希望 2
ライヴを前にして大介はなかなか寝つけなかった。布団に潜り込んでいくら目を瞑ってみても、頭が冴えてどうしようもない。仕方なく羊を引っ張り出す非常事態になったが、60匹を越えたあたりで抵抗をやめた。自分でも緊張していることをはっきり自覚している。
緊張にはキンチョールだ、と叫ぶが。ダメだ、俺はこの程度のジョークしか言えない器の男だ、とやけになった。
よし、こういうときは脳を疲れさせれば眠りにつけるかもしれない。あれをやろう、と『BURN』の歌詞カードと英和辞典を枕元に持ってきた。
以前から歌詞の内容が気になっていたのだ。
〜The sky is red〜おー空が赤いのか。〜I don’t understand〜俺にも理解できねえぜ。〜Past midnight I still see the land〜カッコいいな、真夜中過ぎ俺は大地を見てる。〜People are sayin’ the woman is damned〜あの女は呪われているとみんなが言う。〜The city’s blaze〜街は燃え上がり。〜the town’s on fire〜炎に包まれる。〜The woman’s flames are reaching higher〜あの女が放った炎は高く燃え上がる。〜We were fools we called her lier〜彼女を嘘つき呼ばわりした俺たちが愚かだった。〜All I hear is ”burn”〜聞こえるのは燃えろという声だけ。
まあ、こんなところかな。日本の昔話で邪悪と言うと、鬼という想像上の怪物がいるが、中世のヨーロッパでは古くから魔女が実在していた。彼らは性悪で不思議な力で持って人に危害を加えたため、全土で大量の虐殺が行われた。ヨーロッパのロッカーがよく悪魔を題材にする背景にはこんな不幸があったからだ。
内容がわからない外国語だから適当にうたえばいいじゃん、と思う人がいるかもしれないが、聴衆たちにはいい加減かどうかすぐわかってしまうものである。それはなぜか、歌い手たちはみんなメッセージをどう表現するべきか、と試行錯誤を繰り返して最善を尽くしているから、手を抜けばそれはすぐピンとくる。
と、ここで大介は眠りに就くことができた。
翌朝5時、こんな時間に起きたくなかったが目を覚ました。なんだよ、3時間しか寝てねえよ、とぼやくと同時に躰が震え出した。
ステージのことを考えるとますます心はブルーになる。だがこのとき大介は思った。1人じゃない。条件はみんな一緒だ。ユキチだって、実だって、ユカだって、謙二だって、みんなこの日のために見えない敵と戦ってきたんだ。
失敗を恐れてはいけない。自分の出来る限りのことをすればいい。そうだ、今日が全ての始まりなのだ。女性が新しい生命体を世に送り出すときに信じられない痛みを乗り越えなければいけないように、何かを達成するときは同じ産みの苦しみがあるものなのだ。この山を越えればきっとまた違う世界が広がるはずだ。そうさ、これまでやってきた全てをぶつけよう。そうすればきっといいことがあるはずさ。




