high-five24
伊立一高サッカー部は、
6月のインターハイ県予選はベスト8で敗退した。
三年生は例年、受験勉強を理由にここで引退する。
数名が選手権まで残るが、練習は休みがちになる。
下級生は何も言えない、
一高の運動部に共通する悪しき伝統だった。
そしていつの間にか、
自分たちも同じように染まってしまう。
敗退翌日は自主練習日。
三年生で参加したのは、
晴貴とポンコツ先輩こと骨本勝征の二人だけ。
どちらも試合には出ていなかったが、
いつもと変わらぬ練習態度だった。
結局、他の三年生は誰も残らない。
相賀がチームに合流しないのは、
きっと自分たちがいるから。
俺たちは先輩の言いなりで、
相賀には辛い思いをさせてしまった。
晴貴はそんなこと、思ってもいなかったが、
他の三年生は後ろめたさから、
受験を言い訳にチームから退いた。
ポンコツは夏合宿にも最初から参加した。
去年までの三年生は「通い合宿」で、
しかも自由気ままに、休みがちだった。
ユース限定1級審判員挑戦中の晴貴は、
インターハイに駆り出されて不在だった。
ポンコツ一人が完全参加したが、
とにかく下級生が気を遣うことを極端に排した。
初日は手空きの一年生を引き連れ、
近くの銭湯へ行った。
二日目は宿泊所の黒檀会館の大浴場に入った。
大浴場とはいえ、
風呂に入れる人数は限られている。
三年生である自分に気を遣って、
時間を無駄にさせたくない。
二年生の浴槽の中に自然に溶け込んでいった。
その場で気を遣うなと宣言した。
一年生も、色々な係を担わせられるので、
プールで風呂を代用するしかなかった。
初日にポンコツ先輩のお伴をさせられた事から、
手空きの者が銭湯に行く道が開けた。
二年生のキャプテン八雲は気骨を感じた。
この地味な先輩は一高の悪しき伝統を、
本気で変えようとしている。
それまでの印象が180度変わった。
新チームではポンコツ先輩がつけていた、
背番号2を狙っていた。
手垢が付いていないという理由だったが、
別な気持ちが芽生え始めていた。
合宿後半には晴貴が合流した。
ユース限定1級審判員の研修会に区切りがつき、
ようやく本格的にチームに合流となる。
晴貴はスムーズに合宿に入り込めた、
雰囲気が最高だった。
キャプテン八雲から、
ポンコツのとった行動を聞かされた。
あいつは常に本気だ、本当にやる奴だ、
チームに欠かせない人材になる。
予感は確信に変わった。
遥香たちは真っ黒に日焼けして、
油縄子島から帰って来た。
小木津亜弥は行く前に晴貴を呼び出し、
お別れを告げた。
「中途半端なままじゃ林檎に会えない。
少し距離を置きましょう。
勉強も、バレーボールも、審判も大変そうじゃない、
私にはそれを支える自信がないわ……」
『それに身近には、誰かさんがいるじゃない』
最後の言葉だけは飲み込んだ。
晴貴は受け入れざるを得ない。
五人娘は島の子供たちと遊び呆ける。
「せめて今だけは受験を忘れよう」
「夏期休暇最終日の、模擬試験は忘れよう」
「夏期休暇明けの、実力考査も忘れよう」
「親に『勉強合宿』と言ってきたことは忘れよう!」
「エウアモースーダイリャ!」
多賀冬海は子供たちと一緒にお絵描き。
魔法を見るように、冬海のペン先に目が釘付け。
島の自然と無邪気な子供たちに、
創作意欲を掻き立てられた。
持参したスケッチブックはすぐ使い切ったが、
島唯一の雑貨屋さんには何でも売っていた。
小木津亜弥は図書室で本の読み聞かせ。
朗読は手慣れたもの。
島の分校のビデオライブラリーには、
子役時代に出演した教育番組が。
名前で子供たちに気付かれた、
亜弥ちゃんは、芸能人だ! 芸能人だ!
遥香は日頃の窮屈さから解放された。
気象部長は充分過ぎる成果で円満引退。
気象予報士試験は27日だけど、
何とかなるわよ、ならなくても別に構わないし。
トレーニングは毎日している事にして、
晴貴の分もと、思い切り羽根を伸ばす
子供たちと、島の実家に戻ってきた中高生と、
こんなに楽しいバレーボールは久し振りだ。
林檎からはたった一つだけリクエスト。
朝と夕方にみんなで一緒に勉強タイム。
伊立市で過ごした一年半は、
かけがえのない宝物だよ。
林檎の様子を見て8人は安堵した。
島の誰からも好かれているようだ。
寂しかったけれど、これで良かったのかな。
どんなに遠く離れていても、私達はお友達だよ!
