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HIGH FIVE  作者: 栄津鞆音
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high-five09


 晴貴は時々、同じような夢を見る。

 亡くなった母親の夢だ。

 弟の結貴と妹の媛貴が母親に甘えている。

 晴貴は立ち尽くし、その光景を眺めている。

 自分独りだけが取り残されたように、

 ただじっと、その光景を眺めている。



 J2はシーズン終盤を迎えた。

 伊立ゾンネンプリンツは下位に甘んじていた。

 ブラジル人の監督は今年度で契約終了。

 水面下では新監督の選考が進んでいた。

 それがユースチームで活躍する晴貴の運命にも、

 大きな変化をもたらすことになる。



 林檎と晴貴はデートを重ねた。

 シーズン中のユースチームのOFFは週に一日だけ。

 空き時間があえば一緒に過ごした。

 一高から1キロほどの距離にあるかびれ公園は、

 伊立電鉄線・地下鉄の終着駅で、一高前駅から一区間。

 伊立市で生まれ育った晴貴にとっては、

 子供向け施設という認識で、足が遠のいていたが、

 林檎にとっては新鮮な場所だった。

 郷土博物館や音楽記念館にも林檎は興味を示した。

「こんなに施設が集中しているなんてないよ、市民の宝じゃない」

 同世代とは滅多に出会わないので、デートにはうってつけだった。


 一高から徒歩で行く時は、入口の「かびれ神社」にお参りした。

 入園料のかかる動物園とレジャーランドには時々、

 いつもは入園無料の遊園地か、頂上展望台で過ごす。

 お小遣いに余裕があれば音楽記念館の展望カフェ、

 またはレジャーランドの大観覧車から市街地を一望した。

 帰りは伊立電鉄線・地下鉄のかびれ公園駅から乗車し、

 林檎は伊立駅で、晴貴は鮎沢駅で降りる。



 林檎は「かびれ動物園」がお気に入りだった。

 飽きずにサル山を二人で見ていた。

 自販機でサル用餌を購入して必ず投げ与えていた。

 子猿を狙って投げるが必ずしもうまく行かず、横取りされる。

 林檎はその度に悔しがって地団駄を踏んだ。


 公開時間に間に合えばふれあい広場に直行し、

 ウサギ・モルモット・シバヤギと戯れた。

 エサやり体験も可能であれば参加する。

 わくわくドームで間近に見ることができる、

 チンパンジーのおやつタイムは必ずチェックした。


 そもそも最初は、郷土博物館訪問を林檎が希望した。

 伊立市の歴史や産業を知りたがっていた。

 伊立市は海と山に囲まれ、漁業と農業と工業に観光と、

 バラエティーに富む産業に恵まれていると絶賛した。

「春の桜も素敵だったわ、

 来年のさくらロードレースには絶対エントリーするんだから。

 海水浴場が5か所もあるなんて伊立市くらい。

 夏は花火大会があちこちで開かれていたし、

 私のお部屋からも間近に見えたわ……」

 伊立駅情報交流プラザで知った知識から、伊立市に興味が広がった。

 晴貴にとっては今更だったが、林檎にはうってつけの施設だった。


