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HIGH FIVE  作者: 栄津鞆音
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 12月22日、冬季休業前日。

 遥香と晴貴は、JR賀多駅に降り立った。

 いたちかな市でのバレーボールの練習を終えて、

 父親たちよりも一足先に電車で帰宅。

 いろいろな事情と利害が一致して、

 伊立シェーンハイトと伊立コンクレントで、

 それぞれバレーボールを続けている。

 二人とも身分は練習生のまま。

 晴貴は明日の早朝、

 電車を乗り継ぎ吉備県に向かう。


 遥香の家で二人っきり。

 帰宅途中に購入したお弁当で、遅めの夕食。

 父親たちは法事の遥美母さんをお迎えに。

 中学生の弟、結貴は最近独りを好む。

 小学生の妹、媛貴はとっくに就寝済。

 明日から留守にするので、あれこれを遥香に依頼。

 みんなへのクリスマスプレゼントやいろいろな事。

 伊立一高休業明け恒例の実力考査に備え、

 共通する科目の対策も余念がない。

 二人で試験のヤマをはり終えると、もう10時過ぎ。

 早目にプレゼントされたマフラーを巻きつけ、

 遥香が近所のコンビニに買い出し。

 寒空の元、コーヒー1杯で晴貴もつきあわされる。


 遥香がコンビニ袋を晴貴に押し付ける。

「明日からのおやつ買ったから、持って行って。

 それから、お汁粉、食べたい」

「はぁ?」

「お汁粉が、た、べ、た、い!」

「へい、へい」


 帰宅すると晴貴はキッチンに向かう。

 袋にはいくつかのお菓子の他に、

 190g缶の『おしるこ』飲料が4缶。

 アンコの串団子が1パック。

 缶の中身を小振りの鍋に空ける。

 少量の水で缶をゆすぎ、その水も鍋に。

 串団子は4玉3串をフォークで外して鍋に。

 慎重に火加減を調整する。

 油断するとすぐに吹きこぼれる。

 火を止めて、遥香と自らの分をお椀によそう。

 遥香は満足そうに平らげた。


「晴貴のお母さんの作るお汁粉、美味しかったよね」

 オヤスミを言って、遥香は浴室に向かった。

『遥美母さん温めてどうぞ。

 明日から、かうべ遠征です。

 始発の特急で行きます。

 結貴と媛貴を宜しくお願いします』

 鍋に蓋をしてメモを残す。

 脱衣場の外から遥香にオヤスミと声をかけて、

 晴貴は自宅に戻った。



 12月23日、正午少し前。

「晴貴兄ちゃん!」

 早朝の特急で伊立を出て、新幹線に乗り継ぎ、

 吉備駅で新幹線から降り、改札を出ると、

 高鈴めぐみが迎えに来ていた。

 精一杯のおしゃれをして、慣れないスカート姿。

「どこかのお嬢様かと思ったよ」

 晴貴のリップサービスに照れ笑い。

 急に、姿を見られるのが恥ずかしく思えてきた、

 晴貴の腕にすがりつき、視界から外れる。

 媛貴みたいだなと晴貴は思った。

「しばらくやっかいになるぞ」

「うん。でもいいのかな?

 かうべ市までは、こだまでも1時間だよ」

「結構かかりそうだな、でも仕方ない」

「お父さんがね、今日はゆっくりしてもらいなさい。

 駅周辺を案内しておきなさいって。

 お母さんがね、お昼は一緒に食べてきなさいって……」

 クリスマスイブの前日の町は華やいでいる。

「デートみたいだな」

 何気ない晴貴の言葉にめぐみは頬を染める。


 めぐみが案内したのはハンバーガーショップ。

 おしゃれなカフェやレストランは元より、

 中学三年生の行動範囲では、

 ファミレスさえ選択肢には浮かばなかった。

 お友達に出会ったら何て言おうかな?

