high-five06
6月の第4日曜日に、第36回伊立市パンポン大会が開かれた。
BKBの国分寺美香が「Z650」と「ZEPHYR」を引き連れて参加した。
BKBの番組中、みどりの日の卓球&パンポンDAYに参加した「ZEPHYR」から、伊立市に『パンポン』というローカル競技があると紹介された。
番組が参加を打診すると、主催団体は快諾した。
正直言って伸び悩むパンポン人気、こんなチャンスは二度とない。
パンポンは1920年代に伊立市の伊立製作所・手山工場で始まった。
テニスに似た競技で、平均台のような低い板を挟んで、
A4サイズくらいの板をラケットにしてゴムボールを打ち合う。
用具は廃材の再利用なので、準備が簡単で試合の回転も速い。
企業や学校の休み時間に、どこでも気軽に行えるので市内に広まった。
ルールはテニスよりも卓球寄り。
全国に散らばる伊立製作所の関連施設でも盛んに行われていた。
東京都出身の国分寺だが腕に覚えがあった。
父は伊立製作所の中央研究所に勤務している。
幼い頃からパンポンに親しんでいた超レア種。
それにバラキ県には会いたい人物がいる、
伊立市内の高校に通っているようだ。
バレーボールDAYに呼ばれた時にも、
観衆の中に見かけたような気がする。
大会当日、BKBの参加は告知が間に合わなかったが、
どこで知ったか大勢の観衆が集まった。
BKBにはエキシビジョンマッチが用意された。
国分寺と体育会系メンバーは個人戦にもエントリー。
既に申し込み締め切りは過ぎていたがそこは特例、どうにでもなる。
BKBの相手には同年代の高校生が掻き集められた。
市民に親しまれているとはいえ、
若い世代には敬遠されがちなマイナー競技。
昨年まで部活動を行っていた一高でも、今年から同好会に格下げ。
伊立製作所の職業訓練学校の一面を持つ、
技科高こと伊立高専には部活動があるがメンバーは全員男子、
色々な意味でBKBとは対戦させられない。
一高パンポン同好会の高尾直妃会長が即席チームの大将を務める。
エキシビジョンマッチは和気あいあいと進行した。
ゆるキャラの『パンポンくん』も大張りきり。
TV向きの珍プレーも続出、ただし……、
国分寺美香と高尾直妃の大将戦は別格だった。
激しいラリーの応酬が会場を沸かせる。
高尾は面食らう。
この娘は間違いなく経験者。でも意地でも負けられない。
国分寺は楽しかった。
この娘は結構できるじゃない。でも意地でも負けられない。
意地と意地とのぶつかり合いは国分寺に軍配が上がった。
高尾は同好会格下げにより、
パートナーが集まらず練習不足。
国分寺は久しぶりの実戦だったが、
トップアイドルの活動はアスリートの日常と変わりない。
全体としては素人集団のBKBだったが、
国分寺が一矢報いた結果となった。
BKBからは一般女子シングルスBのトーナメント戦にも6名が参加した。
「Z650」から国分寺と栃木。
「ZEPHYR」から横浜、土浦、折笠、山崎。
国分寺以外は全員、一回戦で敗退。
国分寺はファンの応援を受けて快進撃。
準々決勝で高尾と再戦。
今度は高尾が雪辱を果たした。
全力を出し切った高尾は準決勝で敗退。
第36回伊立市パンポン大会は例年にない盛り上がりを見せた。
BKBの乗ってきた観光バスには小木津亜弥が待機している。
国分寺のマネージャーが礼を尽くして呼び出した。
かつて国分寺と過ごした、子役時代の担当マネージャーだ。
成長した国民的アイドルとの再会は、正直気が進まないが、
世話になった手前、無下には断ることはできない。
国分寺がバスに戻ってきた。
亜弥の姿を認めると、黙ってハグしてきた。
お互い我儘放題の子役時代を思い出していた。
「亜弥、大変な時に力になれなくてゴメンネ」
「いいのよ、私は自分の判断で最終オーディションを辞退したの。
あの時はどうしても故郷を離れる事ができなかった」
「……」
「美香、あなたの活躍はいつも見ていたわ」
「……私は悔しいの。……亜弥なら最高のライバルになったのに」
「良く言うわね。……夢を叶えられるのは選ばれた一握りの人間だけよ」
