凶器はナイフ
ナイフが好きだ。
色、艶、形、どれをとっても申し分ない、ステキだ。
大きすぎてもダメだ。
刃渡り10センチほどの折りたたみの物がいい。
機能性に富み、持ち運びも便利だ。
ナイフで物を切る感覚は堪らないものがある。
自分の腕にナイフをあて、軽くナイフを滑らすとスパッっと切れて、血が流れる。
生身のものだと、それこそ至福の感覚があり、気絶してしまいそうになる。
気持ちいい……。
それは、切る感覚であり、血を見て気絶しそうになるものではない。
一瞬だが、その切れる感覚が堪らなく癖になり、何度も何度も自分の腕を傷つけた……。
今では、俺の腕は傷だらけになっていた……だが決して後悔はしていない。
切る感覚が、たまらなく気持ちいいのだ。
いつしかその感覚は薄れ、もう二度と快感を得る事はない。
人間の持つ ≪慣れ≫ と言う感覚だ。
初めて自分の腕を切った時の感覚はもうそこにはない……。
あの至福の感覚を味わうことは、もう無い……。
だが、ナイフが好きだ。大好きだ。
ある日、俺は思ってしまった。
これで人を刺したらどうだろう……。
別にそれは、人でなくてもいい、生きる物を切る感覚を味わってみたくなった。
自分以外の ≪生きるもの≫ を刺す感覚を求めていた……。
そう思うと、出ても立ってもいられなくなり、部屋を飛び出していた。
もちろんこう言う時は、俗に言う ≪お出かけ用ナイフ≫ を持ち、外へ飛び出した。
刃渡り10センチほどの、折りたたみタイプの物だ。
毎日、研いで大事に押入れにしまって置いたナイフだ。
今思うと、今日の日のためのナイフなのかもしれない。
外へ出ると俺は、ひと気の無い道で獲物を待った。
昼間だったが、もうそんなことは関係ない。
もう、誰も俺を止められない。
俺は獲物を見付け背後から素早く首元へナイフをあて、片手で口を塞ぐ。
男でも女だろうが、そんなことはどうでも良かった。
「大人しくしないと、お前を切る……」
獲物の耳元で小声で囁くと、俺は興奮して心臓の鼓動で胸が破裂しそうになった。
この緊張感も堪らないが、大事なのはその後だ。
奴は耳を傾ける素振りも無く、バタバタと体を動かし抵抗してきた。
俺は我慢が出来なくなり、軽く首元へナイフをプスッと刺してみた。
もう……至福の感覚がそこに蘇った……。
俺が求めていたのはこの感触……。
気持ちいい……。
堪らなく気持ちいい感触に、気を失いそうになる。
奴は、自分の血を見てか、さらに激しく抵抗する。
俺は我慢出来なくなり、室内へコイツを連れ込んだ。
俺は、コイツを縛り上げ、机に仰向きに寝かせた。
「これからが、本番だ……」
どうしようもない感覚……至福の時間がそこにはある。
ナイフを胸元へあて、プスッと刺し、そのまま腹まで滑らせる……。
「ううぅ……」
脳では脳内麻薬が大量に放出されているのを感じ、今にも倒れそうになる自分の体を奮い立たせる。
気持ちいい……。
言葉にできないほどの感触が ソコ にはあった、今まで感じたことのないものだ。
その時だった……。
「なにやってるんだ!! やめろ!!」
必死な男の怒号が俺の背中へ浴びせられ、俺は声の主を探した。
俺が振り返ると声の主は、俺の元へ急いで駆けつけた。
俺は自分の脳内麻薬で気絶しそうになる自分を、平常へ保つことで限界だった……。
俺の動きは呆然とした。
声の主は、すばやく俺からナイフを奪うと、こう言った。
「お前にカエルの解剖は、まだ早い!」
その声を聞き、自分の意識を取り戻す。
「先生……ごめんなさい……」