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HIGH FIVE  作者: 栄津鞆音
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「おはよう、晴貴、良く眠れたか?

 昨日はどうだった?

 なんだか林檎がメールではしゃいでいる。

『いいぞ、いいぞ』って」

 朝食に訪れた晴貴に向かって遥香が尋ねる。


「『いいぞ、いいぞ』ってな~に?」

 媛貴が不思議そう。

 晴貴はちょっと焦る。

 対応を誤れば『置いてきぼりにされた!』と媛貴が暴れる。

「林檎お姉ちゃんが映画を見に行ったらしいよ。

 ……パン2枚頼む」


「はーい」

 素直に食パンをトースターにセットする媛貴。

 遥美ママがスクランブルエッグのプレートを晴貴の元に運ぶ。

 遥香がニヤニヤしながらカフェオレを晴貴に渡す。

 媛貴がポリポリとポップコーンを食べる。

「媛貴、……朝から何を食べているのかな?」

 それは遥香へのお土産のはず。

「林檎お姉ちゃんからのお土産」


「そうか……あとでちゃんとお礼を言うんだよ」

「さっき、林檎お姉ちゃんに電話した」

 遥香が噴き出す。

 やりやがったな。

 媛貴は満面の笑顔。

「おお兄ちゃん、今度、媛貴も映画に連れて行ってね。

『魔法少女カイニ』がいい」

 暴れないなんて、媛貴も大人になったものだ。



 遥香と晴貴の登校は、専ら伊立電鉄バスを利用する。

 第四回の定期考査が終わったばかりだ。

 受験が間近に迫った3年生の目の色が変わってきているが、

 1、2年生には緩い空気感が漂っている。


 林檎は葡萄お兄様と徒歩で通学している。

 バレーボール部の朝練がある今日は、

 夕方の通常の部活の方は早く終了する。

 週一回の休養日を設ける代わりに、

 苦肉の策として考え出されたが、

 その日は学習塾に通えると、父兄からは好評だ。


 朝練を終えた林檎は晴貴が待ち遠しかった。

 前日見た映画の感想をまだまだ語り足りない。

 氷戸から帰りの電車の中でも、しゃべりっぱなしだったが、

 お互いTVシリーズを見ていたので、見事に話が噛み合った。

 帰宅してから葡萄お兄様に感想を話したが、反応が芳しくない。

 林檎の中でちょっとだけお兄様の株が下がった。

 先程、遥香経由で媛貴ちゃんから、

 お礼の電話が来たので、お土産の件は話を合わせておいた。

 私もあんな妹が欲しかったな、早く来ないかな、相賀君。



 晴貴が教室に着くと女子がわいわいと盛り上がっていた。

 小木津亜弥、多賀冬海、五人娘、他。

 林檎を中心に映画談議の真っ最中。


 どうやら昨日、試験終わりを利用して、

 晴貴たちの前の回に五人娘が見ていたらしい。

 亜弥と冬海は一緒に既に2回も見に行っている。

 意外な組み合わせだが、

 学級新聞に載った冬海の4コマ漫画に興味を持ち、

 一高文化祭『黒檀祭』の漫画研究会の発表で、

 冬海の作品を読み、何故か急接近したらしい。


 アニメ好きの長島依子が晴貴に問い掛ける。

「相賀君のお気に入りキャラは誰?」

 質問自体に悪気はないが、地雷臭がプンプンする。

 ここは慎重に答えなければ。

「ア、アップルティー様かな」

『おぉーっ』


 野村寿里が無邪気に笑う。

「アップルってリンゴって意味なんだよね~」

『おぉーっ』

 リオ、ハッキリ言うな、空気を読め!

 林檎も照れるな!


 ここは強引に話題を変えなければ。

「ところで『魔法少女カイニ』って何だ?