8月中旬、伊立サッカーフェスティバル。
吉備師恩学園高等部は予選リーグを1位通過。
元々、部員はフットサルの経験者揃い。
ただし中等部時代のチームはぎすぎす、
幾つかの派閥に分裂していた。
バラバラだったチームをまとめたのは、
女子マネージャーの大津優希。
高鈴剣次監督の指導で、繋ぐサッカーが開花した。
1位トーナメント準決勝第1試合。
吉備師恩学園高等部vs伊立工業高校。
高鈴めぐみはマネージャーとして甲斐甲斐しく働く。
試合は延長PK戦の末に伊立工業が決勝進出。
吉備師恩はPKを全力キックで外しまくり、
その度にチームはゲラゲラ大笑い。
外した選手も悪びれることなく、
一緒になってゲラゲラ大笑い。
ついた通り名が必笑軍団。
大らかなチームは、実力を伴い成長していた。
1位トーナメント準決勝第2試合。
伊立一高vs伊立ゾンネンプリンツユース。
サッカー部に合流した晴貴は、
キャプテンの八雲とダブルボランチ。
状況に応じてトップも務める。
晴貴の存在感は圧巻だった。
前所属チームに何もさせず、決勝進出。
晴貴は骨本に、高鈴めぐみを引き会わせた。
「この人がポンコツ大師匠!」
めぐみは尊敬の眼差し。
「吉備師恩の女子マネージャーで、
摂津ドーナッツ・ユースの選手?」
ポンコツ本人は何のことやら。
しかし、決勝戦直前恒例のエキジビションマッチで、
めぐみのプレーを目の当たりにして大絶賛。
「高鈴さん、もう完全に自分の技だよ。
『めぐみターン』に『めぐみフェイント』だね。
引き技は、半身で軸足を防御に利用すると良い。
相手はちょっかい出せなくなる」
めぐみはポンコツ大師匠の、
お褒めの言葉とアドバイスに目を輝かせる。
遥香の気象予報士試験は27日(日)だったが、
三年生は全員模試を受ける。
森山博美と「仕方ないわね」と慰め合う。
しめしめ。
一、二年生は私たちの分も頑張りなさい。
バラキ県大会の決勝トーナメント前に、
引退した前キャプテンの奉行十三が復帰を申し出た。
チームに戻ればFWの軸になる。
しかし下級生から見れば身勝手な行動に映らないか、
それを受けてポンコツが動いた。
「奉行、お前、虫が良すぎるぞ、
復帰したいのなら本気を見せろ」
「練習はサボらない、みんなにもお願いする」
骨本は腕組み。
「それは当たり前だ!
それだけじゃ誰も納得しないぞ」
「どうすればいい?」
「復帰するならお前が一番下っ端だ。
毎朝部室の掃除から始めてもらう」
奉行は黙って頷く。
それを見てポンコツは息を吐いた。
「……俺の背番号2をつけろ、俺が引退する」
奉行の顔がゆがむ。
「そんなことできない……」
「その程度の生半可な気持ちで、
復帰を言い出したのか」
「……」
奉行は唇を噛む。
「俺は、お前の復帰はチームのプラスになると思う。
だから裏方に回る」
「でも……」
「ここまで言わせておいて、
俺に恥をかかせるのか!」
骨本も、奉行も、立ち会った晴貴も、八雲も、
魂のぶつかり合いに、身を震わせた。
「俺は今から主務だ。
コイツの我儘を許してやってくれ」
翌日から骨本は新人の主務として振る舞った。
本気の行動に下級生は何も言えない。
監督の庄山は成り行きを見守った。
結論を出したのは八雲以下の下級生。
奉行と骨本のメンバー登録を監督に直訴した。
多賀冬海はWEBサイトから求められるまま、
定期的に『ハイテンションFIVE』の原稿を送り続けた。
パンポンネタや夏休みの離島ネタなど。
遂に編集部から提案を受ける。
「作品のキャラ、テイストはこのままで、
来年四月から、毎月一回更新。
基本4ページで扉絵と4コマ7本。
三年間の時間経過を追いながら、
高校生活を描いてみるのはどうでしょうか。
ストックの中から春までに2~3回、
先行掲載を行って読者の反応を見ます」
夢のような話だったが、
舞い上がったのは一瞬だった。
真っ先に打ち明けた亜弥に釘を刺される。
「プロデビューが決まったわけじゃないわ。
浮き足立っちゃだめ、公表も控えましょう。
これからは1コマ、1コマが勝負よ!」
冬海は卒業後の進路を、
専門学校か地元の短大かで迷っていた。
亜弥と一緒の専門学校に進むのも良いかな。
亜弥は声優の勉強のために専門学校に行きたかった。
