high-five05
高校入学から約一カ月。
東日本大震災により耐震力ゼロと判定された伊立市の中央体育館が再建された。
「伊立さくらアリーナ」と命名され、GWにオープンイベントが行われる。
29日 昭和の日 (水)「バスケットボールDAY」
3日 憲法記念日(日)「柔道&剣道DAY」
4日 みどりの日(月)「卓球&パンポンDAY」
5日 こどもの日(火)「フットサルDAY」
6日 振替休日 (水)「社交ダンスDAY」
10日 次の日曜がやっと「バレーボールDAY」
これは第64回黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会の期日を避けたためだ。
各日、アイドルBKBグループ内のチームを招いて、ミニライブが催される。
バレーボールDAYは朝からエキシビジョンマッチが続く。
午前中は小学生とママさんバレー、中学生の試合。
昼からは高校生。
男子が一高vs工業、師恩vs西高、商業vs農業、賀多高vs技科高。
女子が二高vs女子高、一高vs師恩、商業vs農業、賀多高vs西高。
夕方から関東地域リーグの伊立北部シュトゥルムvs美島ドラング(招待)
Vチャレンジリーグ男子Ⅰの伊立コンクレントvsつくばねMtGAIA(招待)
Vプレミアリーグ女子の伊立シェーンハイトvs倉敷シーホークス(招待)
バレーボールDAYの前日。
前乗りした各チームの監督と、
練習会場を提供した高校バレーボール部顧問会が懇親会を開いた。
伊立シェーンハイトの監督・相賀勝善と、
伊立コンクレントの監督・成沢辰臣がホスト役だった。
懇親会冒頭に相賀と成沢が各招待チームの監督に頼みごとをした。
実は相賀には高校一年の息子が、成沢にも同い年の娘がいる。
相賀の息子は伊立北部シュトゥルムでは選手登録、
伊立コンクレントでは練習生としてコーチ登録してある。
成沢の娘は伊立シェーンハイトで同様にコーチ登録してある。
二人を1セット目の先発メンバーで使いたいので了解してほしい。
親善試合なので問題ないという好意的な回答だったが、理由を尋ねられた。
「身内とはいえそもそも二人の実力はどうなのか?」
「中学校では二人とも県大会準優勝の中心的メンバーだった。
高校生になったら生意気にもバレーボール部に入りたがらない。
業を煮やしてそれぞれコーチ登録して今日に至る。
これは荒療治だ」
「娘の方は中学最後の大会で自分の怪我がもとで、
チームメートとギクシャクしてしまった。
格闘技にはまっているようだ本格的にやろうとはしていない。
いまから必死でバレーボールの練習をすれば、
何とか一人前に育つかもしれない。
大成しなくても健康で、丈夫な孫を産んでくれればそれで良い」
「息子の方は最近身長も180センチを超え、伸び盛り。
ただサッカーにうつつを抜かし、
J2のユースチームでちやほやされて自惚れている。
イタリアのセリエAに行くと世迷い言を抜かしている」
「それはいけませんな」
「バレーボール界の人材を、みすみすサッカーに渡すことはない」
「手加減すればよいのですね」
「逆です。徹底的に叩きのめしてください」
「ほほう、さすが策士と呼ばれるお方だ」
「若い芽を摘むのには反対です、セリエA良いじゃないですか、
行ってもらいましょう……カルチョではなくバリボーで」
高校顧問会の監督たちは安堵した。
二人が一高のバレーボール部で試合に出るのを密かに警戒していたのだが、
高体連は他のカテゴリーとの重複登録を認めていない。
一高の顧問だけが残念そうだった。
その夜、大人たちは悪巧みを肴にして杯を重ねた。
くわだての決行は入念に行われた。
母さん軍団が全面協力した。
往年の名プレーヤーということで試合も行う。
前日夜に伊立北部シュトゥルムの独身寮食堂で食事会が催された。
軍団が伊立に集まった時の定例行事だ。
