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HIGH FIVE  作者: 栄津鞆音
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high-five15


 夏休みのバラキ遠征から戻ると、

 吉備師恩学園中等部三年生の高鈴めぐみは、

 毎日、自宅駐車場の壁に向かってボールを蹴り続けた。

「ポーン、サッ!」

 跳ね返ってくるボールを引きつけて、

 右足を引きながら、左足の後ろへボールを通す。

 次に左足でボールを蹴り、

 跳ね返ってくるボールを引きつけて、

 左足を引きながら、右足の後ろへボールを通す。


「ポーン、サッ!」

「ポーン、サッ!」

 何回も、何回も繰り返す。

 飽きてくると今度は、

 部屋から持ち出したCDラジオで、音楽を流す。

 手当たり次第に曲に合わせて、リフティングを試みる。

 まだ、しっくりくる曲が見つからない。

 CD一枚が終わると仕方ないので、

 聞きかじり曲を鼻歌で歌いながら、ボールをリフティング。

 バラキ遠征で聞いた晴貴が用いていた曲だ。


 プロサッカーチームでコーチをしている父の影響で、

 小学生の時は、少年団で男の子と一緒にボールを追っていた。

 エース級の働きをしていた。

 しかし大会によっては、女の子が出場できない事もある。

 女子だけのチームには、あまり興味を引かれなかった。


 吉備師恩学園中等部に入ると、

 当然のようにサッカー部の門を叩いたが、門前払い。

 練習に参加させてもらったが、体力の差に愕然とした。

 いつの間にか、少年団の仲間たちにも追い越されている。

 自分が女の子であることを、思い知らされた。

 遂には男の子と一緒にプレーするのが怖くなった。

 その時知り合ったのが、先輩の女子マネージャー。

 大津優季と松平知だった。

 時々、練習を手伝って、平然とプレーしている。

 最初はマネージャーとして手伝おうと思ったが、

 めぐみは異常に先輩の男子を怖がった。

 大津と松平は別の部活を勧めた。

 めぐみは女子バレーボール部に入った。


 夏休みの前までに中等部三年生の部活は終了した。

 4月から父親が高等部のサッカー部監督になっている。

 問題だらけのサッカー部だったが、

 大津優季と松平知がマネージャーながら、

 バラバラだった部員たちをまとめ上げた。

 問題は指導者だったが、

 高鈴剣次の監督就任で風向きが変わった。

 様々なつてを頼って遠征をくり返した。

 バラキ遠征では、元ゾンネンプリンツコーチである高鈴の顔が利く。

 常陸師恩学園の合宿施設を無料で使えたので、

 十日間ほど滞在し、精力的に試合をこなした。


 当然、元教え子たちとも再会したが、

 晴貴の置かれた環境の変化には驚いた。

「しかし、悪くない」

 どう転ぶかは分からないが、

 この試練を乗り超えた先に見える姿が楽しみだ。



 伊立サッカーフェスティバルの決勝戦直前、

 毎年恒例のエキジビションとして、

 参加各校の女子マネージャーと、

 指導者による即席チームの試合が行われる。


 晴貴は女子マネージャーチームの助っ人GK。

 30分ハーフだが、参加した女子マネージャー達は、

 憧れの自チームのユニフォームを、ぶかぶかに着こなし、

 次々に交替して出場、格好の思い出作りだ。

 吉備師恩学園はオープン参加だったが、

 大津優季と松平知は女子サッカーの経験者。

 急造チームの柱となってフル出場した。


 和気あいあいと試合は進み、後半残り10分。

 高鈴めぐみと父親の剣次が交替出場。

 微笑ましい親娘対決となった。

 スコア的には一方的に指導者チームがリードしているが、

 どうにか一矢報いたい。

 大量失点にも腐ることなく、

 晴貴はGKを続けながら戦況を見つめた。

 得点を奪うためには、方法はただ一つ。

 使えそうなのは吉備師恩の大津と松平。

 試合終了直前が狙い目。

 高鈴剣次の遠慮のないシュートを防ぐと、

 晴貴の目には副審のシークレットサインが見えた、

『もうそろそろ時間です』

 主審は頷き、アディショナルタイム1分を示す。

 行くぞ、勝負だ!


