片割月の夜
そよそよと風が吹く。
少し冷たいその風は、夏が置いていった熱を少しずつ連れ去っているのか、日に日に街は半袖では寒く感じるようになってきた。
ココアだって冷たいものより温かいものの方が美味しいし、ゼリーよりシュークリームが食べたくなる。
アイスより肉まんの方がお腹に優しい……多分。
勿論、お風呂あがりと高級アイスクリームは別の話。
テクテクとスーパーで大安売りされていた某高級アイスクリームが大量に入った袋をぶら下げて、寄り道したコンビニで買った肉饅を齧りながら家路をたどれば、ふわりと薫る金木犀。
ああ、もうそんな時期かと上を見れば、無遠慮にこちらを見下ろす片割月。
「……良宵だね」
もうあまりいう人がいないらしい言葉を呟けば、足元に何やらふかふかの感触。
見下ろせば何かを期待したかのような顔でこちらを見上げる黒猫。
「家についたら」と呟けば、「わかってる」といいたげな顔で歩き出す黒猫。
食べるのを半分で止めた肉饅が微妙に空にある片割月に似ていると思えば、玄関扉にぶつかった。
幸い夜だから誰の目にも……黒猫の目はあったけれど、同族である人の目が無いなら問題ない。
適当にバッグをあさり、鍵を引っ張り出せば涼やかな鈴の音が響く。
「……ただいま」
誰もいない家にそう呟いて入れば、一足先に部屋に入った黒猫が、小さく鳴いた。
面倒になってアイスクリームを袋ごと冷凍庫に入れつつ、一番上の取り出しやすいところに置いておいた猫用なまり節を取り出す。
はやくはやくと急かす黒猫を踏まないようにして、いつの間にか自生していたすすきが揺れる庭が見える縁側へ。
こんな光景が見れるなら、萩とか菊とか植えてみようかと思いながら黒猫のおやつ皿にほぐしたなまり節を入れる。
転がっていたウエットティッシュで手を拭いて、物足りない熱さになった肉饅を齧った。
「……良夜には、君のご主人も帰ってくるよ」
ウニャウニャと言いながらなまり節を食べている黒猫に呟けば、ぽろりと落ちる涙。
胸を覆い尽くす寂寥感は、きっと綺麗な月が出ているのに心地良い夜だから……。