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恋蝶詩  作者: 楼榮 槐
5/13

5詩

(すめらぎ) (しの)、お前は明日で18になる。明日からお前はここを離れ、こことは別の山村で暮らしてもらう」

「どういうことですか、父上」

「父上と呼ぶなと前言わなかったか」

長官というのは篠の父親、すめらぎ 悠善ゆうぜんのことである。長官は忍の中で最も優秀な者に与えられる位で、悠善はこの位に入って15年目になる。これは史上最長ともいわれる年月で、普通では3年が限界であるにも関わらずその職を(まっと)うしている。悠善は度々(たびたび)、若者にもっと自分より優秀な者がいてほしいと呟くがこの15年間それを許したことはない。忍の世界で悠善を知らない者はおらず、(すめらぎ)という姓は忍の世界だけではなく各地の大名にまで知れ渡っているほどである。

「話に戻るが.....その村は罪を犯した者どもが住んでいる」

「つまりその咎人の殲滅が試験であると?」

回りくどい話が嫌いな篠が結果を急ごうとする。

「話が進まない。口を挟むな。その咎人は殺さない。お前が殺すとしたら忍だ」

その瞬間篠の頭の中は真っ白になった。 篠は客観的、大多数から見ても罪があると認められた者しか殺したことはない。上の人間の主観的な思いによって殺せることが信じられなかった。

「先に試験の全体像を話す。女忍の試験も同じ場所で行う。女忍にはその村で忍であることを隠したまま生き延びるということを試験内容として話している。しかし女忍はその村が咎人による村であることを知らない。いかなる場合においても注意を散漫にしないことと、普通の村娘として振る舞うことを学ぶためだ。女忍は敵の懐に忍び込み、内情調査をすることによく使われるからな。その村で咎人に殺されたとしてもそれは忍の経験不足だ」

忍の経験不足といえど(よわい)16の女子(おなご)を咎人の中に放り込むのはあまりにも酷すぎる、と思いながらも篠は質問を投げ掛ける。

「それはいつまで行わるんです?」

「よく聞け、話はここからだ。お前が帰るのは女忍が愛する者を殺すか、4年の月日が経ってからだ」

「愛する者を殺す!?」

「仕事に情を挟んでもらっては困る。その覚悟ができてこそ真の忍になるのだ。もちろんそのことも女忍には伝えていない。愛する者ができ次第その命令を下す」

「もしできなかったら.....」

「そのときは男忍が女忍を殺す。また、4年の月日が経っても愛すべき者ができなければその村に永久追放。男忍は4年間気づかれずに行動できたとして合格。まあ、そのケースはほとんどない。愛すべき者は女友達であろうと師匠であろうと誰でもよいのだ。どうせ皆死を宣告された咎人だ」

「ですが、その愛す者が試験を受けている他の忍だった場合は.....」

「まず男忍であることは確実にない。男忍は試験の全体像を知っているから女忍にいい顔をすれば自分が殺されるのを知っている。また、女忍同士で殺しあうことはなきにしもあらずだが、お互いが試験のために来ているのをどこかで感じているからか自分と同じくらいの年齢とは付き合わない。心の深くで敵だと認識しているんだろう」

「忍は咎人じゃない」

「罪を犯しているかどうかは見方によって変わる。お前が決めることじゃない。おきては絶対だ。掟を破ろうとすればそれは罪なのだ」

篠はたんたんと話す父親に、もはや人間の心があるとは思えなかった。冷酷な瞳は実の息子を見ているわけじゃない。掟に操られるただの人形、そう思わせた。

「お前には桜庭家の次女である女忍を監視してもらう。もちろん、忍であることに気づかれるな。女忍は男忍と同じ場所で試験を行っていることは知らないが、つけまわしているのを気づかれて失格になった者が何人もいる。男忍に試されるのは優れた洞察力と隠密能力、 そして忍を殺す単純な強さ。 姿を晒さない上で、自分の担当する女の人間関係を知る。場所は幹部しか知らされないから報告や伝達のやりとりは全て鳩で行え。そちらの報告から命令を下す。それができなければ殺す。わかったか?」

「つまり、()らなきゃ()られる」

「女忍はな。お前は掟をやぶった女忍を殺すだけだ」

忍対忍の戦いは凄まじい。技術がある者同士であれば相討ちもままある。しかし篠はそのことはあまり気にしていなかった。自分強さに自信はあったし、存在を認識されずに仕事をこなすことは経験上問題なかった。ただ、精神的な問題を感じていた。果たして自分は掟を破ったからといって女忍を殺せるのかとー


「そういえば先日の暗殺のことだが」

篠であっても暗殺の場合は最悪の場合を考え見張りがいる。

「お前はいささか忍として不向きな点がある。暗殺といいながら派手に護衛を10人も殺し、挙げ句の果てに敵に名乗るとは」

篠はギリっと歯を軋らせる。また小言かと。

「お前は忍として自信を持ちすぎている。確かにお前は忍として技術は高いと周りには認められているが、それは選ばれた人間だからにすぎない」

忍として長けた者同士から生まれた選ばれた人間。自分のブランドとは所詮そんなものなのかと。篠はそれを言われるのが何よりも嫌いだった。


10年前、女子供を誘拐しては売るという闇商売をしている敵の暗殺計画があった。その計画で、敵を殺す任務をもった忍がミスをした。そのミスの尻拭いをしたのはまだ齢8歳の篠だった。そのとき、

「やっぱり長官の子供だ」

と言われたことを今も忘れていない。齢8歳の子供にそんな言葉はいらない。ただ単純にほめてほしかったのだ、自分自身を。それからというものの、何に成功してもすべて父親の株あげに繋がる事が幼いながらにしてもわかった。自分がほめられることはない。それがいつしか親が優れているから当たり前という認識に変わっていたことも。


わかっていたはずなのに期待してしまう自分が恥ずかしかった。今度こそ自分の力だと認めてほしかった。何人もの敵に囲まれても任務を成功したというのに。あの変態に媚びへつらってでも忍であることに気づかれないようにこなしたというのに。


「明日の朝は早い。家に帰ったら早く準備を行え。わかったな」

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