high-five02
バラキ県立伊立第一高等学校の校門を入ると、そこは広い駐車場だった。
一部の来賓を除き、今日だけは車は校庭に迂回させられる。
駐車場中央に掲示板が設置され、
そこに新一年生のクラス分けが発表されていた。
10クラスでコース分けはまだない。
五十音順の男女混合名簿は男女比が6対4。
新入生たちが一喜一憂する姿を、大勢の教師たちが遠巻きにして眺めている。
私服通学を勘違いした新入生を取り締まるためだ。
最近ではいわゆる「なんちゃって制服」が増えてきた。
芸能人と見紛うような華美な服装は入学式限りとされるが、写真を撮影され、
画像処理で誰だか分からないように加工された上で廊下に張り出される。
見せしめだ。
遥香と晴貴も自分のクラスを確認した。
「1年1組 20番 成沢遥香」
「1年5組 1番 相賀晴貴」
さすがに同じクラスにはならなかった。
腕章をした上級生が案内係で、新入生を昇降口に、父兄は体育館へ誘う。
遥香と晴貴も昇降口に向かうが、一人の若い教師・倉田に呼びとめられた。
格闘技系の体育教官であることは間違いないゴツイ体格。
イヤフォンをした耳が潰れている。
「君たち、ちょっと良いかな……」
二人は振り向く、嫌な予感がした。
「そうそう、そこのお揃いのブレザーのカップル、こっちに来てください」
丁寧だが嫌みを含んだ物言いは、有無を言わさぬ迫力があった。
周囲はささめく、近くにいた案内係は困惑顔。
校舎と体育館を結ぶ連絡通路の上から様子を窺う大小の影。
「林檎、あの二人だ」
「分かりましたお兄様、あの二人ですね」
体育館脇の「黒檀会館」は伊立一高の合宿施設だった。
旧制中学時代に「黒檀の殿堂」と称されていた名残だ。
そこで名前とクラスを聞かれ、遥香と晴貴は食堂へ導かれる。
晴貴が遥香にさりげなく何かを手渡した。
引き継いだのは白衣姿の神経質そうな物理教師・駒井。
「今年の5組は大当たりだな」
有無を言わせず、壁の前で強制的に写真を撮る。
数名の先客がいた。
ティアラにドレス姿の女子1名。
明らかに他校のセーラー服を着た女子1名。
派手な「なんちゃって制服」の女子3名。
有名アニメの無口キャラのコスプレ制服と思わしき女子4名。
紋付羽織袴姿の男子1名。
真っ赤なタンクトップと短パンの男子1名。
体育教官が2名、殺気を放ちながら監視している。
背の高いバスケ部顧問の吉山と、竹刀を持った剣道部顧問の三田。
「座りなさい」
吉山に促されて遥香たちも席に着く。
ふくよかなセーラー服が小刻みに震えていた。
伊立二高のセーラー服で、ご丁寧に黒スカーフとバッジまでそのままだ。
その両隣が空いていた。
遥香が小声で眼鏡のセーラー服に尋ねた。
「ねえ、あなた、ここは何なの」
セーラー服は頭を振るだけで答えない。
その頭越しに晴貴に呟く。
「ねえ、晴貴、どうして私たちここに集められたの?」
「服装チェックよ……」
向かい側に座り、不貞腐れ気味のなんちゃって制服の一人・小木津亜弥が答える。
「バッカみたい、大体ね……」
途中で抗議の声はかき消された。
「皆さん、おはようございます」
校長と教頭、それに問題児のクラス担任が招集されている。
『おはようございます』
挨拶に反応したのは、遥香と晴貴、紋付の3名だけだった。
「……校長の関です。皆さん、大変個性的な服装をしておられますね。
常識にとらわれず個性的であることは素晴らしいと思いますが、
同時にTPO、時と場所・場合に応じた装いを弁えてください。
今日は入学式ですので大目に見ますが、
明日からは通学・授業に適した服装でお願いしますよ」
教頭の小平が続ける。
「希望者はジャージの購入申込書をここで提出してください。
販売は入学式終了後の予定ですが、すぐに手配します……」
タンクトップ男子がリュックサックから購入申込書を取りだした。
