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HIGH FIVE  作者: 栄津鞆音
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high-five03

 正午にホームルームは終了。

 教科書等を受け取り、高校生活一日目は解散となる。


 昇降口前の駐車場は様子が一変していた。

 スポーツ用品店が開設したテントで、

 予約したジャージや鞄・上履等を受け取る。

 JRと伊立電鉄も出張所を設けて、

 定期券等の予約・販売、引渡を行っている。

 書店が学習参考書や辞書、文房具を販売。

 学校指定品の古着・中古品も安価で売られている。

 宅配便・郵便局の荷物預かりブースも開設されていた。

 許可を受けたキッチンカーまで開店。

 敷地外では学習塾の勧誘が行われ、

 いくつかの屋台まで出店している。


「おーい、こっちこっち」

 晴貴の姿を認めると遥香が叫んだ。

「おお兄ちゃん、こっちこっち」

 妹の媛貴も一緒だった。

 それだけではなく遥美母さんに、

 そのチームメイトのママ軍団改め母さん軍団。

 校門前で集合写真とそれぞれに記念写真を撮る。

 主役の遥香と晴貴は外せない。

 媛貴は常にしゃしゃり出る。


 校門の撮影スポットは譲り合いなので時間がかかる。

 母さん軍団にとってはいつものこと。

 おしゃべりしながら気長に待つ。

 今朝の出来事は既に知れ渡っていた。

 晴貴は仕方なく全員にリップサービスをする。

 これまで「○○ママ」と呼んでいたのを、

「○○母さん」と呼び掛ける。

 なるべく自然な流れでひとりずつ。

 反応は人それぞれだがほとんどは感激。

 正直、面倒だがそれは言えない。

「がんばれ、これも親孝行の一つだ」

 察した遥香が途中でエールを送ってくれた。


 多賀冬海がこちらを窺っているのに遥香が気付いた。

「ふゆみぃ~! どうしたの、いらっしゃい」

 呼びかけにモジモジしながら近づいてきた。

「あ、あの……今朝はありがとう。

 た、助かりました」

 チラチラ晴貴の事を気にしている。

 冬海の手を取り、晴貴のもとに。

「晴貴~。新しいカノジョが来たよ。三人で写真撮ろう」

「カノジョ」という言葉に母さん軍団が一斉に反応した。

 遥香はシメシメと悪い顔。


 それぞれのスマホでスリーショット撮影をすると、

 冬海が晴貴に礼を言った。

 リボンと徽章を外して晴貴に返す。

 リボンは遥香に渡すが、遥香は冬海に贈呈しようと堂々巡り。

 結局、冬海のセーラー服はこの日のみ、

 という事でリボンは遥香の元に納まる。

「それじゃ、ちょっとスマホ貸して」

 遥香が冬海のスマホを取り上げ勝手にコール。

 晴貴のスマホの呼び出し音が鳴った。

 続いて自分のスマホも鳴らす。

「エッ、良いの」

「だって、私たちもう友達でしょう?