 そんな事ばかりが気になって仕方ない。

『恋人だ』って言ったら、みんな驚くかな、えへへへへ。

『親が決めた許婚者だ』って言っちゃおうかな、うふふふふ。

 晴貴兄ちゃんも、話を合わせてくれて……。

 少女マンガの主人公みたいだな、あはははは。

 妄想が止まらない。


 晴貴がトイレで席を外した時に、懸念が現実に。

「めぐみ! あの男の人だ~れ?」

「こんなにおしゃれして」

「私服のスカート姿は初めて見たよ」

「ねぇ、彼氏なの?」

「高校生だよね?」

「紹介しないと、こうだぞ!」

 中等部バレーボール部の仲間たちに見つかった。

 興味津津で、あたふたするめぐみをいじりまくる。


「めぐみ、友達か?」

 晴貴が戻ってきた。

 友達の一人が晴貴の真似をする。

『めぐみ、友達か?』

『うわ~っ』

 みんなで冷やかす。

 めぐみは赤面、あわあわするのみ。

「相賀晴貴です。ヨロシクお願いします」

 晴貴の柔らかな対応に、友達はワルノリする。

「めぐみの彼氏さんですか?」

「というよりも、フィアンセかな……」

『うわ~っ』

「ち、ち、ち、ち、違うよ!」

 慌ててめぐみが否定する。

「……し、し、し、親戚のお兄ちゃん!」

『なぁ~んだ』

「晴貴兄ちゃん、からかわないでよ!」

 いざとなると妄想はどこへやら、

 めぐみは怒ったふりをして晴貴を叩く。


 友達の一人が、晴貴のブレザーに気付く。

「あの、伊立コンクレントのエンブレムですよね」

 さすがはバレーボール部。

 めぐみはそこまで気付かなかった。

「もしかして『旬刊バレーボール』に載っていた……」

 Vリーグの「ルーキー紹介」コーナーの番外編で、

 遥香と共に、ルーキー目前の練習生として最近紹介された。

 西中郷と高萩の猛烈なプッシュがあったらしい。

 モノクロの小さな写真まで載せられた。

 地元伊立ではそれほどいじられる事はなかったが、

 所変われば対応も変わる、

「『ソウガ』さん?」

「『アイガ』と読みます。アイガハルキです」

『うわ~っ』


 バレーボール部の仲間達は色めき立つ。

「めぐみの親戚、凄いじゃない!」

「あ、あ、握手してください!」

「サ、サ、サイン下さい!」

「い、い、一緒にシャメ撮ってもいいですか!」

「分かったから、あまり騒がないで……」

 店内の注目を集め、少々困惑顔の晴貴。

 めぐみが一番驚いた。

「晴貴兄ちゃんって、そうだったんだ!」

『お前は、アホか!』

 仲間たちから一斉に突っ込まれる。



 12月24日。

 差出人名のない郵便が遥香の所に届いた。

 郵便はがきの倍のサイズ。

 長時間露光の星空の写真。

 差出郵便局の消印はなく、

 切手の代わりに「料金別納」のスタンプ。

 留守の晴貴の所にも投函された。

 来ているのはここだけではないようだ。

 小木津亜弥によれば、

 定形郵便物なら機械処理によって、

 見えないデータが埋め込まれているのだが、

 定形外郵便物なので手掛かりはないそうだ。

 それが却って、伊師兄妹からのものだと暗示している。


 晴貴がいれば一発で見抜けたはずだ。

 プラネタリウムでアンケートに記した事がある。

「南十字星が見てみたい」

 顔見知りになっていた天球劇場の解説員が、

 暫くしてから、自然な形でリクエストに応えてくれた。


 荒川沖岬医師も一目で星座に気付いた。

 バカンスの南の島で見覚えがある。

 日本国内で見える場所は限られている。

 琉球県で働く知人から情報が得られた。

 離島の診療所に勤務するために、

 臨床の現場に飛び込んだ、

 壮年の放射線科医がいるらしい。

 姓は変わっているが、

 本郷寿應先輩に間違いない。

 そろそろ、あの双子が健康診断に来る頃ね、

 林檎ちゃんの彼氏には、

 教えてあげた方がいいのかしら。


 伊立一高では二年生による修学旅行が、

 1月24日から、27日にかけて行われる。

 修学旅行は、実に31年振りの復活になる。

 行き先は琉球県。

 南十字星が見える街。



 晴貴はめぐみに、幾つかのプレゼントを用意していた。

 そのうちの一つが『ノーリミッター』という音楽CD。

 80年代アイドルのダンスフルなアルバム。

 亡くなった母親の所有物で、

 晴貴のお気に入りだった。

 最近、復刻版が出ていた。

 その中の『エンドレスダンサー』が、

 めぐみと初めて出会った時に、

 晴貴がリフティングに使っていた曲だ。

「これが欲しかったの!」

 めぐみは大喜び。



 ユース限定2級審判員の育成研修会は、

 十代の3級審判員の技術向上を主体として、

 摂津県かうべ市で行われる。

 日本サッカー協会審判部が主催し、

 メイン会場はなでしこリーグの強豪、

 摂津ドーナッツの練習拠点、

 摂津レディースサッカーセンター。

 12月30日から、かうべ市で開かれる、

 第25回全日本高校女子選手権大会に出場する、

 32チームの練習試合を利用して実技研修を重ねる。

 場合によっては本大会を担当すると、含みも残された。


 24日の午前9時。

 簡単な開催挨拶と、それぞれの自己紹介の後、

 すぐに体力測定となる。

 50M走を二本走った後に、200M走。

 設定時間は2級、3級、4級でそれぞれ異なるが、

 全員、2級の設定タイムを目指すように求められた。

 参加したのは晴貴を始め3級審判員6名と、

 3級を目指す十代の4級審判員12名。

