前編
山には白雪が深々と降っていた。
天上へと真っ直ぐ突き抜けるように聳え立っている神の山は何もかもが純白に包まれている。
白い大理石で作られた神殿は、いつもの厳かな空気が雪の寒さで一層の清らかさが増していた。
その神殿には天上の神に仕えし翼を携える人々が暮らしている。
外の者は彼等を天翼族、または神に仕えるものとして『天使族』と呼んだ。
彼ら天使はそれは美しい容姿をしていた。
翼を携えている以外は人間と殆ど変わらない。だが、その容姿は神の作り出した芸術品とも言うべきものであった。
翼は山に降り積もる雪よりも白く、それどころか彼等の肌も、髪も、瞳も白かった。
身に纏う衣も白いものだから、外から来たものは彼等を見ても幻にしか思えなかったと言う。
そんな天使の中でも一際美しい者がいた。
彼は神に仕える騎士であった。
その雄雄しい姿はまるで天馬のごとく美しく、戦う姿は舞踏のように優美なものであったという。
彼を一目見た者は心を奪われ、そして、どんな者も清められた。
誰よりも美しく、そして誰よりも白いその姿。
清く気高い心を持ち、彼の放つ霊力は全ての穢れを浄化し、全ての封印を解いたという。
そんな彼の元に、ある時、封印によって眠り続ける娘が連れてこられた。
娘は魔女であった。
魔女とは月の女神ルーナの力、すなわち月光の魔力を授けられた魔法族の女性の総称。
彼女らは自らの魔力を使い、または自然界にいる精霊達の力を借りて様々な事を行っていた。
そして、天に輝く日の光、神光の力を授かる天使族とは相反する存在であった。
しかも、つれて来られたのは魔法族の女王の娘であった。
娘の持つ魔力は普通の魔女よりも強大な月光の力を放っていた。
山に連れてこられた夜の力を放つ娘に、天使達は一様に眉を顰めた。
誰もが闇に触れまいと近寄ろうともしなかった。
そんな中、娘にあって欲しいと言われた彼だけは、いやな顔一つせずにその娘に会う事を承諾した。
娘は封印を専門とする魔女であった。
ある種族にかけられた呪いを封印するために一度自らの体に呪いを取り込んだ。
しかし、そのまま眠りに落ち目覚めなくなってしまった。
娘の体内で呪いは小さくなっているが、完全に消すには封印を解かなければならない。
しかし、娘は封印を解くのにある条件を付けたらしく一族の魔女達が彼女を目覚めさせようと解封を試みるも結局できなかったという。
そこで、封印を解くという天使の騎士の下へと連れてこられた。
彼はその話を聞いてから、つれてきた魔女達に必ず目覚めさせると約束し娘に1人で会いに行った。
娘は神殿の一室で寝かされていた。
部屋に入ると、天窓に照らされたガラスの寝台に横たる娘が目に入った。
彼はその寝台に眠る娘を一目見て、目を疑った。
目を見開き、一瞬息をするのも忘れてしまうほどに。
まず目に留まったのは、その娘の美しい黒炭のような黒髪であった。
唇は真紅の薔薇のように紅く、そして、肌は外に降る雪のように真っ白であった。
そう、それはまるで外に振り続ける白雪その物であった。
「なんて・・・・・・、美しいんだ」
思わず彼の口から言葉が零れ落ちた。
彼は呆然としたまま寝台に眠る娘へと近づいた。
側で見る娘は、目を見張るほどの美しさだ。
白いばかりだと思っていた頬は、よく見れば白にほんのりと桃色に色付いている。
閉じられた目蓋には美しく長いまつげがあった。
それが、静かな呼吸に合わせて時折細かく瞬く。
その下にある瞳の色が見れない事が、彼はとても残念に思えた。
彼は、そっと娘の頬に触れた。
見た目の白さとは違い、彼の手にほんのりとした温かみが伝わった。
肌は粉雪のようにやわらかく、細雪のように滑らかだ。
そして、手からは娘の魔力も感じられた。
空に浮かぶ凛とした月光のような力。
このまま、淡雪のように直ぐに消えてしまうほどの儚さを感じながらも、光りを反射して輝きつづける強さも感じる。
けして、不快な闇の力ではない。
と、彼はその光の中に影のような黒いものを感じとった。
それは、月光の中にある小さな闇。
だが、あまりにも邪悪な闇だった。
それこそ、彼女が封印したという呪いその物であった。
後半へ続きます。