「今からでも遅くないと思うのだけれど……」
「ムリ、ムリ。それに私は新しい夢を見つけたの」
「そう……。亜弥は昔から頑固者だったからね」
「美香は学校には行ってないの?」
「それこそムリ、ムリ。
それにBKBの一人ひとりはライバルだけど、
こうやって一緒に切磋琢磨していくのも良いものよ」
「勉強はいつでも、どこでもできるわよ」
「それは優等生の考えだわ。
それに私たちは『おバカ』も武器になるのよ」
「それこそ選ばれた一握りの特権」
二人は笑い合った。
美香が一つ年上だったが二人は親友同士だった。
会えなかった4年間のブランクは感じない。
観光バスは亜弥を乗せたまま伊立中央ICから北バラキICへ向かう。
北バラキ市で一緒に本物のどぶ汁をつつく。
子役時代の約束を果たす事が、亜弥の出した再会の条件だった。
BKBのメンバーもご相伴にあずかる。
マネージャーも最後に一度だけ復帰を打診した。
亜弥は丁重に断る。
でも今に見てらっしゃい、私は私の新しい夢を叶えてみせる。
美香もあれこれと詮索はしなかった。
お互いの人生を、お互いが尊重し合っている。
湿っぽい事もなく、二人は両手でハイタッチをして別れた。
一高の7月のクラスマッチはパンポン大会になった。
パンポン同好会には入会希望者が殺到している。
全校総会で「部」への復活が承認された。
秋にはBKBとの再戦も予定されている。
高尾直妃は燃えていた、国分寺美香とは決着をつけなければならない。
第36回伊立市パンポン大会直後の6月末。
一年生は親睦を図るためにピクニックに連れ出された。
松笠運動公園までバスで行く。
そこから約10キロをクラスごとに歩いて行く。
昼食を済ましてから今度は、来た道を松笠運動公園まで戻るが、
帰りは個人戦となる。
個人順位と完走率を得点に換算したクラスマッチとなる。
5組の5人娘は元気いっぱい。
「昼のピクニックって、氷戸一高のパクリじゃない」
「校長の出身校でしょう」
「夜じゃないだけまだマシ」
「でも今日は暑くなりそうだよ」
「ピクニック、エスタオッチモ!」
伊師林檎はお兄様からプレゼントされたスニーカーでご満悦。
多賀冬海は不安顔。
小木津亜弥はもっと不安顔。
松笠運動公園球技場をクラスごとに出発する。
約10キロの道程を約3時間かけて歩く。
協力を受けた県立氷戸農業高校と県立珂那高校の敷地内で昼食となった。
既に多賀冬海は限界寸前だった。
それでも完走を目指してリタイアはしない。
勝負に徹するクラスメイトの、荷物運びを買って出た。
午後は対抗戦となる。
一年生の総数約400人のうち男子約240人、女子約160人。
それぞれ上位50人に順位に応じたポイントが与えられる。
完走者にも1ポイントが与えられる。
つまり1位は51ポイント。2位は50ポイント。
50位以下完走者は1ポイント。
エントリー人数の違いは調整される。
時間制限はないが、救護車が巡回、
約2キロごとに給水所・救護所も完備。
県立珂那高校に集合して全クラスが横一線で一斉にスタート。
珂那高校の外周を回るうちに、
スタートダッシュに賭けたお調子者は淘汰される。
程良く競走組・ジョギング組・徒歩組・完走目的組に大別される。
遥香と晴貴は成り行き上、競走組に巻き込まれた。
所属する部活ごとに、上位5名の合計点での対抗戦も同時開催。
関校長の発案で今年から始まった『昼のピクニック』だったが、
ほとんどの体育会系部は初代王者を目指して一年生に気合を入れていた。
サッカー部では「相賀晴貴に負けるな」という課題まで与えられている。
晴貴には知らされてはいないが、骨本がすっぽんのように追随してくる。
他にもコバンザメが十数名、さすがにおかしいと気付く。
それなら良かろう、晴貴は本気で逃げた。
約10キロの道程は交通法規順守で何度か赤信号に捕まったが、
40分を僅かに切って松笠運動公園球技場にゴールした。
サッカー部の5人が最後までついてきた。
晴貴を振り切りラストスパートするが、追わずに行かせた。
骨本だけが変わらず晴貴に密着。
陸上部や卓球部の猛者たちに交じって9位入賞。
