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厄介な隣人達

 部室に近付けば、廊下に待ち構えるように男女が立っている。


「あーめんどくせぇな」

「まったくだ」


 星河が小声で溜息を吐けば光明も小さく同意する。

 そして、十人ほどの集まりが一斉に璃沙達の方を見る。


「大層なお出迎えだな」


 面倒臭げに光明は言い放つ。



「一番にお祝いをしたくて、お待ちしておりました」


 集団の中から出てきた女子が丁寧に頭を下げる。


「てめぇらの廃部っていうめでたいニュースでも土産にできりゃあ良かったんだがな」


 星河は敵意剥き出しに彼女を睨み付ける。

 璃沙も警戒していた。健心には状況が飲み込めないだろうが、説明している余裕はない。

 すると、彼女が動いた。素早く走り込んできたかと思えば、そのまま璃沙に飛びかかるように抱き着いてくる。


「ああ、璃沙様。わたくし、この時を待っておりましたのよ?」


 ぎゅーっと抱き締められて、璃沙は自分が油断していたことに気付く。

 彼女は背こそ璃沙より低いが、肉付きがよく少女らしい柔らかさがある。特に胸の辺りが窮屈そうでありながらその顔はとても幼い。そんなアンバランスさが男子から支持を得ているらしい。

 だが、《闇のマドンナ》と呼ばれる璃沙に対して彼女は《光のマドンナ》である。璃沙が黒であるなら彼女は白と言われるが、彼女こそこの学校の暗部だ。

 そして、璃沙は渾身の一撃で彼女を突き飛ばす。その感触が不快で仕方なかった。


「きゃっ……」


 べたっと彼女は床に倒れる。あまりにわざとらしく、光明も星河も嫌な物を見るように顔を背ける。

 だが、海里がいたならば止められたかもしれないことが起きてしまった。


「だ、大丈夫ですか!?」


 心配そうに健心がしゃがみ込む。

 それは演技だ。罠だと璃沙は言いたいのだが、最早手遅れだ。


「あ、あの……?」


 健心が手を伸ばした瞬間、彼女が素早く掴む。驚いた健心はとっさに引こうとしたようだが、もう誰にも助けられない。


「なんて優しい殿方……! わたくし、美空更紗(みそらさらさ)、文芸部部長です。以後お見知り置きを」


 ガバッと起き上がった彼女――更紗は健心の手を両手で包み込むようにしっかりと握る。

 そして、笑みを浮かべる。

 まずい、と璃沙は思った。そもそも、健心は自分の騙し討ちにまんまと引っかかったような人間だ。やっと手に入れた五人目を籠絡されるのは非常にまずい。

 璃沙が星河を見れば、彼も同じ危機感を感じたようだ。前に出て、健心から更紗を引き剥がし、その間に壁のように立ちはだかる。

 璃沙も動く。


「テラに近付かないで」


 璃沙はペンを抜き、更紗に突き付ける。


「あらあら、璃沙様。嫉妬でございますか?」


 更紗は何でもなかったように笑う。


「大事な部員をあんたの毒牙にかけられると、そこの変態眼鏡が泣くから」


 コホン、と光明が咳払いするのが聞こえた。


「俺は変態ではないし、そう簡単に泣きはしないが、君は前科者だ」

「まあ、なんと人聞きの悪い」


 更紗はニコニコしているが、《前科者》という言葉では足りないほどの悪事を働いてきている。

 そう言ってもきっと健心は信じないのだろうと璃沙は思う。

 彼女の笑みを見た者は誰も璃沙の言うことなど信じない。


「全員、巣に帰りなさいよ」


 璃沙は威嚇する。武器はペン一本、それでも全員とやり合える。

 問題は写真集を背中に庇うしかないことだ。一度手に入れたものは手放さない。


「わたくし達、本当にお祝いをするためにお待ちしておりましたのよ?」

「それは、あんた達の利益のためでしょう?」

「璃沙様、お怒りになられても素敵でございますわ。でも、だからこそ……」


 うふっ、と更紗が笑みを零す。その瞬間健心はさっと星河の後ろに隠れた。

 それでいいのだと璃沙は安堵する。ここで更紗につくような男ならいっそ切り捨ててしまった方がいいのかもしれない。


「失せなさい、そこの変態が眼鏡を外す前にね」


 光明の手は眼鏡にかかっている。

 しかしながら、これははったりだ。光明が乗ってくれたのはいいが、眼鏡を外したところで性格が変わるわけでもない。


「ここは引いてやろうじゃねぇか。なぁ、美空女史?」


 更紗の背後に立ってその肩を叩くのはひょろりとした印象の男だ。

 眼鏡をかけているが、顔を隠すほどの前髪で見えているのかわからない。片目を隠す海里や同じように眼鏡をかける光明に比べると、あまりに陰気だ。二人を混ぜてもこうはならないだろうというほどだ。