 妹を連れて行かなければならない」

 多賀冬海が食い気味に説明する。

「魔法少女物だけど、少し変わっていて、

 変身とかモンスターとか魔女とかは出てこないの。

 ネタばれになるから、詳しくは言えないけれど、

 普通の女子高校生たちが、部活動を通して魔法を使うの……」

「それってズルじゃないのか?」

「違うのよ、きっと相賀君も気に入るわ。

 妹さんって幸せ者ね……。

 そうだ、TVシリーズの録画見せてあげようか、

 でも公開はそろそろ終わりじゃなかったかしら。

 私も3回見たけれど毎回発見の連続。

 それから、それから……」

 多賀冬海は活き活きと話し続ける。



 何とか降格を免れたJ2伊立ゾンネンプリンツに激震が走る。

 ブラジル路線を継承すると思われていたが、

 新しい監督はドイツ人。

 厳格で知られるアイゼン・シュルツェン監督。

 チームスタッフも大幅に入れ替える模様。

 晴貴のいるユースチームもブラジル人コーチは退団、

 熱心に指導していた高鈴剣次コーチも進退が注目されている。

 晴貴にとって高鈴は、少年団から見出してくれた大恩人だ。


 ユースチームの練習試合が急遽組まれた。

 相手はバラキ県内のライバル、

 J2氷戸ローゼンシュトック・ユース。

 就任予定のアイゼン・シュルツェンが、

 大勢のスタッフを連れて視察。

 変則30分ハーフの3本で、所属選手全員が出場。

 晴貴は得点も挙げ絶好調の動き。


 試合後に通訳を交えて監督と面談が行われた。

「何故守備をしない」

「点を取るのがフォワードの仕事です」

「規律と自由。どちらが大切だと思う?」

「ピッチ上の選手は自由であるべきだと思います。

 規律があなたの方針なら従います」

「ヴォリバルでのポジションは?」

「アングライファーです」

 最後にシュルッェンは晴貴の目を見ながら尋ねた。

「シュプレッヒェンドイチュ」

「アインヴェーニッヒ」

 ドイツ語が話せるのか。少しなら。そんなやり取りだった。

 シュルッェンが眉間にしわを寄せる。

「分かった。これからも頑張りなさい」


 次期監督はつき従うスタッフに漏らす。

「才能は認めるが、監督と選手の相性は運・不運だ。

 私のチームに王様はいらない。

 彼の個性は尊重すべきだが、

 ハルキと私は相容れないようだな……」

 チームの変革を示す絶好のターゲットになったようだ。

 翌日、晴貴に戦力外通告がなされた。

 高鈴剣次コーチもチームを離れる腹を決めた。



 高鈴コーチは晴貴の他にも、

 チームを離れる選手の移籍先を探した。

 これがゾンネンプリンツでの最後の仕事。

 晴貴の下にはJ1神島ヒルシェゲバイ、

 J2のライバル、氷戸ローゼンシュトック、

 その他からもオファーが殺到した。


 晴貴はあれこれ悩まずにすんなりと、

 伊立一高サッカー部を移籍先に選んだ。

 一高の監督・コーチとも大歓迎で、

 受け入れ態勢は整いつつあった、

 が、主将の代鱈が途中加入に難色を示した。

 合流は4月まで待ってほしいと。

 それは言い訳だった。


 夏季休業中に行われた練習試合で、

 徹底的にやられた事を根に持っていた。

 GKの代鱈は、二桁失点に自尊心を傷つけられた。