10位の骨本とハイタッチ、二人合わせて85ポイント。
サッカー部は5~8位、骨本と合わせて224ポイントで部対抗戦優勝。
ピクニック終了まで自由時間だが、もうやることはない。
骨本は芝生に引っくり返っている。
さあどうしよう。
スタート前の多賀冬海の不安顔と、荷物持ち志願が頭を過った。
思い出してしまえばやることは決まっている。
試しに骨本を誘ってみたが「勘弁してくれ」と合掌された。
晴貴は散歩でもするかのように、ゆっくり歩き出した。
今来たコースを逆戻り、最後尾まで行って完走のサポートに向かう。
すれ違う生徒達は皆不思議そうな顔。
同級生や顔見知りとはハイタッチ。
サポート役の教師達には「完走応援隊です」と報告。
引き返して数分で遥香と遭遇。
「こんなところで何しているの!」
遥香は両手をあげてハイタッチ、と見せかけドロップキックを放つ。
信頼されているのか、こちらが受けなければ怪我をしかねない捨て身の一発。
「何をするんだ!」
と言いながらもクッション役をしっかり務める晴貴。
「財布でも落としたのか?」
「しんがりまで行って、完走のサポートだ!」
「うわー、ご苦労なことを、私はご免だね」
と言いつつもハイタッチで別れる。
このまま行けば遥香も女子のベスト10入りは固い。
2キロごと4か所にある第4給水所に到着した。
ここでもサポート役の教師達に「完走応援隊です」と告げると、
最後尾は3キロ地点を通過したばかりと教えてくれた。
思ったよりスローペース。
しばらく行くと元気いっぱいの5人娘と遭遇。
いや、元気なのは長島と野村の二人だけ。
「オッチモ!オッチモ!」「オッチモ!オッチモ!」
妙な掛け声で盛り上がっている。
「オッチモ…、オッチモ…」
小声でついて行くのは根岸。
「…………」
グロッキー気味なのが西津と沼尾。
それでも5人仲良く、固まって歩いて行く。
第3給水所に着くまでには8割方の生徒とすれ違った。
関校長は自転車を持ち込み何往復もしているらしく、2度ほどすれ違った。
救護車もリタイア組を乗せてコース沿いを巡回中、
涼しい顔をして窓から小木津亜弥が手を振っていた。
関校長は第4給水所からゴールへ向かう途中、遥香と出会った。
「関校長、自転車貸して下さい!」
「あなたは1組の成沢遥香さん、ですよね。あの噂のツインズ。
完走したようですけれど、自転車を借りてどうするのかな?」
「あの、それは、その、つまり……」
「あなたも応援隊志願ですか。
弟の相賀晴貴君と同じように最後尾まで行くつもりだね。
でも、自転車を貸してしまったら私はどうすればいいのかな?」
関は笑って自転車を降りた。
「……少し一緒に歩きましょう」
遥香と並んで後方に向かい自転車を押す。
さすがに校長は、双子でも実の姉弟でもない事は知っていた
歩きながら晴貴とのエピソードなどを思いつくまま脈絡もなく話した。
関は聞き上手だった。
遥香も偽る必要がないのでいつにも増して饒舌になっていた。
「……そうですか、高体連は選手の重複登録を認めていなのですね。
それではバレーボール部に入っても試合には出られないですね」
「父たちが内緒で勝手に登録したのですよ、
酷いと思いませんか?」
「面会したときには本人の意思だと言っていましたが、
騙されてしまいましたね」
「父たちに会ったのですか」
「ええ、校長就任が決まってから、
それは沢山の人にお会いしました」
将来の話を振られると、
遥香は今まで誰にも話した事のない本音を漏らした。
「気象予報士ってちょっと、興味があります」
「気象予報士? それはいいですね。
あなたがお天気お姉さんなら人気が出そうだ」
「そうではないのです。まだうまく言えないのですが」
「……」
「校長は昔、伊立鉱山にもお勤めだったのですよね」
「はい。大学院を出て最初の勤め先です」
「小学生の時から『わが町の高い煙突』が愛読書でした」
有名作家が大煙突建設の経緯を描いた小説だ。
伊立鉱山と地元住人の関係を軸に、
地形や特有の気象条件が詳しく描かれている。
「それはそれは」
「伊立山林火災の時は伊立鉱山に居られましたか?