 晴貴はボールを抱えて立ち上がると、

 故意にボールを落とす。

 再び拾い上げる事はできない。

 高萩剣次はその意図を理解した。

 これは、勝負だ!


「大津、松平、サポートだ!」

 指示を出しながら、剣次を誘うようにドリブル、

 剣次は左サイドに晴貴を追い込む。

 大津と松平が近付いてきたのを確認すると、

 晴貴はクルリと剣次に背を向けた。

 剣次はコーナーに追い込もうと身を寄せる。

 晴貴は大きく左足でボールをまたぐ。

 見え見えの左への切り返し。

 剣次が左サイドを抑えにかかる、その刹那、


 一度左に切り返した晴貴は、

 左足でボールを押し戻す。

 いつか見た『ポンコツフェイント』を左右逆に実行。

 ライン際に抜け出した晴貴は、左サイドの自陣ベンチ前を行く。


「全員ゴール前に上がれ!」

 大津、松平は即座に反応。

 他の女子マネもキャーキャー言いながら続く。

 ドリブルで前進する晴貴の前に、

 指導者チームの若手が立ちはだかる。


『この相手さえ突破すれば……』

 他の指導者は息が上がっている。

 センターライン付近で晴貴が仕掛けるが、

 相手は簡単にフェイントに引っかからない。

 ボールをキープしながら周囲を窺う、

 真横にいるのは戸惑い顔の高鈴めぐみ。 

 晴貴はめぐみに向けて丁寧なパス。

「そのまま俺に蹴り返せ!」

 めぐみは驚きながら、指示どおりに思い切り蹴り返すが、

 ボールは晴貴の後方1メートルへずれる。


 却ってそれが功を奏した。

 ボールをディフェンダーからスクリーンしながら、

 ボールに向かって戻りながら晴貴はぐっと踏ん張り、

 右足の内側にボールを引っかける。

 左足を軸にクルリと反転すると、

 ボールは前に抜け、ディフェンダーを置き去りに。

 これもいつか見た『ポンコツターン』が決まった。


 残りのディフェンダー二人を難なくかわし、

 左サイドにドリブルで切り込んだGK晴貴は、

 中央に押し寄せる女子マネージャー選手の中から、

 大津、松平のラインを見定め、

 強く、正確なラストパス。

 雲霞の如く群がる女子マネ軍団にボールが消えた。

 大津が冷静にゴールに押し込む。

 初得点に狂喜乱舞する女子マネ軍団。


 あれ、人数が多すぎないか?

 振り返るとベンチには誰もいない。

『全員ゴール前に上がれ!』

 どうやら晴貴の指示を忠実に守ったらしい。

 観客席がゲラゲラ笑っている。

 指導者たちも全員爆笑。

 女子マネ軍団はお構いなしで、

 誰彼なしに抱き合い、ハイタッチを交わす。

 主審も笑顔でゴールを認めた。

 そして試合終了のホイッスル。


 晴貴は女子マネ軍団に巻き込まれないように、

 そそくさとハーフラインに戻る。

 目を輝かせながらめぐみが近寄ってくる。

 晴貴はハイタッチで迎えようとするが、

 めぐみは思いっきり晴貴に飛びついた。

「ありゃ?」

 晴貴はその時始めて自分の勘違いに気付く。

 高鈴コーチの子供は、小学生の男の子だと思っていた。

「何だ、晴貴が気に入ったのか?

