七転八起 5
「じゃあ、これはどうかな」と大介は左指を滑らせ、力強くピッキングした。
「えーなによー、このフレーズは誰でもわかるわ。『ultra soul』じゃない」
「確かにやさしいよな、だけどこのイントロは衝撃的だぞ。これだけキャッチーなフレーズが思いつくのと、つかないでは音楽家として雲泥の差が出るんだ」
「大介はまだ思いつかないんだ」
「洋子も面と向かっていいたいことをいうようになったよな。以前は控えめでかわいかったのに」
「そんなことより『ultra soul』はどうなったの」
「そうだそうだ、この曲はなんのために作られたか知ってるかい」
「ううん、知らないわ」
「テレビ局で放送された水泳大会のテーマソングとして依頼されたものなんだ」
「いつごろ」
「洋子の方が詳しいだろ。俺たちが赤ちゃんの頃さ」
「そんな時代からのファンじゃないもん」
「まあいいさ、だからこの曲を作るに当たっていろんな条件があったと思う」
「へえー、どんな条件なの」
「水泳大会だからな、根性とか、試練とか、全力を出せとか、悔いを残すな、みたいなところかな」
「えー、本当にそんな条件なの」
「そんなことをいわれてもわからないよ。俺は立ち会ってないし」
「まあ、信憑性も微妙ね」
「洋子考えてみろよ。『ultra soul』っておかしいとは思わないか」
「なにがおかしいのよ」
「英和辞典の隅から隅まで調べても『ultra soul』なんて単語出てこやしないんだ」
「え!それじゃ稲葉が作った造語なの」
「そうだ、水泳も自分との戦いだからな。『強靭な魂』みたいな意味でつけたネーミングだと思う。でも英語で強靭はstrongを使う。ultraはultra light(超軽量)、ultra modern(超現代的な)みたいな使い方をするんだ」
「へえー、じゃあ精神の強さでultraを使うことがないのね」
「稲葉も相当苦労したと思うぜ。きっと魂のsoulを使うことは決めていたけど、前になにを加えるか。『super soul』とか『power soul』と思い浮かべても言葉数をそろえることは難しい。作詞の難しいところはここなんだ。字数が合わなければメロディーと合わないからね。言葉の持つ響きもとても大切だ。そんな状況の中でultraを引き出した稲葉のセンスは凄いと思う」
「本当にそんな戦いがあるの」
「たぶん、ということさ。俺と違って稲葉は何曲も詞を書いているから、金庫にたくさん言葉を預けていると思う」
「大介はギタリストになりたいの、それとも作詞家になりたいの」
「詞も曲も大切さ。それに音楽はそれぞれの楽器のパートも重要だし、アレンジも忘れてはいけない。つまりトータルで考えなければいけないんだ」
「へえー、結構難しいのね。でも大介、わたし大器晩成は嫌よ」
「はは、それは俺一人の設計図じゃどうにもならないかもしれない」