 半分以上が晴貴の得点だった。

 調子を崩した上に選手権予選まで引きずってしまった。

 ピッチでの晴貴の王様振りが癪に障った。

 バレーボールとの二刀流も気にいらなかった。


 生徒の自主性を重んじる一高の建前上、

 主将の意向は無視できない。

 代鱈の父はOBの重鎮でもある。

 サッカー協会への移籍手続きは済んだが、

 晴貴のチームへの合流は先延べになった。

 伊立コンクレントはそんな晴貴を快く練習に迎え入れた。

 晴貴につられるように遥香も一緒に週3~4日、

 いたちかな市へ向かい、伊立シェーンハイトの練習に参加した。



 正月明け、小雪の舞う寒い土曜日だった。

 上野駅に降り立った遥香と晴貴は、

 公園口から上野公園・不忍池を経て、

 大観記念館横の通い慣れた道を通り抜け、

 池之端門から大学付属病院に入った。

 毎年ここで健康診断を受けている。

 今回はこれまでと違い、一般の診療棟ではなく臨床研究棟。


 1990年にバラキ県で生まれた子供と言う名目で、

 統計調査に協力している。

 加えて臨界事故の起きた日に近隣で生まれたことから、

 万が一の影響がないかを定期的に検診する目的も併せ持つ。

 更には美島第一原発事故前から継続して、

 甲状腺検診も行っている貴重なサンプルでもある。

 勿論、親の同意の下、13歳の時と、16歳の今年も、

 担当医師から丁寧な説明を受けた。

 本人たちも理解して協力している。


 検診着に着替えた二人は各種検査を受けるが、

 日本でここにしかない最先端の医療機器もあった。

 昨年は数十分じっとしていなければならなかった検査が、

 数分で終わってしまうなど、進歩は目覚ましい。

 担当医師は一年ぶりの晴貴の成長に目を見張った。

 遥香も晴貴も全くの健康体だった。

 成人したら、標準例として使いたいと冗談を言われた。


 同じような検診着の被検診者が何人かいたが、

 プライバシーに配慮され、出会うことは希だった。

 しかし、思わぬ場所で運命の糸が交差した。



「林檎、どうしてここに?」

「……」

 検診の終わった遥香はトイレ前で林檎と遭遇した。

 これから検診の林檎の目が泳ぐ。

「晴貴も、来ているよ……」

 事情を知らない遥香は当然そう告げた。

「!」

 林檎はトイレの個室に駆け込んで閉じこもった。

 ここにいることを知られたくなかった。

 特に晴貴には。


 伊師葡萄の検診は始まっていたが、

 顔見知りのベテラン看護師が呼びに来た。

「本郷さん、妹さんが……。ちょっと来て!」

 よほど慌てていたのか旧姓で葡萄を呼んだ。


 女子トイレの前に人だかりがしていた。

 少し離れた所に佇む晴貴の検診着姿に葡萄は目を疑う。

「まずい事になったな」

 目を合わせると晴貴も驚いた表情を見せた。

 看護師に導かれて女子トイレに入ると、

 女医に若い看護師、男女の警備員。

 そして検診着姿の成沢遥香。

 遥香は葡萄を見てホッとした表情。


「本郷さん、お兄様よ!」

 女医が閉じこもった林檎に語りかける。

「来ないで、誰も来ないで!」

 中から林檎が叫ぶ。

「林檎、俺だ、どうしたんだ?」

「本郷さん、お願いだからここを開けてちょうだい」

 本郷さんって、伊師林檎の事?