遥香たちの卒業式・入学式の写真で盛り上がった。
サプライズとして、伊立シェーンハイトのユニフォームが遥香に、
伊立コンクレントのユニフォームが晴貴に贈られた。
背番号はどちらも0番。
ブレザーの贈呈を受けていたので違和感はなかったが、
ここにきて後出しの交換条件が示された。
伊立さくらアリーナのオープンイベント、
バレーボールDAYでそれを着て、
試合のエスコートガール&ボーイをすること。
これは悪巧みの第一段階に過ぎない。
二人は抗議するも「既に報酬のブレザーは受け取っているはず」
と取り合ってくれない。
さらに晴貴には「伊立北部シュトゥルムで選手登録してある」と、
事実の一部だけを告げた上で、先発出場を厳命、
そのユニフォームも渡された。
晴貴への無理難題に、面白がって遥香が乗っかったために、
エスコートの方は自然承認になった。
もちろん、エスコートだけで済むはずはない。
当日はスポーツキャスターの西中郷素衣と高萩直が、
撮影スタッフを引き連れて朝から取材に来ていた。
当然くわだての仕掛け人でもある。
遥香と晴貴は朝からエンブレムの付いたブレザー姿で取材を受けた。
たくらみに気付かれないように差し障りのない内容だった。
伊立北部シュトゥルムでは今でも時々練習を手伝っている。
伊立シェーンハイトや伊立コンクレントのメンバーとも、
顔見知りが多いので、絡みも自然だった。
もちろん関係チームの全員もドッキリは承知している。
スケジュールは順調に進み、
高校生のエキシビジョンマッチが終わった。
ユニフォーム姿の遥香と晴貴がプラカードを持って、
残り3試合の告知をする。
場内アナウンスが伝える。
「エスコートは伊立一高一年生の成沢遥香さんと相賀晴貴くんです。
相賀君は次に登場する伊立北部シュトゥルムの登録選手です。
ご声援をお願いします」
母さん軍団が歓声を上げる。
会場にいた高校生たちが色めき立つ
「あの相賀晴貴は一高で選手登録できない」
伊師葡萄と林檎は憮然としていた。
監督に事情を聴くと「自分も昨日の晩に初めて聞いた。
どうやら本人達にも知らされていなかったようだ」と歯切れが悪い。
「成沢遥香はどうなのか」という問いに対しても苦笑いするばかりだ。
関東地域リーグの伊立北部シュトゥルムと、
隣県から招待された美島ドラングの試合。
晴貴はウイングスパイカーとして出場した。
中学時代も一緒に練習していたので、
コンビネーションに問題はなかったが、
結果は良くも悪くもない。
何本かスパイクを決めたがそれだけ。
さすがに練習せずに通用するほど甘くはない。
最初のセットだけでベンチに戻った。
晴貴の受難は続く。
再び遥香と一緒にプラカードを持って残り2試合の告知をすると……。
場内アナウンスが伝える。
「エスコートは伊立一高一年生の成沢遥香さんと相賀晴貴くんです。
相賀君は次に登場する伊立コンクレントの練習生でもあります。
エキシビジョンマッチにつき、引き続き出場予定です。
ご声援をお願いします」
母さん軍団が再び歓声を上げる。
遥香が指差して爆笑する。
だが、アナウンスは続く。
「……成沢遥香さんは伊立シェーンハイトの練習生です。
最終試合に出場予定ですのでお楽しみに。
ご声援を宜しくお願いいたします」
今度は晴貴が指差して爆笑する。
もうどうでもいいや、一緒に恥をかこう。
母さん軍団は大喜び。
伊立コンクレントと招待チームつくばねMtGAIAの試合が始まる。
晴貴はここでもウイングスパイカーとして出場したが、
顔見知りとはいえコンビネーションは問題だらけ。
それでも次々に晴貴の元にトスが上がった。
地獄のような1セットだった。
晴貴のスパイクはことごとくブロックされた。
母さん軍団からは悲鳴が上がる。
リポーターの西中郷素衣が我を忘れて熱くなっていた。
晴貴の不甲斐ない姿に地団駄を踏む。
コンビネーションの乱れに叱咤の声を浴びせた。
審判員から注意を受ける。