 すぐにメールも送るから、

 ハルキとハルカで登録しておいてね」


 タイヤのスキッド音を鳴らして、一台の車が校門前に急停止した。

 コンパクトカーの前3分の2を切り取ったようなフォルム。

 全幅・全高は普通だが、

 全長は軽自動車よりも短く3000ミリを切っている。

 排気量は1329ccで定員4人のマニュアル6速。

 元はシルバー×ブルーのツートンカラーだったが、

 上部のブルーをピンクに塗装し直している。


 慌てて腕章をした上級生の会場係が誘導のために駆け寄る。

 窓から顔を出した二人の乗員を見て驚いた。


「ハルカ~ ハルキ~ おめでとう!」

 そこにいたのは日曜日の夜のスポーツ番組でキャスターを務める、

 元女子バレーボール日本代表の、西中郷素衣と高萩直だった。

 もちろん遥香と晴貴の母たちの元チームメイト。

 ママ軍団改め母さん軍団の一員だが、

 独身の二人に対しては「○○姉さん」と呼ばないと大変なことになる。


 会場係は訳が分からないまま、来賓用駐車スペースに案内する。

 一部の生徒や父兄が目聡く「タレント」を見つけて色めき立った。

 きょろきょろとカメラを探す者も。


「ハァールキィー。でっかくなったな! 愛しているぜぇ~」

 西中郷素衣が大袈裟に近寄ってくる。

「たったひと月で成長したものだ。

 ところで私たちの事は何て呼ぶのかな~?」

 今朝の事情を把握している高萩直も楽しげだ。


 思わぬ成り行きに冬海は緊張、遥香は興味津津。

「おい晴貴、どうやって逃れるんだ?」

「逃げやしないよ」

 何か考えがありそうだ。


 近づいてくる二人に見せつけるように冬海の手を握った。

「誰よ、その娘!」

 西中郷は常に本気のようだ。

「ごめん。素衣、直……」

 敢えて呼び捨てにした。

「……おれは出会ってしまったんだ」

「嘘つけ、晴貴!」

「やっぱ駄目か。多賀、協力してくれてありがとう」

 晴貴は予定通り簡単に引き下がった。

 冬海は訳が分からず真っ赤になるのみ。

 遥香がぽんぽんと肩を抱く。


「素衣、直、行くぞ!」

 晴貴は強引に二人の手を取り、撮影スポットの校門に向かう。

 自分達より背の高い、年下の晴貴に名前を呼び捨てにされる。

 今までこんな感覚知らなかった。

『は~い!』

 二人はコロリと手なずけられた。

「転がしているねぇ~」

 遥香は感心した。

 母さん軍団も笑い転げている。


 楽しそうに撮影会が再開された。

「これは長引きそうだわ~」

 遥香が冬海に同意を求めた。

 冬海はただただ頷くのみ。

 晴貴に握られた手を大切そうに胸に抱きしめた。


 キャピキャピと数人の女子が近付いてきた。

『冬海姉さ~ん、また明日!』

 5人の女子が多賀に声をかける。

「あ、みんな。さようなら、また明日」

 多賀は丁寧にお辞儀する。

「どこかで見たような……」

 訝しがる遥香。


 長島・西津・沼尾・根岸・野村の5人が私服に着替えていた。

 ウィッグや伊達眼鏡も外している。

 遥香にもバイバイと手を振る。

 不思議そうな顔をしている遥香を見てキャッキャと笑い転げる。

『バイバ~イ、私たち6人姉妹で~す』

「5人なのに?」

 首をひねる遥香に、多賀が何かを言いかけて諦めた。

 今日は新鮮な刺激でいっぱいだ、自分でも頭を整理したい。



 遥香たちは晴貴の母・貴美の墓参りの前に、

「ステーキ・ガッツ」に寄った。

 母さん軍団が外食する時はいつもここだった。

 昼の混雑が落ち着く頃に16名で予約を入れておいた。

 年に数回、店側としてもありがたい団体客だった。

 ランチメニューには目もくれず、とにかく肉を食べまくる。

 ほとんど全員が1ポンドステーキを注文した。

 媛貴までもが1ポンドステーキを頼んだ。

 晴貴はあえてチーズINハンバーグと海老フライのセットにする。

 こうしておけば媛貴が飽きても問題ない。


 西中郷素衣と高萩直がとにかくはしゃいでいる。

 晴貴に呼び捨てにされたのが、

「女」として扱われたような気がしてご満悦だった。

 仲間たちにからかわれてもどこ吹く風。

 いつの間にか二男の結貴も合流している。

 遥香がメールで呼んだのだ。

