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HIGH FIVE  作者: 栄津鞆音
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high-five04


 高校生活3日目、遥香は立ちはだかる敵を次々に打ち負かした。

 前日、教室で晴貴を投げ飛ばしたことが大袈裟に伝わっていた。

 格闘技系の部が勧誘に動いた。

 最初は柔道部主将だった。

 前日のオリエンテーションでの失態を挽回しようと鼻息が荒かった。


「成沢君、柔道部に入ってくれ」

「嫌です」

「ならば是非お手合わせを」

「嫌ですわ、殿方と組み合うなんて……」

「いや、その、そう言うことではなくて……」

 慣れぬ女子との会話に焦る主将に、遥香は密着した。

「まあ、殿方の胸板って分厚いのね……」

 照れる主将は、簡単に締め落とされた。


 次はレスリング部。

 柔道部の失敗を教訓にした。

 遥香と間合いを取り、5人で取り囲んだ。

「ぜひ我が部の練習に来てくれ」

 レスリングのコスチュームを手渡す。

 遥香はその場で大きく広げた。

「キャー、変態、イヤラシイ~」

 遥香はコスチュームを投げつけて突破。


 空手部はいきなり襲いかかってきた。

 正拳突きは寸止めだったが遥香は大袈裟に倒れた。

「助けて下さい、痴漢です!」

 怯んだ所を足払い。

 倒れた顔面の横ギリギリにかかと落としで勝負あり。


 たまたま居合わせた朝練終わりの剣道部員は、

 訳も分からず投げ飛ばされた。

 相撲同好会は、様子を見て諦める。

 弓道部と長刀同好会の女子も完全に怯んでしまった。

 遥香の最強伝説ここに誕生。



 晴貴にはサッカー部に入部した同級生の骨本を通じて確認があった。

 骨本とは賀多小サッカー少年団からの知り合いだ。

 同じく賀多小サッカー少年団の仲間で、五年生の時に珂那湊に引っ越ししてしまった奉行十三がわざわざ伊立一高に入学し、サッカー部に入部したと教えられた。

「また一緒にやりたいけれど、J2ゾンネンプリンツで選手登録している」

 それっきりサッカー部からの勧誘が来る事はなかった。



 バレーボール部からの勧誘は正攻法だった。

 入学4日目。

 遥香と晴貴を昇降口で待ち構える二人がいた。

 長身でハンサム好男子の伊師葡萄と、小柄な妹の林檎。

「相賀晴貴だな」

「はい」

「成沢遥香さんね」

「何か用かしら?」

 前日の事もあり遥香が身構え、林檎は緊張。

 遥香が林檎を投げ飛ばしてしまわないように晴貴が前に出た。


「俺は男子バレーボール部の二年生、伊師葡萄だ」

「私は葡萄お兄様の妹で女子バレーボール部一年生の伊師林檎」

「おはようございます。バレーボール部の勧誘ですか?」

「話が早いな。そういうことだ……」

 遥香が構えを解く。

 林檎は尚も警戒してお兄様の後ろに下がる。


「中学校では活躍していたそうじゃないか」

「それほどでもないですよ」

「あなたの怪我はもう治ったのでしょう?」

「良く知っているわね、お気遣いありがとう」


「J2にはまだ所属しているのか」

「はい、引き続きプレーしています」

「同じセッターだけれど、負けないわよ!」

「あなた勧誘しに来たのよね?」


「週の半分でも練習に参加してみてはくれないか」

「そう上手く行くでしょうか」

「運動怠けているんじゃないの、お腹プニプニ?」

「失礼ね、腹筋バキバキよ!」


「サッカーの練習は週にどのくらい?」

「試合がない時は2、3日ですが、試合があれば週末は潰れます」

「格闘技が得意だそうだけど、バレーボールで役に立つのかしら?」

「あなた喧嘩売っているでしょう!」


「中学生の時は両立していたんだよな」

「まあ、レベルがそれなりですから……」

「まあ怖い、腕力に訴えるなんて、野蛮ね」

「何なのよ、あなたの妹は!」


「ちょっと、気安くお兄様に話しかけないでよ」

「済まんが林檎、少し黙っていてくれないか」