罵詈雑言に変わったところで、撮影スタッフに羽交い締めにされ退場。
何の見せ場もないが、成沢監督は交代させるそぶりも見せない。
しまいには晴貴にトスが上がるたび溜息が会場を覆う。
予定通り1セットでベンチに下がったが、
頭からタオルをかぶり動けない。
頭に血がのぼったのは西中郷だけではなかった。
最初は出場に難色を示していた遥香は、晴貴への仕打ちに激怒した。
自分の事情などどうでも良くなった。
試合が終わると自分の父である伊立コンクレントの監督に喰ってかかった。
興奮が収まらないうちに最終試合の開始時刻。
シェーンハイトのお姉さんたちに強引に導かれ、
遥香はリベロとしてコートに立つ。
試合が始まるとシーホークスのスパイクをガンガン拾いまくった。
中学時代は特訓と称して西中郷や高萩のスパイクを受けさせられた。
現役をとっくに引退したとは言え、
元日本代表のスパイクは強烈だった。
コースをずらすような手加減もあったが、
本気のスパイクを肌で感じてきた。
相手チームは打ち合わせ通り、穴として完全に狙ってくる。
遥香がレシーブする度に会場が湧いた。
母さん軍団は小躍り。
観客席の伊師兄妹も目を見張る。
……そして30分後。
遥香は控室で横になっていた。
スパイクを受け続けた腕は真っ赤に腫れあがり氷嚢で冷却中。
スタミナと同時にアドレナリン分泌も切れ、完全に動きが止まった。
怒りは影を潜め、汗がダラダラ、顔面蒼白、目も回る。
集中攻撃は止まず、遂にはひっくり返ったまま起き上がれない。
コート外に引きずりだされてお役御免となった。
控室では西中郷素衣が付き添っている。
自分の娘のようで愛おしくて仕方がない。
「リベンジしなきゃ……」
遥香は弱々しく呟いた。
自分の事ではない、何としても晴貴のリベンジを果たさなければ。
「あの……」
10人の女子高校生が控室を訪ねてきた。
遥香の中学時代のチームメートだった。
それぞれの高校に進学した彼女たちは、
今日、さくらアリーナで再会していた。
中学時代の遥香はバレーボール部の副キャプテンでセッターだった。
中学校最後の県大会、準々決勝の試合中。
遥香は右足を接地した瞬間にひざが内に入り、前十字じん帯を痛めた。
その試合中はごまかしたが、晴貴には気付かれた。
帰宅してから、医師の診察を勧められたが遥香は首を横に振った。
「そうか」と言って晴貴はどこかへ消える。
告げ口を覚悟したが、
戻ってきた晴貴はひざ用のサポーターを手にしていた。
じん帯の動きをサポートするものだ。
隣の独身寮で調達してきたらしい。
「素人判断だが医者へ行かないのならこれを使え。
どうせ言うことは聞かないのだろう、これがギリギリの妥協だ」
「晴貴も共犯だよ」
「ばれたら一緒に叱られよう」
翌日、晴貴も遥香と同じ右ひざにサポーターを装着。
試合前にお互いに相手のサポーターに「必勝」と書いた。
双子の麗しいゲン担ぎ、傍からはそう見えた。
遥香は精彩を欠いたものの準決勝を勝ち進み、決勝では惜敗。
晴貴の男子チームも準優勝。
しかし試合後、遥香は吊し上げを受けた。
「どうして怪我を黙っていたの」
「全然動けていなかったじゃない」
「控え選手をバカにしているの」
「プロ監督の娘だからっていい気にならないで」
「あなたじゃなければ優勝できたかも」
泣きながら詫びるしかなかった。
帰り道では、完全に無視されていた。
晴貴だけが黙って寄り添っていた。
そのまま晴貴が付き添って整形外科医院に向かった。
怪我は軽傷だが安静にしてなかったため、
完治までは数カ月と脅された。
帰宅すると残念会が独身寮の食堂で用意されていた。
当然ママ軍団も集まっている。
怪我を隠していたことを叱られた。
そこにいる大人達は全員が何となく真相を理解してはいたが、
キッチリ釘をささなければならない案件だった。
晴貴が床に正座させられた、怪我人の遥香は免除。
