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短編

約束のあとの未来

作者: 片桐ゆかり



「大きくなったら、けっこんしようね?やくそくだよ、若菜ちゃん」


幼いころ、確かそんなことを言われた記憶がある。


「うん、やくそくね。ぜったいよ」


そうして私たちは指切りをして、すごく拙くませていたけれど、唇と唇を軽くくっつけて誓いのキスをした。

あれは幼稚園生のときだ。ものすごく可愛い天使みたいな男の子と、なぜか私は仲が良かった。波長があったのかもしれない。

朝、幼稚園に行った時からお昼も、お遊びも、ごはんも、全部全部いつだって一緒で、それぞれの家に帰るときは彼はまんまるの大きい目をウルウルさせながら私の手をぎゅう、と握ってあしたねと言って、これまたテレビから出てきたみたいな美しいお母さんと帰っていくという毎日。

今思えばあれほど美形にもてた(といっても一人だけれど)経験は、あの若干3~6歳の時期のみだった。

それから幼稚園を無事に卒業し、彼は私立の小学校に行き、平凡な私は私立学校とは無縁だったので公立の中学校へ行き、私と彼の交流は途切れてしまった。

彼の男の子も、お母さんもすごくすごく悲しそうに別れを告げて「遊びに来てね、絶対だよ」と言っていてくれてはいたのだが、そこはそれ、自分の生活も忙しく結局疎遠になってしまった。よくあることだ、こういうことは。

そして、幼稚園を卒業するときに、さっきの言葉を言われたのだ。

けれど、そんなものは所詮幼稚園児の思い込みからくる好意で、確証の持てる約束などではないというのは、私だって高校生まで成長した今ならわかる。

――ほんとうは、中学生くらいまで本気で信じていた。

いつか絶対、あの子とって思いながら、それでも自分から探す勇気は出ずに、結局臆病な私は自分から縁を再びつなげる努力を怠った。探そうと思えばいくらでもできたのに。

あの時の泣きそうな顔で私にだいすきって言ったあの子の顔が、いつだって私は忘れられないでいる。


昔の懐かしい夢を見た後は、無性にあの子に逢いたくなる。

私の中の彼の記憶は幼稚園のときで止まっているのだ。友達はできだろうか、泣いていないだろうか、そればっかりたまに思い出す。

泣き虫だったあの子。そして、どんな男の子になってるだろうか、と思う。



「…………って、」



家じゃない…、と呟きながら起き上る。私は白を基調とした部屋のベッドに寝ていた。

ようするに、保健室である。

具合が悪いと嘘をついて、サボっていたのだがつい本気寝をしてしまったらしい。

お昼が終わってから保健室にやってきたから、と携帯を確認すれば4時を過ぎていた。いくらなんでも寝すぎだ、と体を伸ばす。保健室の先生は、午後は出張でいなくなるといっていたから、正直助かった。


スマートフォンには、友達からの着信がいくつも入っている。

それらに返信をしながら、とりあえず登下校でざわついている学校が落ち着くまではこのまま時間をつぶすことにした。

懐かしい夢をみて少しだけ感傷的になっていたからかもしれない。

会いたいなあ、と口に出た言葉は、誰かの言葉によって遮られた。



「誰に会いたいの?」

「…え、と」



唐突に現れた人は、私と同じくこの高校の制服を着ている。

セーラー服の私と、学ランの彼。ベッドのカーテンを潜り抜けて私が座っているベッドへと近づいてくる。

背が高い、と思った。そしてとてつもなく優しい目で私を見ている。

知らない人、なのに。懐かしさを感じてしまうのはなぜだろう。優しげな風貌の、きっと男女問わず人気者になっているだろう目の前の人が、あの時の男の子だったらいいのにと思ってしまった。



「さて、問題です。僕は誰でしょう?」

「……からかってる?」

「ものすごく、真面目」



突拍子もないことを言い出したので、怒るより先に笑ってしまう。

そして何より、自分で言っている通りものすごく真面目そうな顔で言うので、よけい面白くて笑ってしまった。ちょっとかわいい。

それにしても、誰でしょう、なんて。どれだけ人気者なのだろう。

正直予想もつかないので、私はとりあえず友達が騒いでいなかっただろうかと目を閉じて考えてみる。

――しかし、私の友人はかっこいい同級生をみてきゃあきゃあ騒いだりするような子は一人もいないのだった、残念。それではクラスメイトはどうか、といえば、正直全く記憶にない。

興味のないものには全く意識が向かない自分が少しだけ恨めしかった。



「はるの、ゆうき」



わからないので、私が知っている、そして私がさっき思い出した男の子の名前を言ってみた。

もしかしたら、なんて思いも無きにしも非ず。

どうやってごまかしたらいいのかと思った瞬間に、若葉ちゃん、と泣きそうな声がした。



「ずっと、会いたかった。同じ高校に入って、なんどもすれ違って、でも気付いてくれなくて…。ずっとずっと見てた、さみしかった、でもそれ以上に、嬉しい」

「……え、もしかして…本物?」

「…、やっぱり当てずっぽうだったか。信じられないかもしれないけど、ほんとの話。僕のこと忘れてなくてうれしいよ、宮木若葉ちゃん」



私の名前は、確かに、宮木若葉である。

状況に理解が追い付かず私はぽかんと口を開けたまま、私を見下ろす彼を見ている。

彼――春野友紀は、どうやら幼稚園の時に私と一番仲の良かった男の子らしい、という状況に混乱と戸惑いと、そしてすこしだけの嬉しさを、覚える。

夢を見たからだろうか。それとも、まだ夢を見ているのだろうか。



「ほんとに、友紀ちゃん?」

「ん、ほんとなんだけど、友紀ちゃんはやめてほしいかな」



女の子みたいだし、と照れ臭そうに笑った彼は、ベッドに膝をついて私に近づいた。

思い出してくれた?と覗き込まれた瞳は、私を見るその少し不安そうな顔は、幼稚園児だったあの時から変わっていなくて、ああこの子は大きくなった春野友紀本人なのだとすとんと納得できた。