「触らないで、汚らわしい!」


 そう更紗に手を払われてもまるで気にしない。

 彼女といることが不思議に思える男だが、そこにいる半数は彼に似た雰囲気だ。半分は彼女の仲間、もう半分は彼の仲間というところである。


「仕方ありませんわね。今日のところは純粋にお祝いのつもりでしたのに」

「あんたはいつだって不純じゃないの。脳内洗浄してから出直しなさいよ」


 白々しいと璃沙は吐き捨てる。

 陰気な男が手を振れば半数は部室の中に消える。それから更紗を先頭に残りも同じ部室の中に消えていく。

 彼らこそオカ研のお隣さんであり、扉には新聞部の表示と共に文芸部と添えられているのである。



 部室に入っても不快感は消えない。

 光明も星河も同じことだ。どうしても空気がピリピリしてしまう。


「テラ」

「は、はいぃ!?」


 健心はひどく驚いた様子で素っ頓狂な声を上げる。そんな彼を璃沙はじっと見る。


「あの女には絶対に関わらないで」

「えっ……?」


 美空更紗に関わること、それは身の破滅を意味する。

 健心にはそうなってほしくなかった。


「それが、あんたのためだから」

「俺の……?」

「そう、襲われるから。それで既成事実作って責任取れって言う女だから、何があっても逃げて」


 今まで、何人が彼女の犠牲になってきただろうか。

 璃沙は作り話をするつもりはない。事実なのだから嫌な学校だとも思う。


「い、いや、そんな風には……」


 健心の不信がわかって、璃沙は溜息を吐いた。

 自分が一方的に更紗を敵視してありもしない話で陥れようとしているように思われているのだろう。そう考えれば、うんざりする。

 いつだって、そうだった。璃沙の言うことは信用されない。


「……あんた、鬼海の言うことしか信じないのね」

「その……」

「部長命令よ」


 璃沙はビシッと何も言っていない光明を指さした。自分で言ってダメなら権力を利用するしかない。


「彼女の謀略に巻き込まれる度に俺達はオカ研再興の悲願が果たせなくなるという悪夢を見た。彼女は小悪魔だ。思い出すだけで頭痛が、腹痛が、ありとあらゆる痛みが……ぐはっ!」


 光明は頭を抱えたかと思えば、腹を押さえて苦しみ出す。彼も立派な被害者だ。トラウマになるほどのダメージを受けている。


「小はいらねぇだろ。あの女、俺らを売り物にしやがって……!」


 星河は何を思い出したのか。拳を握り締め、それからぷるぷると震え出した。怒りで壁でも殴り付けんばかりだ。

 彼も、否、オカ研全員が更紗の被害者だった。被害者の会でも作ろうかと言うほど酷い目に遭わされている。しかし、会を作ったところで糾弾されるのが自分達であることはこれまでに思い知らされてきた。


「あれは超肉食の小動物。見た目は可愛く見えるかもしれない。でも、捕食シーンはとってもえぐいの。騙されんじゃないわよ。いい?」


 健心は何か言いたげだが、璃沙は無視して、じっと見つめる。


「約束よ? 絶対だからね?」


 何をされたか言えもしないのに、ずるいと璃沙は自分でも思う。けれど、他に健心をオカ研に繋ぎ止める方法がわからない。


「守らないと、海里がキレる」

「ああ、鬼海君は一番の被害者かもしれないな……キレるだろうな。実に恐ろしい話だ」


 遠い目をした光明は口元を抑える。またトラウマになることを思い出してしまったのだろう。

 けれども、彼も何をされたかは言えないのである。


「しゃあねぇだろ、あんなことされりゃあ、憎みたくもなるさ。キレるのも当然だ。だから、勘弁してくれよな?」


 海里よりも遙かに見た目が怖い星河らしからぬ台詞だ。彼を見ると多くの人間が何かされるのではないかと言う恐怖を感じるらしいが、彼が理由のない暴力を振るうことはない。


「もしもの時は冥加君、頼むぞ」

「あたしが止めなきゃいけないことを前提に話すの、やめなさいよ」

「物事は常に最悪の方向に考えるべきだ。特に彼らのことは」


 璃沙達にとって重大なことだが、健心にとっては他人事でしかないだろう。

 部員になって、たった数十分で仲間意識を持てと言うには無理がある。


「いつか話すことになるかもしれないし、本人の口から語られるかもしれない。でも、今の時点であたし達が言うことじゃない」


 健心を仲間としてまだ信用しないというわけではない。

 この場に海里がいないから勝手に彼のことを話せないだけだ。いても、彼は嫌がるかもしれない。


「もし、あんたがあたしのしたことを恨んでるとして、棚上げだと思われるかもしれないけど、でも、あいつらのやり口は人間としてもっとサイテーだから」


 璃沙とて自分が健心を騙したことくらいわかっている。

 光明の命令だ、海里の入れ知恵だとは言っても健心にとっての実行犯は璃沙だ。

 それでも、更紗はまずいのだ。


「お願いね、テラ」


 お願い、の効果は絶大だと語ったのは海里だ。表情まで指導された。

 それをここで使うのもずるいとは思ったが、健心自身に防いでもらわなければならないこともある。

 たとえ、彼の心の片隅に黒点を落とすとしても。小さくも確実にしみは広がっていくとしても。

 海里がいれば、少しはしみも抜けたのだろうか。

 結局、海里は戻らなかった。健心がずっと居心地悪そうにしていることに気付きながらも璃沙は写真集を見ることで、見ないフリをするしかもう手立てはなかった。

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