遥香が「私の我儘で晴貴は関係ない」と主張したが、
晴貴は一言も弁解しない。
「どうして黙っていたの」
「無理させていいわけないじゃない」
「偽装工作までして悪質よ」
「そんなことも分からないのか」
「重症化したら取り返しがつかないぞ」
一方的に責め立てられるが晴貴はひたすら耐えるのみ。
遥香は「私の将来なんてどうでもいい」
と泣きながら抗議するが認められない。
晴貴だって充分過ぎるほど解っていた。
間違った判断であることは明白だが、
ただ一人、遥香の気持ちを尊重した結果だった。
それ故に、罰は甘んじて受けた。
西中郷は仕事の都合で応援に行けなかったが、高萩から話を聞いていた。
晴貴だけが幼馴染の誤った選択に敢えて寄り添ったことを。
遥香がチームメートとは何となく疎遠となったことを。
「遥香、大丈夫……」
最初に声を掛けたのは中学時代のキャプテンだった。
二高に進学したアタッカーで、今日も一年生ながら交替で出場していた。
吊し上げには関わっていなかったが、止めもしなかった。
「格好良かったわよ。
バレーボールやめちゃったのかなって心配だったんだけど。
安心した、元気そうで」
「元気過ぎて、あんなの無茶だよ」
「腕、痛む? 腫れちゃっているね」
「す、凄いねシェーンハイトの練習生なんて……」
「ほら、遥香、何か言いなさい」
西中郷が促した。
その時初めてチームメート達は元日本代表の存在に気付いた。
「みんな、心配してくれてありがとう。
何だか、嬉しい……」
遥香が恥ずかしがって横を向く。
西中郷がタオルを遥香の顔の上にポンと投げた。
「みんなありがとうね」
そう言いながら西中郷が「察してね」とばかりにウインクをして退出を促す。
憧れの元日本代表と握手しながらも、
彼女たちは思い思いに遥香に声を掛けた。
「どうだ、遥香、色々あってもチームメートって良いものだろう?
……忘れ物はきっと取り戻せるさ」
誰よりも説得力のある言葉だった。
遥香はしばらく返事ができなかった。
「そうよ、リベンジよ!」
声と一緒に勢いを取り戻した遥香は飛び起きた。
親善試合はまだ終わっていない、好試合となり盛り上がっている。
試合後にはBKBグループ内の、チームZ650のミニライブが開催される。
直近のBKB総選挙で二連覇した国分寺美香が中心のエース級チームだ。
メンバーは国分寺に高崎、笠戸、戸塚、茂原、甲府、栃木の7名。
最後の曲で会場に集まった小学生以下の子供たちが一緒に踊る。
昨年国分寺が総選挙で一位になって初めてセンターを務め大ヒットした曲。
ノリの良い楽曲で、踊ってみましたという画像がネットにあふれている。
その子供たちの先導役を遥香と晴貴が仰せつかっていた。
ライブ終了と同時にアイドルを無事にマイクロバスまで導く役割も兼ねる。
「ねえ、素衣姉さん、ちょっと手伝ってほしい事があるんだけれど」
二人は悪い顔でヒソヒソと言葉を交わす。
ちなみに晴貴はまだ廊下でタオルを被ったまま立ち直れていない。
親善試合はフルセットにもつれた上で伊立シェーンハイトの勝利で終わった。
伊立さくらアリーナのオープンイベントは各日ミニライブで締めくくられる。
初日はBKB傘下のチーム「Z1」次は「Z2」「ZEPHYR」「LIME GREEN」「GREEN MONSTER」と日替わりでチームが招かれ、
最終日の今日はいよいよ真打とも言える「Z650」が登場した。
MCを挟みながら4曲披露され、いよいよ最後の曲が紹介された。
晴貴が聞いていたのは、子供たちをステージ前に先導。
曲が始まったらステージ横に身を低くして待機。
曲が終われば子供たちと一緒にBKBメンバーをステージから連れ出す。
その一連の手順だけだった。
アナウンスは西中郷の声だった。
「それでは観衆の皆さんも、子供たちと一緒にその場で踊って下さい。
なお、J2ゾンネンプリンツ・ユースの相賀晴貴君が、