それに、これが嘘でも何でもないと何故だかわかってしまった。昔の私と友紀ちゃんの間にあった空気そのままがここによみがえったみたいで、私は嬉しさに顔をほころばせる。



「ゆうき、くん。どうしてここにいるの?」

「小学校も中学校も違う学校だったんだから、高校は同じところに行きたいなって」

「……私の志望校、何で知ってるの」

「もちろん、調べたから」



あっけらかんと言い切った表情は、やり切った感にあふれている。

もしかして、この子が私に対して持っている感情は幼稚園の時から変わってないんじゃないだろうか。

知らず知らずのうちに握られていた手を引かれて、ゆるく抱きしめられた。

心臓の音がする。ものすごく、早い速度で。



「…緊張してるの」

「してるよ。忘れられてるんじゃないかって、怖かった。最後に会ったのは、小さなころだけで、そのあと交流は途絶えてしまったから。

本当は、ずっと会いに行きたかった。一回会いに行ったこと、あったんだ。若葉ちゃんは気付いてくれなかったけど」

「ええ?声をかけてくれたらよかったのに」

「…うん、そうだよね。でも、そのときの若葉ちゃんは同じ学校の友達と楽しそうで、正直嫉妬したんだ。若葉ちゃんの隣で笑ってない僕が悲しかった。――だから、いつか絶対、小さなころみたいに、それ以上に一緒にいたいって思って」



やっと、これた。

切なく囁いた掠れた声の、そのあとにさっきよりしっかりと抱きかかえられた。

体に回った腕は男の人に近づいていて、たくましい。どきどきと早鐘を打つ心臓は、どうやったら止められるだろう。



「…ドキドキしすぎて、しんじゃいそうだから、やめて」

「やめないよ。若葉ちゃんが僕とした約束守ってくれるまで、守ってくれた後もやめない。若葉ちゃんの隣、僕にちょうだい」



熱っぽく耳元で聞こえる声が甘い。ぽすん、と二人ベッドに倒れこんで世界に二人だけになったようだ。

私はいつだって、この声に弱かった。

小さなころ、わかばちゃんと拙く私を呼ぶ声が、手を握る暖かな手がすきで。はなれていかないで、と泣く彼に、置いていかないでほしいと怯えていたのは私のほうだった。

私を覚えていてくれたことがうれしい。

昔の約束をちゃんと覚えてたことも。ゆうきちゃん、と名前を呼ぶ。

なあに、と柔らかい声がした。



「あのね、私も覚えてたし、夢に見るくらいには大切なものだよ」

「若葉ちゃん、変わってない。…大人っぽくなったしきれいになったけど、僕の大好きだった、大好きな若葉ちゃんのままだ」

「…ごめんね、私も会いに行きたかったの。勇気がでなくていけなかった」

「いいよ。ちゃんと会えたから」



もう一度ぎゅう、と抱きしめた後そっと体を離して、友紀ちゃんは起き上った。

そして私を起こして、帰ろう、と笑う。

素直にうなづいた。繋がったままの手も、私に合わせてゆっくり歩いてくれる速度も優しさも、全部特別なもの。ものすごく大事にしてくれてるなあ、とくすぐったい。



「友紀ちゃん、あの時の約束、守ってくれる?」

「僕、破るつもりなんてなかったよ。どんなに時間がたっても迎えに行こうって思ってたから」

「おじいちゃんとおばあちゃんになっちゃっても?」

「うん、若葉ちゃんはちゃんと待っててくれるでしょ?」



それは、なんとも肯定しがたいので、あいまいに頷くにとどめておいた。

ゆっくりと廊下を歩きながら見上げると、ん?と柔らかな声がした。急になんだか恥ずかしくなって、逃げ出してしまいたいような、気持ち。でもそれはさせてもらえないようで、しっかりと握りこまれた手は優しく包んでいるようでびくともしない。



「これからもよろしくね、若葉ちゃん」

「うん、よろしく…ね、友紀ちゃん」



それぞれの教室で荷物を取って、そしてまた歩き出す。

幼稚園の頃、私たちはお母さんたちに迎えに来てもらって、離れなきゃいけないことに怯えていた。

このままもしかしたらあえなくなるかもしれないという予感めいた何かがあったからかもしれない。

けれど、私たちはこれからどこまでも一緒に行けるだろう。

そんな予感が、するのだ。そしてそれは、きっとその通りになるだろう。



「大好きだよ、若葉ちゃん」

「……真顔で言わないで!」

「照れてるとこも可愛い」

「ば、ばか!恥ずかしいからやめて」

「やめない、もっと可愛い若葉ちゃんを教えて」

「……っ、うううう」



あまりの甘さに唸る。

こんなの反則だ。全く持って、私のほうに余裕がない。

もっとも、昔から余裕がないのは私のほうだったから、変わってないだけなのだけど。

その後、私の家に着くまでご機嫌な友紀ちゃんは私をひたすらに甘い言葉で攻め続け、当時のことを覚えていた母にしっかりとアピールして私の家に転がり込んだ。

そしてしっかり夕飯まで食べて帰り、その次の日には私が友紀ちゃんの家へ遊びに行くことになり泊まりに行くことになり、母親同士が一緒にご飯にいくまでの仲になった時には、私はもう友紀ちゃんから逃げられないことを悟ったのだった。

――私の王子様は、愛が重い。

けれど、それが心地いいと思ってしまうくらいには、私は毒されているのである。














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