他の者は着替えるつもりはないらしい。
校長はニコニコしながら生徒たちを眺めている。
「おや、そこの二人はどうしてここに?」
校長が遥香と晴貴に気付き、生活指導の三田が答える。
「他校の制服と似ていたものですから確認のために。
それにエンブレムの調査も必要かと……」
少々歯切れが悪かった。
「俺たち姉弟ですよ」
そこにいる一同の注目が集まる。
事実とは異なっているが、これまでも面倒な時はそう言って煙に巻いてきた。
「ブレザーは知り合いからのプレゼントです」
遥香は自分と晴貴の襟元を強調した。
いつの間にか伊立一高の徽章がつけられている。
晴貴が校門前の文房具店で見つけて購入し、先ほど遥香に手渡したものだ。
「ほほう。胸のエンブレムは?」
校長の問いに晴貴は敢えてぞんざいに答える。
「俺のが伊立コンクレント、ハル姉ェのは伊立シェーンハイトのエンブレムです」
「ああ、すると君たちか……。
うん、話は聞いています。
とんだ勘違いだったようですね、失礼しました」
校長が目配せをすると体育教官・三田が済まなそうに言った。
「悪かったな、君たちは教室に戻ってくれ」
それじゃ、と言って遥香と晴貴がセーラー服の手を取って三人で去ろうとする。
「待て、君はまだだ」
慌てて三田が制止する。
「俺たち三つ子です」
「違うだろう!」
思わず小平教頭が叫ぶ。
やはり駄目かといった苦笑いの遥香と晴貴。
落ち着いて校長が尋ねる。
「あなたはどうしたの? それは伊立二高の制服だよね」
「それが、さっきから何も言わないのです」
やはり怯えて答えない女子生徒に代わり三田が応じた。
「何か事情があるのでしょう? 教えて頂けませんか」
校長は柔和な表情で丁寧に尋ねる。
小さく震える声で女子生徒が答える。
「姉の……亡くなった姉の、形見なんです」
「そうですか、事情は分かりました。
でも他校の制服そのままというのは、やはり宜しくないですね」
「それなら、これでどうですか」
晴貴が襟元の徽章を外した。
「……お前、スカーフとバッジを外せ、それより名前は?」
女子生徒はオドオドしながらも答える。
「多賀冬海です……」
ポケットからリボンを取り出して徽章と一緒に多賀に手渡す。
遥香と同じリボンだ。
本来はネクタイとリボンが2本ずつ用意されたのだが、
ネクタイとリボンのセットでブレザーの贈呈を受け、そのままにしていた。
多賀が真っ赤になって受け取り、たどたどしく徽章を付け替える。
遥香が本人に断ってスカーフを外すと、後ろに回ってリボンのホックをはめた。
「ほほう……」
その手際に校長が感心する。
「まあ、それなら良いでしょう。
他の皆さんも、もう大人と同じですので、しっかり社会性を身につけて下さい」
校長に促されて、招集を受けた各担任教諭が受け持ち生徒を連れて教室に向かう。
1組のベテラン担任は安堵した様子で、遥香と紋付男子を引き連れ教室に向かう。
一方、5組の担任は、晴貴たちに最初に声を掛けた体育教官・倉田だった。
しかめっ面で、憂鬱そうに受け持ち生徒の名前を呼んだ。
「相賀晴貴、小木津亜弥、多賀冬海、長島依子、西津悠、沼尾柚亜、根岸桜芽、
ついて来なさい」
晴貴の他は、なんちゃって1名、二高1名、コスプレ4名。
前途多難な船出に思えた。
入学式はつつがなく執り行われた。
校長の関海平は民間人からの登用だった。
しかもかなりのやり手で、伊立市では知らぬ者はいない有名人だ。
伊立鉱山で手掛けた大煙突の改修・保存は高く評価され、
世界産業遺産に登録された。
改修時に煙突の一部に仕込まれたLEDは、
東日本大震災の折には自家発電でメッセージを発信し続けた。
乞われて社長に就任した伊立電鉄では廃線を撤回し、
高架による伊立駅接続と地下鉄により、
「かびれ公園駅」までの延伸を実現させた。