 伊立市出身で国民栄誉賞も受けた作曲家を称える、田吉正音楽記念館。

 訪れるたびにミュージックプレーヤーを借り、田吉メロディーを満喫した。

 林檎は214曲の全て聞くつもりらしい。

 晴貴は仕方なく付き合うが、知らない曲ばかり。

 懐メロと言えば、亡くなった母親の残した、

 90年代の歌謡曲CDを聞くくらいだった。


 伊立駅周辺ではシビックセンターの市立図書館を一緒に利用した。

 林檎の自宅マンションからも近く、重宝した。

 時々、天球劇場のプラネタリウムで大迫力の映像を堪能した。

 毎日変わる「今夜の星座」解説に、林檎は素直に感嘆した。


 残念ながら、伊立市内には映画館はない。

 県内の魚洗町を舞台とするアニメ、

『パンツァーメートヒェン』の劇場版を見に行こうと林檎。

 魚洗町にも行ってみたいらしい。

 晴貴も深夜放送でTVシリーズを見ていた。


 デートで一緒に昼食を取ることができた時に、

 晴貴は林檎をファミレス系列のステーキ店に連れて行った。

 母さん軍団御用達の「ステーキ・ガッツ」は、

 全品にサラダバーが付いているので、

 セットドリンクバーの無料クーポンを利用すれば、

 千円程度でお腹一杯食べる事が出来た。

 昼間は同世代とあまりかち合うことのない穴場だった。


 林檎はサラダバーでヒジキの煮物と海藻サラダを大盛にした。

 海藻サラダは5種類のドレッシングで味わう。

 晴貴がからかってもどこ吹く風。

 しまいには晴貴にも強要する始末。

 最初のデートの緊張感はもうない。

 母さん軍団の集まりには必ず呼んでねと、

 晴貴に念を押していた。


 休日の午前中、都合が合えば伊立駅併設の、

「カフェインザスカイ」で待ち合わせをした。

 海に向けて突き出した、眺望の良い天空カフェだ。

 すぐに林檎のお気に入りの一つになった。

 パンケーキを一緒に食べてから、

 それぞれの用事に向かうこともあった。



 伊立シェーンハイト主催のバレーボール教室に、

 西中郷素衣と高萩直が特別講師として招かれていた。

 伊立市でのイベントなので当然、

「練習生」の遥香も駆り出された。

 終了後に大来軒で一緒に夕食。

 二階の座敷席でくつろぐ。

 晴貴と林檎にも声を掛けたが、

 二人とも都合がつかなかった。

 林檎はとても残念そうだった。


 それなら遥香に状況を聞くしかない。

 西中郷が口火を切る。

「どうなの? 林檎ちゃんと晴貴は」

「仲良くしているんじゃない」

 遥香は素気ない。

「気にならないの?」

 高萩が悪戯っぽく尋ねる。

 遥香は澄まし顔だが、二人には表情を作っているのが分かる。

「晴貴だって、いつまでも私と一緒じゃダメなんだよ、

 私にべったりじゃ、姉としても心配よ」

「そんなこと言っていていいのかな」

「どういうことよ」

「私が貰っちゃう。ということよ……」

 西中郷がいつも通りに茶化すが、二人はスルー。

「ちゃんと突っ込んでよ!」


「サッカーの方は調子良いようね」

 高萩が切り口を変える。

「うん、ユースの試合でも活躍しているみたい」

「それは怪しからん。

 バレーボールをなんだと思っているのよ!

