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16……こんにちは。半分の月。

 菅原由紀は直感を重視する。天才と凡才の違いは違和感を覚えた時に、それが何によってもたらされたものなのか、ということを考えられるか、考えないかの違いでしかない。天才はそれを意識的に行い、秀才はその違和感を経験からしか学べない。凡才にいたっては考えることすら放棄する。

 気分が悪くなるくらい頭のいい由紀の知人の言葉だったが、確かにと彼女は納得する。確信を覚えた時の理屈ではない直感は、いつも正しかった。人がそれを選ばない理由はきっと自分の直感を信じられないからなのだろう。当たるかどうか分からない感覚に頼るよりも、理屈と経験で正解を導き出した方が安定する。

 ならばこそ、と彼女は思う。自分には経験が足りない。自分には理屈を理解できるほどの知識はない。それらに頼ったところで、幼稚な答えしか出せない。だから直感を信じる。

 何かがおかしい。何がおかしい? 答えは出ているはずなのに、答えは明白なはずなのに、それでは満足できていない自分がいた。

 健太と寝室と知らない女の携帯電話。関係性を線で繋いでいき、ストーリーを考えろと言われれば、大多数の人間は健太とケイタイの持ち主はベットで睦言(むつごと)を交わす仲なのだろうと答える。

「ああ、そっか……」

 しかし、それは健太という人間を一人ではなく数字の“いち”として考えた時の答えでしかない。由紀は暗い夜道を歩きながら、自分の視野の狭さを笑った。

 健太が知られたくないと叫んだ関係はつまるところ、彼にとって恥じたものに違いなかった。それは健太が好きでその関係を選んだわけではないということ。必要に駆られて、あるいは脅されて、否が応なしに結んだ関係。頭はお世辞にもいいと言えないし、性格もひねくれてはいるが、健太はあの顔なのだ。欲しがる人間はきっといる。そして人間を欲しいと、他人を金で所有したいと願う人間がまともであるはずがない。

 吐き気を催すような情景が雷のように走り、意識するまでもなく砕け散る。一瞬だけ捉えられたそれに、由紀は呆然とした。想像の産物でしかないが、何故か直感でそれが正しいと分かっていた。

 由紀はきびすを返して、元きた道を走った。

「健くんはメールをしたっていってた! それで、食事をしてくるって返事があったっていってた! でも、ケイタイはあそこにあった! それって、それは、つまり!」

 沢山の言葉が頭のなかで溢れてくる。息を切せながら、その声に耳を済まして彼女は違和感の元を探す。疑問でもあり、答えでもあるその声を探す。

 何故、自分は女がケイタイを忘れていったものだと思ったのか。何故、健太の分からないと言っていた言葉をもっと吟味(ぎんみ)しなかったのか。何故、あの場に自分と健太しかいないと思い込んでいたのか。

「あの場所にいたんだ。あのベットの下に。私が来る前から、健くんのベットの下に! あの時も、きっとどこかに潜んでて……」

 健太の語る先生という女。その女は健太を経済的に支配し、精神的に支配し、肉体的に掠取(りゃくしゅ)し、隣に住みながら彼の生活を覗き見る怪物だった。

 由紀は泣きそうな顔で、吐きそうな顔で、震えた。健太が良い人だと評した気持ちを言葉を踏みにじっていると怒りに震えた。こんなことがあっていいのだろうかと。もっと早くから気づくべきだったと。

 健太の薬の一件から、その女には違和感があった。健太に服用させている種類のものはどれもが劇薬で、特定の病気にしか処方されない類のものばかりだった。単純に言ってしまえば麻薬に近い。

 どういうつもりで、健太の思考を奪い、健太の社会性を奪っているのかと問いただすつもりだった。

「殺そう」

 自然と声が出た。

「健くんは私に運命だっていってくれた。私に人殺なんかさせないためにいるんだって、私を支えるためにいるんだって」

 自分はきっとここで健太を救うためにいるのだろうと由紀は思う。健太を邪悪な悪魔から救うために自分はここにいるのだと。

 彼が自分の不幸を半分背負ったように、自分もまた彼の不幸を半分背負うべきなのだ。そうすることで本当の友達になれるような気がした。

 頭の中で理性が否定の声を上げる。健太は所詮、他人でしかない。他人のために全てを投げ捨てるなど狂気以外の他でもない。社員を路頭に迷わせるつもりか。

 頭の中で知人が眠たげな声で笑った。他人の死を積極的に願った呪いの上に幸福は築けません。古今東西全ての歴史が、伝説が、伝承が証明しています。

「でも、ハイヌウェレは違うじゃない」

 ハイヌウェレは死ぬことで、殺されることで、他人に幸福を与えた。そう言いながらも屁理屈なのだということを彼女自身も理解していた。人の死から勝ち取った幸福は、幸福なように見えても、他人の不幸を願った形の上にな成り立ったいびつなもの。そんなものがまともであるはずがないのだ。

「間違ってるかもしれないけど、でも、それでも、私は」

 息を整えながら、汗を拭いながら、彼女は健太の部屋の扉の前に立つ。

「許せないし、見捨てない」

 全ての内容を健太に伝えたとしても、健太は最終的に許してしまうだろうことは想像に難くない。警察に訴えたところで、相手は大した刑罰も受けずに、自由を飽食(ほうしょく)し続ける。何も反省せず、同じようなことを繰り返す。寄生虫のように、宿主(しゅくしゅ)が死ぬまで命を吸い続ける。健太は不幸を進み続けるのに。健太は食い物にされ続けるのに。

 そんな馬鹿なことがあっていいのかと由紀は憤る。目の前で友達に降り掛かろうとしている不幸をどうにかできなくて、何が友達かと憤る。

 健太が友達といってくれた。自分も彼を友達だと認識している。あるいはそれ以上だと。

 扉の向こうで人の気配がした。緊張に脳内麻薬が溢れてくるのが分かる。

 ドアノブが動き、暗闇から幸の薄そうな笑みの女が溢れでた。女は由紀に気がつき、唖然とした顔で彼女を見つめた。

「死は常にネガティヴよね。昔からどんな伝承も伝説も、死はネガティヴなものって伝えてる。だから、死は何も救わない。そう思ってた。でもね、思い出したのよ。ハイヌウェレ、知ってる?」

「え?」

「ハイヌウェレは死ぬことで……殺されることで恩恵を人間に与えた。だからどうだって思うかもしれないけど、死は幸福に繋がることもあるっていう例があるだけで、私の精神は違うの。そう、死は幸福に繋がる、お前の死は幸福に」

 心臓が強く胸を打つ。由紀は人の手に模したシリコンのガワを外して、その場に投げ捨てた。

 自体を把握しきれていない女の青白い首を義手でつかみ、頭をドアに押し付ける。力いっぱい首を締めた。

「か、あ、くあっ」

「お前が健くんにあんな酷いことをいわせたんだな。死ね」

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