね……」
「林檎おはよう! 面白いものが見られるよ」
小木津亜弥がワザとらしく大声で叫んだ。
絶妙のタイミングで林檎が登場し、いつもと違う光景に戸惑う。
四人衆が素早く動き、林檎に何か説明を始めた。
リオは笑顔で晴貴を覗き込む。
そして……ポルトガル語で話し始めた。
晴貴の返事も待たずに、一方的にまくしたてた。
最初は嬉しそうに、次に怒りながら、時に哀しみを滲ませ、
泣いたかと思うととても楽しそうに語りかける。
リオはポルトガル語に飢えていた。
日本での生活でストレスが溜まっていた。
相談を受けて対策を考えた一味が一計を案じた。
相賀はポルトガル語が分かりそうだから、はけ口に利用しよう。
この際だから、家族にも言えない事でも何でもしゃべっちゃえ。
どうせ細かい事までは理解しちゃいないさ。
説明を受けて事態を理解した林檎が小さく手を振る。
手を振り返そうとすると、
リオが晴貴の顔を両手で掴んで自分に向き直させた。
怒ったような顔が一転、笑顔になった。
「ハルキ、今日一日ヨロシクね」
満面の笑みで、そんな意味の事を言った。
勿論ポルトガル語で。
放課後。
スッキリした顔のリオが全身で伸びをする。
「ウ~ン! ハルキ~、今日はありがと~う!」
リオが日本語を取り戻した。
苦笑しながら林檎が尋ねる。
「相賀君、御苦労さま。どうだった?」
一日中ポルトガル語に付き合わされた晴貴が、げっそりした顔で応える。
「どうって、ネイティブなポルトガル語は、
ちんぷんかんぷん、だ」
「ちんぷんカナブン?」
リオが小首をかしげる。
「……ああ、珍文漢文!」
良く分かっていないが納得顔のリオ。
四人衆もリオをからかって戯れ始める。
「ハルキ~、またお願いね!」
五人娘が一斉に手を振って帰ってゆく。
ハラハラしながら成り行きを見守っていた多賀冬海も安心顔。
小木津亜弥はとっくに興味を失って既に退出。
「私たちも行こう」
林檎が促した。
林檎は部活の体育館へ、
晴貴はゾンネンシュターディオン逢瀬併設の練習場に向かう。
体育館までの短い距離だが並んで歩く。
晴貴は何故か心が安らいだ。
「相賀君って、優しいのね」
別れ際に林檎はそう言うと、晴貴の二の腕を思い切り抓った。
「イデッ!」
久しぶりに素気ない林檎がそこにいた。
振り向かずに体育館に吸い込まれて行った。
伊立北部シュトゥルムの独身寮。
食堂で西中郷素衣と高萩直がお茶を飲んでいた。
相手をしているのは寮の賄い担当、大増さんご夫婦。
自らが経営する中華料理店『大来軒』のランチと夜の営業の合間に、
寮の朝食と夕食の準備をしてくれる。
寮生が頼んでおけばお昼のお弁当も。
時々、西中郷と高萩の二人は大来軒に顔を出す。
そこの名物メニュー『焼肉どんぶり』が無性に食べたくなる。
現役時代から大好きだったその『どんぶり』は、
丼飯の上に大量のキャベツの千切り。
そこに生姜ベースの甘辛いタレで焼いた豚肉を乗せたものだ。
たっぷりかけられたタレとキャベツのシャキシャキ感が癖になる。
今日も、二人の休みが重なったことで、ランチを食べに来た。
その後、寮に差し入れる食材の買い出しを手伝って貰った。
「素衣お姉ちゃん、来ているの~!」
西中郷の愛車を見つけた遥香が食堂に飛び込んできた。
「直お姉ちゃんも、久しぶり~!」
遥香は二人とハイタッチ。
遅れて晴貴と、林檎がひょっこり顔を出す。
一瞬顔が曇る西中郷、構わず遥香が紹介する。
「晴貴のカノジョの伊師林檎よ。
一高の女子バレーボール部」
高萩が西中郷の様子を窺う。
お茶をゆっくり飲み干すと、西中郷は挑戦的に聞いた。
「あなたが林檎ちゃん?」
「はい!」
対する林檎は憧れの元日本代表に対して、
背筋をピンと伸ばし目を輝かせる。
「バレーボールの実力を見てあげるわ、
用意して外のコートに来なさい!」
「はい! ヨロシクお願いします!」
高萩も苦笑しながら晴貴に目配せして準備する。
ジャージに着替えた西中郷と高萩に対して、
林檎もジャージでコートの中央で身構える。
アパートの子供たちが集まってきた、その母親たちも。
遥美母さんがセッター役の高萩にボールをパスして、
上がったトスを西中郷が林檎へスパイク。
手加減はしない。
林檎は上手くレシーブできない。
最初は触るだけでも精一杯。
遥香はシーホークスのスパイクを受けていたじゃない、
私だって負けられないわ!
