希望 5
会場の設営も終わり、出演者たちは控え場所になっているステージ裏にぞくぞくと集まってきた。大介と謙二が合流するとユキチが口を開いた。
「みんな聞いてくれ。リハーサルの持ち時間は20分だ。楽器のチューニングはすぐに取り掛かってくれ。リハーサルは通しでいく。謙二、イアンの演奏を追うな。大介にも言えることだが、余力を残して落ち着いてプレイすることがライヴでの成功の鍵だ。とにかくこの曲の演奏経験では藤井中のあたいたちが先輩だから大船に乗ったつもりで頑張ってくれ」
「あいよ」と大介と謙二が声を揃えた。そして間髪を容れずに、
「そうだ実、ギターソロの前半はアドリブで行く、後半のGmからはじまる8分音符が連なるフレーズがあるだろ。あそこはいけるかもしれない」
「まだ練習していたのか、後半の20小節だろ。あれはリッチーとジョンならではのフレーズだ。でかした大介、リハーサルでトライしてみよう」
「ユカはなんか言うことない」
「とにかくベストを尽くそうよ。大きな岩みたいにどっしりしたベースを弾くからどこからでもかかってらっしゃい」
「 ユカしっかり声も出しておいて、グレン•フューズのパートは任せたからね」
「あいあいさー」
「ああ、なんか緊張してきたな。人前で演奏するのが生まれてはじめてだから、どうやってコンディションを整えていいのかわからない」
「大介、観客を人間と思わないことだ 。よく言うだろかぼちゃだと思えって」
「ユキチ、俺には無理だって」
「ふん、平常心でいろってほうが無理があるのさ。あたいたちの目の前には演奏を期待している観客がいるんだからな。とにかく覚悟を決めることだ。そうすればモチベーションを上げることができる。どうしても緊張感が取れなかったら、左の掌に人って書いて何回も飲み込むんだ。オーソドックスだが昔の人からの言い伝えは案外王道だったりするんだ」
「俺も人前で演奏するのは2回目だけど、最初は躰が震えて参ったよ。だけどドラムを一回叩いたら心がすっと曲に入ることができた。だから大介も大丈夫さ」
「謙二、いいアドバイスだ。よーしみんな頑張ろうぜ」
「オー!」
リハーサルがはじまり、1組目のベイビークライがうたいだした。彼らは『粉雪』をうたう者らしくしゃがれた男らしい歌声だった。高校1年生のデュオとしては説得力があり、音程もしっかりしていた。
〜僕は君の全てなど知っていないだろ それでも一億人から君を見つけたよ 根拠はないけど本気で思っているんだ〜
この歌詞はほとんどの人が感じる恋愛の初歩だ。相手のことを知りたいと願い、一億分の1の出会いを信じ、確証がないまま惹かれてしまう。
人を好きになることに根拠は必要だろうか。一緒にいたい、胸が熱くなる、信じていたい、ただ心が引っ張られる、そんな想いが恋愛にはある。そんな気持ちをさらりと表現するあたりこの作者は非凡ではない。