「お兄様こそうるさい!」

「林檎……。そんな言い方をしてはいけません」

「……ごめんなさい、お兄様」

「やーい、やーい、怒られた~。

 仲がお宜しくて結構でございますわね」

 遥香の皮肉に、兄にしがみついたままの林檎は頬を膨らます。


 とりあえず葡萄がその場の幕引きを図った。

「まあ、今回はご挨拶ということで、いろいろ事情はあるだろうから。

 だが、お前と一緒にバレーボールがしたい、と俺は思っている」

 一瞬、林檎の目に嫉妬の色が浮かんだ。

「分かりました、また……」

 そう言って晴貴が差し上げた右手に葡萄がハイタッチで応じる。

「行きましょう、お姉さま」

 晴貴が促すと、遥香が林檎に向けてアカンベエをした。


 廊下でもう一人待ち構えている人物がいた。

「あ、おはようございます、陸上部です。

 相賀君、成沢さん。陸上競技はどうですか?

 知っていますよ、さくらロードレースに出ていたでしょう。

 昨年は二人ともベストテンなんて凄い。

 何か部活は決まりましたか?

 J2?

 練習は毎日なのですか?

 週に一回で構いません。

 正しい走行フォームを身につければ相乗効果が期待できます。

 懇切丁寧にご指導します。

 校長も言っている通り、バランス良く身体を鍛えるべきです。

 やっていくうちに適性も分かりますから。

 難しく考える事はありません。

 トレーニングの一環に陸上競技は最適です。

 そう言わずにご検討願います。

 ええ、待っていますから。

 軽い気持ちで、いつでも参加して下さい。

 それじゃ、お話を聞いてくれてありがとう……」

 陸上部の部長はあくまでポジティブ。

 新校長の方針は絶好の追い風だった。

「相賀晴貴と成沢遥香、バネはありそうだな。

 逃げ足も速そうだし、短距離向きかな……」


 葡萄は二年生の教室へ、遥香は1組へ、

 晴貴と林檎は階段で5組へ向かう。

「ついてこないでよ」

「同じ教室だろう」

「ストーカー?」

「だから席だって前後じゃないか」

「無駄に背が高いから黒板が見えにくい」

「変わってやろうか」

「後ろに回って何するつもり、イヤラシイ」


「考え過ぎだぞ、大体だな……。

 失礼」

 階段の踊り場で、ふざけ合った男子生徒が駆け下りて来た。

 晴貴が林檎の腕を引き寄せ衝突を回避した。

「ありがとう。

 ……『大体だな』って言ったわよね。

 それって相手を非難する時に使う枕詞よ」

「理屈っぽい女だな」

「細かい男ね」


 晴貴が教室の扉を開けて林檎を導く。

「ありがとう」

「とんでもない」

 お互い自分の机にカバンを置く。

 晴貴が手を伸ばして林檎の椅子を引いた。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 二人とも椅子に腰掛け、カバンを机の横に下げる。


 晴貴が後ろの席の林檎を振り向いた。

「バレーボール部の事は二人とも考えておく」

「あのバカ女は好きじゃないわ」

「バカだけど悪い人間じゃないよ」

「双子だからって庇うことはないのよ」

「『武道』先輩とは本当に兄妹仲が良いんだな」

「『武道』じゃないわ『葡萄』よ」

「母親は『蜜柑』だったりして」

「どうして分かるの!」

「お前の家はフルーツパーラーか?」

「私のお父様はお医者様よ」

「伊師医師ってか」

「あなたなんかより、お兄様の方が、断然ステキなんだから」

「何を言っているんだ?」

 傍目には仲良く語らいながらのご登校に見えた。


 授業中、林檎はお兄様の言葉が気になって仕方なかった。

『お前と一緒にバレーボールがしたい』

 お兄様がそんなこと言うなんて、一体こいつは何者なのよ。

 晴貴の背中を睨みつける。

 こいつは姉の女性用下着を身につけるようなド変態……。

 まさか! 林檎はゾッとした。

 ダメ、ダメ、証拠もないのに決め付けちゃダメ。

 でも、本当にそうだとしたら……。

 お兄様に言い寄る奴は、どんな女でも許さない。男なら尚更よ!