 お嫁に行くならこのまま伊立に置いて行くぞ」

 少年っぽい娘は、父親にアカンベエをする。


 吉備師恩学園の伊立遠征中、

 晴貴はできるだけ帯同した。

 練習にも一緒に参加する。

 高鈴監督が一高の庄山監督に話を通していた。

 マネージャーの大津、松平は4級審判員の資格も持っていた。

 女子サッカー部のある二高や女子高の練習試合にも呼ばれた。

 晴貴と3人で数試合、審判員チームを組んだ。

 めぐみも第4の審判員として一緒に手伝う。


 めぐみは晴貴に懐いた。

 まるでお兄ちゃんができたようだ。

 一緒に曲に合わせてリフティング。

 晴貴みたいに上手くできないが、

 失敗するとめぐみはリフティングを止めてしまう。

 最初からやり直そうとする。

 晴貴は言った。

「失敗しても曲の最後まで続けろ。

 最初10回失敗したら、次は9回に減らせば良い。

 一度の失敗で、全てを否定することはない」


 晴貴が見せた『ポンコツ』フェイント&ターンを真似したがった。

 しかし引き技が上手くできない。

 晴貴がターンの見本をみせる。

 壁にボールをぶつけ、跳ね返ってくるボールを、

 インサイドで引っかける。

 最初はゆっくりでいい。

「ポーン、サッ!」

 成功イメージを浮かべながら、口ずさみながら。


 フェイントの最初は、大きくゆっくりボールをまたぐ、

 切り返しは徐々にスピードを上げる。

「ブ~ン、トン、トン」

 最初は止まったボールをまたぎながら、

 徐々にゆっくり動いているボールで、

 すぐにドリブルをしながら出来るようになるさ。


 伊立遠征の間に一日、休養日があった。

 晴貴はめぐみ達をかびれ公園に案内する。

 夕方には天球劇場のプラネタリウム。

 吉備師恩学園高等部の伊立遠征は、実り多いものとなった。


 めぐみは吉備に戻ってからも独りで練習を続ける。

「ポーン、サッ!」

「ブ~ン、トン、トン」

「ポーン、サッ!」

「ブ~ン、トン、トン」



 8月30日、火曜日。

 夏季休業が明け、第二回実力考査の二日目も終了。

 晴貴はかびれ公園の頂上展望台で、南の市街地を見下ろしていた。

 サッカー部ではCチーム扱いの晴貴は、

 独り「地獄のかびれ裏登山ロードトレーニング」つまりは放置プレー。

 展望台の柵には恋人たちの南京錠がちらほら。

 小木津亜弥と多賀冬海が眼下の丘陵を登ってくる。

 晴貴に気付き手を振る。


 二人は展望台まで登ってきた。

「テストが終わったから、

 みんなでレジャーランドに来たんだ……」

 冬海に任せ、亜弥は二人とは反対側、市街地の北を望む。

「相賀君も一緒にどう?」

「部活中だから遠慮しておく」

「そう……、ごめんなさい」

「謝ることないよ。

 気を遣ってくれてありがとう」

「……」

「……林檎はいつも感謝していたよ。

 多賀の気遣いに何度も救われたって」


 冬海が思い出して涙ぐむ。

「私達は悲しいけれど、あれで良かったんだよね」

「たぶん……」

 逃げるという選択が正しかったのかどうか、

 正直なところ晴貴には分からない。

 かつて二人で逃げようとしたのは、

 遊び半分で掴みどころのない相手と戦う事よりも、

 逃げることこそが最善と信じたから。

 きっと、伊師一家もそう判断したのだろう。


 逃げられるのなら、逃げるべきよ。

 冬海はそう信じている。

『お姉ちゃんにも、逃げて欲しかった』

 私達はその環境になかった。

 姉だけでも逃げてくれれば……。

 逃がす事ができていれば……。

 いや、後悔を繰り返すのは止めよう。

 私は前を向く事に決めたんだ、

 友達が姉の二の舞にならなかった。

 少しでもその力になれたのなら、

 それで良かったと考えよう。


「二人もここに『鍵』掛けたの?」

「いや、していない」

「そう」

「ここに縛りつけられるよりも、

 これからの未来が楽しみだよね、って……」

 晴貴は南京錠が乱雑にぶら下がる柵の下部を見回す。

「それに、この錆だらけの光景は美しくない。

 俺達の美意識にはそぐわなかった」