私が生まれるずっと前の話ですが」
「1991年ですね。
大煙突補強改修プロジェクトが始まった頃です」
「映像を見ると煙が空に垂れ込めて……。
映像はシビックセンターで見たのですけど。
写真はネットでも捜せばいくらでも出てきます。
それらを見て思ったんです。
これが逆転層なのかなって。
……大煙突ができる前の煙害って、
もしかするとあんな重厚な感じだったのかもと」
「ホウ、感心しました。良く勉強されていますね。
言われてみれば火災時の圧迫感、閉塞感は独特の、
得難い体験だったのかもしれません」
「だから今にして思うと怖いんです。
美島第一原発の事故で……。
小5の3月でした。
屋内退避命令が出た時はずっと家にいましたけれど。
気象条件によっては、放射性物質があんな具合に、
上空に垂れ込めていても不思議じゃなかったのかなって」
「……」
「屋内退避命令は2回目だったんですよ。
1回目は生まれたばかりで覚えていませんが……」
「1999年生まれですよね」
「9月30日です。
NCO臨界事故が起きた日の朝に、
私と晴貴が生まれました」
「そうでしたか」
「事故の形態が違いますから、
放射性物質が大量に放出されたとは思いませんが、
中性子線がまる一日、出続けたと聞いています。
事故発生から国の屋内退避命令が発せられるまで、
海東村は独自に判断していたのに、
なぜあんなに間隔があったのか……、
その間の中性子線はどうなっていたのかなって。
……それに、あの事故で2名の方が亡くなられました。
ご家族はどんな思いだったかと考えると……」
「驚きました。本当に良く勉強されているのですね。
それで気象予報士に興味をもたれたとは、恐れ入りました」
遥香は我に返った。
調子に乗って話し過ぎたようだ。
「あの、今の話は、その、なんと言うか……」
「分かりました。誰にも話しません。
それじゃあ、自転車を頼みますよ」
巡回中の救護車が近づいてきた。
関校長は手を挙げてマイクロバスを止める。
「私はここから、車で移動しますので、あとはヨロシク」
校長は疲れた、疲れたと言いながら救護車に乗り込む。
先客の小木津亜弥と一緒に、遥香に向かって手を振る。
遥香はぺこりと頭を下げて自転車にまたがり、最後尾を目指した。
晴貴は第2給水所で最後尾と遭遇した。
数人の完走目的組に交じって、5組の二人がいた。
多賀冬海が困惑顔、伊師林檎が座り込んでいる。
保健教諭がしきりに林檎にリタイアを進めている。
林檎は涙目で頑なに拒否、でも歩き出せない。
晴貴は林檎の真新しいスニーカーが目にとまった。
なだめすかしながら、
冬海をうまく使って林檎の靴と靴下を脱がせる。
見事に両足に豆が出来ていた。
しかも右足の豆は潰れている。
晴貴が林檎に断って手早くミネラルウォーターで洗浄。
保健教諭に安全ピンとライターを調達してもらい、準備は揃った。
しかし、他人の皮膚に穴を開けたり切開したりするのは医療行為。
林檎が自分でやらなければならない。
林檎は覚悟を決めたが、いざとなると手が震える。
冬海は顔をそむける。
晴貴が林檎の右手に自分の手を添えた。
「行くぞ、5、4、3、2、イ……」
お約束通り、ゼロを唱える前に熱した針で豆を潰した。
「バカ! バカ! バカ!」
林檎が空いた左手で晴貴をポカポカ殴る。
脱脂綿と絆創膏でクッションを作り患部を保護。
冬海が優しく丁寧に靴下と靴を履かせる。
いつの間にか自転車の遥香と、
救護車の関校長、小木津亜弥らが合流している。
亜弥が冬海の荷物を引き受けた。
「リタイアして失格だけど、ここから荷物を持って歩くわ」
遥香が景気付けに明るく言う。
「じゃあ、そろそろゴールを目指して行きましょう!」
林檎は恥ずかしいのか俯いたままだ。
「ほら、一緒に行くぞ」
そう言って晴貴は、林檎の手を半ば強引に取って立たせた。
初夏の日差しが眩しかった。
冬海に目配せして、しばらく三人で手をつないだまま歩いた。
「大丈夫そうだな、ゆっくり行こうぜ」
晴貴は林檎の手を離すと、前を歩く亜弥から荷物を取り上げた。
「お前も無理するな、本当は完走したかったんだろう」
「何よ、良い格好して」
晴貴は女性の多いコミュニティで育ったので知っていた、
女性が十数人いたら誰かしら調子が悪いものだと。
当初の予定をだいぶオーバーしたが、
17時までには完走者全員がゴールした。
最終的に競技中だったのは数人だったが、
しんがりは50人近くの集団になっていた。
5組の全員が、完走応援隊に加わっていた。
事情を知った骨本が呼びかけて、
5人娘が全員を説得したらしい。
待ち受ける担任の倉田は感激して泣いている。
すぐに各クラスの獲得ポイントが集計される。
1ポイント差で5組の優勝。
晴貴と骨本の85ポイントが称賛されたが、
それは違うと晴貴が言うと、骨本が続けた。
「優勝を決めたのは、
完走した多賀と伊師の2ポイントだ」
担任の倉田が満足そうにまとめる。
「ということは、誰か一人が欠けても、
優勝できなかったということだな」
良い事を言ったと鼻高々な担任は、
直前に校長に団結力を褒められていた。
帰りのバスは海東駅を経由して、まず列車組通学を降ろす。
6号国道を通り路線バスの停留所を利用して、希望する生徒を降ろして行く。
終点は伊立一高。途中で降りる生徒は車内の全員とハイタッチを交わした。
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パンポンダサイ、
マダヤッテルノ、
ショウガッコウデ、イヤイヤヤラサレタ、
タカオダサイ、
ピクニック、ピクニック、センセトイカナイピクニック、
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