 あなたもよ、遥香!」

 西中郷の矛先が遥香に向いた。

「素衣お姉ちゃん勘弁してよ、

 今日だってちゃんと手伝ったじゃない。

 それに伊立北部の練習には晴貴たちと一緒に参加しているわ」

「シュトゥルムだけじゃなくて、

 シェーンハイトとコンクレントでやらなきゃダメよ」

「高校生で全日本に呼ばれるくらいにならないとね」

「私にそんな才能ないってば!」


 矛先をかわそうと、遥香は真顔で言った。

「……それに晴貴はね、

 ずっと我慢してきたのよ」

「どういうこと?」

 西中郷が訝しがる。

「昔から本当はもっとママたちに甘えたかったのに……。

 私も喧嘩した時に一度、

『私のママだよ』って、言っちゃった……」

「それは……仕方ないよ、子供だもん」


「結貴や媛貴の事を考えて、

 寂しい思いをしないようにって、

 晴貴はちっちゃい頃から、

 色んな事を我慢してきたんだよ」

「そう……だったのかな?」

 高萩も半信半疑だ。

「空気を読んで、みんなに気を遣って、

 自分の事は二の次で、

 バレーボールだって……、

 みんなに気に入られようと頑張ってきたんだから」

「そんな……」

 西中郷は絶句する。

 そんなこと考えたことはなかった、

 素直な良い子だと思い込んでいた。

「母の日の作文もそうだったわね……」

 高萩が思い出す。



 賀多小学校3年生の時だった。

 同じクラスだった遥香と晴貴。

 まだ「双子説」は浸透していなかった。

 5月の母親参観日にそれぞれが作文を読み上げる。

 ベテラン教師の東原敏子は、母親を亡くした晴貴を気にかけていたが、

 晴貴はママ軍団に感謝する作文を書いてきた。

 父親や遥美ママと事前に相談して、

 密かに西中郷や高萩のママ軍団も招待した。


 作文で晴貴は「僕にはママがいっぱいいる」と自慢した。

「素衣お姉ちゃんと直お姉ちゃんをお嫁さんにするんだ」と結んだ。

 だがその直後、異変が生じた。

 正面から見守っていた担任の東原は驚いた。

 晴貴がポロポロと涙を流している。

「どうしたの晴貴?」

 遥香が立ち尽くす晴貴を心配して寄り添う。


「お母さんに……、逢いたい……」

 絞り出すように、晴貴が本音を漏らした。

「結貴は分かんないって言うし……、

 媛貴は遥美ママが私のママだよって泣くし……、

 だから……お母さんに逢わせてあげたい……。

 僕たちの……お母さんだから……」

「……そうだね、逢いたいね」

 遥香が晴貴をハグする。


 晴貴は我に返った。

 大変なことを言ってしまった。

 参観者の中の遥美ママに向かい、

「ごめんなさい遥美ママ、ごめんなさい……」

 晴貴は泣きながら詫びた、

 遥美ママが傷ついたのではないかと気遣った。


 思い出しながら西中郷と高萩は涙を拭う。

「あの時の遥美の対応も良かったよね」


 遥美ママは遥香ごと晴貴を抱きしめた。

「……良かった。

 晴貴がお母さんの事を忘れていなくて。

 貴美お母さんもきっと喜んでいるわよ。

 だって、晴貴のお母さんだものね……。

 そして貴美お母さんは、ママ達の親友だから、

 優しい晴貴がママ達は大好きよ。

 これからも貴美お母さんの事を忘れないでね……」

 遥美ママは担任の東原に目で合図して、

 泣きじゃくる晴貴を遥香ごと連れ出した、

 ママ軍団も続く。


「遥美も後で『やっぱり貴美の代わりは無理ね……』って、

 力不足を嘆いていたけれど、

 それ以上に晴貴の優しさに感激していたわ」

「みんなで遥美を慰めたのよね。

『あなたが居てくれたからこそよ』って」

「だから尚更、入学式の朝に晴貴から、

『遥美母さん』って呼ばれたのが本当に嬉しかったようね」

「晴貴も気が利いた真似をしたものね」

 何故か遥香が自慢げだ。


「とにかく、晴貴はあれから弱音を吐かなくなった。

 自分の中に封印してしまって……」

「我慢しているって訳なの……。

 遥香、あなた良く分かるわね」

「そりゃあ、本物の双子みたいなものだから……」

 違うよ遥香、それを言うなら夫婦みたいなものだよ。

 高萩はそう思ったが黙っている。


 遥香は尚も続ける。

「晴貴がサッカーにのめり込んだのも、

 そこには自由があったからよ、

 サッカーの試合以外に、

 あんなに激しい晴貴を見た事ある?」

「確かに、初めて見た時はびっくりした。

 サッカーの試合じゃ王様みたいだものね」

「サッカーで色々な事を発散しているという訳……」