今は教育の分野での手腕が注目されている。
その挨拶はさながら所信表明演説だった。
伊立一高は入学時には県内で三本の指に入る名門校とされているが現実はどうか。
進学校としての評価は五本の指で数えられる。
現役進学率で語ればベストテン圏外だ。
名門校としての面目は、卒業生が予備校の力を借りて担っているだけではないか。
そうだとすれば、それは現任教師の怠慢である。
本校が「黒檀の殿堂」と呼ばれていた頃の文武両道の栄冠を取り戻す。
そんな事を熱く語っていたが、新入生にはどれだけ伝わったか分からない。
直後に登壇したPTA会長が面喰らっていたのだけは確かだった。
入学式が終わり、続けて新入生と在校生の対面式が行われた。
ここからは蛮カラ風の応援団が仕切る。
壇上では偉そうにふんぞり返った応援団長が旗手を従え、睨みを利かせている。
和太鼓の合図で粛々と進行する。
新入生の総代は1組・紋付羽織袴姿の男子だった。
慣れぬ和装で登壇と降壇に手間取り、笑いを誘った。
生徒会長の挨拶では在校生からヤジが飛んだ。
成人式おめでとう!
生徒会長は慣れたもので笑って平然と応じていた。
号令の下、左右に分かれていた新入生と在校生が互いに向き合い、礼を交わした。
進行係の副団長が最後に宣言した。
「なお、近々に我々応援団が各クラスを巡回し、校歌等の指導を行う。以上」
緊張感と脱力感が交差する対面式だったが、入学式よりはよっぽど印象に残った。
「ドドン」と太鼓が打ち鳴らされ、新入生退場となった。
1組から順に動き出し、5組の通路際に立つ晴貴の横を遥香が通り抜ける。
二人にとってはごく自然な行為だった。
無意識にハイタッチを交わした。
「パチ~ン」
思いもよらぬほどに音が大きく響き渡る。
いらぬ注目を集めることになった。
晴貴の隣に立つショートカットの女子生徒がキッと睨む。
「……この二人ね」
入学式・対面式を終えホームルームに戻ると、お決まりの自己紹介が始まった。
出席番号は五十音順で、廊下側から座っている。
当然「あいがはるき」が口火を切ることになる。
面倒そうなことは自分から説明してしまうつもりだ。
「相賀晴貴、賀多中出身。
伊立ゾンネンプリンツのユースチームに所属しています。
先ほど体育館でハイタッチを交わしたのは姉の遥香です。
同じ学年になってしまいましたが姉は可哀想な人です。
1組ですが、どうか皆さん仲良くしてやってください」
虚実ちりばめた簡潔な挨拶には遥香へのいたずらが含まれている。
事情を知る同中出身者は苦笑い。
しかし、その中にも本当の事、真実の関係を知る者はいなかった。
複雑な家庭事情を持つ双子だと、全員が信じていた。
それ以外は晴貴のミスリードで、遥香がダブっていると勘違いした。
一名を除いて。
次の出席番号2番は小柄な女子だった。
「伊師林檎です。
父の仕事の関係で埼玉から引っ越してきました。
あ、父が伊立に来たのは去年からで、2年生に兄がいます。
兄は男子バレーボール部です。
私も女子バレーボール部に入部する予定です。
初めての方ばかりですので宜しくお願いします」
晴貴は振り返った。
ツンと澄ました紺ブレの美少女がそこにいた。
林檎と名乗ったが、髪型のシルエットが正にリンゴっぽかった。
バレーボール部、ISHI、どこかで引っかかった。
林檎は腰をかけると咳払いして、晴貴に鋭い視線を向けた。
「嘘つき」
それだけ言うと、プイっと視線を外して続く自己紹介に関心を向けた。
小木津亜弥は完全にキャラを作っている。
「皆さん始めまして。小木津亜弥で~す。
北バラキ市の七浦中学出身です。
今朝、このなんちゃって制服で怒られちゃいました。
明日からは、抑え目にしてきま~す。
クラスの女子みんなで、制服を揃えられたら素敵だと思います。
3年間宜しくお願いしま~す」
多賀冬海はおどおどした態度でしかも小声だった。