 結貴は遥香には絶対服従、逆らえない。

 媛貴はステーキを一切れ食べると案の定、

 晴貴のハンバーグと交換をせがんだ。


 遥香はホームルームを思い返して嘆いていた。

「それにしても、自己紹介はくだらない一流意識と、

 浪人前提の他力本願ばかり。

『名門校に入学できて良かったです』

『誰か東大に入って下さい』

『4年計画で○○大学を目指します』

『現役で○○予備校目指します』

 一瞬の笑いが欲しいのかどうか知らないけど、バカみたい。

 校長先生の言っていた事って、本当に的を射ているみたいね。

 晴貴の5組はどうだった?」


「似たようなものだ、うんざりした」

「面白いこと言った人いる?」

「中学でハル姉ェと一緒のクラスだった、

 サッカー部の骨本がガツンと言っていたな」

「ポンコツくんが何だって?」

「一高でサッカーするために必死に勉強して入学しました。

 サッカーするために必要なら大学に行きますが、

 今はどうでもいい事です……って。

 アイツ元々勉強出来るよな?」


「IQ139。

 英語さえ人並なら氷戸一高→東京大学って言われていけたけれど、

 残念なことに最初に願書を出したのは賀多高」

「そんなに英語が残念なのか。

 でも一瞬で教室内の空気を変えやがった」

「気骨・反骨のポンコツくんらしいわね」

「あれは反発してワザと言ったんだな」

「そう言えばアヤナミ四人衆は? 全員5組だったよね」

「いつの間にか一人増えていた。ナガトFIVEだ」

「なにそれ?」


 いつもながらの楽しい食事会だった。

 それが母さん軍団の現役時代からの作法だった。

 これから貴美の墓参りに向かう。

 晴貴・結貴・媛貴の笑顔。

 それこそが故人に対する最高の手向けだと知っていた。



 多賀冬海は入学式を見に来ていた両親と合流すると、

 心配顔の母親に報告した。

 セーラー服は今日限りにする。

 替わりにブレザーが欲しい。

 早速友達ができたと言って、スマホの画像を示す。

 良かったわねと母親は心から嬉しそう。

 イケメンじゃないかとからかう父親は無視された。

 途中のファミレスで食事をして、

 祖父母の家に寄ったので帰りは夕方になった。


 帰宅すると自室で、ベールで覆われたドレッサーの三面鏡を久々に開く。

 今まで鏡を見るのが苦手だった。

 朝の洗顔時に一瞥するくらいだった。

 もう一度、自分の事を好きになれるかな。

 新しい環境で何だか変われそうな予感がしていた。



 入学2日目、朝のHR直前に遥香が5組に乗り込んできた。

「ハァ~ルゥ~キィ~!」

 教室の前扉をガンと開け、遥香が仁王立ちで教室を見回す。

 すぐ目の前にいる晴貴には気付かない。

 何か身に覚えがあるようで、危険を察知した晴貴は机に突っ伏した。

「目の前よ」

 晴貴の後ろの席で伊師林檎がボソリと告げる。

「バカ、余計なこと言うな」

「バカとは何よ、失礼ね」

 相変わらず林檎は素気ない。


 振り向いて身を隠そうとする晴貴の背後に遥香の影が覆いかぶさる。

「イデデデデ……」

 教室全体が何事かと静まり返る。

 晴貴の耳を遥香が引っ張って、黒板の前まで引きずり出した。

「クラスのみんなが敬語だから、何か変だと思ったら、

 誰がダブリの可哀想な姉だって?」

 やはりその件か、それにしてもばれるのが早過ぎる、何とかせねば。

「お姉さま、ご免なさい。

 打ち合わせ通りにお姉さまのバカを隠すつもりだったのですが……」

「この期に及んでまだ言うか!」

 遥香は晴貴の正面に回ると教科書通りに右袖と左襟を掴む。

 内懐に潜り込み、踵を浮かせるとフワリと晴貴の身体が浮いた。

 そのまま豪快に晴貴を投げ飛ばした。


「何をしている!」

 担任の倉田は目を疑った。

 昨日の服装の件が気になり早目に教室に出向いたところ、

 目の前で女子生徒が男子生徒をきれいなフォームで投げ飛ばした。

「あらご免あそばせ。何でもございません。オホホホホ……」

 そして床に伸びている晴貴を指差し、

 悪魔のような仕返しの言葉を放った。

「私のブラとパンツ、もう勝手に持ち出すなよ。

 今着ているのは返さなくていい」