曲に合わせてリフティングを披露します」
遥香がサッカーボールを晴貴に投げ渡した。
晴貴は咄嗟に胸でトラップ。
訳が分からないままリフティングを始める。
この曲に合わせてのリフティングは遊びで何度も試している。
今日は嵌められっぱなしだ、でもやるしかない。
遥香は楽しくなってきて子供たちと一緒に踊り出した。
晴貴も何とかリフティングをこなしているようだ。
つい悪戯心が頭をもたげた。
徐々に晴貴に近付き、隙を窺う。
晴貴も危険を察知した。
リズムに合わせて遥香が晴貴の妨害を試みる。
見え見えなのでサッとかわす。
滑稽な追いかけっこになった。
国分寺美香は思わず噴き出しそうになりながら必死で耐えた。
今はライブ中でダンスメインの「曲」が流れている。
「伴奏」ならアクシデントが起きても、
「美味しい」結果につながることが多いが、
「曲」の間のアクシデントは出来るだけ避けなければならない。
ライブでの口パクのような分かり切った事を、
いまさら誰も問題にはしないだろうが、
アイドル自らがそれを破るわけにはいかない。
お約束を様式美にまで高めるのが、
現代アイドルの手法の一つだと叩きこまれていた。
しかしメンバーは笑いを堪え切れていない、これはまずい。
自由人の高崎は既に爆笑状態。
美香は咄嗟に遥香の手を掴んだ。
遥香が振り返るとそこには美香の笑顔。
ただし目は笑っていない、殺気を含んでいる。
美香により遥香はステージ中央に引きずり込まれた。
ここで踊れ、余計なことはするな。
言外のプレッシャーに包まれた。
観衆には全てが計算されたステージ見え、最高潮に盛り上がった。
大歓声の中、曲が終わると手筈通りに子供たちが退場する。
頭の上でポンポンを振りまわす子供たちを遥香と晴貴が導く。
身を低くしたBKBメンバーもそれに紛れて退散する。
晴貴の目の前で男の子が転んだ、
咄嗟に右手を取って助け起こす。
意外にも軽く起き上がった、
同じように左手を誰かが掴んで助け起こしている。
国分寺美香だった。
そのまま男の子をブランコ状態で廊下を駆ける。
廊下の分岐点。
ここで子供たちは右へ、BKBは左の非常口へ向かい、
マイクロバスに乗り込む。
一瞬、BKB、子供たち、関係者、遥香と晴貴がその場で混乱した。
晴貴は遥香の手を取って右に折れる。
違和感に振り返ると遥香ではなかった。
BKBのお笑い担当・高崎が手を引かれ嬉しそう。
すぐに逆方向へ踵を返した。
非常口を飛び出すと、既にファンが集まり始めている。
急いでマイクロバスに高崎を押し込む。
晴貴の背中でバスの扉が閉じた。
「早く座って、シートベルト!」
誰かの叫び声に晴貴と高崎はシートに並んでベルトを締める。
マイクロバスは急発進し、伊立さくらアリーナを後にする。
伊立南多田ICに向かうと見せかけて、
途中で伊立中央ICへ方向転換する。
晴貴が我に返ると、運転手を除く車中の全員から白い目で見られている。
隣の席の高崎は何故か恥ずかしげに頬を染めている。
「VリーグとJ2の掛け持ちなんてス・テ・キ……」
「あなた何様のつもりよ」
前の席の国分寺が振り向いて、蓄積した怒りを爆発させた。
「あなたには女難の相が出ているわ」
後ろの席のBKBの占い担当・笠戸が静かに告げた。
「済みません。降ろしてください」
晴貴は小さくなって懇願した。
「高速に乗るまでは駄目だ」
運転手が非情に告げた。
結局、晴貴は海東SAで解放された。
着の身着のまま無一文の晴貴に、
高崎が小銭をそっと手渡してくれた。
連絡を受けた西中郷と高萩が迎えに行くまで、
独り寂しく待つしかない。
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ハルカムカツク、
ハルキッテミツマタ、
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