high-five20
吉備県吉備市から、摂津県かうべ市まで、
大津優季と松平知と待ち合わせて、
新幹線で通っていた。
サッカー協会から交通費の一部が補助される。
晴貴はめぐみに、学校の教科書を持参させた。
中等部から高等部に進むことになっているとはいえ、
1月の試験で悪い成績しか取れなかったら……。
と、二人の先輩からも脅されていた。
行きの車中では、晴貴がめぐみの勉強を見た。
研修会のカリキュラムの合間にも、
晴貴は教科書を開いた。
研修会から帰れば即、実力考査。
高校生活は甘くない。
めぐみも、大津と松平も自然にそれに倣った。
研修会場の一室が、自習室として開放され、
遂には研修会の中にも自習時間が組み込まれた。
遥香から耳寄りの情報を得て、
高萩直が3日目の日曜日に取材に来た。
その様子は夜の全国放送で西中郷素衣が紹介した。
文武両道を地で行く研修生たちの姿は、
サッカー協会にとっても思いがけない効果をもたらした。
放送後、各媒体から取材が殺到した。
研修生の6人はいわば仮免取得、全日本高校女子選手権大会、
30日の1回戦と31日の2回戦で副審を務めた。
正月の三が日は、選手権の試合はないが、
晴貴は帰郷せずにそのまま高鈴家に居候。
高鈴家はめぐみと、父親の剣次、母親のみのり。
みのりの実家に、めぐみの祖父母である白銀夫婦と同居。
剣次の単身赴任が続いたので、この形に落ち着いた。
晴貴はめぐみの祖父母にえらく気に入られた。
めぐみはそもそも、おじいちゃん子。
高校教師だった祖父、白銀共楽は最初晴貴を警戒していた。
大切な孫娘を奪われないかと、要らぬ心配。
しかし、晴貴の礼儀正しく生真面目な生活態度に、
すぐに打ち解けた。
研修合間の休養日に遊びにも行かず、
教科書を広げる姿に、めぐみも感化されている。
英語教師だった事を知った晴貴から、あれこれ質問を受ける。
目に入れても痛くない孫娘からも、頼りにされてご満悦。
遂には「休養しろ」と、二人を食事に連れ出す始末。
祖母の白銀諏訪も「男の子の孫ができたみたい」と、
あれこれと世話を焼く。
晴貴が片時も手放さない、ボロボロになった、
『六ヶ国語サッカー会話』の新版を探してきてプレゼント。
高萩直は摂津県かうべ市の出身。
年末年始は全日本高校女子選手権大会と、
1月8、9日に吉備県で開かれる、
Vプレミアリーグの取材を兼ねて、帰省している。
当然、晴貴にも接触を計る。
レフェリー研修の放送は大当たり。
選手権大会と絡めて取材は継続、
そればかりか試合のない5日、7日には、
大津や松平も巻き込んで、倉敷シーホークスの取材。
晴貴とバレーボール部のめぐみには、練習を手伝わせる。
バレーボールとサッカー審判員の二刀流を売り込んだ。
8日、9日の吉備県総合グラウンド体育館開催試合には、
伊立シェーンハイトも組み込まれている。
冬季休業期間中なので練習生の遥香も強制帯同。
10日からの試験を言い訳にしていたようだが、
「晴貴を見習え!」と西中郷に一喝された。
8日(日)、第25回全日本高校女子選手権大会決勝は、
五文字高校と高商学園高校の対戦となった。
決勝戦観戦後、ルールテストを受けて、
ユース限定2級審判員の育成研修会は終了。
研修結果の合否は後日、通知される。
その夜、ステーキ・ガッツ吉備上野中店で食事会。
成沢遥香、相賀晴貴。
高鈴めぐみ、大津優季、松平知。
高鈴剣次・みのり夫婦、白銀共楽・諏訪夫婦。
高萩直は、取材を通して知り合った、
摂津ドーナッツの竹内も招待していた。
竹内はめぐみを 摂津ドーナッツに誘った。
両親の目の前で、自分が育成してみたいと語った。
めぐみは困惑、決められない。
「練習生でいいじゃん」
無責任な遥香の提案に竹内が乗った。
「吉備師恩学園でマネージャーをしながら、
週に何回かドーナッツの練習に参加してよ、
大津、松平、高鈴の三人で」
高鈴剣次に断る理由はなかった。
賑やかな食事会はお開きとなり、
晴貴が日本女子サッカー界のレジェンドに声を掛ける。
「ワールドカップ決勝戦の同点ゴール。
震えました、今でも鮮明に覚えています。
あの感動が、僕がサッカーを続ける原動力です……」
竹内は、晴貴の事も調べさせていた。
研修会の責任者にも直接話を聞いた。
今は、新月の明りのない夜道でもがいているようなものね。
でも、暗闇の中でこそ、見えてくる星空もあるのよ。
「あなたの目指す道はまだまだ遠いのかしら?
