眩惑 3
「よお、待たせたな」と松本実が中村謙二を従えてやってきた。謙二は思いもよらずすこしデップリしていた。
「ユキチ、紹介する。こいつが同じクラスで伊東中から来た中村謙二。中学1年のときにサザンオールスターズの松田弘に触発されてドラマーを目指したそうだ。だからといっちゃなんだがこれまでのレパートリーはサザンとか、ミスチルなどの邦楽さ。ハードロックは初めてだけどみんなよろしく頼むよ。
謙二、こちらのベッピンさんが我が『DEAD PEOPLE』のリーダーでヴォーカルの福沢夕子。名字が有名人と一緒だからみんなユキチって呼んでる。だけど、ユキチって割りには教養がないが、歌声は天性の魅力がある。女だと思って甘くみるとひでえ目に遭うから気をつけな」
「実、もう少し気の利いた紹介の仕方があるだろ。一応女だからよろしく謙二。だけど、初対面でこんな言い方悪いかもしれないが、謙二はすこしデブだな。デブのロッカーなんて印象悪くねえか」
「ユキチ、謙二だって気にしているんだ。そんないい方ねえだろ」
「いいんだ松本、ユキチさんだっけ。確かにステージの先頭でデブが走り回ったら目障りかもしれないが、ドラムのビートが熱かったら却って迫力があると思うんだけど…」
「まあ別にアイドルバンドじゃないから実力があればいいさ」
「だったらいうなよ、ユキチは本当にひと言多いんだからな」と実が茶々を入れる。
「だけど、ディープパープルはサザンとわけが違うぜ。謙二の意見を聞きてえな」
「確かに聴いてみると、ベースやヴォーカルと呼吸を合わせるのも難しいけど、リズムの取り方のほうが問題だ。だけど心配入らないさ、結局のところ基本は4分の4拍子じゃないか」
そこへ大介がユキチと謙二の間に入った。
「ユキチ、そんなこといわずに彼の思い通りにやらしてみたらどうだ。俺も初めて演奏するからわかるんだけど、うまくいかなければそれなりに工夫をするものさ。何も今回のライヴがゴールじゃないだろ。俺たちはまだスタート地点に立ったばかりじゃないか」
「そうだ大介のいう通りだ。今度の日曜日午後1時から3時間スタジオを押さえてあるからそれまで各自のパートに集中してくれ」
「おいユキチ、まさかもう解散する気か。俺とユカはまだ謙二に紹介してねえぞ」
「あっ、わりいわりい。謙二、こいつがあたいと同じB組の桐原大介。担当はギターで城北中の出身だ。こいつはロッカーには珍しい作家志望なんだ。大介もこの高校に入学してから参加することになった。演奏する前から無駄口が多いが、なかなか物分りがいいやつだからひいきにしてやってくれ。そんでもってその隣にいる美少女がベースの小西ユカ」
「こんにちは謙二、わたしはA組のユカよ。出身はユキチや実と一緒の藤井中。お互いリズムパートは重要だから頑張りましょう。わたし見かけは細いけどベースは誰にも負けたくないの。一人で考え込まないで、うまくいかないところがあったらなんでも相談して。みんながいることを忘れないでね」
「よし、ここ一週間気張っていこうか」とユキチが席を立った。