 とにかく慎重に見極めなければ……。


 1限目が終わった休み時間。

 林檎が晴貴に話しかける。

「ねぇ、ねぇ、相賀君、クラスのみんなで親睦を深めるために、

 アンケートを考えているのだけれど、協力してくれないかな?」

「何をすればいいんだ」

「質問項目を考えているの、仮の質問だけど答えてみてよ」

「ほいほい」

「第1問、ビールとワインで好きな方は?」

「俺たち高校生だぞ、お酒はまずくないか」

「じゃあ、麦茶とぶどうジュースでは?」

「……ぶどうジュース」

「え、ぶどうが嫌いなの?」

「いや、ぶどうが好きだ」

 林檎はいそいそとメモを取る。


 次の休み時間。

「相賀君、2問目よ」

「一時間で1問か?」

「考えながらやっているのよ。

 給食で好きだったのはどちら?

 ぶどうパンのレーズンと酢豚のパイナップル」

「……どちらかと言えばレーズンかなぁ」


 さらに次の休み時間。

「習い事をするならどちら? 日本舞踊と武道」

「習うなら、武道だろう」


 昼休み。

「資産形成で確実なのは? 動産と不動産。

 おとぎ話で行ってみたい所は? 鬼の宴会とお城の舞踏会。

 有名なのは? 不動明王と金剛夜叉明王」

「いい加減、お弁当を食べてもいいかな?」

「いいわよ、一緒に食べましょう」

 林檎はさっと机を並べて小振りのお弁当箱を取り出した。

 教室内がささめく。

「みんなも、親睦を深めるために知らない人同士でこうしたら?」

 林檎の提案に5組の女子が面白がって応じて、男子が巻き込まれた。


 弁当箱を開けると林檎が覗き込んできた。

「バカ女も同じもの?」

「そりゃあ、遥美母さんが作ってくれたから」

「フルーツはないの?」

「バナナがあったが食べてしまった」

「お弁当に持ってくるとしたら? ドリアンとブドウ」

「そりゃあ、ブドウだろう」

「本当にブドウが好きなのね」

 変な女だ。


 林檎のお弁当は海苔で巻いた小振りの俵型お結びが二つ。

 一つはワカメご飯、もう一つはヒジキの混ぜご飯。

 オカズは定番の卵焼き、タコウインナー、昆布の佃煮。

 海藻サラダ、ワカメときゅうりの酢の物。

 海藻率が異常に高い。

「お前はワカメちゃんか?」

「海藻類を毎日少しずつ食べなさいって、

 昔からお父様が言っているわ」

「それは少しじゃないだろう」

「そうかな~」

「父親は内科医か」

「ううん、放射線科医」


 林檎は別の小さなタッパーを開ける。

 ヨーグルトとドライフルーツ。

「レーズンがあるからあげるね」

 有無を言わさずひょいひょいと晴貴の弁当箱の蓋に載せて行く。

「いただきます」

「いただきます」

 晴貴も仕方なく調子を合わせる。


 5時限目は体育だったので次の質問時間はなかった。


 HRが終わり掃除当番を残して下校となる。

「ねぇ、ねぇ、相賀君、最後の質問いいかな?」

 さすがに晴貴は警戒した。

 どうやら林檎は「ブドウが好き」と言わせたいらしい。

 何をしたいのか皆目見当がつかない。

 可哀想だが最後は期待に添えないぞ。

「それじゃあ行くよ、最後の二択。

 ブドウとリンゴ、本当に大好きなのはどっち?」

 出た、出た、ブドウ様のお出ましだ。

 その手に乗るか、この際ハッキリ言ってやるぞ、小娘め!