「多賀冬海です。海東二中出身。
趣味はイラストとアニメ鑑賞です。
同級生に、眼鏡有り・無し、自律、消失ちゃん、他人格ちゃんがいて感激です。
よ、宜しくお願いいたします」
ほとんど聞き取れないばかりか、聞こえても理解できるものは少数だった。
そして問題のコスプレ娘が続いた。
「長島依子。川助中出身。趣味は読書」
「西津悠。小久保中出身。趣味は読書」
「沼尾柚亜。玉駒中出身。趣味は読書」
「根岸桜芽。丘泉中出身。趣味は読書」
「野村寿里。師恩学園中等部出身。趣味は読書」
それぞれが淡々と見事に演じ切った。
ちなみに一、四、五番目が眼鏡っ子。
「ちょっと待って、さっきは4人だったじゃない!」
小木津亜弥が異議を唱える。ぶりっ子キャラがいきなり崩れた。
「1番、あなた見たわよね。出席番号1番、あなたよ!」
晴貴が答える前に、もう小木津は多賀に問いかける。
「二高生、あなたも見たわよね、4人だったでしょう!」
戸惑いながら多賀が答えた。
「さっきは最後の他人格ちゃんがいませんでした」
「そうよね。……でもあなた何言っているの? 私には見分けつかない」
小木津は5人目の野村に詰め寄る。
「あなた朝はいなかったわよね、いったい何者なの!」
詰め寄られて苦し紛れに野村が答える。
「コスプレイエスタオッチモ」
「???」
小木津は一層混乱する。
晴貴が思わず応じてしまった。
「ポルトゲス?」
伊立ゾンネンプリンツの監督はブラジル人。
ユースチームのスタッフにもブラジル人がいるので、ポルトガル語は多少分かる。
野村が涙目でウンウン頷く。
野村はブラジルからの帰国子女。
咄嗟に日本語を操るのは得意ではない。
「何なのよあなたたち、もう知らない!」
手に負えないと見たか、小木津が諦めて放り出す。
担任の倉田は苦笑しながら見守っていた。
「さあ次の人、自己紹介を続けて下さい。
なお、今の5人衆はキャラがかぶり過ぎだ。
明日もう一回、自己紹介をやり直すように」
倉田は柔道部顧問の体育教官。
三年後に開催される第74回国民体育大会「いきいきバラキゆめ国体」に向けて採用された、柔道界の若き実力派だった。
実はアニメ好き。
一つくらい厄介事が増えようがもう動じなかった。
初日のカリキュラムは午前中で全て終了した。
新入生は三々五々帰途につく。
キャラ被りの5人衆がなにやらヒソヒソ作戦会議。
「ねえ、ねえ、この制服どこで買ったの?」
リーダー格の根岸が尋ねる。
「……私はヨーコドー」
「阿藤洋子堂」
「伊立駅前の百貨店」
「ATOU YOUKO DOU」
「じゃあ、みんな一緒だ! 私たち5人姉妹みたいだね……」
お調子者の長島が手を叩く。
「期末セールの日だよね、何時頃だった?」
またも根岸が尋ねる。
「6時、最後の1着」
天井を指差し、腰に手を当てて長島。
「4時くらい、私の時は残り2着」
顎に指を当てて小首を傾げて思い出しながらの西津。
「2時には4着。その中にサイズ違いがあったような気がする」
スマホの画像を確認する沼尾。
「メイオジア……お昼には5着あったよ」
ついポルトガル語が出たのが野村。
「開店直後は6着、1着はLLサイズだったはず」
さすがしっかり者の根岸。
「じゃあ、もう一人仲間がいるんだ!」
長島が目を輝かせる。
「あの……15時頃……私です」
輪の外から遠慮がちに多賀が手を挙げた。
『6人姉妹だ~!』
全員でハイタッチを交わす。
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シンニュウセイノミナサン、ヨウコソイチコウヘ、
メダッテイタカップルガイタネ、
サイショノターゲットハアイツラニキマリ、
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