でもね、遠回りに思えても、
人生に無駄な事なんて一つもないのよ」
「ありがとうございます」
晴貴は先達のアドバイスに、素直に頷いた。
竹内は茶目っ気たっぷりのウインク。
二人はハイタッチで別れた。
9日(月・祝)、伊立シェーンハイトの試合を見届けてから、
遥香と一緒に、晴貴は新幹線と特急を乗り継ぎ伊立に戻る。
午前中は吉備師恩学園でサッカー部の練習に参加。
大津・松平・めぐみも参加して紅白戦が行われた。
めぐみはこれでお別れと、いつにも増してクルリ、クルリ。
事件は後半に起きる。
晴貴はビブスを取り替えて、チームを変更。
それまでずっと同じチームだった、めぐみと対戦。
意気込んでポンコツターンを晴貴の前で披露しためぐみだったが、
抜け出す刹那、
晴貴がめぐみの軸足、左のすねを払った。
最初めぐみは何が起きたか分からなかった。
『すね当ては練習でも必ず着用しろ』
晴貴の教えを忠実に守っていたので、
怪我はしなかったが、ショックを受けた。
まさか晴貴兄ちゃんが……。
ゴメン、ゴメンと謝っていたが、
審判員の資格を持っているのに蹴った!
「審判なのに蹴った!」
めぐみは以降の練習をボイコット。
グランドコートを着込み、頬を膨らませ、
ベンチの片隅にうずくまる。
昼食時間になっても動こうとしない。
「審判なのに蹴った!」
ハンガーストライキ実行、梃子でも動かない。
晴貴は皆に別れの挨拶をして、
吉備県総合グラウンド体育館に向かう。
「お腹空いたでしょう?」
「一緒に体育館に行きましょう」
大津と松平の誘いにも、
めぐみは「審判なのに蹴った!」の一点張り。
「さて、どうしたものかな……」
一部始終を見ていためぐみの父・剣次は、
晴貴の意図を理解していた。
お弁当を持参してきためぐみの祖父母も、
晴貴が考えもなしに反則したとは思えない。
「めぐみには試練だな」
「きっと乗り越えますよ」
昼食後は自主練習。
それでもめぐみは動かない。
信じられない、バカ晴貴、大っ嫌いだ!
……お腹空いたな。
様子を見ていた大津と松平だが、
夕方になれば晴貴は本当に帰ってしまう。
見送りに行くなら、そろそろタイムリミット。
意地っ張りの後輩に、ここは的確なアドバイスを……。
「もう3時過ぎたよ」
「お弁当食べましょう」
「審判なのに蹴った!」
大津と松平は顔を見合わせる。
「ハンストなんて、意味無いよ」
「審判なのに蹴った!!」
「謝っていたじゃない、お見送りに行かないの?」
「審判なのに蹴った!!!」
埒が明かない。
めぐみのお腹の虫が鳴いた。
「ご飯を食べないのなら……」
大津が一計を案じ、お菓子を差し出す。
「オヤツはご飯じゃないから、
ハンスト中に食べてもいいんだよ」
めぐみの決意が揺らぐ。
「審判なのに……蹴った」
もうひと押しね。
松平がチョコの包みを開いて、めぐみの口元に。
一瞬、躊躇しためぐみだったが、
甘い香りに、育ち盛りの胃袋には逆らえない。
もぐもぐもぐ。
お菓子を頬張るめぐみだったが、
眉間にしわを寄せ、表情は硬いまま。
時々、思い出したように繰り返す。
「審判なのに蹴った」
絶対に許さないんだから!
飲み物を手渡しながら、
大津が優しく語り掛ける。
「ショックだったでしょう」
「審判なのに、蹴った」
「きっと、めぐみのプレーに驚いたのよ」
「審判なのに蹴った!」
一瞬軟化したが、すぐに元通り。
時間を気にする松平が意を決した。
「めぐみ! いい加減にしなさい!」
「審判なのに蹴った!!」
「あなたまだ分からないの、
師匠のメッセージが!」
師匠か……。
モノは言い様ね。
大津は松平に説得を委ねた。
「あなたは師匠に言われて練習してきたんでしょう、
ポーン、サッ。 ポーン、サッ。って、
毎日、毎日、一所懸命に」
「審判なのに蹴った!」
「成果を見せて、師匠もあなたも喜んでいた」
「審判なのに、蹴った」
「考えてもみなさい、
弟子の成長を認めた師匠は、次に何をするかを!」
「審判なのに……、蹴った……」
その手があったか。
大津は納得。
「ステップアップ、
次なる飛躍、
そのための新たな障壁」
「……」
めぐみは押し黙る。
「あなたは、課題を与えられたのよ!」
めぐみの顔色が変わった。
「……課題って……」
「それは、ええと……」
松平もそこまで用意していなかった。
「ポーン、サッ、サッ!」
『え?』
めぐみと松平が、大津の言葉にびっくり。
「そうよ、ポーン、サッ、サッ!」
我が意を得たりと、松平が繰り返す。
「……ポーン、サッ、サッ……?」
めぐみは訝しげに繰り返す。
すぐにはピンとこない。
「ポーン、サッ、サッ! よ」
「そう、ポーン、サッ、サッ!」
じれったそうに繰り返す大津と松平。
「ポーン、サッ、サッ……。
そうか!