 西中郷が唇をかむ。


「じゃあ、晴貴が眠れないっていうのは……」

 高萩が尋ねる。

 遥香が晴貴に向かって『よく眠れたか』と言う口癖が気になって、

 かつて理由を聞いたことがある。

「最近でこそ練習で疲れ切って眠れるみたいだけれど、

 中……小学校まではよく一緒に寝ていたから。

 四人で。

 晴貴は明け方まで眠れなかったみたい……。

 事故で入院していた時に、昼間から横になっていたので、

 睡眠のリズムが狂いっぱなしだったんだって。

 最近になってようやく原因に思い当ったらしいわ」

「入院中はウンチが出なくて、みんな困っていたわよね。

 運動不足かストレスかって……」

 何度も見舞いに来ていた高萩には思い当たる。


「私だって眠れない夜はあるわ、

 現代人なら誰もが不眠症で便秘気味だよ」

 西中郷が混ぜっ返そうとして失敗。

 そこに待望の「焼肉どんぶり」が到着した。

 大来軒の女将さんが微妙な空気を敏感に察知し、明るく勧める。

 林檎と晴貴の近況は取り敢えずここまでにしよう。

 三人の旺盛な食欲に火がついた。

 三人とも、食べ始める前からお代わりを注文した。



 ピンクの豚の貯金箱が遥香の家のリビングにあった。

 豚の背中にマジックで「ハルカ、ハルキ、成人式用」と書いてある。

 二人が幼い頃にママ軍団にプレゼントされたものだ。


「ハル姉ェ、何かおかしくないか?」

「何が?」

「この貯金箱、俺たちの成人式用だよな」

「当たり前でしょう」

「ハル姉ェの晴れ着と、

 俺のスーツ代の足しにって、

 二人のお年玉を貯めている」

「だいぶ貯まっているみたいね」

「おかしいだろう」

「だから何がよ?」

「晴れ着って幾らくらいするんだ?」

「ピンキリよ」

「スーツの何倍ぐらい?」

「同じくらいじゃないの?」

「そこがおかしい!」

「考え過ぎよ、バカじゃないの!」

「百歩譲ってそれは措いておくとする」

「理解してくれて嬉しいわ」


「……?

 お年玉と余った小遣いを貯めているけど……」

「あ、ちゃんとお小遣いの余り入れているんだ」

「え?」

「何でもない」

「ハル姉ェはいつも正月明けは羽振りが良い」

「どこかおかしいかな?」

「だってお年玉は……」

「なに! お年玉も全部入れてくれていたの?」

「入れてないのか!」

「入れているわよ。でも全部じゃない」

「それで良いのか!」


 遥香は表情を読まれないように、

 そっぽを向いて髪の毛先をいじりながら応じる。

「晴貴ってバカね、でも凄いわ、褒めてあげる。

 よし、私が特別に許すわ……」

 遥香が顔をドンと近付けると晴貴は圧倒される。

「これからお年玉は半分でいい。

 お小遣いも全部使い切りなさい。

 林檎とのデートとか、何かと要り様じゃない。

 新しいスニーカーが欲しいって言っていたわよね、

 我慢する必要はないのよ!

 来年のお年玉で買っちゃいなさい!」

 一気にまくしたてた。

「良いのか?」

「良いに決まっているじゃない。

 そうだ、お揃いを林檎にプレゼントしたらきっと喜ぶわ!

 早く予約しないと売り切れちゃうわよ、

 今すぐ行ってこい!」

 最後は命令口調だった。


「うぉっしゃ~!」

 いつも通り上手く丸めこまれた晴貴は、

 ハイタッチを交わして飛び出して行く。

 スニーカーは限定品。

 手に入れるには、氷戸の専門店まで行って予約しなければ。

 どうせなら林檎を誘ってサイズを確認しよう。

 行きたがっていた映画館にも行けるかもしれない。

 ありがとうハル姉ェ!

 同じものをプレゼントしてあげてもいいけど、

 そうなると媛貴がうるさそうだから、今回はゴメンな!


 遥香はホッと胸をなで下ろす。

「ママ~、豚の貯金箱、そろそろ晴貴が気付きそう、どうしよう」

 二人の会話を聞いていた遥美は落ち着いている。

「大丈夫よ、晴貴はそんなにガッついていないわ。それに……」

 遥美は大人の余裕を見せた。

「いざとなったら、結貴と媛貴の成人式用に、って言いましょう」

「おぉ~、ナイス!」

 遥香は母親とハイタッチを交わした。


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イシキョウダイ、キュウセイハホンゴウ、

イジメラレテ、セイヲカエタンンダヨ、

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