 遥香は訳が分からない。

「もう、イヤ……」

 林檎のすすり泣く声。


 葡萄は男の警備員に目配せする。

 トイレ扉上部の開放部分に手を掛けると、

 警備員が葡萄の足を持ち上げる。

「林檎、失礼するぞ」

「来るな、変態バカ兄!」

 覗き込んだ形の葡萄に対して、

 林檎がトイレットペーパーを投げつける。

 物よりも林檎の言葉が葡萄に突き刺さって転げ落ちる。

「刺激してはまずいわ」

 女医が制する。


「本郷……伊師さん。落ち着いて、一体どうしたの」

「伊師って本郷なんだ……」

 遥香の独り言に、尻餅をついたままで、

 ショックを隠せない様子の葡萄が答える。

「本郷は俺達の、旧姓だ……」

「旧姓って……」

 遥香にも何か事情がありそうなことは理解出来た。

 林檎がわんわん泣き始めた。

「とにかく、最悪の事態には陥っていないから、

 伊師さんが落ち着くのを待ちましょう」

 女医が提案する。


 ベテラン看護師と女警備員を残して一度態勢を立て直す。

 晴貴とも合流して状況を整理する。

 林檎の立てこもりを知り、

 説得に向かおうとする晴貴を葡萄が取り押さえる。

 今のお前では逆効果だ、と。


 それぞれがここにいる理由も明らかになる。

 そこで初めて遥香と晴貴は伊師兄妹が、

 美島県三葉郡三葉町の出身だと聞かされた。

 美島第一原発の事故で故郷を追われた。

 母親の旧姓が「伊師」で、父親の姓「本郷」から改姓した。

 健康診断を受けているのは、美島県の健康管理調査によるもの。

 説明はそれだけで充分だった。



 しばらくすると林檎が落ち着いたようだ。

 女医。看護師。葡萄お兄様が代わるがわる説得に向かう。

 晴貴が行きたがるが、林檎は晴貴の存在を最も恐れているようだ。

 遥香が向かった。


「あのさあ、林檎……」

「帰って!」

「……うん、そうする……」

「……」

「……帰る前にね、一つだけ聞いて……」

「……」

「林檎、実は私達……、

 私と晴貴は、本当は双子じゃないんだ。

 姉弟でもない、ただの幼馴染で赤の他人……。

 騙していたようでゴメンネ」

「何ですって!」

 驚愕の表情で林檎が扉を開けた。


 ニヤリと遥香。

「あ……」

 若い看護師が林檎にしがみつく。

 看護師ごと警備員がトイレから引きずり出す。

「嘘つき!」

 籠城劇は終わり、林檎は素直に従った。



「世話を掛けたな成沢。

 双子じゃないなんて咄嗟に良く思いついたな……」

「う~ん、本当の事を言っただけなのだけれど……」

 葡萄も林檎も遥香の言葉を「機転」と信じた。

 何もできない晴貴は、林檎と会う事も叶わず、

 ただ歯ぎしりするばかり。



 伊師寿應は後輩の女医、荒川沖からの電話を受けると、

 土曜日に詰めている、北バラキ市の病院から自宅に戻り、

 妻の蜜柑をピックアップして常磐高速をひた走る。

 仕事の関係で、今回の検診は手伝えなかった。

 後輩でタレント活動もしている荒川沖が参加していた。

 愛娘の引き起こした騒動の報告を受けた。


「どうして、林檎が……」

 母親の蜜柑が憔悴している。

 父親の寿應も急ぎたかったが、

 電話を言い訳に谷守SAで一呼吸。

 焦っては駄目だ。


 寿應は後輩の荒川沖に電話して様子を尋ねる。

 娘は落ち着いているようだ。

 原因は同級生と鉢合わせした事、

 どうやら彼氏らしい。

 検診を受けている双子の同級生?

 寿應には思い当たる節があった。

 だが、被検診者のプライベートは例え妻でも教えられない。

 巡り合わせなのか、彼らなら林檎のことを理解してくれる。

 林檎と同じように健康なはずだ。

 生物学的には双子じゃないけれど、

 社会的にはどうなのかな。


 籠城劇はお咎めなしで処理された。

 林檎は両親に連れられて、遥香と一緒に車で帰った。

 葡萄は晴貴に付き合って、常磐線の特急に乗る。

 この際、葡萄から話しておきたい事が沢山あった。


 林檎は月・火の2日だけ「風邪」を理由に学校を休んだ。

 水曜日、疲れた顔をマスクで隠して登校してきた。

 放課後、林檎は晴貴をシビックセンターの天球劇場に誘う。

 勇気を出して自分の口から伝えなければならない事がある。

 晴貴は取り敢えず、遥香と葡萄お兄様には知らせておく。


 林檎は朝から無口で、不調なようだ。

 話しておきたい事が、なかなか切り出せない。

 葡萄から聞いている晴貴は、無理に聞き出そうとはしない。

「お腹、痛いのか?」

 林檎は僅かに首をふる。

「……眠れ……ないのか?」

 林檎は目を閉じて、小さく頷く。

「そっか、眠れないって、結構辛いよな……」

 林檎は晴貴の肩に頭を預ける。

 並んで座った晴貴だけではなく、

 遥香と葡萄お兄様も離れた席から見守っている。

 心配して一高からそっとつけてきた小木津亜弥と多賀冬海。

 1Fのカフェ、パンドゥトロアを根城にしている五人娘まで。

 林檎は短い間だが、プラネタリウムの星の下、晴貴にもたれて眠った。

 目覚めた時には、少しだけ元気になっていた。


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ライネンドカラシュウガクリョコウフッカツダッテサ、

31ネンブリ、ドウシテヤメチャッタノ?

コクホウノ○○○○○○ニ、ラクガキシタンダッテサ、

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