 ニヤリと笑って遥香は去って行った。

「キモイ」

 軽蔑するように林檎がそっぽを向いた。


 担任の倉田は我に返る、今の女子は確か1組の噂の双子の姉。

 投げられた方は、運動神経抜群と言われている双子の弟。実は変態。

 見つけた、ダイヤの原石。

 午後の合同オリエンテーションで早速女子柔道部員を募集だ。


 HRでは様々なオリエンテーションが行われる。

 いつもはクラス担任が学校の歴史や授業、

 部活の紹介などをマニュアルに従って行っていたが、

 今年は少々勝手が違った。

 新任校長の関は民間人からの登用で、次々と新機軸を打ち出してきた。

 教頭の小平は「何もできやしない」と最初は甘く見ていたが、

 第一回の職員会議までに、巧妙に教職員の大半を手なずけていた。


 時間割の2週間ローテーション化。

 単位制を採用する一高では、ハッピーマンデーにより月曜日実施教科の時間が減少してしまう問題を是正するためと押し切られた。


 部活動の掛け持ち推奨と統一休養日の設置。

 複数の競技に登録することにより活躍の機会を増やす。

 週一回の休養日を設けて「文武両道」の伝統を復活させる。

 野球部を中心として体育教官からは当然猛反対の声が上がった。

 掛け持ちはとりあえず新一年生から試行。

 才能あるアスリートの陸上部への協力を拒まない。

 休養日は統一せず、ランニングやウエイトトレーニングデーとして抜け道も用意。

 無理に採用しなくても良いですが、現状の練習メニューで県大会ベスト4以上の実績が伴わない部は、来年度には再考してもらうことになります。

 学業不振者は16時以降の部活動を認めません。


 簿記検定や国家資格などの資格試験の取得を推奨します。

 二学期制を三学期制に戻し年間の試験回数を増やすべきではないでしょうか。

 教師の質向上のために若手教員は全員、県主催の「教師塾」受講して下さい。

 予備校との連携も考えています。

 まだまだ他にもあれこれ画策しているようだ。



 午後は体育館に新入生が集められた。

 部活動等の合同オリエンテーションが開かれる。

 まず生徒会と各委員会について。

 次にスーパーサイエンスハイスクールの説明。

 関校長の「部活動掛け持ち推奨」演説。


 演説の中で校長は晴貴の名前こそ出さなかったが、

 サッカーJ2ユースチーム所属の生徒の存在を紹介した。

 文武両道の推奨と、幅広い種目を経験することの意義を力説。

 4月中は自由に体験入部を楽しんでください、在学中の変更も認めます。

 陸上競技や水泳への積極的協力を改めて要請した。


 そしていよいよ部活動の説明が始まる。

 文化系の部活動や部員集めに奔走するマイナー競技の勧誘は力が入っている。

 同好会、研究会、それ未満のサークルにも説明の機会が与えられていた。


 野球部やサッカー部などのメジャー系は余裕で寸劇やバク転・バク宙を披露。

 柔道部のキャプテンは女子部員募集を力説したが、生徒はドン引き逆効果。

 陸上部は校長の方針を追い風に、部活の楽しさを強調、週一回でも結構です。


 部員減により格下げになったパンポン同好会の会長、高尾直妃が再起を誓う。

「伊立市の伝統競技、パンポンを復活させましょう!」

 駆り出されたゆるキャラ『パンポンくん』とデモンストレーションするが、

『パンポンくん』が引っくり返り、あっけなく退場。


 応援団は別格で一高に伝わる「黒檀節」を披露。

「黒檀の窓かぁ~ら、一高生がよぉ~

 唄うその歌よぉ~お、黒檀節さよ~」


 ハイキング同好会のお気楽パフォーマンスが一番の注目を集めた。

「ハイキング~、ハイキング~、

 みんなで行こうよハイキング~、

 先生と行かないハイキング~」

 上手から手を繋ぎ、繰り返し歌いながら出てきて、そのまま下手に消えて行く。


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イチクミ、ナルサワハルカ、

ゴクミ、アイガハルキ、ブラダンシ、

アネガバカナキョウダイ、

フタゴダッテ?

ウソダヨ、

カイイヌハ「ハルク」、

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