ポーン、サッ、サッ、だ!」
「ポーン、サッ、サッ!」
「ポーン、サッ、サッ!」
「ポーン、サッ、サッ!」
三人は小躍りしながら、ハイタッチ。
松平がめぐみの手を取った。
「さあ、吉備駅に急ぐわよ!」
「急げば見送りに間に合うわ!」
「ちょっと待って……」
何故かめぐみは困り顔。
「お腹空いた!」
「途中で食べなさい!」
めぐみの祖父母、白銀夫妻が車で待っている。
Vプレミアリーグの試合進行に合わせて、
新幹線チケットの手配を晴貴に依頼されていた。
試合終了の知らせに、伊立までのチケットを2枚購入。
常磐線、最終の特急には間に合いそうだ。
体育館に遥香と晴貴を迎えに行き、
切符を渡して折り返し、吉備駅まで送ってきた。
孫娘の照れたような笑顔に、問題解決を悟った。
新幹線の出発までは時間がない。
大丈夫、きっと間に合うさ、
おじいちゃんに、任せなさい。
時間ギリギリ、窓越しの見送りになった。
手を振る遥香と晴貴に、
めぐみは満面の笑みでハートマークを示す。
『晴貴兄ちゃん、ありがとう。
一所懸命、練習するからね!』
帰宅するとめぐみは早速、
駐車場でボールを蹴る。
「ポーン、サッ、サッ!」
「ポーン、サッ、サッ!」
ポンコツターンに、得意の引き技を重ねる。
ボールが抜け出す前に、軸足を切り替える。
身体は相手に正対するが、
邪魔する足は届かない、はず。
うまく成功すれば視界は広がり、
次のプレーへのオプションが広がるが、
ボールの勢いをコントロールするのが難しい。
晴貴兄ちゃん、待っていてね。
絶対、成功させてやるんだから!
めぐみの机の上には、晴貴の置き土産。
外国のワールドカップ記念硬貨。
『ARGENTINA78』の文字と、
スタジアムのレリーフ。
裏面は大会エンブレムと、
『100PESOS 1978』の文字。
しかし、練習に夢中なめぐみは、しばらく気がつかない。
1月9日(月・祝)、深夜に帰宅、みんな寝ている。
遥香が晴貴に命令する。
「お腹空いた」
「はぁ?」
「お、な、か、す、い、た!」
「へい、へい」
晴貴はキッチンに向かうと炊飯ジャーを確認、
炊いたご飯はないので、
パックのごはんをチンする。
削り節とチューブ入りワサビを豪快にご飯と混ぜる。
揮発性の辛味にむせるが、
混ぜているうちにほとんど抜けてしまう。
醤油で味を調え、遥香と自らの分を茶碗によそう。
梅コブ茶を添えて給仕する。
遥香は満足そうに平らげた。
「本物のワサビを使うと全然辛くないらしいね」
オヤスミを言って、遥香は洗面所に向かった。
『遥美母さん、パックのご飯を頂きました。
お土産はみんなで食べて下さい』
キッチンにメモとお土産を残す。
「おやすみ」
洗面所の遥香に声をかけて、
晴貴は久し振りの自宅に戻った。
1月13日、金曜日。
バラキ県高校新人サッカー大会一回戦。
吉備レフェリー遠征で晴貴は、合格点を取った。
日本サッカー協会審判部の設定した基準は、ほぼクリア。
「ほぼ」というのは、キャリアの短さに懸念があった、
しかし、そこは実力がモノを言う世界。
実技試験で見極めよう。
白羽の矢が立ったのがこの大会。
当然、晴貴は選手として出場できない。
一回戦、二回戦、準々決勝、準決勝と、
合格点に達すれば、次の試合にチャレンジできる。
男子の大会を4試合クリアすれば、
次は28日からのサッカー女子の県高校新人戦。
修学旅行明けの強行スケジュール。
それでも晴貴は試練を突破した。
ユース限定2級審判員の育成研修会に参加した6名は、
全員、3級審判員(ユース限定2級審判員)として、
それぞれの地域サッカー協会から認定された。
引き続き「限定解除」を目指して精進してください、
その上で「ユース限定1級審判員」への道をご用意します。