「俺はリンゴが大好きだ!」

「ゴメンナサイ!」

 林檎は深く頭を下げた。


「おぉーっ!」

 聞き耳を立てていたクラスメイトがどよめく。


 告白失敗、即撃沈。


 誰から見てもそう見えた。

 悪魔の二択だった。

「エッ……、ア? いや、違う……」

 晴貴は「待った」の姿勢で固まる。


「大胆だな」

 骨本が差し出されたまま固定された晴貴の右手にハイタッチした。

 他の男子も次々にハイタッチ。

「残念だったな」

「いつか良い事あるさ」

「元気出せよ」

「女は伊師だけじゃないぜ」

「飯食いに行こうぜ」

「友達、紹介するよ」

 お前らまだそんなに親しくないぞ。


 林檎はとっくに逃亡し、クラスの女子に囲まれていた。

「びっくりしちゃった、

 だって突然なんだもん、

 悪い人とは思わないけれど、

 いきなりは困っちゃうわ……」

 最後に晴貴に向けて止めの一撃を放った。

「相賀くん、いいクラスメイトでいましょうね……」

 お兄様を奪おうとする奴は容赦しない、私が地獄に落としてあげるわ!


 翌日、朝のHRで席替が提案された。

 Aシードの林檎は窓際の最前列。

 Bシードの晴貴は廊下側の最後方。

 残りはくじ引き。

 以降、色恋沙汰が表面化する度に席替が5組の定例行事になる。



 入学から一週間、月曜朝のHR直前。

 応援団副団長が団員二人を引き連れて1年1組に現われた。

「今日の昼休みの頭に応援団による校歌指導等を行う。

 全員、教室に待機しているように。

 なお、指導中は『はい』以外の返事は認めない。

 わが校の伝統を伝える大切な儀式である、

 欠席は認めない、他言は無用。以上」

 どこまでも高圧的だったが、

 この学校では学力こそが正義だった。

 応援団OBは東京大学入学者を輩出している。

 校内一の秀才と噂される副団長は、

 久々の現役合格を期待されている逸材だ。


 5組への巡回指導は水曜日の昼休み。

 約束の時間に団長と副団長、他に団員三人が現われる。

 団長は無言のままパイプ椅子にふんぞり返って睨みを利かせる。

 まず校歌の歌詞を副団長が板書した。

 一行書くとその部分を自らが歌って聞かせる。

 続けてクラス全員でその一行を歌う。

「覚えたな」

 そう言うと副団長は書かれていた一行目を消して二行目を書いた。

 有無を言わさずクラス全員で一行目から歌わされる。

 つまり一発で覚えなければならない事になる。

 クラスは緊張感に包まれた。


 これが遥香の言っていた「応援団の洗礼」か、と晴貴は思った。

 スマートではないが反発するほどの事でもない。

 事実、クラスの全員がその境遇を受け入れていた。

 少々理不尽でも辛抱すれば暴風はやがて去って行く。

 一通り歌唱指導が終わると副団長が念を押す。

「覚えていない者はいないか!」

「はい、分かりません!」

 一人の女子が毅然と手を挙げた、多賀冬海だった。


 クラスの空気が凍りついた、団長が顎で指示をする。

 団員が「お姉ちゃんしょうがないな」と呟きながら、

 多賀を廊下に連れ出し、マンツーマンで教え出す。


 続けて教室内では「黒檀節」の指導が始まる。

 旧制中学時代から歌い継がれる寮歌だ。

 歌詞よりも先に拍手の基本姿勢から教えられた。

 両腕を水平に広げ、肘は直角に。

 親指と人差し指は90度、四本の指は綺麗に揃える。

 肘を降ろさずに額の前で掌を打つ。

 唄の途中で余計な一拍が入る。

 四番までの歌詞は……、ろくなものではなかった。


 終了後に誰かが、生徒手帳に校歌の歌詞を見つけた。

 黒檀節を唄う機会は二度と訪れなかった。

 結果的に遥香と晴貴の学年が黒檀節を受け継いだ最後の世代となる。

 ひとり、多賀冬海だけが株を上げた。


=====================================

ナルサワハルカノソフハ、アイキドウノタツジン、

オレハリンゴガダイスキダ! アイガハルキ、ギョクサイ、

フタゴジャナイヨ、

エンダン、ジダイサクゴ、

コクタンブシッテ、チョーダサッ、

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