両親は国立大学への進学を望んでいる。
おじいちゃんは好きな事をしなさいと言っていた……。
センター試験を受けるための準備はしている。
晴貴と距離を置いた理由の一つに、
出来るだけのことはしてみようという考えもあった。
大学入試を突破した上で、
自分の気持ちと、もう一度向き合おう。
長島依子は動物と触れ合う仕事に憧れた。
かびれ動物園に通ううちに、
獣医になりたい気持ちが芽生えた。
ペットのトリマーも良いかな。
いや、勉強は大変だけれど、
やるからには高みを目指そう。
西津悠は、天球劇場の解説員に訊いた。
「どうすればプラネタリウムの解説員になれますか?」
天文学に興味があるのは大事だけれど、
そこに偏らず、幅広い知識を身につけて。
身分は公務員だったり、団体職員だったりするので、
アンテナを張り巡らせて、チャンスを逃さないように。
沼尾柚亜は無類の本好き。
読書が趣味なのは設定ではなく真正。
何となく教師を目指していたが、
図書館司書を育成する国立大学が、
つくばね学園都市にある。
具体的な目標が定まった。
根岸桜芽には幼い頃からの夢があった。
漫画や映画で見た宇宙飛行士は皆、格好良い。
ロケットや宇宙船を操縦するだけが宇宙飛行士じゃない。
様々な職種のプロフェッショナルが宇宙で活躍している。
それならば、私にも可能性がある。
この夢を語ると笑う人もいるが、
身近な友人たちは応援してくれる。
宇宙工学を学べる大学を目指そう。
野村寿里は日本語の勘が磨かれてきた。
帰国当初は試験の設問が分からない事も多かったが、
慣れるに従い、徐々に頭角を現し、
普通に学年上位をキープしている。
教師たちはしきりに進学を進めた。
学校の先生、外交官、お花屋さん、お嫁さん、
なりたい将来は一つには決められない。
得意のポルトガル語を活かすために、
外国語大学を目指してみようかな。
遥香と晴貴もそれぞれ、
Vプレミアリーグ、Vチャレンジリーグで選手登録されたが、
センター試験に備えた勉強は怠らない。
Vリーグの開幕はそれぞれ、10月下旬と11月上旬。
「今は思い切りサッカーをやってこい」と、
晴貴は伊立コンクレントから送り出された。
吉備師恩学園高等部は、吉備県予選を勝ち抜いた。
華麗なパスサッカーがかみ合うと手をつけられない。
どの試合も点の取り合いになった。
あれよあれよという間に決勝戦進出。
決勝戦でも、取って取られてシーソーゲーム。
延長戦でも決着がつかず、
規定により両校同時優勝。
全国大会への切符を賭けたPK戦。
監督の高鈴剣次はただ一言。
「好きなようにやれ」
マネージャーの大津優希は、
「みんな、悔いを残さず思いっ切りね」
ジャンケンで順番を決めたが、
誰も手加減はしない、
思いっ切り、全力で蹴り込むのみ。
コイントスで先攻。
一人目は×失敗。 天高く「宇宙開発」。
二人目は×失敗。 ゴールバーに鈍い音で弾かれる。
三人目は○成功。 ド真ん中だがGKが右に飛ぶ。
四人目は×失敗。 ゴールポストに弾かれた。
外してはゲラゲラ大笑い、
弾かれてはゲラゲラ大笑い。
決めては「まぐれ」とゲラゲラ大笑い、
また弾かれてゲラゲラ大笑いして、
勝負が決まり、五人目が蹴れなくてゲラゲラ大笑い。
これが俺たちのサッカーだ、と言ってはゲラゲラ大笑い。
優勝旗と優勝杯に賞状は、
相手チームが花を持たせてくれた。
ゲラゲラ必笑軍団は応援席に挨拶。
ベンチに戻ると、松平知と高鈴めぐみは、
優勝はしたが、全国大会を逃したので泣いている。
三年生の大津優希は笑顔で選手を迎えた。
「優勝おめでとう。
あなたたちらしいわね。
思いっ切り戦ったから、
悔いはないでしょう」
優勝旗を持った主将が言った。
「ごめん……。
一つだけ悔いが残った。
大津を全国大会に連れていけなくて……」
皆、口々に大津に謝る。
次第に嗚咽が混じりだした。
荒れたチームを6年かけてまとめたのは、
女子マネージャーだった大津優希。
強がりはここまで、全員揃って大号泣。
大津優希も泣きながら選手を労う。
最後は涙なみだの胴上げになった。
大津優希が宙を舞う。
ついでに松平とめぐみも宙を舞う。
全国大会への切符は一枚。
十代には、あまりにも酷な現実だ。
結果を受け容れるには、
それなりの儀式が必要だった。