 3級の6名は全員2級の設定タイムをクリアした。

 4級審判員の中には、吉備師恩学園の女子マネージャー、

 大津優季と松平知も含まれている。

 その他に地元から、審判員の認定試験を受ける者数名。

 高鈴めぐみもその中に潜り込んでいた。


 座学に戻るとルールテスト。

 現役の4級審判員にとっては、

 3級審判員への昇格試験を兼ねる。

 4級審判員希望のめぐみも同じ試験を受ける。

 採点の間に、研修会の実技責任者である国際審判員の講演。

 次シーズンから改正される競技規則のポイントと、

 前シーズンのJ1、J2、なでしこリーグで生じた、

 ルールに関する事案の紹介・解説が行われた。

 昼食の前に、4級、3級試験の結果発表。

 全員が合格していた。

 新4級審判員になった者は希望すれば、

 午後の研修会にも参加できる。



 高鈴めぐみは満足顔。

 これで私も審判員。

 晴貴兄ちゃんにまた一歩近づいた。

 それよりもこれからお昼だ。

 初めて作ったお弁当。

 晴貴兄ちゃんのお口に合うかな。

 失敗していないかな。

 きっと大丈夫だよね、

 ……ほとんどはお母さんが作ったから。

「私が早起きして作ったんだよ」

 晴貴兄ちゃんは「美味い、美味い」って食べている。

 大津先輩と松平先輩が笑っていた。



 午後はグラウンドに集合。

 サッカーの紅白戦を行う。

 人数はめぐみや講師まで含めて、30人弱。

 準備運動は晴貴がリードするように指名された。

 サッカーのキャリアでは群を抜いている。

 晴貴の主導でじっくり体を温め、

 いざ紅白戦。


 しかし一風変わっている。

 ルールの隙を突いた反則アリ。

 むしろ考え抜いたグレーゾーンを求められる。

 主審役の対応を含め、試合後に検証会を開く。

 そのために敢えて悪賢いプレーが横行する。



 めぐみはそんなことお構いなし。

 晴貴にプレーを見てもらう絶好のチャンス。

 最年少の中学3年生だったが、

 交替で出場するとキレッキレのプレーを披露、

 あちらこちらで、コマネズミのように、

 ちょこまか、ちょこまか、クルリ、クルリ。

 ボールを保持したら最後、

 引き技を駆使して相手の足から逃げ回る。



「面白い子がいるわね」

 摂津ドーナッツのエースプレーヤー、竹内が呟く。

 チームの練習拠点で自主練習をしていた。

 自主練習のパートナー、GKの中里も興味津津。

「つむじ風みたいな子ね、小学生かしら」

 摂津ドーナッツのコーチ、多田の興味は別。

「女の子は二人ね、

 男子に交じっても悪くない動き」

 大津と松平に注目。

「今日はレフェリーの研修会なんだって、

 しかも全員十代」

 チーム広報の山岡が説明する。

「女の子は吉備師恩の女子マネージャー、

 ドーナッツキッズのサテライトチームにもいたはずです。

 それから……」

 摂津サッカー協会審判部の秋が資料を繰る。

「あのコマネズミも女の子です。

 ああ、高鈴めぐみ、中学三年生。

 ゾンネンプリンツにいた高鈴剣次コーチの娘ですね」

「ふ~ん」

 一同の視線はめぐみのプレーに集中する。



「めぐみ!」

 中盤で味方の晴貴が叫ぶ。

 めぐみはその意図を理解した。

「ポーン」

 相手選手を背中にしたまま、晴貴へパス、

 即座に晴貴からのリターンパス、

 プレッシャーに倒されそうになりながら、必死で耐える。

 右足に正確に届いたパスを、

 練習通りにインサイドで捌く。

「サッ!」

 同時に左足を軸にクルリと反転、

 見事にポンコツターンが決まって、相手を置き去りに。


『うわっ!』

 思わす摂津ドーナッツの一同が声を上げた。

 めぐみは味方にパスを送り、得意気に晴貴を振り返る。

「上手くできたな」

 晴貴はそう言ってめぐみの髪をくしゃくしゃに。

 めぐみは照れながらも満面の笑顔。

「面白い娘がいるわね」

 なでしこジャパンのキャプテン、竹内が再び呟く。



 嬉しいな、嬉しいな。

 晴貴兄ちゃんに褒めてもらえた。

 最高のクリスマスプレゼントになったよ。

 まだポンコツフェイントは見せていない。

 成功させたらびっくりするぞ。


 翌日からも、めぐみは研修会についてきた。

「何でもお手伝いします」

 積極的に準備を手伝った。

 人手は幾つあっても困らない。

 研修会のマスコット的存在になった。



 たまたま別グラウンドで自主練習している、

 摂津ドーナッツの選手からも声を掛けられた。

「手が空いていたら手伝ってくれないかしら?」

 手の空きそうな時間は調べてあった。

 そうとは知らないままめぐみは、

 摂津ドーナッツ主力選手の自主練習をお手伝い。

 竹内からは『コマネズミ』と呼ばれる。

 ミニゲームでは相変わらずクルリ、クルリ。

 遂には『コマちゃん』が愛称に。


 晴貴に見せるための練習として、

「ポーン、サッ!」

「ブ~ン、トン、トン」

 ポンコツターンとポンコツフェイントを試してみる。

 実戦練習のつもりのめぐみは、

 当たり前のように淡々と披露。

 ポンコツフェイントを仕掛けた相手は竹内。

「何て娘なの!」

 FIFA最優秀選手賞を獲得したこともある、

 日本女子サッカー界の至宝が舌を巻く。

 チーム関係者の目の色が変わった。


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