「二人の気持ちは錆つかないんだ」

 冬海が努めて明るく言う。

「上手いこと言うな……」

 晴貴の目が優しく冬海を見つめる。

「そういう所だよ、林檎が感謝していたのは」


「そんなことないよ……」

 真っ直ぐに見られて恥ずかしがり冬海は話題を変える。

「林檎は、どこに行ったのかしら?」

「それは俺も聞いていない」

「えっ!」

「ハル姉ェも知らされていない」

「徹底されているのね」

「いいさ、いつの日か林檎がどこにいても分かるような、

 世界的に有名なプロの……」

 晴貴の目が水平線を見据えた。

「駅伝選手になってやる」

「バレーボールやサッカーじゃなくて?」

 キョトンとする冬海に晴貴はニヤリ。

「もう……」

 冬海も笑う。


「ねえ、こっち、こっち!」

 亜弥が頃合いを読んで二人に声を掛ける。

「見て、見て、遠くに七浦海岸が見えるよ、

 崖の下に有名な七浦六辺堂があるの。

 その少し先が私の家!」

 そうこうしているうちに、賑やかな五人娘が姿を現す。


「あ~っ、変な銅像」

「変って言ったら失礼だよ」

「イスタートゥーヴルカン」

「何、なに?」

「バルカン像、ローマ神話の火の神だって」

「象には見えないよ」

「エレファンチじゃないよ」

「動物園にも行こうよ」

「たしかセット入園券あったよ」

「動物園って、何時まで?」

「あ~っ! 相賀君だ~」

「小木津さん、冬海姉さん、お待たせ~っ」


 動物園も楽しむには時間が足りなかったが、

 改めて行こうという勢いに、晴貴も巻き込まれた。

「ねえ、ねえ、相賀君、林檎が言っていたんだけれど」

 五人娘は気遣いしない。

「ここの象さんって、料理するんだって?」

「そうだ、言っていた、林檎が言っていた!」

「そんなはずないよね」

「エレファンチは賢いよ」

「ああ、その話か……」

 晴貴は苦笑する。


「去年の11月末だったかな、

 開園直後に来たら、ゾウのスズコが、

 水飲み場に浮かんだ落ち葉をすくって食べていた。

 しばらくしたら後ろを向いて何かゴソゴソ、

 鼻で一抱えもの落ち葉を運んだと思ったら、

 水飲み場に落として……」


『うわ~、シリアルみたい!

 相賀君見て、お料理だよ、ゾウさんのお料理!』

 林檎は大発見したように興奮していた。


「……水に浸った落ち葉を、再びすくい上げて食べていた。

 きっと食感が違うんだろうな」

「うそ~?」

「本当~?」

「今すぐ確かめよう!」

「まだ夏だよ!」

「じゃあ、秋にまた来よう、このメンバーで!」

「そうしよう、そうしよう!」

 調子のいい五人娘に、勝手に決め付けられたが、

 うっかり年間パスポートを持っていると漏らした晴貴は、

 何故か『ズルイぞ! ズルイぞ!』と非難され、

 その時は缶ジュースをご馳走すると約束させられる羽目に。

 頑張れ晴貴、傷心を癒やせという、みんなの愛だ。



 10月末。

 高校サッカー選手権大会、バラキ県予選。

 伊立一高は県大会2回戦で敗退した。

 3年生は夏季休業以降、

 受験勉強を理由に練習にはあまり顔を出さない。

 そんな悪しき伝統が、いまだにまかり通っている。

 2年生で主将に選ばれた奉行十三は、

 何とか晴貴を合流させようとしたが、

 3年生がいる間は諦めざるを得ない。

 GKの代鱈前主将他、3年生は6人残ったがこれで引退となる。

 敗戦に泣くくらいなら、ちゃんと練習しろよ。

 思っていても誰も言えない。

 そして次の年には、すっかり忘れて愚を繰り返すことになる。


 晴貴はすぐにはチームに合流しない。

 焦る必要はなかった。

 いまだに氷戸ローゼンシュトック他からのオファーは続く。

 次シーズンからの移籍も十分あり得る。

 何よりも審判員活動が面白く感じられた。

 伊立コンクレントでの練習も週に3日は参加している。

 何かが変わりつつある、

 そんなおぼろげな予感が晴貴を包んでいた。


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