気がつくと遥香がセッター、
晴貴がレフトの位置に着いている。
「ちゃんと私の所へ返してね」
遥香の言葉に林檎は歯を食いしばる。
「結貴、ポリバケツに氷水を用意しておいて」
遥香が林檎の腕を心配して、結貴に命じた。
結貴はアパートの子供たちを集め、
各家庭の冷蔵庫から氷を半分貰ってくるように指示。
独身寮食堂から洗ったポリバケツを持ち出し、
台車に乗せると半分ほど水を汲み、氷を待つ。
子供たちが各部屋を回り続々と氷が集まるが、
誰かが気を利かせ、乳酸飲料の原液を差し入れた。
媛貴がヒシャクとコップを用意。
冷却用の氷水は、子供たちのおやつに変わってしまった。
肩で息をしながらも西中郷はスパイクを打ち続ける。
高萩が交替を申し出るが聞き入れない。
林檎のレシーブは上手く遥香の所まで届かない。
遥香は律儀にも一球ごとに指でサインを出す。
いつの間にか葡萄お兄様までライトの位置にいた。
何としてもレシーブを攻撃に繋げなければ……。
西中郷も限界寸前だった。
それでも意地でも打ち続ける。
何十本目か分からないスパイクが、
唸りをあげて林檎の前に。
林檎はつんのめりそうになりながらボールを捕らえた。
遥香が晴貴の方を向きながらバックトス。
ライトの葡萄お兄様が強烈なアタック。
しかし、西中郷と高萩に、
遥美母さんも加わった3枚ブロックに阻まれる。
ボールはふらふら林檎の横へ。
左腕一本でボールを掻きあげる。
遥香がボールを迎えに行き、素早いトス。
ボールの上がり際を晴貴がスパイク。
読んでいたようなしぶとい3枚ブロック。
林檎の目が霞む。
ボールはブロックアウト。
観衆からは拍手が沸いた。
「きょ、今日はこれくらいに……しましょう……」
息切れしながら西中郷。
林檎は晴貴とお兄様に手を取られ引き起こされる。
「あ、あの……」
遥香に支えられた林檎が西中郷達に挨拶する。
「……今日は本当にありがとうございました」
向日葵の咲いたような満面の笑みだった。
西中郷と高萩はなぜか驚いたような顔で応じた。
遥美母さんも楽しそうに頷く。
観衆の中から寮の賄いの大増ご夫婦が声をかける。
「寮のお風呂が沸いているわよ。
汗を流してきなさい」
「夕食もみんなで一緒に食べて行きなさい。
今日は伊立北部寮名物の、特製『焼肉どんぶり』にしよう」
子供たちが年に数回しか食べられない、
『焼肉どんぶり』に歓声を上げ、互いにハイタッチ。
葡萄・晴貴が子供たちを集めてバレーボールを始める。
母親たちは手分けして夕食の準備に取り掛かる。
タオルで汗を拭いながら西中郷が高萩に話しかける。
「直、気付いた? あの娘、笑うと貴美にそっくりよ」
「……って言うか、普段の様子が怒ったときの貴美にそっくり」
「貴美が怒ったことなんてあったかしら?」
「二人が生まれてすぐに、お祝いに行ったじゃない。
そこであなた何て言ったか覚えてないの?」
「エッ、何か言ったかしら」
「遥美の赤ちゃんと比べて貴美の赤ちゃんは小さい、小さいって。
あんまりしつこく言うものだから、貴美が泣き出して……」
「あぁ……、言ったかも」
「言ったのよ!
それで貴美は『いいもん、大きく育てるから』って。
しばらく口をきいてくれなかったでしょう」
「あちゃぁ~」
「その時のプリプリした顔が、あの娘の普段の表情そのもの。
……分かるのよ、晴貴には」
「それは強敵ね、でも私は負けないよ!」
「何言っているのよ、遥香の応援でしょう」
「うっさい。私だってまだまだ……」
「ハイハイ……。
どうでもいいけれど筋肉痛で泣かないでね、
後が面倒臭いんだから。
あなたのマニュアル車も、わたし運転したくないわよ……」
西中郷・高萩・林檎・遥香に、媛貴も加わり大浴場で汗を流す。
林檎の腕はビニール袋に入れた氷水で冷却。
日も暮れてバレーボールをしていた葡萄・晴貴たちも交替で入浴。
やがて、寮の食堂で全員揃って『焼肉どんぶり』に舌鼓を打った。
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イシブドウトナルサワハルカ、ツキアッテイル?
ダンチョウノオンナジャナカッタノ?
ノムラジュリッテ、コクゴガデキレバガクネンイチイ?
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